こんにちは。体温と同じような気温て
どないやねん。と思っていますが、そんな中でも
「ビールが堪らん!」「冷酒がうまい!」と細やかな悦びを感じストレスと多少の相殺をしています
6月からの入社先
清掃屋(今の会社)のオバハン(専務)が一番清掃してもらえ!
整理整頓ができず請求書や領収書は紛失、
納付期限が管理できず督促金が発生。
そんなババアが経理してたのでムチャクチャな
赤字で支払えないからカード払いもリボにするくらい。
一言でいえば「だらしない」
よく、清掃会社なんてやってるよな![]()
さて、愚痴は終わり本題その1
子供って残酷だから
子供の時、頭頂部が禿げたおっさんを見て、
「ザビエルハゲ」って陰口を叩いて笑ってたもんだけど
あれって本当は禿げてるわけじゃないのよね
あの独特なヘアスタイル、実は「トンスラ」といって頭頂部を剃るキリスト教はカトリックの聖職者特有のものなの。
「トンスラ」とは、ラテン語で「髪の毛を剃ること」
つまり「剃髪」そのもののことを指すわけなの
学校の教科書にもよく使用されているザビエルの有名な絵はどこで見れると思う?
本物の絵は神戸にある『神戸市立博物館』
年に1度1週間ほど公開されます。
今年は公開期間に合わせてこの有名な絵を見てきました。
感動とかより
「教科書の絵だー」って原画みる感じ
この絵は、実はザビエルの死後80年ほどたった1619年以降に、日本人によって描かれたものと考えられています。
16世紀の日本には宣教師によって建てられた学校があり、そこでは簡単な宗教画の制作方法も教えていました。
ザビエルの肖像画は、学校に持ち込まれた銅板画を基に絵の技法を学んだ日本人によって描かれたものだと考えられているそうです
ところが、ザビエルの所属したイエズス会にはトンスラの習慣がなかったため、ザビエルの実際のヘアスタイルは、肖像画に書かれていたものとちがっていたのではないかと。
ザビエルは生前からヨーロッパでは日本以上によく知られており、とくにその死後に聖人に列せられ、彼の肖像画や伝記が出回るようになって以降、ヨーロッパでは様々な人たちによってザビエルの像が描かれるようになったが、
ヨーロッパで描かれたザビエルのほとんどが、トンスラを施していないそう。
このことから、私たち日本人が普段から目にしているあのなじみのあるザビエル像は、間違えである可能性が高いそうです。
まぁ、違ってようと
日本でのザビエルはこの絵の印象だから、
せっかくなんで、見てみたいなーってね
絵についての解説
安土桃山時代の京都にあった「南蛮寺」
日本建築とも少し違う小天守閣みたい
16世紀頃の日本地図
東北の地名がなく北陸が北海道に位置してるのが...![]()
よく見ると当時の重要性のある地名が書かれてるんだろうね。
石見だったら銀山みたいな
アフリカ大陸とヨーロッパ地図も
アバウトなりに意外と当時としては海岸線がいい線いってるよね
18世紀 江戸時代の地図
相変わらず位置関係がムチャクチャ
北海道らしい島に佐渡・能登・加賀と北陸が
東北には駿河の北に伊豆と出羽、東京あたりが信濃
じっくり見てるとかなり位置関係が無茶苦茶でおもしろい
海外になると漢字読みなんでよく分からない
ただ、インドはまだ天竺(西天竺.小天竺と記載)なんだね。
三蔵法師からずいぶん経ってるのにね
南北アメリカ
欧州とアフリカ
お次は明治時代のガラス瓶
涼やかな青緑の色味と花柄がステキだなー
太陽と飛行機って絵柄を見ただけでは深く考えてなかったけど、飛行機が戦闘機なら旭日文で戦時下のものだったのかもしれないね
これはかわいい!
