明日7/15(水)から入院します。

そして16が気管ステント留置の手術です。

 

ここのところ食事をあまりとらずにいたら本当に体調が悪くなってしまい、

咳とだるさ、熱っぽさが出てきてしまいました。

普通の生活動作をしてもすぐに息切れ・動悸がでて、苦しくなってしまうため、

入院・手術を予定通り終えられるのか不安になってしまいました。

 

昨日は食事を少し多めにとったところ、(昨日の)夜からは少し持ち直したかなといったところです。

息切れ・動悸はあまり直ってない…。

大丈夫かなぁ…。

 

入院してからは、恐らくですが、

造影剤CT、血液検査、手術、手術直後に痰吸引、退院直前の痰吸引があると思います。

痰吸引は気管支鏡と同じ要領でやると言っていました。

薬で「意識をぼやけさせて」やるそうです。

尚、この薬は胃カメラ等の消化器系のものより強い薬だそうです。

「気管を通すので消化器を通すのよりもっと厳しいから」だそうです。

 

何はともあれ、留置後に息苦しさが解消して(多少でもいいから)いること祈るだけです。

初発から5年経ち再発した悪性腫瘍「胸腺カルチノイド」の摘出手術の話です。

 

私は過去にある医師から「原発部位のがんの再発は手術はせず、化学療法が基本になる」という話を聞いていました。

実際、初発の胸腺カルチノイドの摘出手術をしたS大学病院でも「手術はしない」と言われ、すぐに抗がん剤の提案をされました。

神経内分泌腫瘍(胸腺カルチノイドも膵神経内分泌腫瘍も神経内分泌腫瘍です)は治療法が確立されておらず、効く抗がん剤はありません。

治すためには手術に頼るしかありませんでした。

 

S大学病院からがんセンターに転院した後、胸部外科で相談したところ、検査を踏まえて、

「sok310さんの場合が腫瘍が大上静脈に接していてうちではできない。」、

「大上静脈が切れてしまった場合の時のため、人工心肺で対応ができるような大学病院じゃないと手術は難しい」

と言われました。

 

大学病院…、もうS大学病院はいけないし、いきたくないーというわけで、県下のもう1つの大学病院「J大学病院」にお願いしてみることになりました。

このJ大学病院がこれから気管ステント留置の手術でお世話になる(その他にも何度も通院歴があります)大学病院です。

 

J大学病院の呼吸器外科の診察をうけ、手術が可能か?を聞いてみたところ、「手術はできる。しかし、大きな手術になる。」と言われました。

人工心肺の準備が必要であることを聞いていれば、その手術が大きくなることは想像するに難くなかったので、迷うことなく手術をお願いしました。

こうして胸腺カルチノイドの摘出手術が決まりました。

 

一方、膵神経内分泌腫瘍はどうするうのか?

これはそのまま放置することになりました。

というのも、初発の時に行った病理検査の結果、「(あくまで切除したものですが)悪性度が高いものではないらしい」「無機能性(だったかな?そんな感じ)のものだったとのこと。

ただ、再発でできたものが初発の時のものと同じとは限らないわけですが、とはいえ、対処方法があるのかというとそういうわけでもなく、「放置して様子を見る」ことになったのでした。

 

そして、再発が発覚してから5カ月以上もの期間を経て(過去記事「『過去に受けた治療③』の前に…」を参照のこと)ようやく手術に漕ぎつけたわけですが、

手術日前日夕方17時頃、手術の説明がありました。

診察室で「手術が失敗する可能性もある」という話もされ、5枚くらいの「リスクについての説明」が書かれた書類と同意書を受け取りました。

説明の最後に「もし、やるというのであれば同意書にサインをして看護師さんに出してください」と言われました。

この「まるで今からでも断っていいよ。なぜならそれだけ大きなリスクを負う手術だし、失敗する可能性だってある」とでもいわんばかりのクロージングに私は驚きました。

自分の病室にかえってきて、書類を読みながらこれまでの手術とは違う…と感じました。

怖かったですね。

本当にやっていいんだろうか?

手術が終わって自分が目を覚ました時にはたして自分は「普通の生活」に戻ることができるのだろうか?

もしかしたら、今日が最後なんじゃないか?

とかかなり不安になっていました。

 

この日は入院初日だったため、自宅からJ大学病院まで母に車で送ってきてもらっており、

私が書類を読んでいるとなりにいたのですが、

そこで私は「なんで僕だけこんなめにあわなきゃいけないんだ」と小声でつぶやいてしまいました。

同意書にサインをしてナースステーションまでその書類を出しに行ったとき、母がそれについてきていて、

ちらっと母の顔が見えたのですが、母が泣いていたように見えました。

敢えてそれをまじまじと見て確認をするようなことはしませんでした。

母には「もう大丈夫だから」と伝え、すぐに帰ってもらいました。

 

多発性内分泌腫瘍症(MEN)は、内分泌系に腫瘍ができやすくなる病気です。

膵臓、胸腺、脳下垂体、副甲状腺これら4つの場所のうち2つ以上に腫瘍がある場合、MENであることが疑われます。

(手術の後の病理検査等で実際に判断されると思います。)

MENは「遺伝」が原因だと言われています。

母なりに思うところあったのだと思います。

以後、母の前で愚痴や恨み言(母のせいにしているつもりは毛頭ないのですが)のような事はいわないようにしています。
 

そして、手術に向かうことになりますが、長くなってしまったので、それはまた次の記事で書きます。

 

この記事で書くことは、以前の記事「過去うけた治療②『膵内分泌腫瘍の摘出手術』」から後で書く「過去に受けた治療③」の間に起きた出来事です。

 

