語り遺しの記(10) 定盤ラップの技法
定盤ラップというのは、
作業台上に据え置いた定盤をラップ工具として、
その定盤上で、加工すべきワーク面を摺り合わせて、
ワーク表面を平滑に仕立て上げる技法である。
ハンドラップの場合は、
ワークを固定して、
そのワーク表面をラップ工具で摺り合わせて加工するものであるから、
定盤ラップの場合とは丁度真逆の関係になるが、原理的には「等価」である。
定盤ラップに取り組む場合、
ラップ工具としての定盤を準備しなければならないのだが、
鋳物製定盤を採用するのが先ず一般的である。
表面を平滑に仕立て上げた鋳物製定盤上に、ラップ砥粒とラップ油を混和したものを摺り込む。
鋳物製定盤上にある凹凸の凹部分にラップ砥粒粒子が嵌り込んで、
その砥粒粒子が固定砥粒となってワーク表面をラップするというメカニズムなのだが、
そのため、ワークの表面加工の成否はラップ定盤の表面の仕立て上げレベルに左右される。
鋳物製定盤を製作する場合、
その表面を平面研削盤で研削加工するのだが、そのままでは表面の面粗度が粗すぎる。
そのために、定盤表面の面粗度を平滑にするためには、GC砥石で摺り合わせて平坦度を上げていく。
ラップ定盤として活用する場合、その表面仕立ては、ごく僅かに中高に仕立て上げないといけない。
どの程度に中高にしなければならないかは、定盤ラップを行う際の作業者の作業スタイルによる。
通常、定盤ラップといえば、jその定盤の平面度をワーク表面に写し取る作業だと理解されがちだが、
従って、ラップ定盤の表面は厳密に平面となるように仕立て上げられなければならないとみなされがちなのだが、
そういう定盤仕立てをすると、ラップに際してワーク表面の側に「丸味」を生じて、平面の実現が難しい。
仕立て上げられたラップ定盤上に、ワークが焼き入れ工具鋼の場合、
ラップ砥粒(#3000・WA)とラップ油(スピンドル油)を混和したものを、アルカンサス砥石で擦り込む。
アルカンサス砥石を使うのは、
アルカンサス砥石表面にWA砥粒粒子が刺さり込んで、それ以上刺さり込めないと、
残余のWA砥粒粒子が鋳物製定盤表面の凹凸の凹穴に均一・均等に嵌り込ませることが出来るからで、
アルカンサス砥石自体が鋳物製定盤表面を研磨するというわけではない。
このアルカンサス砥石の働きは、後で述べる燐青銅製定盤+ダイヤモンド砥粒の場合でも顕著になる。
「空ラップ」という技法がある。
技法というには大仰なものなのだが。
「空ラップ」というのは、定盤ラップの最終段階として、
定盤上に残留しているラップ砥粒やラップ油をよく払拭して、
その定盤表面でワーク表面を軽くラップすると、
#3000WA砥粒を使っていても、ほとんど鏡面に近く仕上げられるという作業をいう。
鋳物製定盤の表面それ自体にワーク表面に対する鏡面加工能力があるのではないかと、
そういった「誤認」を招いたりするのだが、
ことの実相は、
鋳物製定盤上の凹凸の凹に嵌り込んでいるラップ砥粒粒子の切り刃の突端が、
僅かに定盤表面上に頭を出している状態がワーク表面に対して作用しているためで、
厳密な意味で「空ラップ」になっているわけではない。
鋳物製定盤をラップ工具として活用できる場合というのは、
実用的には、#3000WA砥粒を活用する場合がその限度であろうと考えている。
いっそう微細で精密な定盤ラップというものを考えると、
ダイヤモンド砥粒の活用ということに行き着く。
ダイヤモンド砥粒にはさまざまな粒度のものが用意されているが、
3μm以下の微細な砥粒を使う場合には、鋳物製定盤では不適と考えられる。
そのため、「燐青銅製定盤」を用意する。
この場合のラップのメカニズムというのは、
燐青銅製定盤の場合は、鋳物製定盤のような表面凹凸がないから、
燐青銅製定盤表面にダイヤモンド砥粒を直接に刺さり込ませて、
その刺さり込んだダイヤモンド砥粒が固定砥粒ラップとしてワーク表面に対して作用する。
ダイヤモンド砥粒を定盤表面に刺さり込ませるためには、アルカンサス砥石を使う。
ダイヤモンド砥粒を刺さり込ませての固定砥粒ラップというと、
定盤表面の砥粒保持力が問われるのだが、
このような場合、「銅」とかの比較的軟らかな金属がよく採り上げられるのだが、
ラップ定盤とするには、あまり芳しいものとは言えないと考えている。
ラップ工具(研磨工具)として、遙か以前から活用してきている素材なのである。
燐青銅の厚板というものは非常に高額になるから、
3mm程度の薄板を購入してきて、
鉄材を土台にしてそこに燐青銅板を接着剤で貼り付けて定盤にすると安価で済む。
燐青銅製定盤の表面仕立てには、鋳物製と同様に、GC砥石で仕立て上げる。
燐青銅製定盤の威力・効用というのは大きなものがあって、
ワーク表面がブロックゲージ表面と確実にリンギングするといったレベルに仕立て上げることが可能になる。
なお、理屈の上で、
リンギングする程にワーク表面が仕立て上げられるということは、
定盤表面とワーク表面とがリンギングしてしまって、
ラップ作業が出来なくなるのではないか?と考えられそうなのだが、
定盤上に刺さり込んでいる砥粒粒子の特記によってワーク表面が「浮かされている」わけだから、
ラップ作業に際して、定盤面とワーク表面との間でリンギング現象が生じるというわけではない。
定盤ラップという技法では、
ラップ作業それ自体は単純な労務でしかないように見られがちだが、
その前提に、定盤表面というものがいかに仕立て上げられなければならないかという点に、
かなりの実務的な経験の蓄積を要する。