「ボイン」という言葉はもう死語だったらしい。言葉に敏感であるべき日本語教師として恥ずべきことだが、うっかりこの間まで使っていた。

先月、地元の友人でバルーン・アーティストのえすちゃんが『世界220カ国の子ども達に風船を配ろうプロジェクト』の第一弾としてフィリピンを訪れてくれた。
彼女は今回が初めての海外、とのことだったが、行く先々で大人気。フィリピンではそもそもバルーン・アートというものを見たことがない人がほとんどで、えすちゃんの指先から次々と生まれ出る風船の花やウサギやクマに大人も子どもも夢中だった。

そこで、せっかくの機会を活かそうと日本語学校の学生たちにもバルーン・アートを教えてもらうことになり、クラスに遊びに来てもらったのだが、予定時間より早く教室に現れた彼女はホワイトボードの『胸の大きい人=ボイン』の板書を見てしまったらしい……。

その時は全然見られたことに気がつかなかったのだが、後で「かおりちゃん、いったい何を教えてるの~!?」とえすちゃんに突っ込まれ、かなり動揺した。

言い訳させてもらうと、その時はたまたま、「~し、~し、~ですから」の例文作りを彼女イナイ歴=年齢のジョバンニに当てていて、「好きな芸能人は誰ですか?どうしてですか?」と質問したところ、「エンジェル・ロクシン(フィリピンのセクシー女優)です。きれいだし、からだがいい(?)し……」と言った後で、自分の胸に手を持っていき、ボインのポーズ。そしてそのポーズを見せながら「これが大きいは日本語で何ですか?」と聞くので、渋々板書したのだ。

と説明するとえすちゃんに「ちがうよ、かおりちゃん!今は胸の大きい人のことをボインなんて言わないんだよ!巨乳でしょ、キョ・ニュ・ウ!」とマジメな顔でレクチャーされた。
そっか、巨乳か!

死語を教えたとあっては日本語教師の沽券に関わるので、次のクラスの時、えすちゃんも交えてみんなでランチに行き、訂正することにした。
十人近い学生がレチョン(子豚の丸焼き)を囲み、「巨乳、ハイ!」「きょにゅう!」と一斉発声する様子は隣のテーブルの人には果たしてどう見えているのか、という一抹の懸念はあるものの、みんなが正しい日本語を覚えてくれてよかった。
でもレチョンを頬張りながら「キョニュウ、キョニュウ!」と嬉しそうに連呼するジョバンニを見ると、今後も当分彼女イナイ歴を更新し続けるんだろうな、とちょっと切ない。

------------------------------------------------
◆ゲストライター:かおり

kaori_lechon

寒さが苦手でたいてい南の国に逃亡している軟弱な道産子。初海外はマダガスカル。
その後JICAボランティア関係でパラグアイ、コロンビアとベサメムーチョな南米暮らしが続き、現在は流れ流れてフィリピンの田舎で日本語を教える日々。最近ハマっているモノはハロハロ(フィリピン風具沢山カキ氷)とレチョン(子豚の丸焼き)。
「ワイフ」や「ママ」とはほど遠い人生裏街道をクラゲのように漂いつつも、まだ見ぬ夫と我が子のためにSoLで修行しておこう、と決意する。