101 P-38ライトニング
~WWⅡの翼から 第9回
ペロハチあるいは双胴の悪魔と呼ばれたツインテール
P-38A
機種に機関砲を集中装備
エンジン後方にスーパーチャージャーを備えた
こんにちは
個人事情により新作が大幅に遅れてしまいました
ごめんなさい
ちなみに新型コロナとは関係ありません
零戦とほぼ同じ時代に設計されながら
最高速度670キロ以上を誇った
零戦は530キロくらい
ロッキード P-38 ライトニング
双発単座戦闘機
F-104やSR-71といい
ロッキードはときに、時代を突き抜けたデザインを産み出す
ライトニングといえば
ステルス戦闘機F-35がライトニングⅡ世を襲名しました
また、すでに引退していますが
イギリスの超音速戦闘機もライトニングを名乗っています
ジェットエンジンを縦に双発にしたかなり異形の戦闘機でした
イギリスって少し変です!?
自重が零戦1.7トンくらいに対し約6トン
これで格闘戦を挑んだんだから
よっぽどなめてたんだな
ライトニングは、もとをたどればイギリスが輸入して命名したものを
アメリカが追認して...
考え出すとややこしくなります
零戦22型
隼ともども前作500馬力級戦闘機と同じ格闘性能を要求されたため
1000馬力エンジンを搭載しながらも
七転八倒して、時速400キロ未満の低速格闘戦に特化
それ以上の速度では、まっすぐ飛ぶ以外ほとんど何もできなかった
ペロハチ
太平洋戦争のごく初期
日本軍「零戦」などのパイロットたちから
「ペロっと喰えるP-38」ペロハチと呼ばれちゃいました
昔、桶川でみたアメリカで復元された零戦
たしかエンジンはアメリカ製だったはず
日本人といえば
ちょんまげで刀を振り回し
首を切り落としたり、自分の腹を切る野蛮人!
多くのアメリカ人がまだ本気で想いこんでいた頃
傲慢ていうかなめきって
スーパーチャージャー装備で最高時速650キロ以上
高高度インターセプターのライトニングで
高度12000フィート以下、時速400キロ未満の低高度低速
つまり零戦得意のレンジで空戦した結果でした
このレンジで零戦に勝てるのは
前代の96式艦戦くらい
96より格闘性能が劣ると最初、零戦は罵倒されちゃってます
上野博物館に展示されてた複座零戦(練習機)
操縦しやすかったけど
それで勝てるほど戦争は甘くなかった
双胴の悪魔
原語を調べてみたら「der Gabelschwanz-Teufel」
訳してみたら「フォークテイル」
どちらかといえば双尾(ツインテール)のことらしい
C-82A パケット
第2次世界対戦末期に初飛行した輸送機
日本じゃ双胴機と訳されるけど
やっぱりツインビームというべきで
胴体は真ん中のデカイヤツだよな
双胴
そもそもP-38やC-119あるいはOV-10などは
双発エンジンの後方にブームを伸ばし尾翼を結合したもの
真ん中に、ちゃんと操縦席を含む胴体がある
文献によっては3胴機と呼んでたりもする
正確にはツインブームあるいはツインテール機・・だよな?
フェアチャイルドC-119フライング・ボックスカー
C-82の発展型
P-51マスタング2機を中央翼で接続
F-82ツインムスタングみたいなのが本来の双胴機ってこと
これが紛れもない双胴機
F-82ツインムスタング
パイロットも2人いて交代で操縦する
ところで
悪魔と恐れたのは
機種に集中した銃砲と900キロ以上の爆弾を搭載し
上空から襲いかかられたドイツ地上軍の兵士たち
ドイツ空軍戦闘機パイロットたちにとって
鈍重なP-38は割とカモだったらしい
OV-10Dブロンコ
胴体後方に貨物室があり
空挺隊員や貨物を投下するため双尾翼形式になった
「星の王子さま」のサン・テグジュペリ様も
偵察型P-38で任務中行方不明(撃墜)になってしまった
残念な機体だ
ほらツインテールだから間に景色が見える
レシプロ双発戦闘機
発展拡大中のレシプロエンジンは
余裕のある大型爆撃機に優先搭載され重武装高速化
既存の戦闘機たちはまるで追いつけなくなり
戦闘機無用論さえ唱えられたほど
イギリス空軍の双発戦闘機ボーファイター
ドイツ空軍の単発戦闘機がいるところなんか危なくて出ていけない
背に腹は変えられず
双発戦闘機が熱病のように世界中で流行した時代がありました
川崎キー45屠龍
名前は勇ましかったが零戦や隼よりあとに作られたにも係わらず
エンジンは非力、武装は貧弱でまるで活躍できなかった
ところが!
