韓国の文在寅大統領は、北朝鮮に子分のように尽くしまくったあげく、「仲裁者を気取って余計な口を出すな」「お前など必要ない」と素気無く言われても、近距離弾道ミサイルを何発も飛ばされて、「これは、度重なる警告にもかかわらず、軍事演習に熱をあげる南朝鮮への武力威嚇である」とまで言われても、あるいは、中国にTHAAD問題でボコボコに叩かれても、殴られっぱなしでいながら、ニコニコ笑顔で「何の問題もありません」と言う。文在寅政権は、中韓に対しては、ひたすら低姿勢で相手を懐柔しようとする融和的な姿だけを見せている。
ところが、日本に対しては、慰安婦合意反故と慰安婦財団の勝手な解散、徴用工判決放置、レーダー照射問題、親日残滓清算運動などに代表されるように、文在寅政権は一貫して強硬な姿勢を取り続けてきた。さらに「心情的には日本は同盟国ではない」と、安倍首相の目の前で明言し、安倍首相の贈ったケーキを「私はケーキは嫌いだから」と、一口も食べようとしなかった。
こうした日本への敵対的な姿勢は、文在寅の盟友であった盧武鉉が、大統領に就任(2002年12月)後、2004年に、アメリカ軍司令官に「日本を共通の仮想敵国に規定しよう」と提案して、アメリカ側を当惑させたり、同じく盧武鉉が、2005年にドイツ訪問時に「ドイツの国連安保理常任理事国入りは支持するが、日本の常任理事国入りには反対」と表明し、「日本の朝鮮統治はナチス・ドイツによるユダヤ人へのホロコーストと本質的に同じである」と主張して、「日本の反省のなさをナチスと同一視して批判する共同声明を出そう」と持ちかけたが、ドイツ側の猛烈な反対にあって実現しなかったという当時の状況と重なる。
韓国大統領府の度重なる反日の態度や政策に業を煮やした日本が、これまでアジアで一国だけ許してきた韓国に対する貿易上の厚遇措置(特別扱い)をやめると宣言すると、途端に「これは日本の経済報復だ!」「貿易戦争だ!」「経済侵略だ!」「韓国は負けない!」「日本は一方的な圧迫をやめよ!」と、猛然と、牙をむき出した。
「これからは、韓国も、台湾や香港やシンガポール並みに扱う」と言われたのが、そんなにショックだったのか。EUにしたところで、韓国をホワイト国として扱ってはいない。なぜ、「日本だけは、アジアで唯一、韓国だけを、未来永劫、特別扱いし続けねばならない」と思い込んでいるのか、なぜに「韓国が日本を冷遇しても問題ないが、日本が韓国を冷遇するのはけしからん」と考えられるのか、本当に謎である。
そして、文在寅大統領の日本に対する対決姿勢と大々的な反日扇動は、日を追うにしたがって、ますます研ぎ澄まされていく。
「李舜臣は、日本の攻撃をたった12隻の亀甲船で守った」と演説し、「この国家的危機を、義兵精神で団結し、共に心を一つにして乗り越えねばならない」と、国民に向かって〝日本に対する総力戦〟を呼びかけている。
日本が「これからは、貿易の手続きを、2004年以前のやり方に戻す」と言っているだけで、この騒ぎである。どうかしている。今まで、韓国が理不尽に騒ぐたびに、日本が黙って懐柔策をとってきたことで、今回も、そうなるだろうと、文在寅含めて韓国の人々は、どこかで信じているのだろう。
実際、根拠のない強気を見せるムン大統領を、韓国民の50%が、熱烈に支持している。また、大統領府とそのコアな支持団体が、日本製品の非買・非売運動を焚きつけ、日本への旅行中止を呼びかける運動を牽引している。
大統領が率先してヒステリックに日本との対決を叫び、国民に反日を呼びかけているのだ。彼には、反省というものがない。
これを機会に、国内をますます反日一色に染め上げていくつもりのようだ。大統領を支持する左派メディアも、市民団体も、それを、熱狂的に支持している。そして、文在寅の支持率があがっていく。
