一読:あり
再読:なし
R指定:なし








イタリア中毒という言葉を聞いて、何に中毒していると思うだろう。
ワインでもなければ街でもない。
「人」
著者はイタリア人に中毒しているのだ。
最初は何が良いのかさっぱり分からない。
トラブル続きの生活を読んでいるとヤレヤレとしか思えないが、単なる体験記で終わりそうだった最後、ちょっと哲学っぽい件はよかった。
自分の居場所がありそうな気がした。何より嬉しかったのが、多様性を認めるということだ。
ちょっと変わっていると言われる私でもここなら自分の居場所がありそうに思えるが、イタリア社会ではコネ(日本で言うコネよりずっと軽い意味)が重要だというから、実際に生活するのは難しいだろう。
イタリアを旅行したときジプシーには気をつけてと言われたが、遭遇したときジプシーのほうが避けた事を思い出した
(避けられたので実際にジプシーではない可能性もある)お独りさまが生きやすい日本とは違い、イタリアの独りは、この上なく生き難いだろう。
今更イタリアで生活もないので、どっちでもいいが、ひとつ分かった。
自分は話をしたかったんだ。
それも、聞いて欲しいんじゃなくて、議論したかったんだ。
日常でも、生きるとは?愛とは?など話すことが多いらしいが、どういう文脈からそういう話になるのか見当もつかない。
重力の話をしたら浮くかなぁやっぱり

