「フランス人は日本人と比べて働かないし、フランスは休みが多い」と言われます。

それは本当なのか、本当だとしても、どの程度の違いがあるのか、そして、それはなぜなのか、など、検証してみます。


例えば、日本では法定の年次有給休暇は10日ですが、フランスでは25日(5週間)です。また、日本の有給取得率は毎年60%未満ですが、フランスでは100%に近いと言われます。加えて、フランスでは、8月に、ほぼまるまる1ヶ月の間、全国民的にバカンスに入ります。バカンスには、レストランも、大手スーパーを除く食料品店も、大手デパートを除く雑貨店も、工場も、銀行も、病院も、歯医者さんも、美容院も、数週間に渡って閉鎖されることが多いです。

デパートがバカンスの期間も営業するべきかどうか、という問題が、フランスでは今でも国民的な議論となります。

さらに、日本では法定の労働時間は週労40時間ですが、フランスでは週労35時間です。35時間を超えると割増料金が発生する残業になるわけです。また、週労48時間以上の労働は禁止です。加えて、週労35時間を超えて残業した分については、その超過勤務分に応じて、年間15日(3週間)の有給休暇(代休)が与えられます。

つまり、多くのフランス人は、合計で年間40日(8週間/2ヶ月)もの有給休暇を謳歌しているのです。


学校の場合は、それ以上に休みが多いです。まず、フランスの学校は、夏休みがまるまる2ヶ月あります。さらに10月末には2週間の秋休みがあり、12月末には2週間のクリスマス休みがあります。2月には2週間の冬休みがあり、3〜4月には復活祭(イースター)の休みが2週間あります。年間5回の長期休暇があるということです。

もちろん、学校も職場も、普段から週休2日(土日休日)となっています。

もろもろ合わせると、フランス人の子供たちは、一年の半分も学校に行っていないのではないかと思われます。大人も年の半分近くは休日です。

それから、学校も職場も、休日に挟まれた通学日や出勤日は、自動的に休暇になり、三連休、四連休となるようです。これも、慣習的なもので、全国的なものなのだそうです。

どうして、フランス人は、こんなに休むのでしょうか?


かつて、12〜19世紀、フランスの農村地帯では、農閑期に、暖房と照明と食糧の節約のため、数家族が一軒に集まり、長く厳しい冬の期間のほとんどを、横になって眠って過ごしたのだそうです。暖炉の番をしている1人を除けば、トイレへ行く時、水を飲み、パンを齧る時を除けば、ほぼ全員が一日中を眠って過ごすのです。極限まで消費エネルギーを抑えることで、冬場の保存食が大いに節約でき、全員が厳しい冬を飢え死にせずに生き延びることができたのです。

生き残る秘訣は、わずかな水と食料で、農閑期の数ヶ月を、なるべく寝て過ごすことだったのですね。なんだか、野生動物の冬眠のようです。


日本では「食っちゃ寝してると太る」というイメージがありますが、フランスでは「眠れば眠るほど、食事量が減るので痩せる」というイメージです。眠って痩せるという夢の『睡眠ダイエット』ができそうですね。

イソップ童話の「アリとキリギリス」のアリのように、日本では『働かざる者食うべからず』という意識が伝統的に強いですが、フランスでは『食べる量を減らしても、休んで眠って消耗を防げば生き延びられる』という意識になるのでしょうか。

休暇の使い方も、さまざまな予定を入れて忙しく過ごす日本人に対して、フランス人のバカンスは、田舎の海辺などにテントを張ったり、コテージを借りて、1ヶ月、何もせずにボーッと過ごすのが普通です。食事もお金のかかるレストランへ行ったりはせず、自炊で簡単に済ませてしまいます。1ヶ月間の休暇であっても、あまり散財はしないのですね。

たとえ休暇であっても、何かといろいろ忙しく予定を作りたがる日本人と違って、フランス人にとっては、ともかく「何もしない」のが休む(休暇を楽しむ)ということのようです。


この「何はともあれ省エネで生きる」という姿勢は、日本の主食である米に比べて、フランスの主食小麦の収穫率が極端に低く、歴史的に常に飢餓の危険に直面していたことと関わっていると思われます。