7月25日現在、韓国民の63%が、日本製品不買運動に参加しているという。また、韓国民の61%が、今回の対立の責任は日本にあると考えている。さらに、韓国民の7割が、文在寅政権の日本への対応は適切と考えているか、むしろ、さらに強い対応を求めている。特に、この傾向は、10〜20代の若者に圧倒的である。
こうした反日現象は、反日反米を掲げるロウソク革命の続きであり、韓国での革命運動の激化は、むしろ、これからの話で、今は、まだまだ序の口である。
(*一方で、当然のことだが、日本国民の71%が、日本政府の韓国への輸出規制を支持している。反対しているのは17%である。)


彼ら、熱狂的なムン支持派は、大統領府に批判的な人々だけでなく、日本製品を買う人、日本に旅行に行く人、日本旅行の写真をインスタでネット上にあげる人などを、「土着倭寇(親日派)」と指差して、猛抗議の末に黙らせる。「日本が正しい」と理性的に判断できる人も、袋だたきになりたくなければ、首をすくめて黙っているしかない。強烈な同調圧力である。
彼らムン派に言わせれば、「何もかも、日本が悪い」ということなのだ。韓国で「日本の言い分にも一理ある」などと、当たり前のことを言えば、たちどころに〝土着倭寇〟にされてしまう。
そして、韓国では、韓国人の好む理不尽な反日言動を繰り返す、鳩山由紀夫のような〝愚かすぎる脳の足りない反日日本人〟が褒めそやされる。
さらに、「親日残滓清算」のために、日本人校長や親日派によって学校に植えられた樹木をことごとく切り捨て、彼らの作った校歌や地名をすべて廃止し、校庭には「少女像」と「徴用工像」を建て、日本企業の教材や文具には、チョークから鉛筆からノート、筆箱や下じきまで、「戦犯企業」のステッカーを貼ることを義務付けるという話まで出ている。
その上、韓国のある地方の教育庁などは、「修学旅行」「訓話」「ファイティング」など、日本由来の言葉(和語)を、日帝残滓と指摘する文書を管内の小中高校に通知した。彼らは、これらの単語を、韓国語から追放する決意を固めているようだ。
いずれは、「学校」「教育」「教師」「担任」「班長」「国語」「英語」「単語」「算数」「数学」「物理」「地理」「歴史」「美術」「音楽」「体育」「自由」「民主主義」など、あらゆる日本語由来の言葉を、教科書と学校教育から追放するなどと言いだしかねない。
やがては、いつの日か、「国民」「家族」「本人」「大統領」「社会」「文化」「科学」「宗教」「哲学」「大学」「博士」「経済」「健康」「常識」「概念」「清算」といった日本語も、すべて韓国社会から排斥されることになるかもしれない。「日本から伝わったものは、すべて悪であり、韓国から消し去らねばならない」というのだから、バカじゃなかろか、と言うよりない。
それなら、いっそ、稲作も放棄してはどうだろうか。稲作は、紀元前10〜5世紀ごろ、長江文明から日本へ、日本から朝鮮半島へと伝わったのだから。
また、だからと言って、日本人は、「日本が朝鮮半島に稲作技術を教えてあげたのに、恩を仇で返す韓国」というような感じ方や考え方はしない。そんなことを日本で言えば「恩ってなんだよ、お前、何歳だから、その時、生きていたのか、2500年前のこと、持ち出してどうするんだよ、ばかじゃないの」としか、誰も思わない。
ところが、韓国人は、そう考えるのだ。「漢字も儒教も仏教も養蚕も製紙法も、全部、教えてあげたのに、日本人は、その恩も忘れて」と。その上、稲作まで、自分たちの祖先が日本にもたらしたと思い込んでいる。