大正期のキューピー型のガラス瓶
ぷっくらほっぺたとつぶらな瞳にちょこんとついたおへそ。
これ、金平糖などのお菓子を入れられてたみたい
可愛すぎて、金平糖食べた後も捨てられないよね
これも大正時代のニッキ水の瓶
ちょっとアンパンマンに似た感じ
この時代って、無駄に手の込んだものが作られていたんだね。
ニッキ水やお菓子を食べた後の瓶は
きっと人形遊びに使われてたのかな
2度楽しいで大事に使われていたんでしょうね
お次は、金屏風
祇園祭で賑わう洛中の様子。
その中に、南蛮人の扮装をした人物が混じってるんだけど、当時は、すでにキリスト教は禁じられていたので、外国人を京都で見る機会はほとんどなくなり、これらは南蛮趣味の人が、祭礼や遊楽の場にマントと大きな帽子をかぶっていた様子だそうです。
こちらは、まだ南蛮貿易をされていた時代の様子を描かれた金屏風。
説明書きにも書いてるように、フランシスコ会士は灰色の修道服に裸足。
イエズス会士は黒い長衣。
ご存知だろうが、フランシスコ会は布教方針が豊臣政権の不興をかい、この後はキリスト教の禁教へとつながっていった。
違いは
イエズス会は大名との関係を重視し、
まず、支配者を改宗すれば領民も従うと考え
また、布教は比較的慎重で日本の文化や習慣にも、ある程度配慮していた。
フランシスコ会は清貧を重視する修道会で、
貧しい人々への救済や病人の看護を積極的に行っていたことから、一般庶民への直接布教を重視していた。
非常に熱心で、ときには禁令を承知で活動し、
京都や大阪で教会や病院を運営していた。
あまりに目立っていたことから、秀吉に「命令を守らない外国人」と写り不信感が出てきたところへ、
土佐に漂着した船の船員が「スペインは宣教師を送り込み、後に軍隊を派遣し国を征服する」と言う趣旨の発言をしたことで、秀吉は危険と感じたそう
南蛮貿易で輸入された異国の品々が
カゴに入れられた動物が取引されている様子
グレイハウンド種の洋犬。
馬も、日本の馬に比べアラビア種は格段に大型で、
見栄えの良さから南番屏風に多く描かれていたそうです。
虎? 虎の皮が篭に乗せて運ばれている
象も遠路遥々!
これを見た日本人はきっと度肝を抜いたでしょうね
って、事で機会があればザビエル禿げに会いに行ってみてください💛
話は鵜飼いへと
こーもクソ暑いと涼を求めたくなる
例年は自宅近くにある川床で涼むんだけど...
今年は夫が鵜飼を見た事が無いので、
人生経験に嵐山(夫の実家の近くなのに案外行かないらしい)へ行ってみることに
先ずは、鵜(ウミウ)の入手について、
これも1300年受け継がれてきた伝統技術で、
全国で唯一、現在でも茨城県日立市の伊師浜海岸にある断崖で、飼い慣らしたおとりの鵜を使い捕らえるそう。
鵜は仲間で行動する習性があり、
警戒心が薄れて近づいた隙にサッと捕らえ、
その鵜は長良川など鵜飼地へ送られています。
鵜匠は、現在では伝統漁法の担い手というイメージだけど、
昔は単なる漁師ではなく、朝廷や大名に仕える特別な職業だった。
鮎は非常に価値が高く権力者の贈答品だったと
山梨の石和、愛知の木曽川、京都は宇治と嵐山、広島の三次など
黄昏の嵐山は保津川
18時スタートの鵜飼舟を予約するのに17時に到着
鵜飼漁を見物する舟が並んでいる
この日は凄く舟が出ていて賑やかだったの
(鵜飼い見物をするときは見物舟同士をロープで結び一直線に繋げる)
鵜飼い見物舟以外だと吉兆の舟も出ていて芸者さんと板前さんも同乗して、涼を楽しみながら最後は花火を打ち上げたりしていました。
そーいう、舟遊びができる身分になりたいよね〜
渡月橋
夕方になると拍子抜けするほど観光客もいないし、土産物・飲食店も終了してるし
ムチャ静かだったよ
小倉山方面
時間があったので天龍寺まで来てみた
もう、参拝時間は終わってたので入れるところまで覗いてみよう
足利尊氏が南北朝の戦さで後醍醐殿を弔うために14世紀に創建
たびたび火災に遭っているので案外と新しい建物
総門から中へ
古い土塀が残っている
ちょうど蓮の花の季節だ
ここにて終了 引き返す
18時になったので鵜飼スタート
アルコールの持ち込みオッケー
特等席で船頭のお兄さんから色々とお話を聞く。
鵜につける縄は指一本入る余裕があるので首は閉らないようになっているが、欧米人には虐待に見えるそう![]()
確かに、私たち以外は外国人が乗船していたけど、英語の説明も無いからつまらなさそうにしていた。
1000年以上続く伝統の興味深さ、鵜と鵜匠の息の合ってる姿、夜のかがり火が幻想的だったという好意的な意見がある一方、「鳥の首に縄をつけて魚をムリに吐き出させる」と言う部分だけ見ると、動物福祉の観点から違和感を覚える人も欧米人を中心に一定数いてるそうです。
鵜飼に限らず、日本の伝統文化と海外の価値観が異なる例の1つなんでしょうね
1人で操るのは大変。 水深は約1mと
隣の鵜飼舟
いよいよ鵜飼漁のスタート
舟を一列に並べてロープでそれぞれ繋げます。
今日は7.8隻は出てたかも
しかし、鵜って火を怖がらないのかしら??
