これは、決して他人事ではなく、私自身のことも含めて言っているのだが、ある意味、日本人は温室育ちである。日常、生命を脅かされる事態に陥ることも、あまりなく、死と隣り合わせの現実を実感させられることも、ほとんどない。それ故に、この国の現代人の多くは、心理的なストレスに弱い。特に、この見えないウイルスによる心理的ストレスは、多くの人々に強い影響を与えているのではないだろうか。

他人と会えば、自分がウイルスに感染したらどうしようか、と不安になり、咳をすると自分は感染しているのではないか、いざとなれば病院は診てくれるのか、持病のある自分はどうなるんだろう、自宅待機が長引いて、そのうち容態が急に悪化するかも、いや、それより、家族が全員濃厚接触者になってしまう、社員も、取引先も、お客さんも、などと強い不安を覚える。

正直、無症状か、それに近い軽い症状で、コロナに感染して、いつの間にか回復し、免疫を獲得できるのなら、そして、いっそ、PCR検査を受けずに、最後まで陽性が判明しないままで済ませられるなら、そのほうが良いとさえ思う。感染がわかった時の影響が大きすぎるからだ。

ただでさえ、客がいない、売り上げが落ちている、今後も当分は悪化が続くだろうし、このままでは、いずれ、財政的危機に陥る。そうなると、取引先への支払いができない、従業員の給料が払えない、家賃やテナント料が払えない、ローンも払えない、生活費も足りないと不安になり、夜も眠れなくなる。

救急車の音を聴くたびに、またコロナか、と思う。夜の街を、食料品や入用なものを買うために、まだ24時間開いている店を探して車を走らせていると、普段と違って街が死んだように静まり返っている様子に慄然とする。

状況はどんどん悪くなるばかりで、しかも、これがいつまで続くのか、どこまで悪くなるのか、まったくわからない。先が見えない。

こうした不安が、知らず知らずのうちに、心に負担をかけている。喩えてみれば、身体に重い石を押し付けられ、押し潰されそうな状態が続いているのに逃れる術がない、そんな状況だ。これがコロナ・ストレスだ。

 

これまで、なんの疑問も不安も持たず、当然そうあるべきものとして、寄りかかって支えてもらっていた現実の保護環境が、あれよあれよという間に崩れていく感覚は、私たちの存在基盤を根本から揺さぶり、言い知れない不安と動揺を生む。

思うに、社会的な秩序や制度が整っていて、社会環境が安定しているために、日頃、こうした予測不能の先の見えない理不尽な状況に陥ることに慣れていない日本人は、諸外国の国民に比べて、コロナ・ストレスへの心理的耐性が、相当に低いのではないだろうか。

事実、現状では、日本は、欧米に比べて、コロナ禍の悲惨さは、悪化し続けているとは言っても、せいぜい100分の1程度である。アメリカやイギリス、イタリアやスペイン、フランスなどの危機的なレベルからは程遠い。

それにしては、日本人は、今回の事態で、何かと不満や文句が多い。むしろ、ヒステリックにすら感じられる。これで、欧米並みの状況にまで事態が悪化したら、日本人の精神状態は、どうなってしまうのだろうか。非常に心配である。

一方で、欧米では、日本とは比較にならないほどの状況の悲惨さにもかかわらず、国民の団結心は強く、数千人、数万人の死者を出していても、国や政府への信頼度が、日本より高いように感じられる。全体として、精神をうまく保っているように思われるのだ。

休業補償の有無、都市封鎖の有無、国富の差などの条件の違いで心理的圧迫度の違いが生まれるのは確かだろうが、そういう面は別にして、やはり、国民のストレスへの耐性が違うように思うのだ。

鍛え方が違うというのか、日頃、身の危険を伴う不合理な現実に晒されることに慣れているせいか、総じて、海外の国民は、一般的日本人と比べて、生命力の強さと、何よりも、ちょっとやそっとのことでは動揺しない逞しさを感じる。これは、中国やブラジルやロシアなどの比較的貧しい国々でも同様である。

信頼と連帯と許容度と忍耐力、各国民のそうした資質が、今、試されている。

 

一方で、日本・韓国・中国・台湾など東アジア地域の国々の感染〝死者〟数の極端な少なさについては、東アジア人のウイルスに対する耐性の強さが関係しているのかもしれない。もしかすると、東アジア人は、コロナウイルスの免疫を、もともとある程度、持っていたのかもしれない。それが、BCGの日本株ワクチンのおかげなのかどうかはわからないが。

おそらく、すでに多くの日本人が、ほとんど無症状のまま、コロナウイルスに感染し、多少は体調を崩すこともあるかもしれないが、大事なく快復するという経過を辿っているのだろう。そして、彼らは、自覚のないままに、新型コロナへの免疫を獲得しているのだ。おそらく、そういう〝隠れコロナ〟の人は、世界中にたくさんいるに違いない。しかし、そうした〝隠れ〟免疫獲得者の度合いが、東アジア地域では、欧米よりも高いということは十分考えられる。

かつて、14世紀に、アジアから黒死病(ペスト)が、イタリアの東方貿易の船乗りたちによって持ち込まれた時と、同様の事態が、今、世界規模で起こっているのかもしれない。

いずれにせよ、この苦しみが永遠に続くわけではない。たとえウイルス自体の収束には、集団免疫の成立までに数年かかるとしても、少なくとも来年にはワクチンができる。医療体制も整うだろう。ともかく、この1年を持ち堪える覚悟をしよう。夜は必ず明ける。

だから、落ち着くのだ。悲観してはいけない。私たちは、生き残るだろう。この苦しみには、きっと大切な意味がある。この試練を乗り越えた時、私たちは何かを獲得しているだろう。それは、次のコロナ以降の時代を生き抜いていく上で、とても重要なものだ。

 

あと、コロナウイルス・ストレスの軽減策として、現在の問題は、やはり、これからの日本政府のうつべき経済対策だ。

まず、各都道府県のうち、1万人あたりの感染者数が、一定の割合を超えた県については、国が原資を持つ中小企業(200万円)や自営業者(100万円)に対する持続化給付金を、無条件に休業補償として県の裁量で給付する事を認めるべきだ。それも、審査とかは後回しでいいので、必要書類にネット上で記載すれば、24時間以内にスピーディーに給付する。これは、特に、飲食店関係など、休業に追い込まれている業種においては急務であり、給付が遅れると、路頭に迷う家族が確実に増える。今月末までに救済策が具体化しなければ、遅すぎると言っていいだろう。

さらに、企業が一時的な長期休暇を取らせる社員の給与補償を国が80%補償する。これも、各企業が社員に給与しておいて、大切なことは、国が原資を保証することだ。これらを政府が明言し、補償を確約することが重要だ。さもなければ、中小企業は、社員を解雇せざるを得なくなる。

1人10万円の給付金については、申請制で構わないと思う。できれば、前年度の世帯主の年収800万円以上の世帯は給付お断りでもいい。ともかく、これもスピードが大事だ。5月中に給付されるならよいが、これが6月にまでまたがるとなると、遅すぎる。それでは生きていけないという人もいるだろう。

こうしたことすべてを、速やかに決定し、確実に行うには、金を出すのを渋る財務省を抑えて、事を円滑に運ぶため、首相の強いリーダーシップが必要だ。

沖縄県の玉城デニー知事が言っているような休業協力金10万円とか、これさえも原資が限られているから早いものがちだとか、そんな話ばかり聴こえてくるようでは、どんなに協力したいと思っても、誰も協力できない。

医療現場が頑張っているうちに、医療崩壊が起こる前に、政治の場で思い切った決断がなされることが必要だ。