昨今、この国では、「利己的な脳」の持ち主が増えている。
「利己的な脳」とは、先天的要因、あるいは後天的理由から、右脳と左脳の活動のバランスが恒常的に崩れていて、左右の二つの脳を結ぶ脳梁という神経回路の伝達に、成長期に長期間にわたって強い持続的なストレスがかかり、神経の発達が阻害された結果として、右脳・左脳間の情報伝達が疎通になっている状態の脳である。
この長期にわたる持続的ストレスは、同時に、視床や大脳嗅皮質など、感覚系の神経回路の不調とも深い関わりがある。
症状としては、瞳孔の収縮が弱かったり、味覚や嗅覚や皮膚感覚が鈍になったり、長時間の集中が困難であったり、気が散りやすくなったりする。さらに、左脳の言語機能と右脳のイメージ力や感情喚起機能が繋がりにくいため、物語や小説や歌を深く味わうことが苦手である。
日常生活においては、感情機能と論理的思考が繋がりにくいため、普段の話し方が単調になりがちである一方、感情表現に抑制を効かすことができなかったりする。論理的思考がイメージと繋がらないので、判断の視野が狭く短絡的になりがちである。会話で相手の意図や深い感情を読み取るのも苦手である。
本来、右脳と左脳は他者である。そして、この内なる他者同士は、脳梁という神経繊維の束によって結ばれている。私たちは、成長に伴って、自然と、この内なる他者同士のバランスを取ることを覚える。その時、私たちは、他者との共感の最初の感覚を得るのである。
ところが、この右脳と左脳の両者のバランスをとる感覚を知らずに育つと、他者と共感し合う能力の成長が妨げられてしまう。
そのように、他者と共感する機能が未発達な状態の脳を、ここでは「利己的な脳」と呼ぶことにする。
「利己的な脳」の持ち主は、他者との共感能力が低く、周囲の人の心を察するのが苦手である。それだけでなく、心がバランスの崩れた状態にあるため、常に心に余裕がなく、危機に際して柔軟に対応する能力にも欠ける。
そのため、自己防衛意識が過剰に働き、極めて利己的な判断・行動に陥りやすい。さらに、この防衛反応は、自分の身を守る意識から、自己の利益や権利を守ろうとする意識まで、幅広い。ちょっとした利益のために、他人を平気で利用して裏切ることもできてしまうのだ。
なぜ「利己的な脳」は生まれるのか?
先天的な要因や素質という点から言えば、ADHD、ASDなどと同様に、両親の遺伝的形質、母親一世代の後天獲得的資質の影響があると考えられる。同時に、脳の成長発達過程における環境要因が、その資質を顕在化させるトリガーとなったのではないだろうか。
脳の成長過程において、脳神経の発達を阻害する可能性の強い環境要因として、以下のことを挙げておきたい。
①家族間の信頼や愛情をお金で計ろうとする価値観を家族文化とする家庭環境。
→共感の必要が求められるコミュニケーションが家庭内に乏しいため、感情を司る右脳と臭覚を除く全感覚機能を司る視床を繋ぐ神経回路が発達しにくい。そのため、感受性が低く、感性が鈍感で、空気が読めない人間になる。人を信じられず、愛情を感じられず、友達が作れず、孤独である。人間関係が、すべてギブアンドテイクの取引になる。冷淡で冷笑的な面が強くなる。
このような人物は、お金に依存する。お金で人をコントロールしようとする。
②読書・音楽鑑賞の習慣がなく、とりわけ、歌う喜び、物語・小説を読む楽しみを知らずに成長する。
→共感能力や想像力が必要とされる物語や歌を味わう経験が乏しく、イメージや感情を司る右脳と言語機能を司る左脳を繋ぐ神経回路の発達が促されない。そのため、想像力が乏しく、他者の状況や心境を理解する能力に欠ける自己中心的な人間になる。他者への共感的な理解力に欠け、思い込みが激しく、非常に身勝手な妬み方をする。
このような人物は、他者を人格的に信頼することができない。
③お金の苦労を一切知らずに成長すること。
→生活の必要性に迫られることがなく、生存条件の消失の危機に向き合う経験も皆無であるために、脳神経の発達を刺激する環境条件に乏しい。①②の条件下では、脳の機能のバランスを司る神経が細く未発達なことから、自分の立場や安全や利益に関わる事態に過敏で、生活上の不安に対する耐性が育ちにくい。そのため、何事にも許容度が低い、神経症的な人間になる。柔軟性がかけらもなく、なんでもないことで、突然、怒りだす。
このような人物は、世間の苦労がわからない。
④幼少期から、塾通いなどで自由を束縛され、過度に支配的な親の意思に従ってきたこと。
→脳の優位性が確定する前から、左脳優位の教育を強制され、右脳と左脳のバランスがとれない不安定な状態になりがちである。欲求不満や意欲減退を起こしやすく、感覚や意欲を司る視床から大脳への伝達神経の発達が阻害される。自分を取り巻く状況への対応が受け身で、何事にも無気力・無関心な人間になる。人の話を聴かない。要領がない。勘が働かない。決断ができない。予測できないことに対応できない。
このような人物は、他者との温かみのある人間関係を安定的に築きにくい。
⑤成績、従順さ、聞き分けの良さなどの点で、表面上「良い子」でなければ可愛がられない「条件付きの愛情」で、過度に干渉され、縛り付けられて育てられたこと。
→外見、見栄え、体裁、行儀の良さ、言葉を司る左脳は表面上取り繕うことに神経を集中し、その一方で、感情や想像を司る右脳は、周囲に褒められることで、自己評価を妄想的に高める。左脳を酷使する一方で、右脳は自己肥大的な妄想の海に沈む。右脳と左脳の連絡回路が眠っている。評価を求めてアピールする一方で、本音を決して言わない。努力が常に表面的で付け焼き刃であり、飽きっぽい人間になる。人に意見されることに耐えられない。褒められないと不安になる。過度に権威に依存する。
このような人物は、善悪の評価・判断はできるが、自己の内面を善悪の基準によって評価する〝良心〟は目覚めていない。
⑥クルマでの送り迎えが多く、ほとんど、長距離を歩いたり、自転車に乗ったりすることなく育ったこと。
→右脳は左半身、左脳は右半身の運動を支配する。それゆえに、幼年期には這うこと、その後は歩くことが、左右の大脳を交互に刺激することで、脳の発達を促進する。歩けば歩くほど、頭が良くなるということだ。
左右の交差運動を長時間にわたって持続することで、右脳と左脳を繋ぐ神経回路が刺激されると同時に、風を感じたり、視界が開けていくことで、視床から大脳へ繋がる感覚神経を刺激し、生きる意欲まで上昇していく。この効能は、何歳でも、生じうる。手遅れということはないのだ。
思うに、大学の必修単位に、「歩行」を加えるべきではないだろうか。携帯で、万歩計ソフトをダウンロードして、3日休んだら単位習得不可というのは?
