私がヨーロッパで一番悩んだのは、やはりアジア人の限界…
いまみたいにビデオを渡されたり撮影して後から復習出来るわけでもなく、2時間近い作品を2日間、しかも労働時間が決まっていたので、リハーサル出来る時間は1日2時間。時間外に振付教えてくれる親切な人なんて誰もいません。
ヨーロッパはアジアンビューティーのアジアンプリンセスは認めるのですが、アジアンプリンスはなかなか認めてもらえないのです。
私が住んでいた90年代は、西洋の男性が東洋の女性を嫁にするのは良しとするのに、その逆はよほど西洋の女性の家庭が親日家かオープンでないと、なかなか認知されないというか…
バレエにも影響されていて、配役にも影響されたこともありました。
そんななか、唯一幸せだった瞬間がありました。
スイスのサンガレン州立劇場バレエ団に、急遽ザルツブルクから代役で出演した作品。
ディレクターから
「サンガレン、行く?何の役踊るか、何やるか、何も聞かされてないんだけど」
と言われ、毎日同じ演目、同じ生活で飽き飽きしていたので
「行く行く!」
みたいに軽々しくOKしたのが間違い(笑)
私はただのコールドバレエ程度だ、と思っていたら、実は主役だった、というオチ。サンガレンに着いた早々、リハーサル地獄が始まりました。
パートナーはブラジル人。ビデオで振り起しではなく、バレエマスターから振付を習う、というリハーサル方式。
しかも全体の通し稽古も全くなく、全体の作品の流れもよく知らず、舞台稽古なしのぶっつけ本番。しかし全てが奇跡的にうまくいき、舞台は無事に終了。スイスフランの現金でギャラを頂き、懐もあったかい(笑)アジア人のレッテルを一切感じなかった瞬間でした!
この経験で、かなりの度胸がつきました。ヴァルナ国際バレエコンクールに出場したのは、この舞台の翌年。ヴァルナはクラシックのVa6曲、コンテンポラリー2曲、計8曲を準備しなくてはいけないのですが、2時間近い作品をぶっつけ本番で踊る経験をしたら
「数分のVaを8曲用意するなんて、まあチョロい!」
くらいに思えました。
いつでも美しいお姫様、王子様でいられます。
しかし、海外、特にヨーロッパに出たら、覚悟しないといけません。自分がアジア人であること、そして自分が望む役を頂けることは、かなり稀であることを。
プロになる前の留学する時点から覚悟をしたほうが良いことがあります。
オデット、オーロラ、クララ、ジゼル…
などが日本人の名前ではない、という現実を。
日本人がバレエを踊る、イコール、ブロンドの西洋人が
安珍、清姫
を演じるくらい、かなりのチャレンジであることを想像してみてください。
私達日本人が手放しで受け入れられますか?
海外で日本人ダンサーが受け入れられていることは、むしろ奇跡に近い、と思ったほうが良いですよね?
その現実を直視する「覚悟」が決まったら、たぶん海外でも苦労しないと思います!
Part 6に続く。
左右木健一