何よりも彼らは、「もたらした方が上だ」と思っている。彼ら韓国人の考えによれば、「イタリアは永遠にギリシャに頭が上がらないし、ドイツは永遠にイタリアの下にあり、世界は永久にアフリカの上位を認めなければならない」ということになる。
韓国人は、真面目にそう思っているので、逆に、自分が、相手から、何かもたらされたと考えるのは、大いなるプレッシャーの元になる。それで、都合の悪いことは、無視することにする。そして、実際、それができてしまうのだ。


なぜ、そういうことになるのか、というと、韓国には、日本について、また自国の真実の姿(歴史含めて)について、まともに研究する機関がほとんどないからだ。そもそも、ソウル大、延世大、成均館大、梨花女子大には日本語・日本文学部がない。これまで存在したこともない。唯一の日本研究総合機関であるソウル大日本研究所は、もう一年以上、政府の支援金が途絶えている。
それというのも、マジメに日本研究をすると、韓国人が知ってはならない「不都合な真実」が、あまりにもたくさん出てきてしまうからだ。真実を求めて実直に研究をすると、彼らの拠って立つ正統なはずの足場が、完全に崩落してしまう危険がある。だから、彼らは、正しい知識を知ろうとはしない。
あらゆるファクトを無視して、その上で、彼らは、常に、日本への「〝正しい(正統だと彼らが妄想している)〟怒り」に燃えている。
だから、現実の日本をよく知っている韓国内の知日派から聞こえてくる客観的で冷静な正しい意見は、激しいバッシングの対象となり、血祭りにあげられることになる。知っていても無益なことは、誰も学ぼうとはしないだろう。
しかし、今回、彼らの乗っている船は、亀甲船ではなく、文在寅号という名の泥舟である。この一見、威風堂々とした船は、実は、船底が抜けている。彼らの信じている「反日の正統性」もまた、実は、中身は空虚で底がスッポリ抜けているのである。
このまま反日航路を、ためらうことなく漕ぎ続けていくと、彼らの文在寅号は、大海を見る前に、ずぶずぶと沈んでいきそうだ。
しかし、そうやって泥の中で絶望的に漕ぎ続けながら、それでもなお、彼らは叫んでいることだろう。
「こうなったのも、何もかも、すべて、日本が悪い、日本のせいだ!!」
「我々が、あんなに頼んだのに、アメリカが仲裁に介入しなかったせいだ!」
「我々は間違っていない!」
それもまた、彼ら自身の選んだ道であれば、自分は間違っていないと信じ続けている以上は、己の納得がゆくまで、どこまでも、この破滅への道を突き進んでもらいたいと思うのだ。
そして、この先、どれほどムン「ロウソク」革命が先鋭化したとしても、日本政府は、もう二度と、決して韓国に譲歩してはいけない。粛々と、8月2日に韓国のホワイト国除外の政令改定を閣議決定し、日本国民も、そうした政府のブレない姿勢を支援していく。政府も国民も、しっかり腹を決め、一切動揺を見せることなく、後は、冷静に事態を静観するべきだろう。


ただ、韓国に住む日本人、世界中に住む日本人、あるいは日本に住む韓国人のためにも、日本の外務省やジャーナリストや研究者たちは、〝日韓関係の真実〟を広める努力をしなければならない。
慰安婦問題でも、徴用工問題でも、韓国併合と日本の朝鮮半島統治についても、金玉均と甲申事変についても、戦後の日韓関係についても、韓国の特殊な精神文化の研究に関しても、歴史的な事実を丁寧に掘り起こし、正しい認識を世界中に広めていかなければならない。
韓国人の執拗なデマと捏造の拡散、および、中国政府の戦略的プロパガンダに抗していくためには、それこそ、これからの日本人は、命がけで賢く饒舌にならなければ、自らの立場を守ることはできないだろう。
ところで、韓国へ行ってアイドルをしている人たちに言いたいのは、「この日韓葛藤の状況は、一時的なものではないし、これから永久についてまわることは覚悟した方がいい」ということだ。
