以前からグランオーディションでは報告されていましたが、オランダ国立バレエ学校でも、オフィシャルに蒼士のジュニアカンパニー入団が報告されました。




こちらのブログにも書きましたが、蒼士の留学するずっと前の2016年あたりが、私の指導法の過渡期でした。


既に2012年のヴァルナ国際バレエコンクールの審査員を務めた頃から徐々に


「順調に物事が進んでいるようで、何か歯車が狂っているような違和感」


を感じていました。


マスコミに「コンクール入賞」がピックアップされて、TVなどで華々しく報道される内容は


「〇〇選手、〇〇コンクールで勝った!」

「日本人参加者、〇〇コンクールで賞を逃した」


みたいな内容…そもそもバレエダンサーを「選手」と表記したり、まだ成長段階の子供たちをピックアップしては「賞を逃した」みたいな報道の在り方には違和感を感じました(TVを見なくなったのはその頃からです)


バレエを知らない学校教師たちは、仕入れた情報はTVのワイドショーだったりするので、学校を休んでコンクールに参加して受賞しないで学校に復帰した子に対して


「学校休んでコンクール出たのに負けたのか?」


と言われた話も聞きました。クローズアップされるのは、いつも「勝った子」(この勝つ、負ける、の表現方法も非常に不気味です)


「国内コンクールで優勝→YGPやローザンヌで優勝→スカラシップで留学→就職」


バレエを知らない方々がまるで「この方法でしか、プロにはなれない」みたいな認識が定着してしまいそれにも違和感がありました。


なぜなら、別にその方法でなくても海外で活躍しているダンサーは山ほどいたからです。しかし世間に知られる人はマスコミにクローズアップされた人だけ。


蒼士の場合、YGPにエントリーする前に参加した国内コンクールは2回しかありませんでした。


そして当時からそれなりにテクニックがあったにも関わらず、YGPニューヨークファイナルに参加するまえに短期留学したオランダ国立バレエ学校で、ニューヨークで踊るヴァリエーションに含まれるテクニックを「抑える」ように指導されました。


結果的にヴァリエーションは華々しいわけでもなく、センセーショナルでもなく、非常に地味に終わり「コンクールらしからぬ踊り方」でした。決選までは残りましたが、特に順位がついたわけではなかったですし。


また、当時テクニシャンだった男の子たちは入賞してマスコミはこぞって、その子たちをピックアップしました。ですからその当時の蒼士の名前を知る人はほとんどいなかったです。


しかし海外の先生方から言われていた


「完成させるな!成長させろ!」


と言う言葉を思い出し、私も方針を180度変えましたし、結果的に彼が伸び伸びと成長することが出来たので本当に良かったと思っています。


蒼士を育てるにあたり、本当に学びました。そしてその理念が今でも強く根付いています。


オランダ国立バレエ学校に行かせて、本当に大正解でした!



左右木健一