「ここは何処?私は誰?」 | 京都暮らしの日々雑感

「ここは何処?私は誰?」

ご本人の、最初の目論見では、

野党の選挙準備がそれなりに整うまでの時間稼ぎに、

予算委員会等での議論の機会をそれなりに準備するということで、

野党さんにはそれなりに配慮をするんだから、

余り総理大臣を責めないで呉と、

格好を付けたかったわけだ。

しかしながら、

野党の選挙準備が間に合わないうちに解散総選挙に踏み切るべしと、

そうなってしまったわけだから、

そりゃ、野党は怒るわな。

与党にしてみれば、

こんなポンコツ内閣で、予算委員会などでたらたらと論議していれば、

とんでもないボロが出るばっかりで、勝利がますます危うくなる。

だから、総理大臣の思惑がどうであれ、

さっさと解散・総選挙に踏み切る以外にはないのである。

 

ところが、衆議院の解散・総選挙というのは、

総理大臣の専権事項なんだね、

だから、権限ある総理大臣の意向を否定して押し切った奴がいたわけで、

そいつが総理大臣を黙らせて追認させたわけだ。

そいつが、実質的な「影の総理大臣」という話なのである。

政局を乗り切り、状況を切り開いていくべき政治的統率力はまるっきりない総理大臣ということが、

もうはっきりとしてしまったのである。

 

マスコミに媚び、

野党に忖度するというのは、

自民党内での少数異端分子として生きていくための習い性かも知れないが、

反主流派にもなり得なかった政治家というのは、

少数異端者として終わるべきであって、

まかり間違っても、主流派の上に立とうというのは党でもない「勘違い」なのである。

 

それで思い出すのは、

かつて、バブル崩壊機に、ある大会社で、

社長レースの下馬評にも挙がっては来なかった人物が社長に指名されたことがあった、

この会社は、程なく倒産したわけで、

何のことはない、それまで経営に関与してきた幹部連中は、

この人物に「後始末」を押しつけて、とっとと逃げたわけだった、

 

現時の自民党も同じことが繰り返されるだろうと思える。

いろいろな状況を考え合わせると、

選挙での敗北はこの総理大臣におっ被せて、

なんとかやり過ごす以外にはないのであって、

敗北の程度が僅少であれば結構であるが、

たいした勝利がもたらされるはずもないわけだから、

その後は、「再生自民党」の再構築を目指せば良いのである。

 

総理大臣は、内閣発足したら国民の信を問うのは当然とのたまうのだが、

そのシンを問う選挙で敗北したら、

今度は総辞職するということになるんだろうか、

「自分には国民の人気がある、支持付託が寄せられている・・・という勘違い。

これくらいでないと、総理大臣は務まらないのかも知れない。