太郎がいなくなった。
もう、どこを探しても見つからない。ふと街角で会うことも、偶然、エレベーターに乗り合わせて、「よう!久しぶり。元気か?」と、声を掛けたりする事も、絶対に無くなってしまった。
9歳年下の後輩が、私より先に逝ってしまう。天は、なんと、理不尽なことをするものか。
石田太郎君が、劇団雲に入団してきたときは、そのガタイの大きさと、笑うとなんとも愛嬌のある表情が印象的だった。
そして、その身体からほとばしる力強い美声は、僕らを驚かせたものだ。
それ以来我々は、「太郎、太郎」と可愛がり、そして、まだ若かった我々はよく喧嘩もした。
まさに、青春時代のかけがえのない、戦友の一人だった。
劇団雲が分裂し、久米明氏・故小池朝雄氏らと共に、私達は「劇団昴」の創立メンバーとなる。
そして数年後、彼は新境地を求め、我々と袂を分かつ事になった。
悩みに悩んだであろう決断の理由は、知るよしもなく、知る必要もあるまい。
その後、亡くなった小池氏の持ち役『刑事コロンボ』の声を引き継ぎ、その特徴を見事に捉えた演技に、我々も世間も驚き、賞賛したものだ。
それ以降の彼の活躍は、目を見張るものが有る。
2005年明治座で、菊川怜主演『五瓣の椿』を観た時、彼の抑えの効いた演技は、キャラクターが自然に私の心に染み込んできて、その鮮度に興奮したものだ。
彼は、父の後を継ぎ、石川県金沢市乗敬寺の住職でもあった。
7年前、奥さんの立花房子さんが亡くなった時には、自らがお経を上げ、妻を送ったそうだ。
ある日君は、「総ちゃんのお経は、絶対、俺が上げるからな!」と、迫力のある声で電話をしてきたよな。
数年前のことだ。
その約束を果たすことなく、君はいなくなった。
「演劇」する事に、墓場まで戦い続けた太郎。合掌。