宮崎駿さん、養老孟司さんの対談

(1997年,1998年,2001年)をまとめたもの。


文庫本出版ですら2002年なのだけど、

2023年の私にも響いた一冊✨

時代は変われど、普遍の要素を感じました👀


以下、要約抜粋(長文ですよ〜😅)


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(1997年)

・昔を考えてみても、もっとひどいいじめや差別はあったけど、とにかくみんな切り抜けて、

こんなに悲惨なことにはならなかった。


ディテールを感知する能力は、

本来人間は持っていたはずなんです。

昆虫だって知っているんですから。


けれども、その能力を封鎖して、

環境を一律に捉えようとしている。


そうやっていくうちに、

人間の感性は余ってしまったのではないかと。

今度はそれを人間関係や都市の人工物に割り当てるんじゃないかと。


昔だったら、例えばトンボなんかでも、

子供にとっては一匹一匹値打ちが違っていたでしょう。

この1匹はこっちの100匹にも等しいとか。


いじめが深刻になっちゃう根本には、

人間ごとにしか関心が向かない、

世界が狭くなった分だけ拡大されて見えるんです。

ここまで来たくなってきたのは今から

(=1997年より) 20〜30年前位でしょうか。


・世の中には、悪いヤツがいて、

そいつをやっつければ、この世の中は良くなると言う考え方、あれはもうやめようと思っているんです。

そうじゃなくて、こうなったのはみんなで一緒にやっちゃったんだという風に思わないと、

何も道は見出せないと思う。


・人のせいにすると言うのは、

都会の人間の典型的な例です。

なぜかと言えば、都会というのは、

人が作ったものしかないんだから。

何が起こったって、

追及すりゃあ人のせいにできる。


沖縄に昆虫採集に行って、ハブに噛まれたら

「仕方ない。馬鹿なやつだ」で済むけれど、

東京でハブに噛まれたら、

誰が放したんだという責任問題でしょう。


都市では必ず背後に人間の行為があって、

いまの子どもたちは、それにすっぽり浸っている。

少なくとも、室町以降はそういう方向で動いてきたわけだから、洗練されこそすれ、差別がなくなるわけない。


・みんな、真面目で気がよくて、実に優しい子たちなんだけれど、一方で、信じられない位に、

生きていくための武装に欠けている。


武装というと大げさだけど、

世界のことを予見する知恵とか、

当座の困難を手先で切り抜ける方法といったことを備えずに、何も持たずに出てくる。


まぁ、自動小銃まで持たなくていいから、

せめて火縄銃を打てるとか、ハサミくらいは使えるとか、何か武器を手に入れなきゃいけないでしょう。


知的好奇心さえ失わなければ

勉強なんてもっとあとでやって間に合うんです。


今の子どもは物心ついた頃からずっと

「間に合わなくなる」て脅かされ続けている。

小学4、5年生位で「もうおまえダメだ」って選別されて、その後何年も学校へ通うなきゃいけないなんて拷問ですよ。


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いま私の住んでる世界では

「自分とも他人ともうまく折り合いつける

コミュニケーション」とか脳のクセと

知れたら、もっと幸せに生きられる人が

増えるんじゃないかな〜と思って

コーチングに携わっているけど☺️


未来では、それが不要になるくらいに

人間事以外の世界も広がってたら♡🌈

  

 

そんな訳で、

私はカブトムシ幼虫(冬眠中)観察しよっと。


  

なんて感じる一方で

この投稿音声入力使って、

「早っ!めっちゃ便利っ!!」と

都市の人工物の恩恵にすっぽり浸って

現実を生きるちゃっかりモノなのでしたデレデレ