たまにテレビの報道番組を見ると「効率」というものをそれらに出演している人間たちが重要視していることに気がつきます。
「効率が良いこと」が善であり、推奨すべきことであると一般的には正しいことであるということになっているのでしょうか?
だからこそ、非効率の権化である公務員(官僚)たたきがもてはやされるのだと思います。
たしかに、公務員の生産性は低いです。
そういう意味では非効率であるというのは間違いないでしょう。
では、効率が良い、というのは本当に良いことなのでしょうか?
物事にはなんでもそうですが、メリットとデメリットがあります。
「効率が良い」にもメリットとデメリットがあります。
そのメリットとしては、生産面において大量の物・サービスをよりスピーディーに提供できることです。
少ない投資でより多くの供給をする、これが最大のメリットだと思います。
このメリットを最大限喧伝しているのが今のマスコミだと言えます。
では、デメリットとは、何でしょうか?
それは、多様性の排除、有事に弱いことが上げられます。
効率が良いということは、効率が悪いものを排除するということであり、それは未来への可能性を摘み取られやすいということです。
また、効率化されたシステムは有事の際(災害・戦争)、機能不全に陥りやすいです。
例えば、去年の東日本震災の際、大手自動車メーカーが中小企業の部品メーカーが被災した影響で自動車の生産をストップしたことでも現れています。
他にも、極度に効率化したシステムは弱者の厳しいことが上げられます。
これはメリットにも繋がりますが、弱者にとってはデメリットでしょう。
先日の「とくダネ!」のMCの小倉さんが番組の冒頭で、新聞記事を引用し、民間の小売業界が身を削るような安売り競争をしていることを取り上げていました。
そして、これらの競争をしている民間の経営者が政府の運営をすれば、もっとムダを削ることが出来るでしょう、というようなことを発言していました。
たしかに、民間の経営者が政府の運営をすれば、さらに効率的になるでしょう。
しかし、それは本当に幸せな社会を実現するのでしょうか?
政府とは、効率化と対局にある組織です。
すくなくとも、短期的な効率的な物・サービスを提供することはほとんどありません。
もし、効率的な政府なるものを実現できるとしたら、ソ連などの共産主義勢力は冷戦に敗れるようなことはなかったでしょう。
だからといって、市場や金融を最大化したような効率化を重視した新自由主義にそったグローバル経済はすでに破綻の様相を呈しています。
そして、日本は地震が頻発する活動期に入りました。
このような「すぐそこにある危機」であり、日本を滅ぼしかねない有事がいつ起こりかねない状態にある現状において、「効率化」を進めるリスクを日本人は実感しているのでしょうか?
東京・名古屋・大阪などの「太平洋ベルト」に経済の7割が集中している現在の日本経済において、いかにこの状態が危険であるかを日本人は自覚すべきではないでしょうか?
そして、効率化はとは、経済や行政の集中をそれらの地域により進めようというのです。
それ以外の地域の過疎化を促進することになっても・・・
このようなことは「危険」としか、言いようがありません。
我々が求められるのは、適度な効率であり、適度な非効率であると断言します。
そして、デフレ不況の今、私たちがやるべきことは、効率を良くすることではなく、私たち日本人に絶対必要な非効率な事業を進めることだと考えます。
それは、震災の復興であり、これから起こるであろう震災への対策であり、集中しすぎた経済基盤を各地方に分散させることであったりします。
そうすることが、日本経済をデフレ不況から脱出させ、健全な国家に生まれ変わらせる唯一の道だと信じます。