イギリス人は狂気を好む。
例えば、2002年のギネス・ワールド・レコーズ社による「英国史上最高のシングル曲は?」というアンケートの結果は、2位のジョン・レノンの「イマジン(1971)」を抑えて、クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ(1975)」が1位となった。
なぜ人を殺した現実を受け止められず、狂気に陥った少年の歌が、老若男女問わず、最も国民の支持を得るのか。
2位のジョン・レノンにしたところで、「コールド・ターキー(1969)」や「マザー(1970)」は狂気の歌だ。
どちらも正気を失って救いを求めて叫んでいる歌である。
デヴィッド・ボウイの「ヒーローズ(1977)」もまた狂気を強く感じさせる歌だが、この歌はベルリンの壁崩壊のきっかけをつくった歌として、精神の危機や極限状況に打ち勝つ姿を描いた名曲として評価が定まっている。
しかし、私は当時の若きデヴィッド・ボウイが歌う映像を、せつなすぎて見ていられなかった。美輪明宏さんのように中性的で、薬の影響か痩せ細って、廃退的で、刹那的で、見ていて痛々しかった。
彼の歌声にも私は狂気を感じた。なぜこれが彼の代表作になるのだ。
ピンク・フロイドの「吹けよ風 呼べよ嵐(1971)」なども、始原の世界というか、人間の無意識界にうごめく野生の衝動を表現した狂気の音楽にしか聴こえない。さらに、そのものズバリ「狂気(The Dark Side of The Moon/1973)」という表題の人間の内面に潜む狂気を描き出したアルバムが、ピンク・フロイドの代表作として、世界で一番売れたアルバムの一つになっており、50年以上売れ続けているとか、まったく意味がわからない。
ポリスの「見つめていたい(1983)」も、偏執狂のストーカーの歌だし、トム・ジョーンズの「思い出のグリーン・グラス(1967)」も絞首刑になる日の死刑囚の歌だし…。
どうしてイギリス人は、これほど極限状況の狂おしい情感、内面から噴出した狂気を好むのだろうか。
以前、イギリスの郊外の美しい村などを歩いていて、私が個人的に感じた印象だが、イギリスには、空気そのものに、病んでいるような、ヒリヒリと緊張した気配を感じる。美しい樹々に囲まれた小さな村でさえも、その重苦しい雰囲気から免れることがない。
これがユングの言うシンクロニシティなのかどうか、イギリス人の内面世界が、風景に映し出されているのか、それはわからない。
イギリス人は、強固な理性によって抑制しているが、その意識の深層には、限界まで抑圧されて強烈なマグマのようにうごめく狂気が潜んでいるという。だから、イギリス人は、その内なる狂気を解き放ってくれる音楽を求めるのだと。
では、なぜ、イギリス人の内面にはそのような狂気が存在するのだろうか。それについて、以下の二つの理由が考えられる。
一つは、大英帝国が七つの海を支配し、地球上の1/3を植民地として支配していた時代に、現代まで続く国際問題の火種を各地につくり、奴隷貿易を行ない、他民族を虐待してきた罪悪感が、イギリス人の無意識には潜んでいるのではないかということだ。その止まない良心の疼きが彼らの意識の深層に常に緊張をもたらしているというのだ。
ドイツ人はユダヤ人へのホロコーストの罪悪感から、今も、イスラエルを非難することができない。一方で、イギリス人は、イスラエルとパレスチナの対立を生み出した元凶として罪の意識を抱えている。
さらに、大英帝国の黄金時代であるビクトリア朝期は、切り裂きジャックに代表されるような猟奇殺人が多発した時代でもあり、「ジキル博士とハイド氏」「ドラキュラ」「ドリアン・グレイの肖像」など、とりすました品行方正で美しい表の顔と闇に隠れた醜悪な裏の顔という二面性を描いたゴシック文学の全盛期だった。そのほかにも、死と猟奇性と廃退の匂いは、ビクトリア朝時代の芸術や文化の中に深く浸透していた。
ビクトリア絵画を代表するミレイの代表作「オフィーリア」も、美しい女性の水死体を描いた作品である。
さらには亡くなったばかりの家族に生前のようなポーズをさせて写真を撮る遺体写真が流行した。