そして、いったい何が正しいのか、この機会に、本当のことをじっくり学んでほしいのだ。
ネット上のバッシングなどによって「極度の精神的ストレスと不安」に苦しめられている韓国で活動する日本人芸能人の方たちには、本当に気の毒に思う。しかし、こうなることは、十分に予測されたことでもあった。何もわからないまま、日韓葛藤の狭間で翻弄されるのでなく、正確な知識と深い知恵を身につけて、たくましく生きて欲しいと願う。
日本のK-POPファンの子たちにも、日本と韓国の間に横たわる問題を、より深く理解するきっかけとしてほしい。
こういう時に不安になるのは、これまで、日本では、あまりにも真実の歴史、日本と世界の真実について、人々の関心が薄く、いざ、海外で日本への激しいバッシングにあったときに、対抗しうるだけの日本人としての背骨が育っていないということだ。
ともすると、日本人であることを恥ずかしいと思わされたり、日本が悪いと思い込んでしまう日本人も多いのではないだろうか。
実は、そうではない、ということを、いかにして理解させられるだろうか。そこが、一番の問題である。



〈参考に〉
日本は、確かに、豊臣秀吉が朝鮮出兵をして、戦(いくさ)で多くの韓国の人を殺した。しかし、戦国時代なのだから、日本国内ではさらに多くの人たちが、さまざまな戦(いくさ)で死んだ。もう、400年以上前のことだ。
この時代、武将も雑兵も、戦場で略奪や人狩りが横行するのは普通であった。大勢の朝鮮人が、特に抵抗する力の弱い老人や子女が、船に乗せられて日本に拉致された。日本で、彼らの多くは、奴隷として耕作に従事させられた。悲惨な生活を送った者も少なくない。一方では、教養や技術を持つ者や働き者は、主人に信頼されて、重く取り立てられ、結婚も許されて、子孫が繁栄したという者も意外と多い。
また、この時、李参平ら、少なからぬ数の朝鮮の陶工もまた、日本軍に拉致されて、船で日本に送られた。彼らにとっても、見知らぬ異国に無理やり連れてこられたのは、確かに悲劇であった。
しかし、その彼ら朝鮮人陶工が、世界的に有名な有田焼の生みの親となったのである。日本では、陶工のような技術者は、伝統的に尊敬されていたので、大名などに大切に保護されて、例えば、名工李参平直系の子孫(第14代)などは、今でも陶工として活躍している。
その一方で、朝鮮では、技術者を大切にする伝統がなく、名のある陶工も出なかったし、陶芸の技術が洗練されることもなかった。
しかし、韓国併合後、大正期になって、日本の文化人である柳宗悦が、朝鮮の無名の職人らの手によって作られた日用の雑器を、民衆の暮らしの中から生まれた芸術(民芸)として評価し、朝鮮の文化に魅せられて民芸運動を推進した。
こうした発想も、本来、朝鮮には存在しない価値観であった。柳宗悦は、朝鮮の古美術の蒐集に大正13年、ソウルに朝鮮民族博物館を建て、李朝時代、民衆の間で使用されてきた日用雑器を展示した。

1910年に、日本は、韓国を併合して自国の一部としたが、これは植民地化ではない。むしろ、アメリカがハワイを併合したのと同じことだ。それは、もちろん正しいことではなかった。しかし、1945年まで35年間の日本の統治は、上記した柳の件なども含めて、必ずしも悪いことばかりではなかった。
韓国に庶民が学ぶことのできる公立の学校を作り、ハングル文字の使用を奨励し、上下水道や発電所や港湾や道路など、さまざまなインフラを整備し、病院を建て、衛生環境を整え、現在でも使われているさまざまな建築物を建て、法律を整備し、行政機関を整え、産業を興し、食糧生産を増やし、人々を豊かにした。おかげで韓国の人口は、35年間で2倍に増えた。
