近頃、「量子力学」という言葉が、スピリチュアル・オカルト界隈で、ひとり歩きしています。

自己啓発セミナーやお手軽な意識の覚醒指導などに興味を持つ人たち、NLP(神経言語プログラミング)や引き寄せの法則をかじった人たちの多くが、「人間は自分の望む結果を得るために、自分の脳を言語によってポジティブなものに自在にプログラミングできる(NLP)」そして「ポジティブな思考が良い体験を、ネガティブな思考が悪い体験を引き寄せる(引き寄せの法則)」さらに「常にポジティブな思考をするように自分の脳をプログラムすることで、望みのままに幸福な人生を歩むことができるようになれる」と考えており、その科学的根拠として「量子力学がそのことを証明している」と主張するのです。


しかし、それは本当なのでしょうか?

はたして、本当に量子力学は、NLPや引き寄せの法則が正しい教えであると科学的に証明しているのでしょうか?

今回は、この問題について考えてみたいと思います。


まず量子とは何でしょうか。

量子とは、陽子、中性子、クォーク、電子、ニュートリノ、光子など、原子以下の小さな物質やエネルギーのことを指します。

そして、ニュートンの古典力学の法則に当てはまらないふるまいを示す、原子より小さな量子の動き(運動法則・力学)をどう考えたら良いのか、その問題は、今でも科学者を悩ませています。この問題を追求する学問が量子力学です。


量子力学とは、例えば、「光や電気は、粒子(光子・電子)であって、同時に波(波動)でもある」とか、「光の速度は変わらないが、物体の速度が光速に近づくほど、動かない外部と比べて物体内部の時間は引き伸ばされ、光速で移動している物体の時間は無限に引き伸ばされる(すなわち、外部からは静止状態と見える⇨特殊相対性理論)」とか、「微粒子の世界では、観測(光子の衝突)によって、観測対象の状態が変化する(位置も運動量も、観測するまでは決まらない⇨なぜなら観測によって結果が変わるから)」ということに関わる非常に微細な世界の学問です。


また、「エントロピー(無秩序さ・乱雑さ)は、時間の経過とともに増大する(ビッグバン理論)」という従来の熱力学的エントロピーの考え方とは異なり、一部でエントロピーが減少するという現象(量子もつれ)を示す量子エントロピーの考え方は、重力についての量子力学と一般相対性理論との統合という課題の解決に向けて、また、ブラックホールという天体現象を解明する試みにも寄与しています。


つまり、量子力学とは、私たちが実際に生活していて感じ取れる自然界の動きとは隔絶した極小の微粒子の世界、はたまた逆に、広大無辺の宇宙の謎を解き明かすための学問です。ただし、実際に解明されていることは少なく、まだまだわからないことばかりというのが、この分野の学問の進展状況の実際のところだと思います。

私たちは、宇宙の始まりとは何か、終わりとは何か、宇宙に果てはあるのか、ブラックホールに吸い込まれた物質や光はどこへ行くのか、まだ知りません。


さて、ここで最初に述べた問題に戻ります。

ここまで説明してきた『自然界についての知識の未知の地平を切り開こうという学問である量子力学の考え方を、いかにも安易に人間の意識の問題に当てはめて考えようとする〝スピリチュアル量子力学〟が、現在、なぜか巷では氾濫している』のです。


具体的に言うと「観測されるまで、その量子の位置や運動量は確定できない(観測されて初めて、その量子の存在が確定する⇨なぜなら観測で光子が反射〈衝突〉する時に量子は状態が変化するから)」という量子力学の考え方を、人間の意識と現実世界の現象の関係に当てはめて、「人間が意識を向けて初めて、その現象は現実のものとなる(見ることで現実が変わる)」と考えるわけです。そして、「あなたが意識を変えれば(新たな視点で見れば)現実が変わる(そのことは量子力学が証明している)」と主張するのです。


大きな間違いです。

量子力学においては、観測(見る)という行為によって、観測対象についての情報や知識が増える(更新される)だけであって、「見る」という受動的な観測行為が、観測対象に物理的な影響を与えるわけではないのです。

つまり、量子力学によれば、あなたが、何をどう見ても、その「見る(意識する)」という受動的行為によって、その見ている対象(現実)に影響を与えることは、一切ないということです。


加えて、量子力学は、あなたの意識に何の関係もありません。たとえ、量子力学が、人間の意識と何らかの関係があるとしても、それについて現代の科学では何もわかっていません。たとえ量子が人間の意識に影響を及ぼすとしても、その影響がどの程度なのか、どういう性質のものか、全く分かりません。それこそ、「宇宙の始まる前はどんな世界だったのか?」わからないのと同レベルで、何もわかっていないのです。

「量子力学が、人間の意識と素粒子の波動との関係性を証明した」と誰かが言うかもしれませんが、それは間違いです。実際には、何も証明されていません。


そして、あなたがどう意識を変えようと、あなたを取り巻く現実は変わりません。あなたの意識の変化によって、変わらない現実に対する、あなたの向き合い方が変わるだけです。あなたは現実を拒絶するか、受け入れるか、自由意志によって決めることができます。ただし、その決定によって、あなたの意思で関わっている一部の状況を除いて、あなたの周囲の現実が変わるわけではありません。

あなたの無意識は、周囲の人の無意識とシンクロして、互いに影響を与え合っているかもしれません。しかし、意識のコントロールが無意識に及ぼす影響は計り知れないものです。一個人がポジティブな姿勢を意識したぐらいでは、現実の状況がそれほど大きく変わることはないでしょう。


