シスターズ リレー の 報告会 記憶の風化 |  創業60年 オーダー婦人服店  赤いクマノミのブログ  at 渋谷

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私らしい装いをご一緒に捜しましょう。  

ブティック モロ

クチュール素材のオンリーワン

シスターズ リレー




東日本大震災への ボランティアが 日本中から 世界中から集まってくれています




クタクタになるまで 働いて


1週間。。。10日 


とても 自分で 食事をまかなって お風呂もがまん、、、は実際できない。


くたくた ですから。


そこで



彼らの お母さん役を シスターが 修道院が 引き受けられました シスター


教会を拠点に サポートシステムを作ったそうです。



日本にある カトリック修道会は 70あまり。。。。


修道会の 横つながりで バトンをわたして ボランティアのお世話をするボランティア


ベールを脱いで 私服を着て ふつうのおばさん風になって 助け続ける。


修道会の垣根なしの 活動は初めてだそうです。





その 報告会がありました。



その 報告会の始まりは 映像でした。

あの 津波の その悲しみの 映像でした。



「日本では流せなかった映像」 から。(海外でこれでもか これでもかと流されたそうです)




一面が 木と クルマと 家財と泥 の海 でも よく見ると


 泥だらけの亡くなっている 人、、、、 犬 、、、、ひと


半壊で 流れた家のなか 身体を丸めて 動かない泥だらけ の男性?おじいさん?


そして  泥だらけのお人形のような 赤ちゃんのなきがら、、、


座る場所も 立って泣く場所もない 土砂と木材の山 崩れてきそうながれき 立ちすくむ姿




雪の中 白いお棺に 泣きじゃくりすがりつく 女性 


なん十メートルの 長さで 横に並んだ お棺の 列と 泣き、しゃがみこむ家族たち。


がりがりの 繋がれたまま 息絶えている牛


雪の中 黙々と 捜し続る 自衛隊 





風化していました。 私の中で。



船が 建物の上に乗りあげている写真も 見慣れてしまっていました。




映像には  悲しみで震える 日本人が いっぱいいました。


そう。 雪が降っていました。 寒そうで辛そうでした。 八か月まえ そうでした。




友人の 安否を探るのが 怖かった あのときの 恐怖が よみがえってきました。


報道番組に映る 体育館の行方不明者の名前のはり出しのなかに 


彼女の名前はいないかと、、、、そんな 思いで さがしていました。 あのとき、、




雪が   降っていました。 


映像を見て  思い出しました。 あの時を




風化していました。。。。





先週 クラス会で 仮設住宅に 落ち着いた 彼女が


元気に出てきました。 数年ぶりに会えました。



あの 惨事が 頭の中で風化していた私は、、、 



言葉では


『大変だったね、』 って言ったけど 


心から 


『 よく 上京出来たね。少しづつ頑張ろうね 』って 言ったつもりだけれど。





彼女は 感じただろう。  本当は 解ってないな―って


東京は 傍観者は  離れた所だなーーって




私自身 私の記憶が こんなに 薄れていたとは 思っていませんでした。



悲しみは 時間とともに 忘れられるから 楽になるのだろうけれど、、、、



記憶の 風化の 早さに 驚きました。






シスターは 力をこめて おっしゃっていました。



シスター 「 『今は 何ができるんだろう。。。。。』 と 聞かれます 」



「物見遊山でもいいから 行ってください。  北へ行って 見て来てください。。。」