初発から5年経ち再発した悪性腫瘍「胸腺カルチノイド」の摘出手術の話です。

 

私は過去にある医師から「原発部位のがんの再発は手術はせず、化学療法が基本になる」という話を聞いていました。

実際、初発の胸腺カルチノイドの摘出手術をしたS大学病院でも「手術はしない」と言われ、すぐに抗がん剤の提案をされました。

神経内分泌腫瘍(胸腺カルチノイドも膵神経内分泌腫瘍も神経内分泌腫瘍です)は治療法が確立されておらず、効く抗がん剤はありません。

治すためには手術に頼るしかありませんでした。

 

S大学病院からがんセンターに転院した後、胸部外科で相談したところ、検査を踏まえて、

「sok310さんの場合が腫瘍が大上静脈に接していてうちではできない。」、

「大上静脈が切れてしまった場合の時のため、人工心肺で対応ができるような大学病院じゃないと手術は難しい」

と言われました。

 

大学病院…、もうS大学病院はいけないし、いきたくないーというわけで、県下のもう1つの大学病院「J大学病院」にお願いしてみることになりました。

このJ大学病院がこれから気管ステント留置の手術でお世話になる(その他にも何度も通院歴があります)大学病院です。

 

J大学病院の呼吸器外科の診察をうけ、手術が可能か?を聞いてみたところ、「手術はできる。しかし、大きな手術になる。」と言われました。

人工心肺の準備が必要であることを聞いていれば、その手術が大きくなることは想像するに難くなかったので、迷うことなく手術をお願いしました。

こうして胸腺カルチノイドの摘出手術が決まりました。

 

一方、膵神経内分泌腫瘍はどうするうのか?

これはそのまま放置することになりました。

というのも、初発の時に行った病理検査の結果、「(あくまで切除したものですが)悪性度が高いものではないらしい」「無機能性(だったかな?そんな感じ)のものだったとのこと。

ただ、再発でできたものが初発の時のものと同じとは限らないわけですが、とはいえ、対処方法があるのかというとそういうわけでもなく、「放置して様子を見る」ことになったのでした。

 

そして、再発が発覚してから5カ月以上もの期間を経て(過去記事「『過去に受けた治療③』の前に…」を参照のこと)ようやく手術に漕ぎつけたわけですが、

手術日前日夕方17時頃、手術の説明がありました。

診察室で「手術が失敗する可能性もある」という話もされ、5枚くらいの「リスクについての説明」が書かれた書類と同意書を受け取りました。

説明の最後に「もし、やるというのであれば同意書にサインをして看護師さんに出してください」と言われました。

この「まるで今からでも断っていいよ。なぜならそれだけ大きなリスクを負う手術だし、失敗する可能性だってある」とでもいわんばかりのクロージングに私は驚きました。

自分の病室にかえってきて、書類を読みながらこれまでの手術とは違う…と感じました。

怖かったですね。

本当にやっていいんだろうか?

手術が終わって自分が目を覚ました時にはたして自分は「普通の生活」に戻ることができるのだろうか?

もしかしたら、今日が最後なんじゃないか?

とかかなり不安になっていました。

 

この日は入院初日だったため、自宅からJ大学病院まで母に車で送ってきてもらっており、

私が書類を読んでいるとなりにいたのですが、

そこで私は「なんで僕だけこんなめにあわなきゃいけないんだ」と小声でつぶやいてしまいました。

同意書にサインをしてナースステーションまでその書類を出しに行ったとき、母がそれについてきていて、

ちらっと母の顔が見えたのですが、母が泣いていたように見えました。

敢えてそれをまじまじと見て確認をするようなことはしませんでした。

母には「もう大丈夫だから」と伝え、すぐに帰ってもらいました。

 

多発性内分泌腫瘍症(MEN)は、内分泌系に腫瘍ができやすくなる病気です。

膵臓、胸腺、脳下垂体、副甲状腺これら4つの場所のうち2つ以上に腫瘍がある場合、MENであることが疑われます。

(手術の後の病理検査等で実際に判断されると思います。)

MENは「遺伝」が原因だと言われています。

母なりに思うところあったのだと思います。

以後、母の前で愚痴や恨み言(母のせいにしているつもりは毛頭ないのですが)のような事はいわないようにしています。
 

そして、手術に向かうことになりますが、長くなってしまったので、それはまた次の記事で書きます。