実感、体感から、神棚を設置して、ほぼ毎日、祝詞を奏上させて頂いてやっと数年経った。


たったの数年だが、やっと実感として文章に出来そうな事が出て来た。


最初の頃は、ただただ、毎日、水を替え、奏上するだけで、何かを感じる事は無かったが、ある日、遊びに来た友人が、『天照大神様を祀ってる?』って言われて、分かる人には分かるんだなぁと思い、なんか嬉しくなって、確信しながら、毎日奏上をしている。


ある時から、腹筋と言って良いのか、下丹田と言って良いのか、芯なのか軸なのか、しっかりと立ち、奏上出来るようになってた。

(出来るというには、かなりおこがましいけど、最初に比べてという意味です)


申し訳ないが、宗教的にと言うよりは、体感的に、実感的に自分に必要だから、やる。


ただそれだけである。


でも、そこから来る安心感のある動きが、私の仕事には不可欠だと感じる。


誰かからやれと言われた訳でも無い。


いや、自分の内側からやろうと思わなかったら、続いて無いだろうな😅


宗教的な所から入らず、体感的に入れたからこそ、感じる宗教感。


全てに感謝の毎日です🙏