2026年6月24日作成

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表題通り、囲碁や将棋に更に通じるために、温故知新の観点で、棋士の過去の名言を集めて、ご紹介しています。

今回の名言:勝負は最後の最後までわからない。 BY 趙治勲棋士

趙治勲棋士(1956–)は、昭和から平成にかけて日本囲碁界を牽引した大棋士であり、その勝負強さと逆転劇の多さから「勝負師の中の勝負師」と呼ばれてきた。この名言「勝負は最後の最後までわからない」は、単なる精神論ではなく、彼の棋風・人生・時代背景すべてを反映した言葉である。

まず、この言葉が生まれた背景には、趙治勲棋士の幼少期からの壮絶な経験がある。彼は韓国・釜山に生まれ、幼い頃から囲碁の天才として知られたが、9歳で単身日本に渡り、安井知得棋士門下で修行を始めた。当時の日本囲碁界は、藤沢秀行棋士・坂田栄男棋士・林海峰棋士らがしのぎを削る激戦時代であり、若い趙治勲棋士はその中で生き残るために、勝負への執念を極限まで磨き上げた。彼は「負けたら終わり」という極端な環境で育ち、どれだけ不利でも諦めない姿勢を身につけた。

趙治勲棋士の棋風は「粘り」「執念」「逆転力」と評される。序盤で不利になっても、中盤の戦いで相手の隙を突き、終盤のヨセで驚異的な精度を発揮して逆転する。彼の対局には、プロ棋士でさえ「なぜこれが逆転するのか」と驚く局面が多い。まさに「最後の最後までわからない」碁を体現してきた棋士である。

この名言は、趙治勲棋士自身の実体験から生まれたものだ。彼はインタビューで「どれだけ悪くても、最後の一手まで勝つつもりで打つ」と語っている。実際、彼の逆転勝ちは数え切れないほどあり、特にタイトル戦ではその勝負強さが際立った。たとえば、名人戦や本因坊戦での数々の名局は、終盤での粘りと逆転劇によって語り継がれている。

この言葉は、他の棋士にも大きな影響を与えている。井山裕太棋士は「趙治勲先生の粘りは、プロでも真似できない」と語り、張栩棋士は「趙先生の碁は、最後まで希望を捨てない姿勢を教えてくれる」と述べている。特に若手棋士の間では、趙治勲棋士の対局を「逆転の教科書」として研究する者も多い。

また、この名言は囲碁だけでなく、人生哲学としても広く引用される。趙治勲棋士は、人生においても数々の困難を経験してきた。病気、スランプ、タイトル喪失など、何度も逆境に立たされたが、そのたびに復活してきた。彼の人生そのものが「最後まで諦めない」精神の象徴であり、この名言の説得力をさらに強めている。

現代的に解釈すると、この言葉は「AI時代の囲碁」にも通じる。AIは序盤から形勢判断を数値化するが、人間の対局では心理・時間・読みの疲労などが影響し、数値通りに進まないことが多い。プロ棋士の間でも「AIが不利と言っても、人間同士ならまだわからない」という考えが広がっており、趙治勲棋士の名言はむしろ現代で再評価されている。

さらに、趙治勲棋士の名言は、スポーツ界やビジネス界でも引用されることがある。勝負事において「途中で諦めることの愚かさ」を教える言葉として、多くの人に響く普遍性を持っている。囲碁は一手のミスで形勢が大きく変わる競技であり、最後の一手まで集中し続けることが求められる。趙治勲棋士はその姿勢を極限まで体現した棋士であり、この名言は彼の生き様そのものと言える。

総じて、「勝負は最後の最後までわからない」という言葉は、趙治勲棋士の勝負哲学を象徴し、囲碁の本質を突いた名言である。逆境でも諦めず、最後まで希望を持ち続ける姿勢は、囲碁だけでなく人生全般に通じる普遍的な価値を持つ。

新たな年も早くも六月中旬となり、夏と変わらない日差しと、台風の接近と共に梅雨の訪れを早くも感じてしまう、陽気の今日この頃ですが、皆さんはどの様にお過ごしでしょうか?

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