アメリカのSF界の大御所ロバート・A・ハインラインの長編小説に『ダブル・スター(1956)』という作品がある。同じハインライン作品の『人形つかい(1951)』『夏への扉(1957)』『大宇宙の少年(1958)』『宇宙の戦士(1959)』などと並んで、アメリカの〝黄金の50年代SF〟を代表する古典の一つである。


一方で、イギリスを代表する児童文学作家の一人であるローズマリー・サトクリフの長編小説に『王のしるし(1965)』という作品がある。同じサトクリフ作品の『第九軍団のワシ(1954)』『太陽の戦士(1957)』『ともしびをかかげて(1959)』『運命の騎士(1960)』などと並んで、イギリス伝統の歴史児童文学を代表する作品の一つである。


さて、このハインラインの『ダブル・スター』とサトクリフの『王のしるし』は、作者もジャンルもまったく違う作品であり、作品の舞台も、一方は近未来の火星植民地で、もう一方は古代ローマ帝国時代のブリテン島と、ある意味、正反対ではあるのだが、実は、驚くべき共通点を持っている。


「生きる意味を見失い、食い詰めた自暴自棄の主人公が、別世界への誘いを受けて、志半ばで倒れた過酷な運命を背負った指導者の代役(身代わり)を務めるうちに、命懸けの戦いを通じて、その新世界の人々と心を通わせるようになり、再び生きる意味を見いだす」というストーリー全体の骨格が同じであるばかりか、「主人公と別世界からの使者との出会い」「主人公と身代わりになる指導者に関わる重要な女性との関係の変化」といった、いくつかの主要なエピソードが、完全に重なる一卵性双生児のような作品なのだ。


例えば、剣闘士フェドルスが強者ゴールトと出会い、新しい得体の知れない仕事を受けるかどうか、迫られる『王のしるし』の印象的なシーンは、売れない俳優ロレンゾが宇宙飛行士と出会い、新しい得体の知れない仕事を受けるかどうか、迫られる『ダブル・スター』の冒頭のシーンとほとんど同じである。

ここまでそっくりだと、二つの物語が互いに関係がないということは絶対にありえない。


ハインラインの『ダブル・スター』が、アメリカのアウスタンディング誌に連載され、その年のヒューゴー賞ベスト長編に選ばれたのは1956年。『ダブル・スター』は、ヒューゴー賞長編部門で4度受賞した巨匠ハインラインの最初の同賞の受賞作である。一方で、サトクリフの『王のしるし』が、イギリスで出版されたのは1965年で、『ダブル・スター』が世に出てから9年後のことである。


作品発表の時系列から考えて、サトクリフが、ハインラインの『ダブル・スター』を読み、感銘を受けていたことは間違いない。そして、ハインラインの小説へのオマージュのような作品として『王のしるし』を書き上げたのだろう。だが、この作品は、『ダブル・スター』のパロディではなかった。むしろ、より文学的に深められ、オリジナルを超える珠玉の名作となった。


こうしたサトクリフとハインラインの関係性は、ロシアの文豪ドストエフスキーが、イギリスの文豪ディケンズから強く影響を受けながら、より優れた文学作品を次々と生み出していったことに似ているかもしれない。例えば、ディケンズの『骨董店(1841)』の影響が、ドストエフスキーの『虐げられた人々(1861)』にはっきりみて取れる、というように。

ただ、ディケンズとドストエフスキーの関係などに比べて、ハインラインとサトクリフの、この二つの作品がそっくりであることは、あまり世に知られていないのではないかと感じる。

それは、娯楽SFと歴史児童文学の読者層や批評家があまり重ならないせいかもしれない。


SFの分野でも、ル・グウィンやディックやクラークやレムのように文学的評価の高い作家はたくさんいる。しかし、ハインラインはその1人ではない。

ハインラインは控えめに言っても、人気はあるが文学的評価はさほど高くない大衆娯楽小説作家だし、一方、サトクリフは格調高い英国伝統の歴史小説作家であり、彼女の作品は文学として揺るぎない評価を得ている。

だから「ハインラインのファンで尚且つサトクリフのファンでもある」という読者は、それほどいないだろう。


しかし、2人には共通点もある。

ハインラインはアメリカ海軍士官だったが、サトクリフの父親もイギリス海軍士官で、彼女はその父親に厳しく育てられた。

その意味で、二人は海軍という共通するバックボーンを持っていると言える。

そして、もう一つの共通点は、対象とする読者についてだ。サトクリフの作品は児童文学であり、その対象は小学校高学年から高校生ぐらいがメインである。

一方で、初期のハインラインは、少年少女を対象としたジュブナイルSFを書いており、その分野の先駆者である。

主な読者対象を少年少女としているという点で、この二人の作家は似ていると言える。


因みに、私は二人の大ファンだ。

サトクリフの作品では、実は『王のしるし』が一番好きで、『ともしびをかかげて』『太陽の戦士』までがベスト3。次点で『運命の騎士』と『第九軍団のワシ』という感じだ。

一方、ハインライン作品では、好きな作品のベスト3が、1位『大宇宙の少年(スターファイター)』、2位『宇宙の孤児』、3位『月は無慈悲な夜の女王(1966)』で、次点が『宇宙の戦士』と『夏への扉』という感じで、『ダブル・スター』はその次ぐらい。

オリジナルとしての価値は『ダブル・スター』にあるが、文学作品としては、『王のしるし』の方が間違いなく素晴らしいと思う。だが、『ダブル・スター』が書かれなければ、『王のしるし』も書かれることはなかったのだ。