彫刻でも「フランケンシュタイン」の著書メアリー・シェリーの夫で、夭折した天才詩人パーシー・ビッシュ・シェリーの死を悼んで、オックスフォード大学にある彫刻「横たわるシェルリー」が有名である。
彫刻家フォードは、衣服がすべて剥ぎ取られ、海岸に無惨に打ち上げられた青白い全裸の死体を完璧な写実性で作り上げた。
また、ビクトリア朝期に、イギリス全土の教会で、彫刻家たちは、教会の屋根や壁に、信じられないほどおぞましく猟奇的な怪物の姿を刻み込みました。これらの怪物は、眼球が飛び出し、口が大きく裂けて、自らも舌を噛み切ろうとしたり、人間の生首を貪り食う姿をしています。
彫刻家たちにとって、教会は自らの狂気を表現できる唯一の場だった。
当時のイギリス人は「世界でもっとも進んだキリスト教文明国である我々には、野蛮な世界を教化する使命がある」という高潔な理念を固く信じていた。しかし、その一方で、彼らが実際に行っていたことは、「世界中で土地や資産を奪い、奴隷貿易を行い、奴隷労働を強制し、虐待に耐えかねた多民族の反乱を徹底的に鎮圧する」ことだという無慈悲な現実があった。
そうした大英帝国の海外での実態は、ビクトリア朝時代の表社会では「品行方正で厳格な道徳」が讃えられる一方で、裏社会では売春宿や阿片窟が流行り、猟奇殺人が頻発し、怪奇文学が花開くという国内における二面性と表裏一体の関係にある。
この取り繕った表面の理性的態度と内面の猟奇性や欲に塗れた情動という二面性が、イギリス人の狂気のルーツであるというのだ。
イギリス人の深層に狂気がうごめく第二の理由は、イギリス社会の重層的な成り立ちにある。
イギリスの先住民族であるケルト系民族は、ローマ帝国の侵攻によってイングランドから追われた。
さらに、その後、アングロ・サクソン族の怒涛の侵略によって、ケルトの人々はウェールズ、スコットランド、アイルランドといった荒涼とした辺境へと追いやられた。
さらに北欧のヴァイキング(ノルマン系)が襲来し、1066年にはフランス化したノルマン人がイングランドを征服した。
その後、イングランドの支配者となったノルマン人とアングロ・サクソン人は融合し、このノルマン&アングロ・サクソンのイングランドがウェールズを併合し、スコットランドを屈服させ、アイルランドを支配した。
イギリスの土地には、2000年に及ぶ、「征服者の冷徹な支配の合理性」と「被征服者の暗い怨念と哀歌」が重なり合って眠っている。
ケルトの暗い情念と抒情性、イングランド内部に潜むノルマン貴族とアングロ・サクソン農民の支配と分断のトラウマ、こうした土着の歴史的風土が、そこで育つイギリス人の精神に及ぼす影響は無視できない。
私がイギリスを訪問した当時、それはちょっとした旅行でしかなかったのだが、夏目漱石ではないが、この国で生活を続けたら、いずれは自分も狂気に陥ってしまうのではないかと感じられるほど、陰鬱な空気はリアルな感触だった。
イギリス人は、きれいに整えられた表面的な正しさや正義を信じない。それが綺麗すぎるほど嘘くさいと感じるのだ。
強固な理性に支配された意識の下には抑圧された情念と魂と狂気がうごめいている。
それを解放してくれるのが音楽だ。だから、イギリス人にとって音楽は特別なものである。理性の抑圧の下から魂を解き放つのが音楽の力だ。
デヴィッド・ボウイやフレディ・マーキュリーは、大衆の代わりに狂って見せてくれる身代わりの存在でもある。
彼らの姿を通して人々はカタルシスを得る。内なる狂気を解放して心を浄化することができるのだ。
一つはっきりしていることがある。ほとんどの日本人は、イギリス人にとって音楽がどれほどの重みを持った存在価値を有しているのか、まるでわかっていないだろうということだ。
もう一つ、気になっていることもある。狂気を抱えているのはイギリス人だけだろうか?
日本人だって、本当は狂気を隠しているのではないか。それが、国民的関心事にならないということが、果たして良いことなのか、悪いことなのか、私には判断がつかない。
ただ、個人的には、狂気に関心のない人々はつまらないと思うのだ。