最近、お馬鹿キャラといわれる芸能人が氾濫している。


キャラなのか真性なのか、どっちでもいいが、

いい加減、もう飽き飽きです。



終いには、お馬鹿キャラの芸能人を通り越して

ただの馬鹿な人(一般人)まで登場する始末。

クスリとも笑えないお笑い芸人も然り。



別に視聴料払ってるわけではないし、

番組のスポンサーでもないので

文句言える筋合いはないが、

馬鹿だとTVに出れると勘違いする若者が

増えるのだけは避けていただきたい。


大したことないけど、調べるのに多少苦労したので備忘録として。



「表示」→「コードビューオプション」→「ワードラップ」



のON/OFFで切り替えられる。



非常にわかりにくい。

ふつう環境設定だろ。

環境設定のコードフォーマットの自動折り返しじゃないんかい!メラメラ

昨日書いた記事の続き

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組織改変によって、組織の行く末に不安を持つ部下のいる

管理職とランチに行った時の出来事。

部下が恐れているのは「現状からの変化」であった。

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私は、

「変化」を恐れる人間と、恐れない人間がいると考えている。

つまり、突風に吹き飛ばされない精神と、変化に対応できる柔軟な思考が

その人間に備わっているかどうかということだ。

ランチを共にした彼の部下で、仮に「変化」を恐れているのだろうと

判断出来る人間像を創造してまとめてみた。

・他力本願

・言われた事しかしない(できない)

・セルフコントロールが出来ない

・時間感覚が貧相

こういった人間は、有意義な時間を使えず、仕事は非効率。

且つ成長が遅く、自分のやりたい事が明確ではなく、

会社が従業員を救ってくれる(養ってくれる)と勘違いしている。

ここで私はアドバイスとして、彼に言った事は、

「まず、時間感覚を養う事を教えた方が良い」

という事である。

時間というのは人類が盲目的に意識している尺度であり、

我々は絶対的に時間の奴隷である。

誰しもが知っているはずの、「今日という日は二度と来ない」という

事を我々は、しばしば忘れてしまう。

例えば、「余命1年」と言われる事と「余命3年」と言われる事で

どの程度、精神的に差を生むだろう?

私は余命宣告された事が無いので、仮にだが、

さほど、差はないのではないかと想像する。

つまり、どちらにしろショックを受けるだろうという事だ。

なぜなら、余命○年と言われる事で、

時間の支配を意識するのだ。

私達はやはり、時間という絶対的な君主からは永遠に解放されないのだ。



「残された時間をどう有効に使おう」



いやいや、そもそも、生物には産れ落ちた時から

「残された時間」というものがあるわけで

意識とは無関係に、残酷にも今この瞬間ですら、

我々は残された時間は削ぎ落ちているわけだ。



不思議なもので、日々の生活というものは、

このような時間の支配を受けた時の方が、喜怒哀楽を鮮明に映すようである。

感情は、生への意識と比例する。

毎日通った道路の脇に咲く、ちっぽけな花にすら、

余命半年の人には感動が沸き上がる事もあるようだ。



少々極端ではあるが、

我々の人生がより意思に近づくよう

意識できるかどうかは、時間の支配を受け入れる必要があり、

「時間感覚」というものを鍛練すべきなのだ。



日常における全ての事柄は、

我々がもつ「残り時間」を消費して体験しているのであり、

そう捉える事で、より有意義な仕事や生活が送れるものと信じている。