読書時間:2h
一読:あり
再読:なし
R指定:なし
著者:小林雅一








AIの歴史と今を語る。
AIには冬の時代があった。
お偉い研究者が「こうすれば出きるはずだ」と考えたことがスベりまくり、予算がつかなくなってしまったのだ。
カラクリがどうなっていたかは分からないが、膨大な条件分岐があったように思う。
完璧な条件分岐があれば実現できたかもしれないが、そもそも完璧なものは作れない。
AIとは人を知ることだと思う。
冬の時代の研究者は、人と向き合っていなかった。それはもう読んでいても寒いくらいだった
今はどうなっているかというと、統計的手法を元にしたAIが結果を出している。
真のAI派からはそんなのAIじゃないと批判されているようだが、統計を元にした手法のAIを「AI」と呼ばなければ、真のAI派と衝突することはない。
IA(Intelligence Amplification)として別のものとすればいいという考えは、著者のファインプレー
定義はさておき、人の役に立っているのは統計的手法を用いたAIだ。
そうすると人は統計的に判断しているのか?
yes!yes!yes!
因果律は破れないから、判断は未来を予測して出すことになる。つまりは統計だ。
著者はAIの専門家ではないので、1歩引いた位置から機械との距離感を上手く説明する。
車の自動運転については、いきなり機械にすべてを任せる抵抗感があるので、最初は一部を任せて徐々に浸透していくだろうということ。
介護ロボについては、人間の体に触れるタイプは安全性の面でメーカーが慎重になり進まないということ。そもそも現場のニーズとあってないとか
そして、将棋ソフトとプロ棋士の「電脳戦」
著者はオセロの例を挙げて、将棋ソフトと名人の戦いを早いうちに実現した方がいいと提案している。
オセロはプロ(あるの!?)との対決を先延ばしにしていたため、機械が強くなりすぎて0vs6で完敗だったという。プロの面目丸つぶれで人気も下降するという結果になってしまった。
そもそも人間が機械に負けると人気が衰えるのか?
チェスはそうではない。
将棋もそうではないと思うが、名人がボロカスに負けたらプロ棋士の格が下がってしまうような気がする。
電脳戦で負けてきている今のうちに接戦を演じれば、将棋人気は衰えることはないだろう。









これからのAIはどうなっていくのか?
今は統計的手法が主流でも、将来は違うと思う。
面白い実験結果が載っていた。
『映像を微小電圧に変換し舌につけると、舌を通してイメージが見える。』
人間へのインプットは、何か共通のフォーマットに変換されるようだ。
インプットが変わればアウトプットも変わる。どんな手法が主流になるかは、おのずと決まってくるだろう。
そのためには参加者は多い方がいい。
googleの月レースみたいなのは、どんどんやったらいいと思う。
ホンダは軍事転用を恐れてロボティクスチャレンジを辞退したというが、それだけが理由で辞退したのなら非常に残念だ。
ロボットに限らず軍事転用しようと思えばできることは他にもある。
本書に出てくる日本の企業が僅かなのは何故なのか考えた方がいい。
