今日、2020年5月27日、香港の中心街で、中国の国歌への侮辱を禁じる「国歌条例案」の香港議会での審議再開に抗議する千人規模のデモが行われた。「香港独立が唯一の道」と叫ぶデモは、警官隊によって排除され、約360人が、違法集会参加の疑いで逮捕された。
ちなみに、中国は、2004年に、日中戦争の「抗日歌」である「義勇軍行進曲」を、中華人民共和国憲法に「国歌である」と正式に明記した。その後、2017年に、全国人民大会は、国歌への侮辱に刑事責任を追及することを明記した、全十六条に及ぶ「国歌法」を採択し、施行した。
こうして中国の国歌となった「義勇軍行進曲」の歌詞は、もともと1935年につくられた抗日愛国映画「風雲児女」の主題歌であった。日中戦争中には、代表的な「抗日歌」として、広く歌われていたという。
なぜ、その歌を、わざわざ、当時の歌詞のまま、2000年代になって、国歌として正式に認定し、国歌の尊重を強調し始めたのかと言えば、いろいろと理由はあるだろう。
例えば文革と毛沢東の死の後で、毛沢東を讃える詞から元の抗日の歌詞に戻したのは、当時、経済の巨人だった日本に対して、中国人の誇りを維持する意味もあったろう。しかし、天安門事件後、1990年代以降には、反日が国家統一の手段として利用され、抗日の詞を持つ国歌もまた、反日教育の一環として教えられ、愛国心高揚のために用いられてきた。
そして、今度は、香港への国歌の強制だ。香港の民主派は、中国政府への抗議を行う意思表示を示す時に、国歌斉唱を拒否してブーイングしたり、替え歌を歌ったりするのだが、そうした侮辱行為に対して、禁固3年、罰金70万円を科す内容である。
《義勇軍行進曲》
起来!不願做奴隷的人們!
(立ち上がれ! 奴隷になるのを望まぬ人々よ)
把我們的血肉築成我們新的長城!
(我らの血と肉でもって、新たな長城を築こう)
中華民族到了最危険的時候,
(中華民族に最大の危機がやってきた)
毎個人被迫着発出最后的吼声。
(誰もが最後の雄叫びを上げるのだ)
起来!起来!起来!
(立ち上がれ! 立ち上がれ! 立ち上がれ!)
我們万衆一心,
(我々万民が心を一つにして)
冒着敵人的炮火,前進!
(敵の砲火をくぐり抜け、進め!)
冒着敵人的炮火,前進!
(敵の砲火をくぐり抜け、進め!)
前進!前進!前進!
(進め!進め!進め!)
詞を読めばわかる通り、この歌は、明らかに軍歌であり、しかも、この歌詞の中に出てくる敵とは、当然、日本のことである。中国では、日常、この抗日国歌が、幼稚園児から大人まで、毎日のように歌われているわけだ。見方によれば、国民に対する、ある種の反日洗脳にも思える。誰もが、日本を敵として戦う共同幻想を抱き、個々人の無意識に反日が刻まれ、日本への闘争心が醸成されていく。
「平和を愛する」はずの日本のメディアが、これを批判しないのがやるせない。情けない。
「君が代は、天皇の世の末長い繁栄を願う歌だ」と批判するなら、当然、「義勇軍行進曲は、日本を敵として、全国民に戦うことを号令する好戦的な歌だ」と非難しないのがおかしい。
「義勇軍行進曲は、日中戦争の当時、侵略者である日本と戦い、国を守ろうと国民を鼓舞した歌であって、好戦的な歌ではない」と中国を弁護するなら、「君が代は、君主制の時代に、君主の治める時代の繁栄を願って歌っているわけで、それは、当時の感覚では、国の末長い繁栄を願うのと同義だ」と君が代を弁護することもできる。
「なぜ、今の時代に、天皇の御代の末長く続くことを願わねばならないのか」と反発するのに、「なぜ、今の時代に、中国は、日本との戦闘で勝つように国民を鼓舞しなければならないのか」とは反発しないのか。
現在、中国海警の船が、尖閣諸島沖で日本漁船を追い回す事件が多発している。中国は、現在、むしろ、日本との小規模な軍事衝突を望んでいるのではないか、と思うほどだ。アメリカとの経済対立でジリジリと国力を削がれるよりも、その方が、習近平指導部としては国民の一致団結を促すうえで、かえって都合が良いのではないだろうか。
日本のリベラルは、『安倍は戦争好き』と、根拠のない非難はするのに、『中国はなぜこんなに好戦的なのだ』と根拠ある批判はしない。なぜだ?