韓国の人々が、彼らの希望によって、日本風の名字を新たに創始して名乗るのは許したが、強制ではなかった。望むなら、それまでの姓を名乗るのも自由だった。そして、すべての韓国人に日本人としてのパスポートが発行され、世界中どこへ行っても日本人としての身分を保証された。

第二次大戦において慰安婦を募集したのは、最初は日本の本土でだった。それで足りない分は、後に韓国で募集された。しかし、それは、決して、強制ではなかったし、徴用でもなかった。職業として十分な給料も払われた。
少女の応募は、原則として禁じられていた。朝鮮人の人買い業者が、未成年の少女を慰安婦として連れて行くことを、日本の官吏は厳しく取り締まっていた。だから、少女慰安婦の存在は、法の目をかいくぐった悪質な朝鮮人〝人買い〟業者による例外的な悲劇であった。
徴兵は、終戦の前年まで、韓国では行われなかった。行われたのは、志願者を募る募兵だけだった。優秀な者は、内地の陸軍学校や海軍学校に入り、朴正煕のように士官や将校となる者もいた。
朝鮮半島で徴兵が行われた時点では、もう終戦が近づいていて、訓練が終わる頃には、もう終戦だった。だから、彼らは戦場に送られることはなかった。
国民徴用令の施行も、本土よりはるかに遅い、終戦の前年のことで、この施行で徴用された労働者のうち、内地へ船で送られた者は、ほんの数百人に過ぎなかった。その彼らにも、内地の日本人と同様の仕事があてがわれ、同額の賃金が支払われた。
日本人も朝鮮人も、仕事が終われば、一緒に仲良く酒を酌み交わした。軍艦島でもそうだった。
慰安婦募集、徴兵令、国民徴用令のいずれについても、まずは内地で施行され、内地の人間が、まずは日本人としての義務を課せられた。朝鮮半島では、その後何年も、徴兵も徴用も施行されなかったのだ。日本人になって間もない彼ら朝鮮人に対しては、日本人の義務を課すのを、なるべく大目に見ていたわけだ。
そういう意味では、朝鮮半島の人々は、宗主国に差別されている植民地人ではなかった。言わば、〝新米の日本人〟として、扱われていたのだ。
当時、このような状況に関して「日本人としての義務である兵役を担えないのは、朝鮮人に対する差別だ」と主張して、日本政府を非難する論調も朝鮮半島にはあり、実際、大戦中、朝鮮での3000人の募兵に対して10万人の朝鮮人の若者が日本兵になることを志願したこともあった。

上記したように、よく、韓国人は、日本の朝鮮統治を、ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺(ホロコースト)と同列に扱いたがる。しかし、2005年に、ドイツでも、「ナチスのホロコーストは、人類史上例のない犯罪であり、これを日本の朝鮮統治と同一視することは、ユダヤ人虐殺の人類史的な意味を不当におとしめる、極めて非国際的で悪辣な愚論である」と盧武鉉の提案が批判されたように、似ても似つかぬ状況であり、比較できる道理はない。
女子挺身隊についても同じである。15〜25歳の女性を徴用して工場などで働かせたわけだが、これも、まずは内地で施行された。朝鮮人で、この挺身隊として内地に送られた少女など、ほとんどいなかった。ただ、徴用があったことは事実である。
それも、正しいことではなかったろう。だから、戦後、日本は、半島にあったすべての日本人の財産を、個人の資産も、公的財産も、すべて放棄したのだ。鉱山も、工場も、会社も、家も、農地も、預金も、政府の建物も、病院も、学校も、船も飛行機も、鉄道網も、発電所も、ともかく、あらゆる資産を放棄して、北朝鮮と韓国に譲り渡した。
