「発表会」と言う名称から「School Performance」と言う名称に変えた初めての舞台。

「海外のバレエ学校のような学校公演の在り方」

を参考に

「日々のレッスンのほうがメインで、作品の練習はあまり行わないようにする」

と言う選択をしたのには、理由がありました。

以前だったら

「見にいらして下さるお客様に失礼のないように基礎レッスンを後回しにして、作品をひたすら練習するのが当然」

「スタッフの方々を煩わせないように、完璧に準備しておく」

「本物のバレエを見せることで、親御さん達にバレエを理解してもらう重要な舞台」

と思い、それこそ通し稽古を何度も何度も繰り返し、お母様方にもお手伝いして頂き、一丸となってやり抜くことが

「日本のバレエ発表会の美学」

だと信じ切っていました。

しかし、コロナ禍になる前から色々な複雑な思いがありました。

「バレエのクオリティは良かったかも知れないけど、なぜか記憶から抹消したい発表会」

と言う年もありました。

実際振り返ると基礎ができていなくて、作品だけ仕上げている風だったので、真の意味ではクオリティは良くなかったですが、あの時はあれが精一杯でした。

特に20年前は私も30代でしたし、若かったのでがむしゃらでしたし、プログラムに至っては60ページにも及ぶボリュームに作品解説から、プロのカメラマンさんにリハーサル撮影してもらった膨大な写真選びから、何から何まで

「とにかくゴージャスな発表会を披露して、いかにバレエが素晴らしいか?を親御さんに理解してもらわないことには、バレエが地域に全く根付かない」

と、半ば強迫観念のなかで毎日怯えながら舞台作りをしていました。

大掛かりにありとあらゆる事をして、男性ゲストやスタッフを東京からお呼びして、とにかく発表会がまるでゴールみたいな感じ。しかし

「何かが違う…」

と違和感を感じていたそんなある時

「がむしゃらに頑張ったところで、一体誰が幸せになるのだろうか?その頑張りは子供たちを考えて頑張らせたのだろうか?それともただ単にゴージャスな発表会を開催する事だけにフォーカスしているだけなのではないか?」

と。そこから私たち教師の今までの発表会に対する価値観が崩れました。

まずは

「発表会よりも普段のレッスン」
「作品の練習よりもバーレッスン」
「振付は普段のレッスンのボキャブラリーから絶対超えない、無理させない」
「ゴージャスな舞台を創ることよりも、子供たちが笑顔でいられる環境をつくる」
「アマチュアの生徒のキャパは、絶対超えさせない」

などなど…今までの「日本のバレエ発表会」とは真逆のシフトチェンジを試みました。

「発表会自体のクオリティが下がるのでは?」

と言うリスクがあるのが懸念されましたが

「何かを変えたいなら、何かを捨てなければいけない」

と思い、本当に作品の練習を控えてバーレッスンばかりやらせていました。

この動画を撮影したのは、本番の1週間前でしたし、もちろんこの日もバーレッスンがメインで作品は二の次。


「作品自体」を「センターレッスン」と捉えてバーレッスンのあと、作品は練習しましたが、とにかく時間内にレッスンを終わらせる事にしていました。

この作品「SINAR」はほとんど練習しない日もありましたし…



「平日の学校から帰ってきて疲れているな?」と感じた時は、あえてポアントは履かせずに「テーマとヴァリエーション」をバーレッスン後に踊らせたり…



「FLORA」も出演者全員が舞台に立つと密になるため、細々とクラスをわけたり…



「発表会に命をかけない」と考えを変えた時期と「コロナ禍」がちょうどタイミングが同じだったこともあり、いずれにしても

「いまのこの時期に出演者や出演者のご家族にとって幸せな事は何なのか?」

と考えた時に、従来の運営を思い切って変える決断も出来ました。

会場係とお客様との接触を無くすために、終演後皆様にお配りする会場のスタンド花を辞退させて頂きましたが、その代わりにスタジオにお花を届けてくださる事により、従来の花束プレゼント係を廃止できましたし。とにかく今までの「発表会」とは全く違う形式でした。


全てを簡素化することで、皆の負担が減り、結果的には大成功だったと思います!

「誰の為の?何の為の?」

を考えていくと、とてもシンプルに色々と削減出来ることも学べました。

これからも Soki Ballet International では、負担になるような舞台、打ち上げ花火で終わってしまう舞台ではなく

「何十年後かに思い出しても、笑みがこぼれるような素敵な経験」

を創っていくことを、目指していきたいと思います。

左右木健一