もっとも、中国が、フランスのように自由な国ならば、「ラ・マルセイエーズ(国歌・革命歌)」の歌詞にあるように「憎き隣国ドイツ人の喉をかき切って、そのけがれた血を大地に流せ」と歌っても(問題がないわけではないが)別に構わないのだ。ところが、中国は、「一九八四年」を連想させるデジタル独裁の国で、習近平は独裁者「偉大なる兄弟」のようだ。だから、怖い。
巨大な強権国家中国の香港への「国歌安全法制(治安維持法に類似)」導入決定(2020.5.28)によって、一国二制度は瓦解し、分離独立発言や反政府的発言は違法行為とされ、香港の言論の自由は遠からず失われるだろう。そうなれば、次の標的は「一つの中国」を否定する蔡英文総統の率いる台湾、その後は尖閣諸島、そして、沖縄だ。
アメリカは、昨年11月に議会で成立した「香港人権・民主主義法」に基づいて、これまで香港に与えていた貿易上の特権を廃止するだろう。また、アメリカ下院は、27日、「ウイグル人権法案」を民主党・共和党含む超党派で可決し、トランプ大統領の署名があれば、法案はいつでも成立する状態である。つまり、アメリカ議会が、とりわけ野党民主党が、大統領に対して、ウイグル人を迫害する中国への制裁を促したかたちにあるということだ。
日本の国会は、特に野党は、何をしているのだ?
そして、やはり、最大の問題は日本のメディアだ。香港では「日本のメディアが最も中国寄り」と言われているという。欧米は、一貫して中国の人権抑圧を非難する報道を続けているが、日本では、中国政府の言い分に沿った報道も多く、はっきり言えば中国寄りの立場に立っているように思える、と。
今年も、6月4日が、やってくる。けれども、天安門事件から31年目にして、香港の追悼集会は初めて禁止された。理由はコロナ対策だが、それが単なる口実であることを誰もが知っている。そして、来年以降も、国家安全法の適用によって、天安門追悼集会は禁止される可能性が高い。今日も、香港議会では、市民の意思を無視して中国国歌の侮辱禁止条例を可決した。中国政府の締め付けは、ますます厳しくなっている。
しかし、6月4日、香港民主派は、今年も、1万人規模で、「禁止」されている追悼集会を強行した。そして、香港市民は「中国では、あの弾圧と虐殺は、タブー視され、忘れられている」「けれども、我々は、決して忘れない」と、口々に言うのだ。
日本の国会、特に左派リベラルの共産党、社会党、立憲民主党は、なぜ、超党派で「香港民主派市民への連帯」決議を提出しないのだろうか。「天安門事件忘却拒絶、香港への正義の連帯」決議でもいい。
肝心の時に沈黙するなんて、君たちの思想は、いったい何なのだ?
因みに、中国の人々がつくった国歌の替え歌の一つには、次のようなものがある。
立ち上がれ! (証券)口座未開設の人びとよ
持てる資金のすべてを、値上がり株に投じよう
中華民族に最大の儲けるチャンスがやってきた
誰もが株購入の雄たけびをあげるのだ
(株価よ)上がれ! 上がれ! 上がれ!
我々万人が心を一つにして
ぼろ儲けの夢を抱いて、進め!
銭進! 銭進! 銭進進!
中国では、もう、こんな愉快なユーモアあふれる替え歌も歌えない。警察に逮捕され、裁判で有罪になってしまうから。