ところが、韓国では、日本と異なり、挺身隊とは、慰安婦を指す用語として知られている。そのため、後に、1990年代になって「日本は、少女たちを慰安婦として徴用したのだ」という間違った認識が韓国で広まった。この勝手な思い込みは訂正されることなく、今も「少女像」というかたちで世界に広まり続けている。

ともかく、1945年の終戦の時点では、朝鮮半島は、米軍の空襲で焦土と化した本土よりも、インフラもしっかりしており、はるかに豊かだったのだ。
そして、1945年当時、敗戦直後の日本には、沢山の朝鮮人が住んでいた。彼らの多くは、自らの意思で、内地に働きに来た労働者やその家族であった。日本政府に強制徴用された人々など、ほとんどいなかったのは確かな事実である。
それでも日本政府は、朝鮮半島への帰還船を出し、彼ら在日朝鮮人の2/3を朝鮮に帰した。
こうして、焼け野原で仕事も食べ物もない内地から、大戦の被害が少なく、内地より豊かな半島へと、彼らの多くが帰っていったのだ。帰らなかったのは、それでも帰りたくなかった朝鮮人、主に済州島の出身者などであった。
その彼ら朝鮮人が、再び日本に舞い戻ってきたのは、1950年に勃発した朝鮮戦争に付随して起こった、二つの悲劇的な虐殺事件のためだった。共に韓国軍による大規模な住民虐殺であり、一つは済州島四・三事件、もう一つは保導連盟事件という。
もともと半島人からの差別が激しかった済州島では、1950〜57年にかけて、28万人の住民のうち、8万人が、自国軍である韓国軍によって、女子供から老人に至るまで、共産主義者とされて無差別に惨たらしく虐殺された。子女も、凄惨極まる暴行・凌辱の果てに惨殺された。
韓国軍による殺戮を生き延びた20万人の島民のうち、17万人は、この地獄を逃れて、非合法で海を渡って日本に密入国した。その結果、1957年には、済州島の人口は3万人にまで激減した。7年間で、実に、25万人(89%)も減少したのである。
同じく、1950年に、李承晩は、国内の共産主義者を皆殺しにするように命じ、韓国軍は、無実の国民114万人を、老人、婦女子にかかわらず、手当たり次第に虐殺した。また、共産主義者の家族とされた多くの未成年者を含む子女を、慰安婦として、戦闘の最前線まで連れて行き、性奴隷として使役した。
ちなみに、韓国軍の慰安婦は、旧日本軍の慰安婦とは異なり、民間の業者が運営する慰安所で働く労働者ではなく、軍の管理する支給物資であった。

当時、韓国内で横行する軍による虐殺を逃れて、多くの韓国の住民が、済州島民と同じように日本に密入国した。その総数は100万人とも言われる。彼らは理不尽な韓国軍による虐殺を逃れて、自分の意思で、日本に密入国したのだ。しかし、日本政府は、恩情から、彼らを密入国者とはせず、戦前から日本に住んでいた在日朝鮮人として扱ったのである。
こうして、この朝鮮戦争の時期に日本に住み着いた朝鮮人の多くは、当然の事ながら、韓国政府と韓国軍に激しい恨みを抱いていた。そのため、彼ら韓国軍による大虐殺の生き残りとその子孫にあたる在日朝鮮人は、今でも、北朝鮮籍を名乗り、北朝鮮系在日団体である朝鮮総連を支えている人たちも多い。
こうした韓国への深い恨みを背景とした〝北朝鮮びいき〟が高じて、1959〜1984年まで続く、悲劇的な在日朝鮮人の北朝鮮への帰国事業が行われ、9万3千人もの朝鮮人および日本人妻子が、「地上の地獄」で、辛酸を舐めることになったのである。多くは、過酷な労働を強いられ、拷問を受け、差別と飢えに苦しみ、少なくない人々が強制収容所に送られて安否不明となった。
結果として、朝鮮総連は、北朝鮮を「地上の楽園」と宣伝して、帰国事業を25年間に渡って継続し、結果として、10万人近い人々を、地獄に突き落としたのである。これは、帰国者たちを騙して、組織的に北に拉致したに等しい、犯罪的行為であった。
