傷ついた脳は、もとには戻らない。
心理学では、「傷ついた心は癒される」と言うが、ある意味、これは詐欺である。
脳科学的には、ダメージを負い、傷ついた脳は、自然に、そして、人為的にも、もとに復元することはないのである。
例えば、現在の最先端の医学では、ADHDやASD(自閉スペクトラム障害)などの発達障害や双極性障害(躁うつ病)など、これまで〝精神疾患〟と呼ばれてきたものは、実は、細胞の遺伝子レベルの突然変異による染色体異常がもたらす脳の神経回路の不調、つまり〝神経疾患〟である、と考えられるようになってきている。であるなら、これらの疾患もまた、脳の微細な〝傷〟によるもの、と考えることができるだろう。
発達障害は、かつては、大人になると、自然に治癒するものと考えられていた時期もあったが、現在では、一生、治癒しないものと考えられている。こうした脳の傷(染色体異常)は、いかなる薬によっても、治癒することはないし、時間経過による自然治癒も、ほとんど起こり得ないのである。
また、強い心理的ダメージも、脳に傷をつけることがあることがわかっている。
戦争、自然災害、犯罪被害、虐待、いじめなどで起こるPTSDは、強い刺激によって、脳自体が傷ついている状態である。この傷も、可塑性を持ち、不可逆的である。つまり、決して癒されることはない。この神経回路の傷が、時として、深刻なフラッシュバックをもたらす。
薬は対処療法の手段に過ぎない。
薬で脳の傷は治らない。
人は、決して癒されることのない傷を抱えて生きる。
これは、脳科学の真実である。
だから、私たちは、自らの脳の癒されぬ傷とともに生きる術を、体験から学ばなければならない。
新たな刺激によって、他の神経回路を発達させ、補助的・代償的・支援的な可塑性を獲得することで、反応を相殺させ、状況を改善していくのだ。
その学びのためには、どれほどの時間と労力を費やしてもよい。
周囲の人々は、その様子を見て、意味のないことにかまけて、無為に時間を過ごしていると言うかもしれないが、気にすることはない。
彼らには何もわかっていないのだから。
わかってくれる人もいるはずだ。
きっと、その人も、傷を抱えて生きているのだろう。
だから、あなたの傷を想像することができるのかもしれない。
おそらく、それが〝共感〟というものだ。
「ビューティフル・マインド」→統合失調症を患った天才数学者ジョン・ナッシュに関する実話をもとにした映画。主人公は、自分の脳が生み出した幻影の人物たちに終生つきまとわれたが、長い煩悶の末、それらの幻影の人物たちを自分の妄想の産物と自覚し、うまく付き合う(無視する)ことができるようになった。