デルタ株の症状として、一つには発熱に特徴があります。ともかく38度台の高熱が出ては下がり、ということが毎日、10日間ほど繰り返されます。その間、最初の頃は、喉が腫れたり、口の中が乾き切ったりします。高熱とともに、身体の痺れや痛みや倦怠感が生じる場合があります。咳や痰は、少量出ることがあります。頭痛や吐気の症状を伴う場合もあります。
発熱は37度程度で、強烈な倦怠感・動悸に襲われる場合もあります。倦怠感・動悸は、肺炎の兆候とも考えられます。
コロナに特徴的な一つの症状として、空咳というのもありますが、これはむしろ、肺炎の回復期に起こりやすい症状です。普通に呼吸をしようとして息を吸い込むのですが、必要な呼気を肺が取り込めず、むせこんでしまう感覚です。初期症状としては、あまり起こりません。空咳は、中等症Ⅰの症状、あるいは中等症Ⅱの回復期の症状と考えられます。
ただ、症状が悪化して、肺の機能が衰え、次第に酸素を取り込みにくくなるという肺炎に向かう症状は、気づかないうちに、じわじわと進行する場合があります。
自宅療養においては、体温、血中酸素飽和度をこまめに測ることが必要です。
発熱時には、ロキソニン、抗生剤、風邪薬をこまめに服用することです。
パルスオキシメーターで血中酸素飽和度95%以上の場合には、イベルメクチンを1日3mg×7錠を5日分を服用し、血中酸素飽和度93%未満の場合は、肺の炎症を防ぐためにデキサメタゾン1日0.5mg×12錠を5日分を服用します。
不安症などから、呼吸が息苦しく感じる場合には、デパス1mgを服用します。
はっきり症状がある場合、10日間の自宅療養期間の後、14日間の自宅待機期間を合わせて、同居家族は24日程度は外部と接触しないように様子を見ます。また、デルタ株の場合、ダラダラと熱発・倦怠感などの症状が続くこともあり、自宅療養期間は伸びることが多いです。
デルタ株は、どうやっても感染が防げるか、わかりません。
そして、罹ってしまったら、覚悟を決めて、養生するしかありません。その際、パルスオキシメーターを所持し、適切に、薬を服用し、リラックスして自宅療養を続けられたら、20・30代の若い人であれば、大抵の場合、医者も保健所もPCR検査も、ほとんど必要ありません。ただ、上記の薬(の一部)を手に入れるために、どうしても医師の処方箋が必要になる場合もあり、自宅療養者が、どうやって、きちんとした診断をしてくれる医師にアクセスできるかが、大きな問題です。コロナにかかっている時に、ジェネリックの薬など出されるのも勘弁してほしいものです。
などと、いろいろ問題はありますが、基本的には、自分で手に入れられる薬は、前もって手に入れておくことが重要です。
また、罹った場合、大切なことは、無理をしないこと。一進一退の状況に焦らないこと。マイペースでゆっくり休むことです。
寝たきりではあっても「大人の夏休みがやってきた」と、なるべく前向きに考えることです。
ただし、体調の変化には、十分すぎるぐらい気をつけなければなりません。後から、詳しく書きますが、これが、一番重要な問題で、しかも、とても難しいことなのです。はっきり言えば、素人には予測不可能です。
本当は、この発症後間もない時期に、病院で、抗体カクテル療法が受けられれば、まず、間違いなく数日で完治できるはずなのですが、数に限りがありますので、皆んなが、皆んな、受けられるわけではありません。
ただ、予算があるなら、重症化率の高い50代以上の初等症の患者には、1日入院などによって、無条件で抗体カクテルをできうる限り使用して欲しいです。それだけ、命の危機に直面する人が減ります。
さて、自宅で上記のような療養対応しているにも関わらず、血中酸素飽和度が93%を下回る状態が数時間続く場合には、そのまま自宅療養を続けるのは非常に危険です。速やかに、入院治療に入る必要があります。この時点では、おそらく中等症Ⅱの状態になっており、ウイルスが増えすぎて、抗体カクテルの効果はあまり期待できませんが、酸素投与とその他の点滴、服用薬などで、肺炎の症状を抑えて、重症化を防ぎ、早期退院を目指します。
しかし、この時点で、保健所を頼ると、あまりに手際が悪く、致命的な数日のロスから手遅れになる可能性があります。たまりかねて「病院突撃」を行う患者さんが続出するのもこの時期です。
そこで、あえて、この時期までPCR検査を受けず、自宅で自主的に療養を続け、血中酸素飽和度93%を下回るようになってしまった、この時期になって、一つの手段ではありますが、迅速に発熱外来を予約して、診察を受け、「コロナ重症化しつつある」との診断を受けて、そこからコロナ基幹病院に直接紹介してもらい、その日のうちに入院する(滑り込む)という手もあります。ともかく何とかして入院することが重要です。
病院同士の信頼関係に賭けるのです。
この中等症Ⅱの状況で、速やかに入院できていないと、効果的に「急速な重症化」に対応できず、場合によっては、命に関わる可能性があります。
保健所の業務が目詰まりを起こしやすいのが、ここの時点での対応です。
コロナは、インフルエンザに比べたら、50代以上の人にとっては、肺炎の悪化の割合が高く、意外に怖い病気です。30・40代の人にとっても、何の処置も受けずに自宅で安静にしていれば、誰でも絶対に良くなるというものではなく、人によっては、それなりの処置が必要になります。
だから、患者さんが、これはおかしいな、と感じた時に、即対応してもらえる発熱外来での早期の処置が、とても重要になるのです。
