チャーリー・パーカーが世を去ったのが55年3月。そしてキャノンボールがニューヨークのジャズ・シーンに登場したのがその年の夏のことだ。「カフェ・ボヘミア」に飛び入りし、オスカー・ペティフォードやケニー・クラーク達をバックにバリバリと吹きまくり、周囲をアッと言わせたというエピソードは既に有名だが、そうしたことからキャノンボールは当時、パーカーの再来などとも呼ばれていた。しかし、ここにキャノンボールの悲劇(?)の始まりがあったと言ってもいい。実際、最初の専属契約を結んだマーキュリーでは、そうした認識のもと、キャノンボールの本質に無理解なアルバム制作がなされたと言っても過言ではない。ウィズ・ストリングスや後のリバーサイドにおけるビル・エヴァンスとの共演盤などで、キャノンボールのリリカルな側面が取り沙汰されることもあるが、やはりこの人の本領は強烈なファンキー・フィーリング、アーシーで天真爛漫、ラプソディックなプレイにある。

 しかし、このことは未だにキャノンボールに対する過小評価の大きな要因にもなっている。大体ファンキーという日本のジャズ界では格が下がってしまうのだから不思議だ。そもそもファンキー・ジャズには、ゴスペルからの影響が強くあらわれている。これはブラック・ミュージックの重要な要素であって、軽視すること自体がおかしい。その意味ではレア・グルーブ、ファンク熱が高まる90年代こそ(注:この本の出版時期は1992年(平成4年)7月)、キャノンボールに対する再評価が活発におこなわれることになるのかもしれない。…

― ジャズ批評75『特集アルトサックス、フルート、クラリネット他Vol.1』

 

 

 キャノンボールにはいろんな引き出しがある。あの大きいお腹にはドラえもんみたいなポケットが付いていて、その都度、その状況に最適な面をピックアップしてリスナーを楽しませてくれるかのようだ。

 チャーリー・パーカー以降、最高・最強のアルト・サックス奏者のひとり。50年代に彼がサイドメンとして参加した作品ではすべて、火を噴くような超絶バップ・アルトが味わえるといっていい。『ヒア・カムズ・ルイ・スミス』ではバックショット・ラ・ファンクという変名で吹いているが、ファイアーボール・オブ・ビバップと改名したくなるほどの怒涛ぶり。58年のマイルス・デイヴィス『マイルストーンズ』はレコードでいえばA面3曲、それにB面ラストがブルース形式だが、この使い慣れた形態の中で、どこまでスイングしつつ遠くに行けるかという命題に挑戦しているかのごとく、キャノンボールのプレイには殺気が満ちている。かなりアウトしているが破綻寸前で身をかわし、なにげなくホームに戻ってくるあたり、ものすごい緊張感である。『キャノンボール・イン・シカゴ』、ポール・チェンバースの『ゴー』での吹奏もこれらに次ぐ逸品だ。キャノンボールが自身のバンドで展開した音楽はもうちょっとリラックスしたものだが、本誌の主旨に沿えば、推薦盤すべてを50年代の参加作から選んでもいいくらいだ。抜群の巧さ。が、巧さと同じぐらい美味しいのだ。リードミスなどしたことがあるだろうか?…

― ジャズ批評ブックス『Jazzアルトサックス』

 

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 Cannonball Adderley のCDは都合19枚持っております。そのうち初期の6枚はスタジオ盤、残りはライブ盤ないしは未発表/発掘音源のライブです。そのうち初期の6枚をとりあえず紹介してみようかと思います。Cannonball はフレーズが明快で、そのうえ技巧も文句なしです。ぜひこのブログの読者(?)のかたに聴いていただきたいアルバムがそろっています。よろしくお願いします。