日本のバレエに対して、色々な意見が飛び交っていますが、その件と言うより、私が思う事はただ一つです。


バレエの認知度と言うよりは、むしろ


「仕事帰りに劇場に行こう!」とか


「今日は結婚記念日だから劇場に行こう!」とか


「家族の思い出に劇場に行こう!」とか


「TVや映画ではなく、リアルなものが観たいから劇場に行こう!」


と言う劇場文化が、そもそも日本には馴染みがない事が問題ではないか、と思うのです。


そもそも芸事に関して言えば、日本では昔から


「河原乞食」と言う酷い呼び名があり…


それこそ今でしたら「差別」として問題視されます。


しかし現在は「河原乞食」と言う言葉こそ発しませんが、残念ながら根底には芸術を馬鹿にする人々がいるのは事実です。


今でも忘れません、私が中3の時。


日本バレエ協会の全国合同バレエの夕べのチケットノルマをさばくべく、学校にチラシを持って配っていたら、物理の先生が


「こんな、学芸会に毛の生えたようなもん、くだらない!」


とクラス全員の前で吐き捨てた言葉…


この教師に限らず、学校の教師たちのほとんどは


「バレエなんて、道楽!」


「バレエダンサーなんて職業は、ない!」


「部活に入らないおまえは、かたわ!」


「大学に行かないなんて、ありえない!」


散々馬鹿にされたあげく、私が取るべき選択はただ一つでした。


「お給料がもらえるバレエ団に入る為、日本を離れる。そしてバレエと言う職業があることを証明してやる」


あの学校の教師たちに馬鹿にされていなければ、今の自分はいませんので…感謝しています(笑)


「男のくせにバレエなんて!」


と3歳から散々馬鹿にされてきても、バレエしか選択肢がなかった…


たぶん現在バレエ界で活躍している方は多かれ少なかれ


「バレエに生涯携わるのは、それしか考えられないくらい、バレエが好きだっただけ」


と言う方々がほとんどだと思います。


韓国、香港を経て、ザルツブルク州立劇場と契約を結び、私はいわゆるオーストリアの「国家公務員」となり、人種差別は山ほどありましたが、バレエダンサーであることを知ると、たいていの人たちは一目を置いてくれました。なぜなら「国家公務員」と言う地位があるのを、一般の方たちは知っていますから。


小さな劇場でしたが…



10ヶ月働いて、2ヶ月有給休暇、2ヶ月分のボーナス、1分でもリハーサルが延長したら残業手当が通帳にどんどん入る生活…



この空間が毎日の仕事場で…



連日ほぼ満席…



ザルツブルク州から全てがサポートされていて(なので国家公務員扱い)


しかし、皆様、よくよく考えてみてください。


日本には、それが無いのです。


「東京都立オペラ劇場バレエ団」

「横浜市立オペラ劇場バレエ団」

「宮城県立オペラ劇場バレエ団」


など存在しないのが、日本なのです。


日本の劇場は「貸し小屋」であり、そこには劇場付属のアーティスト公務員が存在しないのです。


まして、このような時代なので、新しい劇場を建てる計画が出ると必ず市民から


「税金の無駄遣い!」


と言われる始末です。悲しくなりますが、事実。


しかし、ヨーロッパでは劇場で幕間に商談を成立させるために、劇場は不可欠。


休憩時間も異常に長いのです。理由はホワイエでお酒を飲みながらそこで商談するから。


その休憩時間の会話のなかで


「この人はどれだけ芸術に関して知識があるのだろうか?」


を品定めされています。芸術に疎いと「教養がない」と思われるので、企業の方たちもその日の演目の下調べや、歴史背景を予習する話も聞きました。


実際私も幕間にそれを垣間見て


「あ、劇場はこのように使われているのだ」


と20代の頃にカルチャーショックを受けました。


夜の20時に開演して、長い作品だと23時過ぎくらいに終わり、しかし大体は劇場から近い場所の地元の人々が中心なので、最終電車の心配もする必要がない。トラムは走っていたりしますし…


ザルツブルクの場合、劇場前がトラムの停留所。




長い文章でしたが、いかがでしたでしょうか?


「バレエの認知度」と言うよりも


「劇場文化が日常生活にさほど必要ではない」


と言う日本の文化の問題のほうが大きいのでは無いでしょうか?


その「マイナー」と呼ばれるバレエをとにかく広めていこうとする方々の涙ぐましく、素晴らしい行動のおかげで、少なくとも「バレエ」とは何か?を知っていただけた事は、素晴らしいと思います!


色々な広め方になり、様々賛否両論あるみたいですが、少なくとも「バレエ」と言うジャンルは世間に知れ渡りました。


しかし「バレエ」をいくら知っていただいても、劇場に足を運ぶ文化が浸透しない限り、結局はYouTubeやSNS上のバーチャルな部分しか発展しないでしょうし、まして今はコロナですから劇場に人が集まることすらも自由ではない…


戦後の焼け野原のなか日本で「白鳥の湖」が上演されて大成功をおさめた時とは違い、あまりにも娯楽が多すぎて、バレエに対して珍しくも何ともない時代になった今…


一体、私に出来ることは何なのか…


今日も大人の趣味の方々から、ガチで頑張る学生たちまで指導しましたが…


「プロもアマも関係ない」


と以前お話しましたが、私が出来ることは


「こんなにも美しいものは、世の中に沢山ありそうで無いんだよ」


と言うことをレッスンを通じて分け隔てなく伝えていくことだと思います。


価値観が違えども


「美しいと感じる心は、皆どこかで同じであるはず」


と信じているからです。


私もこの世界で苦しい事もありましたし、バレエさえなければ、こんな思いをしなくても…と思う事もありました。


しかし今は


「バレエがあったからこそ、素晴らしい方々と巡り会うことができた」


と感謝しています。


左右木健一