逆に言えば、重症化する前に、中等症の段階で、きちんと入院できてさえいれば、50・60代の人にとっても、コロナはそれほど致命的な病気ではありません。たとえワクチンを接種していなかったとしても、です。
そういう意味では、5類感染症として充分対応できるレベルの病気に過ぎません。この国の町医者の発熱外来が、キチンとコロナ患者に向き合ってくだされば、大抵の場合、致命的ではない感染症なのです。
ただ、血中酸素飽和度は、人間の脳が欠乏を自覚しにくいため、自ら(家族)のパルスオキシメーターの数値から判断して、的確に迅速に行動し、まずは大切な命を救わなければなりません。本人は平気なつもりでも、状況は確実に悪化しています。
逆に、少し動いたら動悸・息切れがするという状態も問題で、この場合、パルスオキシメーターの血中酸素飽和度が、たとえ悪くなくても、数値に惑わされず、同様に、非常に危険な状態と考えるべきです。いずれの場合も、いかなる手段を使っても、ともかくコロナ対応病院に駆け込むことです。コロナ対応病院であれば、状況の深刻さにすぐ気づくでしょう。
また、コロナウイルスには、特効薬がありません。肺炎を起こしている場合、治療が簡単にはいかないのです。病院に入ったからといって、すぐに良くなっていくようなものではありません。そこから、病院のサポートを受けながら、自分の自然治癒力とウイルスとの長い戦いが続きます。時には、入院後に、急速に悪化する場合だってあります。病院に入るまでに、知らず、体力を使い果たしてしまっていた可能性もあります。
コロナの肺炎治療は、ともかく長丁場なのです。もちろん、酸素投与が必要な中等症Ⅱであっても、二週間程度の入院で治ってしまう人も多いですが、時には、重症化して、回復まで数ヶ月かかることも、珍しくありません。(例えば、イギリスでは、感染者のうち、40人に1人が、回復まで少なくとも3カ月かかる長期コロナにかかっていると言われます。)
また、体内のウイルスは無くなっても、呼吸器や身体細胞の回復には、数カ月とか、さらに長い時間がかかることもあります。動悸・息切れ・倦怠感・脱力感・発熱の他、局所的な脳内酸欠症状として、頭痛に悩まされる人もいるでしょう。
いずれにしても、個人差があります。焦らず、絶望せず、地道に、希望を持って、ゆっくり治していきましょう。
ワクチン、治療薬、早期処置。早期入院。コロナ対策は、決して一つではありません。これ一つで大丈夫というものでもありません。ワクチンもまた、万能ではなく、リスクもあります。
私は、バイデンのアメリカ、マクロンのフランス、メルケルのドイツ、ファイザーのイスラエルの状況に、強い懸念を抱いています。
なぜなら、彼らは、日本より、はるかにワクチン一辺倒の対策をとり続けながら、現状においてすら、日本よりも、はるかに多くの感染死者を、毎日、出し続けているからです。
彼らは「ワクチンを接種しないから人が死ぬ!」とウソをついています。実際には、ワクチンは、コロナ関連死に関わるファクターの一つに過ぎません。他にも、多くの重大なファクターが隠蔽されているように思うのです。
欧米では、ワクチン接種によって、全体の感染率や重症化率が下がる一方で、ブレイクスルー感染時のADEなどによる(?)急激な重症化による死亡率(感染致死率)は、ワクチン未接種者よりも高いのではないか、という不安な報告もいくつかあります。
また、私は、この国の(日本)メディアが、本来、コロナでは亡くならない健康な10代・20代のファイザー・モデルナ・ワクチン接種後の死亡例について、詳しく報道しようとしないことにも、深い不信感があります。
人間は、誰もが、死にたくないと願い、置いていかれたくないと願い、愛する人と、いつまでも一緒にいたいと願っています。
そのために、夢や希望を繋いで、努力するのですが、それでも、人はいつかは逝くのです。それでも、祈らずにはいられない。その最期の瞬間まで、「幸せに」と。
生きることを軽んずる政策は間違っている。コロナは、まだまだ未知の病気です。コロナ・ワクチンもまた、そうです。
私はワクチンの重症化予防効果を否定するわけではありません。生き残る選択肢として、ワクチン接種を選ぶという選択は〝あり〟だと思います。
一方で、生き残るために有効な対策は、ワクチンがすべてではないとも思います。私たちが、生き残るためにできる大切なことは、他にも、いろいろあるのではないか、とも思います。
たいていの人にとって、コロナ対策で最も重要なことは、重症化の兆候を絶対に見逃さないことです。そして、直ぐに病院に行くこと。
もう二つ、私たちが信じなければならないことがあります。それは、病院も、ワクチンも、酸素供給も、エクモも、それはコロナ治癒を目指す私たちを、それぞれに助けてくれるためにあるものですが、コロナを根源的に治癒する力は、他ならぬ私たち自身の身体の持つ自然治癒の力だけだということです。
そして、もう一つ。入院中、自分の身体治癒力に疑いを抱き、回復のビジョンを持てなくなった時、度重なるショックに疲れ果てて何も信じられなくなって、ひとりぼっちの孤独の底に溺れそうな時、命を失う恐怖に打ちのめされ、暗闇の中で絶望的なパニックに襲われる時、運命に見放されたと感じて完全に悲観的になっている時に、それでも何とか、私たちの命をギリギリで支えてくれているもの、それが医療です。
そういう意味では、誰もが、その恩恵を受けることができる、私たちの国の医療制度・保健制度は素晴らしいものです。
医療と自然治癒力。私たちのコロナとの戦いは、元をただせば、結局、あらゆる病いとの戦いと等しく、この2つが武器です。私たちにできることは、自らの自然治癒力と、その治癒力を支える医療を信じること。それだけなのです。