例えば、日本の米の収穫率が現在100倍以上であるのに対し、小麦は20世紀に入っても15倍程度でした。中世においては、12世紀には2倍、13〜14世紀でも3〜4倍、近代に入って19世紀でも10倍以下であったとされます。

小麦のみならず大麦、ライ麦、燕麦など、麦類は、ともかく収穫量を増やすのが難しかったのです。

その一方で、フランスは、ドイツ・イギリスや北欧のようには冬がそれほど厳しくありません。ですから、うっかり暖炉の火が消えて、全員凍死ということも起こりにくいのです。眠っていれば冬が越せる。

そのため、乏しい食料でなんとか生き延びるため、あまり動かず、ひたすらじっとしてエネルギー消耗を防ぐ、つまり、ボーッと過ごすか眠ることで生き延びるという習慣がついたのかもしれません。


その結果なのか、つまり、歴史的に導かれて定着した習性のせいなのか、フランス人は、現代でも、あまり働きません。

失業保険が、6ヶ月〜1年間という日本と違って、2年間もらえることも影響しているかもしれません。日本でも最近の若者はあまり肉体労働をしたがりませんが、フランスの若者は、それに輪をかけて働かないのです。

フランスでは日本のような派遣労働がほぼ禁止されているので、有給休暇や失業保険などの社会保障の網からこぼれる人が少ないということもあるかもしれません。

また、若者が働かない代わりに、高齢者がコンビニやスーパーやレストランで働いている日本と違って、フランスでは定年を過ぎた60歳以上の高齢者が働くということもありません。たとえ経営者や自営業者であっても、60歳を過ぎたら惜しげもなく仕事を辞めます。

日本の老人たちのように「身体が動くうちは働いていたい」というような労働を生き甲斐とする感覚は皆無です。

ともかく老若男女「働かない」のが基本なのです。

ですから、逆に、日本のように、電通のような一流の大企業に入社した将来ある真面目で優秀な若者が『過労死』するなどという悲劇も、起こりようがないのです。

日本に住んでいるフランス人に言わせると「日本人とフランス人を足して2で割ったらちょうど良くなるのでは?」ということです。


それにしても、なぜフランス人はこれほどまでに働かないのか?

その原因を深掘りしていくと、19世紀までのフランスの悲惨な子育て事情という問題に突き当たります。

当時のフランス、特に食糧事情の厳しい農村では、暗黙の了解で赤子殺しが常習化していたようです。また、パリなどの都市部では捨子が横行していました。そして、例えば18世紀のパリの孤児院では、捨て子の70%が、収容後1ヶ月以内に亡くなっていました。

さらに、上流の貴族やブルジョワの裕福な家庭の場合は、我が子(都市部で生まれる子どもの5%)を住み込みの乳母に育てさせ、中流から下層の家庭で生まれる子ども(都市部で生まれる子どもの90%)は近郊や田舎に里子に出されました。母親が自分の手で子どもを育てるのは里子を出す先も見つからない貧民の子ども(都市部で生まれる子どもの5%)だけでした。しかも、里子に出された子どもの死亡率は非常に高く、ある統計では70%にもなりました。

控えめに言っても、当時、フランスでは、上流・下層の区別なく、親の子どもへの愛情は非常に薄いものだったと言えるでしょう。18〜19世紀、親の育児放棄や子捨てが常態化していたということです。


その背景には、上述したように、麦類の生産効率にまつわる飢餓の問題があります。貧民の場合には、親も生きていくのが大変で、自分が生き延びるために、子どもを見捨てるしかないということだったのでしょう。また、裕福な家庭の場合には、親は、自らの享楽を追い求めるのに忙しく、子どものことは二の次だったということもあります。夫婦の間に愛がなく、複数の愛人に子どもができてしまうことも多かったようです。

愛のない親の元に生まれ、愛のない里親に預けられ、愛を知らずに育つ、あるいは放置されて幼くして死んでいく。

京アニの犯人やその兄弟などもそうですが、親の愛情が薄く、放置されて育った子どもが、真面目に一生懸命に働いて、社会にうまく適応して生きていくのはとても難しいようです。まず、それだけの気力がありません。

そして、現在のフランス人の多くは、親に愛されず、放置されて育った子どもたちの子孫であると考えられます。その意味では、「たとえ懸命に働こうとしなくても、生きているだけで十分頑張っている」と言えるかもしれません。