コロナ中等症Ⅱのかなり重症の状態での20日間の酸素呼吸器付きの入院状態から、コロナ禍の最中、ベッドの空きがないからと、私は無理矢理退院させられ、その後、症状の重さを鑑みて、1週間、保健所管轄の自宅療養期間が続いたので、保健所からは7日間毎日電話が来た。
「調子はどうですか?」
「酸素ない生活は恐怖ですね」「実際、部屋の中で数十秒、立って歩いただけで、血中酸素飽和度は70台まで落ちますし、24時間、ベッドかソファーの上で、息苦しさとの戦いですよ」「精神安定剤と睡眠導入剤がなければ、夜も寝られません」と七日間必死に訴えてはみたのだが、結局は、入院していた病院の医師に、「病院にいらしても、対処療法しかできません」「空咳を止める咳薬とか」と言われ、「根本的な治癒方法は、本人の自然治癒力に委ねるしかない」「何もできないですよ」と言われると、病院を頼る気を無くした。
保健所の人には、「一応明日から解除になりますけど、一歩も外へ出れず、家事も一切できない状態は気になります」「苦しくなったら、我慢せずに、すぐに救急車を呼んでくださいね」と言われた。
私の酸素飽和度はベッドに安静にしている状態でも92%程度。苦しいかと聞かれたら、それは24時間、大抵は苦しい」「我慢しない生活って?」「一体いつの時点で、救急車を呼べというのだろう?」と、素朴に悩んでしまった。
こうして、「法令どおりですから」と、無情にも、保健所に、自宅療養観察期間を、退院後1週間で打ち切られてしまい、その後、更に2週間、私は自宅で何とか生き延びた。
しかし、数日前から、食欲がガタッと落ちて、何も食べる気がしない。加えて身体の怠さが増していた。体内の酸素欠乏が、いろいろな器官にダメージを与えていたのかもしれない。ある意味、自宅で低酸素症になりかけていたのだと思う。

それまで3週間、毎日、少し動いては、血中酸素濃度が70台まで落ちるということを繰り返していた。このまま、急激に酸素飽和度が落ちて死んでしまうこともあるらしいと後で聞いた。
そして、本格的に、これはまずいということで、退院からちょうど3週間を経て、私はもう一度、コロナ後遺症患者として、呼吸器外来を受診し、数日間、入院することになった。

この数日の入院の間に、自宅用の酸素製造器と酸素ボンベの使い方を、きちんと理解し、とうとう自宅で酸素吸入器を使う生活に入ることになったのだ。

病院の中で、酸素ボンベを看護師さんが持ち、私は5リットルの酸素を吸いながら6分間歩くことになった。最後の数十秒は、息ができず地獄だった。酸素飽和度は70台まで落ち、その場で椅子に座り込み、呼吸が整うまで10分ほど休憩した。

さらに翌日には、そのままの位置で足踏みを2分間、こちらも酸素5リットルを吸いながら、運動した。この2分程度の運動でも、酸素飽和度は85まで落ちた。

「座っている時で、酸素は2.5リットル、立って歩くときは5リットルですね。それでも、家の中で家事をする時、苦しくなったらすぐ止めること。今のところ、酸素5リットルで2分の活動が限界ですね。いずれ、連続30分間、家の中で動き回れるようになったら、今度は、ボンベを持って、外を5分ぐらいなら散歩できるようになります。それまでは、ボンベがあっても外に出ないこと」と、インストラクターの方の指導を受けた。

1人の看護師さんが「うちの父ちゃんも、コロナで退院した後、2カ月はボンベ引いて歩いていたから、皆んな、そんな簡単には、肺の機能は戻らないからね」と言っていた。

なかなか、道は長い。

実際、入院中も、まったく食欲はない。この3週間、低酸素状態で我慢し続けた反動かもしれない。