しかし、朝鮮総連は、その重大な責任を、いまだに認めていない。それどころか、朝鮮総連は、今でも、北朝鮮を「素晴らしい国」と主張し続けている。彼らの主張にはブレがない。これもまた、済州島四・三事件と保導連盟事件のせいであろう。彼ら日本への密入国者たちにとって、地獄とは韓国のことだったのだ。

さて、話は、朝鮮戦争当時の韓国の問題に戻すが、韓国軍は、当然ながら北朝鮮での住民虐殺も行なっている。ピカソの「朝鮮の虐殺」は、朝鮮戦争における北朝鮮住民への虐殺をテーマとした作品だが、その主体となったのは、韓国軍なのか米軍なのか、諸説ある。しかし、実際問題として、韓国軍による住民虐殺が横行したことは間違いのない事実である。
現代の韓国人のイメージする旧日本軍は、この時期の韓国軍の実像と重なる。また、韓国の主張する旧日本軍慰安婦のイメージも、この時期の韓国軍による慰安婦の取り扱いの実像に重なる。
「韓国軍が、自国民や自民族に対してさえ、これほど残虐になれるのだから、日本軍は韓国人に対して、それ以上に残虐であったに違いない。いや、そうでなければならない。」
韓国の人々は、今、そのように感じているのだろうと思う。そして、当時の真実を知る者がいなくなるにつれて、その間違った思い込みは、確固としたものになっていくのだ。

その後、1965年に、旧日本軍将校だった朴正煕大統領との間で、日韓基本条約が結ばれ、日本は、当時の韓国の国家予算の3倍以上に当たる11億ドルの援助を行なった。このうち、3億ドルは無償援助であった。ちなみに、当時の韓国の国家予算は3.5億ドルであった。さらに、日本側は、朝鮮統治時代に残した53億ドル分の資産の請求権を放棄した。
この条約により、両国および両国民の間の財産、権利、請求権に関する問題は、完全かつ最終的に解決されたことを、日本と韓国は互いに認め合ったのだ。そして、「以後、両国民は、これ以前の事由に基づくどんな請求権の主張もすることができない」とされた。
こうして、この日本からの援助、特に3億ドルの無償援助を国内投資にまわすことによって、韓国は「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を成し遂げた。

韓国の経済発展のもう一つの要因は、1965年から本格化したベトナム戦争における米軍の特需であった。また、この戦争に、韓国軍は米軍の友軍として参加し、アメリカ軍以上に、多くの住民虐殺を繰り広げた。
この時、韓国軍兵士に強姦されたベトナム女性の産んだ子は、憎むべき韓国人の子(ライダイハン)として、差別を受けた。その数は、少なくとも3000人以上と言われ、数万人にのぼるという説もある。
韓国軍兵士は、強姦を繰り返した後には、虐殺して立ち去ることが多く、生き残った女性はむしろ少ないと見られている。
また、当時、韓国軍は、兵士による住民暴行・虐殺を抑えるために、ベトナム各地に慰安所を設置して、ベトナム人少女らを慰安婦として強制的に働かせた。これこそ、まさに性奴隷であった。このように、半ば強制的に慰安婦にされたベトナム人の女性の数は、数十万人に及ぶ。
こうして韓国軍兵士によって陵辱・暴行を受けたベトナム人女性の人権を擁護し、韓国軍の悪行を世に知らしめるため、2017年に、イギリスのロンドンで「ライダイハンのための正義」という市民団体が、イギリス人市民活動家ピーター・キャロルが呼びかけ人となって設立された。