単発戦闘機も新エンジン新設計であっという間に高速化!!
(ワクチン接種みたいなものか? ぜんぜん違うか!?)
とりあえず、日本遅すぎね!
爆撃機のみならず双発戦闘機は
単発戦闘機にまるでかなわないことがわかってしまった
帝国海軍の双発戦闘機「月光」
陸軍の屠龍ともども夜間戦闘機として
大活躍したように語られたりするけど
あくまで個人の感想
実態は、ごく僅かな戦果と、てひどい消耗だった
この頃の
双発戦闘機の活躍を述べる記事は一杯あるけれど
偵察型や地上攻撃あるいは夜間戦闘などなど
単発戦闘機に出会わない場所で
こそこそ行動した戦果であって
本来の戦闘機として活躍できた機体はほとんどない
ドイツ空軍のBf-110双発戦闘機
イギリスのハリケーンやスピットファイアにボコボコにされ
レーダーを積んで夜戦になるしかなかった
フライング アサシン 「暗殺の刃(やいば)」
真珠湾だまし討ち奇襲攻撃を立案、実行した事により
「山本五十六」連合艦隊司令長官は暗殺の対象になった
浜松南基地に保存されてた零戦
だまし討ち
帝国日本政府(大使館を含む)の失策
(翻訳遅れといわれてる)により
宣戦布告前に攻撃したという事実は消えない
ここからは過去のエッセイでボツになった写真を載せてみました
千歳基地航空祭に飛来した海上自衛隊の対潜哨戒機P-2J
じゃがしかし!
世の戦争で
わざわざ宣戦布告してから戦争を始める方が圧倒的に少ない
しかも
宣戦布告と同時に攻撃開始の予定だったから
対処する間なんてなく
実体は、正論を纏った単なる詭弁にしか過ぎない
千歳基地航空祭に展示された米軍機群
一番手前は国産のMU-2Sだよ
ツインテールのブロンコが2機いる
つまり
真珠湾攻撃をある程度正確に予測していながら
傲慢と油断によりまんまと成功させてしまったアメリカ政府が
おおいにうろたえ
自らの失政をごまかすため
プロパガンダに利用したってことだな
アメリカ国民はまんまとノセられ
今も真珠湾は騙し討ちと信じている人々が圧倒的に多い
宣戦布告直後の奇襲なら許せるのか??
ま、事実だけど真実かどうかはビミョー
冬の千歳基地にいた在日米軍のF-16C
機番が「111」だ
宣戦布告と同時の奇襲
偏差値優秀かつ無能な官僚や政治家もどきが
絵に書き、夢に酔いしれていたことが伺えるよな
なんか、今のオリンピックもたぶん同じ??