トントン舟底を叩き
夕方まだ明るいので、なかなか魚が集まってこないようだ。 前半苦戦中
しかし、鵜が力強いので、舟をグイグイひっぱっているようにも見える
ちなみに、首が閉まらない程度に、ゆるい縄になっているので、小魚は鵜匠に取られず丸呑みしているそうです![]()
サラリーマンで、仕事の合間にサボって一服しているようなものかも(笑)
さて、何歳位まで働けるのか、船頭さんに質問してみたら
鵜の寿命は、野生で10年ほど
飼育下では20年以上生きることもあるそうです。
じゃあ現役はどれぐらいで働けるのか?
一般的に3 〜4歳で一人前になり、10-20歳まで現役で活躍する個体もいるそうです。
ベテランになると、鵜匠の合図をよく理解し、効率よく魚を捕まえるそうです。
引退後はどうするの?
自然界に戻すのかと思ったけども、
これだけ人間界に長くいると戻ることもできないので、鵜匠が最後まで面倒を見るそうです。
漁は川上と川下で1時間で2回行います
陽が沈むと活発に潜り出します
それと共にガンバレコールも客から出てきます
思ったより大きい カラスも一回り以上か?
体長...80-90cm
翼を広げた長さ... 130-160cm
体重..2-3kg
鵜は非常に力が強い鳥で、
鵜が一斉に魚を追い始めると、舟がぐっと引っ張られることがあるそうです。
鵜匠が1人で何羽もを操るのは腕力と腰の力が相当いるそうで、鵜を制御してると
鵜は水中では、足だけでなく、羽を使って泳いでるので、飛ぶための胸の筋肉を推進力として使ってそうです。
水中では、時速10キロで泳いでるとか
ちょうど魚を捕まえ、船の上で吐き出しているところを二分割にして載せてます
っと言うことで
初鵜飼だった夫も楽しめたようです。
夏の京都に来られたら、
ぜひ、嵐山か宇治で鵜飼を楽しんでみてください
ちなみに、長良川の鵜飼いの数はもっと多いので圧巻だそうです。
嵐山の行きです
レトロチックな駅舎
さて、晩御飯は自宅の最寄り駅の前にある居酒屋で
突き出しの湯豆腐が嬉野温泉で煮てるんだけど
これが普通の湯豆腐と違って、おだしまで美味しく飲み干せるほど
カワハギのあん肝も添え
塩カツオのたたき
土用のうなぎが近いので、うなぎの蒲焼といきたいところなんだけど...
残念ながら大和芋で作った擬き蒲焼
鶏ハム
以上
この年齢になると、日本の伝統文化など興味が増してくる
海外にもちょこちょこ行くけども...
なんだかんだ言っても、日本が1番良いかも
日本の良さは里にあり
最近、マイナーの観光地ばかり目指しています?
って言いながらも
このブログを書いているのは関空です![]()
深夜2時の飛行機でソウルに飛び、
そこから乗り継いでハンガリーはブダペストに行きます。
ブダペスト
1年で2回も行くなんて思ってもなかった![]()
別にハンガリーが良かったわけじゃなくー
そのまま夜行バスに乗って、ポーランドのクラクフへ行き、アウシュヴィッツ等を見てから、
バスでスロバキアへ移動し登山をしてきます。
私は20年ほど前にアウシュビッツに行ってるんだけども、夫はポーランドは未訪問地なので行ってみるのも社会勉強になるかと。
あの当時と違って、
今のイスラエルはちょっとアレなんで...
今、アウシュビッツを見てどう感じるか??
複雑な感情もあります
それと先日、日光白根山に登って
己の筋力の無さを痛感してきたのに、
さらに標高差があるから、無事山小屋に着くのかしら??
山小屋からは夕方6時までに到着しなければ、
宿泊権利が他の人に回ると言われているので、
必死に登らなければ!
宿泊権利が奪われるとマイナス近くの寒空で世を明かさなければなと言う悲惨な話になってしまう
夫はスターライアンスのダイヤモンド会員を死守するために、明日出発。
アタシは安い航空券を探したら、
本日スターライアンスと関係のない航空会社で行くことになったので、久しぶりにラウンジが使えないと言う。
やっぱ、多少高くてもラウンジで飲み食いして
シャワーが浴びれて仮眠が取れるのって
長旅前には大事なことだよね。
































