「過去うけた治療②『膵内分泌腫瘍の摘出手術』」は2013年2月。

その後、再発予防のために大学病院で胸部に放射線治療を行いました。

これはスムーズに終わりました。

毎日病院に通うのは面倒でしたが、職場に理解があったことと当時はその大学病院の近くに住んでいたので、困ることはありませんでした。

放射線治療については後ほど細かく記事にしたいと思いますが、

一旦この時期の放射線治療についてはこれで終わり。

 

そして2017年2月、胸腺カルチノイドが再発しました。

まず、2016年12月19日に造影剤CTを受けて、同月26日にその検査の結果を知らされるはずの診察がありました。

しかし、この診察では検査結果について何も知らされず、診察は終わりました。

もっとも、もう5年近くも長い間経過観察をしてきており、その間ずっと検査をしては「特に何もないね」という話を聞くということを繰り返し続けていたので、その時は何も思いませんでした。

ただ、毎回検査結果については医師から伝えられてはいたので、26日の会計待ち時間で「あれ?今回は検査どうだったんだろ?一応聞いとけばよかったな。次回聞こう。」と思いました。

 

そして、次の診察が2017年1月30日。検査から1カ月以上経ち、

この日の診察で私から医師に「あの検査の結果はどうなったんですか?」と聞いたところ

「あぁ、あれ?再発だと思う。」とあっさり答えられました。

 

再発したことがショックではありましたが、

医師が検査から1カ月以上も何もしないどころか知らせることすらしないことに正直腹が立ちました。

その後医師が何を言うのだろうと思って黙っていると向こうも少しの間黙ったままでした。

少しして、膵臓や他の部分への転移等も気になるから検査をするとしてPETやら腹部・頸部エコー、造影剤MRIの検査を予約していました。

私は「手術はしないんですか?」(原発部位での再発は手術を原則的にしないというのは別の医師から聞いたことがあったので、手術ができないかではなく、手術はしないかと聞きました)と聞くと、「しない。」と答えられました。

続けて、「今後は内分泌科で診てもらうことになるから」と伝えられました。

 

(以降、大学病院をS大学病院医師をS医師とします。S大学病院は今私が気道ステントをいれるための手術をお願いしている大学病院とは異なるので、便宜上名前をイニシャル付きにしました。またS医師は今後記事に書くであろう内容で参照することのある人物であるため、これもイニシャル付きにしました。)

 

すべて終えるのに2カ月間近くかかった複数の検査の結果、転移はありませんでしたが、膵臓には腫瘍がありました。

膵臓の腫瘍は「過去うけた治療②『膵内分泌腫瘍の摘出手術』」で書いたように半分は予想していたことでした。

つまり、私は胸腺カルチノイドと膵臓の膵神経内分泌腫瘍の治療方法を模索しなければいけなくなりました。

 

検査と並行して、呼吸器外科(S医師)、消化器外科、内分泌科(3つの診療科ともS大学病院です)の診察も進んでいました。

私は既に体内に腫瘍が再発して結構な時間が経ってしまっていることに焦りと不安がありました。

また、手術しないのであればどうするのか?時間の経過とともに体ががんに侵されているものの、自身には何をすればいいのかわからないし、医師もその手段を明示してくれていない状況でした。

 

そんな中で各診療科の診察で話されたことは次のとおりです。

● 呼吸器外科(S医師)

 ・何の抗がん剤が効くのかわからない。

 ・「消化器外科の先生に相談する」→電話つながらず。

 診察は何もしないで終了。

 

● 消化器外科

 ・すい臓がんの抗がん剤を勧められる。

  → 胸腺カルチノイドや膵内分泌腫瘍には効かないことがおよそわかっていて、デタラメなのが一目瞭然。

 

● 内分泌科

 ・何度診察を受けても何の治療の話もしない。

 ・S医師に手紙を渡すよう(私が)言われたが「そんなことやっている時間がない(そもそもS医師が治療法を選定できない)。」と告げると、やがて怒り出し、「私は今月でこの病院やめるんだから知らないよ!」と言い出す。

 

あまりにひどすぎる…。

消化器外科の先生に「担当医をS医師から別の先生に変えてもらうことはできないんですか?」と聞きましたが、

「できない」とはっきりと言われました。

※ S医師は「過去うけた治療①『胸腺カルチノイド・副甲状腺腫瘍の摘出手術』」の手術の執刀医です。

そのため、この医師がずっと担当医にしていました。

 

というわけで、転院を決意しました。

通院に時間がかかってはしまうけど「がんセンター」に転院することにしました。

 

転院の意思を担当医であるS医師に告げると、

「あー。いいよー。…あー、あの病院ね。〇〇先生でしょ?知ってるよ。みんな知ってるから。」と言っていました。

何が言いたかったのでしょうか?

後々になるのですが、後でまたこのS大学病院に通院する機会が訪れるのですが、

そのときに「sok310さん、S先生の診察受けたことあるね。」と確認され、それが事実だとわかると「その治療だったら、がんセンターでもやってるから」と言って、なぜか治療を受けさせてもらえませんでした。

その「通院する機会」自体、がんセンターから紹介されたものだったんだけれども…。

で、がんセンターにまた戻って一応治療は受けられました。

 

少し話がずれました。

文章にするとあまり大したことないように聞こえるかもしれませんが、

このときは本当に絶望していました。

医療を本当に信じられなかった。信じられなくなった。

そして、本当によい病院・よい医師(自分にあった医師かも)とのめぐり逢いはとても重要だなと思いました。

寿命だけでなく、闘病期間中のQOLにも必ず影響すると思います。

 

結局、再発した胸腺カルチノイドの切除手術は2017年7月13日になるのでした。

実に再発発覚から5ヶ月以上が経っていました…。

これについてはまた後で書きます。