千歳基地航空祭に展示されたC-1国産輸送機
日本の憲法と国情に合わせたため世界では通用しなかった
なんだか昔と変わってないな
ともあれ山本長官は暗殺の対象となり
選ばれたのがP-38
高速長距離飛行性能が決め手となった
実際、暗殺奇襲攻撃は紙一重だった
旧・名古屋空港(今の県営名古屋空港)で見たボーイング707
攘夷
徳川に代わり政権を手にした薩長・軍事政権
やむなく開国したものの
プチ徳川政権を目指し国内での権力闘争の果て
結句、利用はすれど外国人なんて大嫌い
夷狄(外国人)が軟弱でぼんくらであると信じて疑わない
千歳空港に着陸する全日空のボーイング747
新千歳空港じゃないよ
自分たちの作戦がダダ漏れ
時間厳守の性質まで読まれているとは夢にもおもわない
真珠湾同様
山本長官の行動は正確に把握されていた
千歳基地航空祭に展示されたF-16Cの胴体中央部分
かくして
山本長官座乗の一式陸攻は撃墜され暗殺は成功
6機の護衛零戦は右往左往するばかりで
なんの役にも立たなかった
富士山を背景に飛ぶ一式陸攻
太い葉巻型胴体が特徴
一式陸攻
「ワンショットライター」と詠んだのは
米軍ではなく
出撃のたびに燃えて落ちていった
あるいは帰ってこない多くの仲間を見送った
日本軍操縦者がつけたものだ
99艦爆を99棺箱(棺桶=けして帰ってこない)と言ったのと同じ
一式陸攻はそれなりに防弾対策をされていて
旧来の爆撃機たちよりははるかに被弾に強い
それでも戦闘機の護衛を期待できない攻撃機の運命は・・・なのだ
千歳基地航空祭に展示された航空自衛隊機群
ヨーロッパではほぼカモにされたP-38だが
太平洋戦争中盤以降
高速組織戦闘に徹した結果、日本機を七面鳥扱いにして
40機以上撃墜したスーパーエースまで出現している
キー45屠龍
武士たちのような勇ましい塗装を身にまとっている
結句
この頃の日本機は欧米を真似るのが精一杯
設計、工業ともども未熟だった
図式化すると
ドイツ戦闘機 > P-38 ≧ 日本戦闘機 (≒はおおまけだ)
戦況塗装のF-4EJファントムⅡと救難カラーのバートル
格闘戦は、戦闘機の基本戦技の一つに過ぎない
それを旧式化した戦闘機と同じ格闘性能にこだわり
つまり単独低速格闘戦に特化した零戦や隼は
生まれながらにして旧式機という呪縛から逃れられなかった
T-2ブルーインパルス
T-2は零戦や隼の反動のような高速志向で
とても練習機やアクロには向いていなかった
「おのれ、次から次へと高速で飛び抜けて行きおって
追いつけぬではないか!
格闘戦ならば、我は誰にも負けぬ! うわあぁ撃たれたあぁぁ!」
ワンス・アポン・ア・タイム
新作映画とのタイアップで
名古屋・栄の映画館前に展示された零戦32型の残骸
キレーなおねえさんは偶然だ!
世界に追いつきかけても、過去しか見ようとしない軍人
未来予測を放棄してでも
儲かればそれに追従する商人
浜松南基地(当時)に展示されてた旧型機
右端はツインビーム方式の練習機型バンパイア
イギリス製で航空自衛隊用の練習機の研究目的で購入された
世界はパワー競争、高速組織戦闘へと収れんしていった
自らの限界を知る他国の軍人たちは
若い力あるいは企業に未来を託した
大学はたゆまぬ研究を続け
メーカーは、生存をかけて懸命に未来予測
試行錯誤、失敗(駄作)を繰り返し淘汰されながらも
明日を信じて果敢に挑んでいった
新たな鎖国政策で
工業技術も未熟なまま、日本だけが取り残された
P-38の後継機として設計された
XP-58 Chain Lightning
もはや使いみちがなくてボツになった
レシプロ双発戦闘機は時代のあだ花だ
戦闘機の本質は、敵の戦闘機に勝つこと
高速爆撃機への高速迎撃機は
レシプロエンジンのパワーにおいては
単発戦闘機で十分な時代になった
双発戦闘機は単発戦闘機に勝てなかったのだ
ブロンコをターボファンエンジン化してみた仮想攻撃機
高校時代からこんな妄想機を描いてたの
唯一の例外ともいえるのが太平洋戦争時のP-38
中盤以降は、高速組織戦闘で日本軍を圧倒した
無線機やレーダーが組織的にまるで運用できなかった日本
最後まで単独格闘戦しかできなかった結果だ
P-38の雑然としながらも整然とした編隊飛行
前の方は3機か4機かよくわからない
日本軍も真似しようとしたが
無線機がヘタレで
まるで通じなかったから
ほとんど最後まで単機単独戦闘しかできなかった
一式陸攻に襲いかかるP-38
山本長官が見たとしたら
あるいは他の搭乗員たちにとっても
それは、ツインテールの悪魔に見えたことだろう