歩かない人は、右脳と左脳の調整ができず、考えが整理できないまま、脳の中に情報という名の〝ゴミ〟だけが、大量に溜まっていく。まず、情報を生かす知恵が育たない。さらに生きる意欲も減退していく。何事にも無感動になる。特に、幼少期であれば、なおさらである。
子どもを自分の足で歩かせない親は、子どもにとって〝毒親〟の最たるものと言えるだろう。
今回、この「利己的な脳」を育てる環境について考察する鍵として、「過度に子どもに干渉し、子どもを支配しようとする親」の存在がある。ここでは、イメージを具体的でわかりやすくするため、映画「女優フランシス」「シャイン」「今を生きる」の三例を挙げたい。
「女優フランシス」→支配的な母親に激しく反抗したハリウッド女優の実話。母親に何度も精神病院に入院させられ、その都度、劣悪な病院で虐待を受けて、ますます反抗的になる。母親は、娘にロボトミー手術を強要し、大脳と視床を繋ぐ神経回路を切除することで、娘の人格を破壊する。優しい父親は、母親の言いなりであった。
「シャイン」→支配的な父親の英才音楽教育によって、少年期に精神を破壊され、その後、10年以上精神病院に入っていたが、やがて、バーでピアノ弾きのバイトを始めた若者がいた。そこで出会い、若者のピアノの才能を見出した占星術師の女性のもとで、精神を再生させたオーストラリアの音楽家の実話。優しい母親は、父親に従順で、息子を守らなかった。
「今を生きる」→アメリカの全寮制の私立の進学校(寄宿学校)を舞台とした映画。ロビン・ウイリアムズ演じる刺激的で魅力的な教師の情熱的で破天荒な指導で自我に目覚め、「厳格な父親の望みに沿って進学するよりも、俳優になりたい」と望んだ少年が、父親に強制的に道を閉ざされ、自殺する。学校側は、教師に責任を押し付けるが、自殺した少年と親しかった一部のクラスメイトの少年たちは、断罪され、去っていく教師への尊敬と愛慕を示す。
いずれの例においても、支配的で過干渉な親によって、子どもの人生は破壊的なダメージを負う。しかし、これら三本の映画のような、わかりやすいダメージを受けなかったとしても、子供の脳は、激しいストレスによって見えないダメージを負うと同時に、自己防衛と生き残りのために、「利己的な脳」になることを強いられることが多いのではないかと、さまざまな具体的ケースから、私は考えている。
いや、多くの場合、むしろ、「利己的な脳」であったからこそ、彼らは映画の登場人物たちのように、決定的に追い詰められたり、破滅せずに済んだのかもしれない。
「利己的な脳」の機能は、現状への順応に特化しており、原始的な生存本能と防衛本能と快楽本能(欲望)を自己の意思とする。たとえ現状に生きにくさやストレスを感じていたとしても、現状を良しとせず、葛藤の中で、自己の人格や生き方や生存環境や価値観を、根本から変容させていく高度な意思に欠ける。
「利己的な脳」の持ち主は、良きにつけ悪しきにつけ、現在の社会に順応している。そして、自己においても社会を対象としても、根本的な変革を意思することはない。そして、家庭や社会において「利己的な脳」を再生産していく。
これにより、生きにくい社会が、さらに生きにくい社会になっていく。
「利己的な脳」は、深い幸福感を味わうことができない。
そのため、妬み・恨みが激しい。
だれも、自ら進んで不幸な人生を歩みたくはないだろう。
では、幸せになるために、どうすれば良いのか、あなたは、わかるだろうか。
この社会を救うため、利己的な脳の再生産のスパイラルから逃れるために、そして、自分の人生を生き、本当の幸せを掴むために、もっとも大切なことは、親の敷いたレールから、自らの意思で外れるということである。