そもそも、常識的に考えて、まともな人であれば「自分の意識の持ちようで、自分を取り巻く世界が変わる」などとは決して考えないはずです。そう考えられる人は、よほど自己中心的で傲慢な人です。

人類社会において、すべての人の意識は、世界に対して等しく影響力を持っているはずです。あなたの意識は、そうした無数の意識の一つ(81億分の1)に過ぎません。その程度の影響力はあるでしょうが、それが現実そのものを単独で変える力には、どう考えてもなり得ない。


量子力学は、あなたの生活に関わる現実のいかなる変化も保証しません。それどころか、量子力学は、あなたの人生にほとんど関わることはありません。それは、ちょうど「宇宙の終わりや始まりはどのようなものか」「宇宙に果てはあるのか」「ブラックホールに吸い込まれた物質やエネルギーはどこへいくのか」といった疑問の答えが、あなたの人生にほとんど影響を与えないのと同じことです。


量子力学を、スピリチュアル・カウンセリングの道具として利用するのは、悪質な詐欺行為です。

量子力学によって、潜在意識をコントロールすることなどできません。できたと思ったとしたら、それは勘違いです。

哲学的な悟りや意識の覚醒にも、量子力学は関係しません

また、ポジティブな意識の覚醒や哲学的悟りが、あなたの実生活を必ずしも成功に導くとは限りません。逆に、そうした哲学的な悟りや意識の覚醒が、現世的には不幸を招くことも多々あるでしょう。それは、ソクラテスや孔子やマルクス・アウレリウスの人生を考えても明らかです。


ソクラテスは、当時、ギリシャ世界一の知恵者でしたが、経済的にも政治的にも成功しませんでした。それどころか、若者たちをよからぬ考えで惑わした罪で裁判にかけられ、死刑宣告を受け、その宣告に服して毒杯をあおり、一文無しで死にました。

孔子は弟子たちと諸国を巡り、自分の教えを受け入れてくれる君主を探しましたが見つからず、可愛がっていた弟子たちは次々と死んでいき、苦難の放浪の末に亡くなりました。

ストア派の哲人皇帝として名高い賢帝マルクス・アウレリウスは、生涯、ゲルマン人の侵攻や部下の裏切りに悩まされ、「戦争とはこれほど悲惨なものか」とつぶやきながら、遠征軍のテントの中で病死しました。

いかなる勉学も精神修業も意識の覚醒も、彼らに現世的幸福をもたらすことはなかったのです。むしろ、彼らの意識の覚醒は、彼らの人生に大いなる苦難を与えました。


繰り返しますが、量子力学を学ぶことや意識の覚醒が、あなたの現世利益の獲得に資することは、おそらくほとんどありません

たとえあったとしても、それは「芸は身を助ける」レベルの利益をもたらしてくれるだけで、それ以上のものではありません。

なので、馬鹿げたスピリチュアル商法にたぶらかされて、無益な散財をしないように気をつけてください。

科学(量子力学)をスピリチュアル商法(詐欺)の道具として利用する罰当たりな者たちに簡単に騙されてはなりません。

そのような危険な精神的指導者についていくことは、結果として、あなたの現実認識を歪め、あなたの人生に良くない影響を及ぼすでしょう。


私はスピリチュアルを否定する者ではありません。例えば、ホメオパシーやバッチ・フラワーレメディーやオーラソーマやタロットやカバラや占星術や姓名判断や四柱推命など、いずれも興味の尽きない研究対象と考えています。その効力を、身をもって体験して知ってもいます。

けれども、科学的にそれらのスピリチュアルな現象を証明できるとは思いません。そんなことは現代の科学では不可能なのです。

その証明不可能なこと(スピリチュアル・オカルト)を「科学が証明している」とこじつけることを〝疑似科学(ニセ科学)〟と言います。


疑似科学がはびこるのは、一つには「科学的に証明できないことはウソ」という社会的風潮が蔓延しているからです。けれども科学が証明・解明できるのは、この自然界の現象のほんの一部にすぎないのです。

スピリチュアルな事象を、無理に科学的に解明しようとする必要はありません。そのような疑似科学は、スピリチュアルな事象をより軽薄で皮層的なものにしてしまいます。

わからないことをわからないと認めること(無知の知)は哲学の第一歩です。安易に現実を変えようとすることが良い結果を生むとは限りません。それ以前に、人は現実の奥深さをもっとよく知ることが大切なのです。

また、意識のコントロール・成長・覚醒などというものは、そんなに簡単にプログラミングできるものではありません。

安心・お手軽スピリチュアルは、あなたの精神の成長を阻害する非常に危険なものです。

よくよく注意し、警戒してください。


また、よくわきまえている方が、他人に分かりやすく説明するための方便として、スピリチュアルな事象の説明に量子力学的な考え方を利用(援用)することも、現状の社会情勢を考えると、碌な結果にならないと思うので、控えていただきたいのです。

そうした親切な説明が仇になって、疑似科学を信じ込んでしまう人たちが多く見受けられるからです。


最後に、再度、まとめとして言っておきます。

量子力学は、未知の領域が本当に広い学問です。まだ、何もわかっていないと言っても過言ではありません。

何もわかっていないことを、いかにもすべてわかっている、そして既に証明されているというように振る舞ったり説明したりするのは詐欺です。そうした詐欺行為の横行は社会に良い影響をもたらしません。

だから、スピリチュアル量子力学やNLPなどの疑似科学に騙されてはならないのです。


それに、ポジティブな人間は幸せに、ネガティブな人間が不幸になるというのも間違いです。

私は基本的にネガティブ思考の人間ですが、それでも、とても幸せに生きています。

何事も、それ(引き寄せの法則)ほど単純ではないのです。