3/16に発生した辺野古の抗議船転覆事故について、当日の辺野古漁港の監視カメラの映像を、産経新聞が手に入れ、事件からちょうど3ヶ月経った6/16に報道された。
事件当日、リーフエッジで不屈が転覆したのが午前10時10分、救助に向かった平和丸が転覆したのが午前10時12分だ。
カメラの映像では、平和丸転覆から22分後、午前10時34分頃、救助された生徒たちを乗せた海保の警備艇が漁港に入ってくる姿が確認できる。午前10時54分までに七隻の警備艇が次々と港に到着して生徒たちを下船させ、警察官や救助隊員が生徒たちに駆け寄る緊迫した場面が続く。
映像では、後発組を引率していた男性教員や乗り物酔いで同乗しなかった先発組担当の女性教員、さらに救助された平和丸船長も映っていたが、彼らが生徒の安否確認や点呼を取る姿、近寄って慰める姿、声をかける姿さえもうかがえなかった。
まず後発組を引率していた男性教諭は、生徒たちが港に着き始めてから40分ほど経った11時15分頃、始めて映像に現れるが、生徒たちが固まっているところに近づく様子もなく、20mほど離れたテントの中から、遠巻きに生徒たちを眺めているだけで、1人じっと立ち尽くしているばかりだった。
一方で、救助された生徒の一人は「応急処置を受けたときに、海上保安庁の方に『足りない人がいないか』と聞かれたので、生徒で集まって人数確認をした」と振り返る。そして「乗船者のグループ分けの名簿が見当たらず、人数確認に時間がかかった」「誰かは分からないが、1人足りないことに気づき、その旨を伝えたところ、何隻かの船(警備艇)が出航し、捜索が本格化した」と証言している。その間、教師の話はまったく出なかった。
なぜか、引率教員は、本来自分がやらねばならない生徒の安否確認や点呼の義務を完全に放棄していたのだ。
溺死した女生徒が発見されたのは午前11時15分、そして、カメラの映像では11時24分に女生徒を乗せた警備艇が港に入ってくるのが写っている。そして、上陸後、救急車に乗せられるのだが、ちょうど、この時、生徒たちが港に到着してから1時間後に、初めてカメラに写ったのが先発組引率の担当だった女性教員である。
それまで、この女性教員は、カメラには写らないヘリ基地反対協議会のテントにいた。救急車が港に到着して武石さんが乗せられると、この女性教員は、突然、カメラ映像の外から救急車に向けて走ってきたのだ。そして、救急車に同乗して行った様子がカメラに写っている。
自分の責任を完全に放棄して一切仕事をしないのであれば、最後まで仕事をしなければよいのに、なぜ、最後に意味のないパフォーマンスをするのか、と思いました。何もしない方がまだ潔いのではないでしょうか。
少なくとも、この2人の引率教員は、傷ついた生徒たちに寄り添いたいという気持ちを、かけらも持っていなかったことは、カメラの映像からはっきりとわかります。
生徒への共感はまったくなく、感情は氷のように冷たいが、自己保身の意識だけは強力に稼働している人間サイボーグ先生か…。
自分たちが生徒たちの命を預かっているなんて、まったく思っていないのだろうなあ。
素晴らしい子どもたちなのに、なぜ信じられない大人たちしか、周りにいないのだろう。