その後、2019年4月には、韓国軍による民間人虐殺について真相を究明し、公式に謝罪するように、ベトナム人遺族や生存者らが文在寅政権に請願書を提出した。彼らは「韓国政府は、日本政府に対して謝罪を要求しているが、それ以前に、まず、韓国政府自身が、我々に謝罪するべき」と話している。
また、朝鮮戦争中、米兵や韓国兵のために、第5種補給品と呼ばれて、国営慰安所で働いていた韓国人・北朝鮮人女性たちは、「特殊慰安隊(女子挺身隊)」として最前線までドラム缶に詰められてトラックで移送され、性奴隷として働かされた自分たちの方が、日本兵のための私設慰安婦であった年長の人たちより、はるかに辛酸を舐めたにもかかわらず、韓国内で、その存在を無視されている状況に憤っている。
1945〜1980年代まで、韓国軍や米軍の相手をした韓国人女性(洋公主・売春婦)は、通算で100万人を超える。
しかし、日本軍慰安婦の問題が取りざたされるようになった1990年代以降、彼女たち、韓国政府によって運営される軍事基地の慰安婦は、突如、韓国では「慰安婦」と呼ばれなくなった。そして、「基地の女性」などと呼ばれるようになった。一方で、旧日本軍の時代の慰安婦だけが、「慰安婦」と呼ばれるようになったのである。



上記のような「正しい歴史」は、残念ながら、韓国はもとより、日本でも、一般に、学校教育において教えられることはない。
幸い、日本国内では、次第に、この「正しい歴史」が、少しづつではあるが、一般にも知られるようになってきた。しかし、韓国では、こうした「正しい歴史」について語る者は、たとえ歴史研究者であっても、刑事・民事訴訟に悩まされ、国民的な弾圧にあってしまう。
韓国人にとって『正しい歴史』とは、真実の歴史ではなく、「こうあるべき歴史」であり、もっと言えば、「韓国人にとって都合のいい理念に沿ったフィクションの歴史」なのだ。したがって、「韓国人にとって不都合な真実の歴史」は、国を挙げて抹消されてしまう。それでも、表に現れてくる彼らの反日理念に合わない「不都合な真実」は、取るに足りない瑣末なこととして無視される。
これでは、日本人と韓国人は、永遠に仲良くなることなどできない。それどころか、年々、理解し合うことは困難になっていくだろう。
残念なことだ。
また、7月23日の中露による竹島上空での領空侵犯のような単純な策略で、ますます日韓が離反していく。中露に踊らされているようで、実に、不愉快な話だが、そもそも文在寅「ロウソク革命」政権が、強烈な反日反米政権なのだから、実際のところ、どうしようもないのだ。

最後に、盧武鉉と文在寅に関して、一言、言っておきたい。以前、私は、文在寅を、韓国の鳩山由紀夫と評したことがある。しかし、今は、政策や政治家としての姿勢は別として、人間的には、彼らを、鳩山由紀夫と同一視しているわけではない。
頼るもののない極貧の中で育った盧武鉉と文在寅を、内閣総理大臣鳩山一郎を祖父に持ち、母はブリジストンの創始者の長女で、何不自由なく育ち、学習院初等科・中等科に通い、東大に進学し、スタンフォード大学で博士号をとり、祖父の地盤を受け継いで政界入りしたという日本屈指の御曹司鳩山由紀夫と同列に考えているわけではないということだ。
文在寅は、朝鮮戦争の動乱の中、北朝鮮に両親を残したまま脱北した避難民夫婦の長男として韓国に生まれ、激しい差別と貧困の中で育った。そして、その劣悪な環境の中でも、不屈の闘志で、奨学金を得て大学を卒業し、弁護士試験に合格した。その間に、朴正煕政権、全斗煥政権に対する民主化デモに参加して、二度逮捕されている。盧武鉉の場合も、小農出身で、貧しくて大学へ行けず、高卒後、働きながら独学で弁護士になったという点では、同じような苦しい経験をしてきている。
二人が共同で弁護士事務所を開き、民権派弁護士として、社会的な弱者のために、働いてきたことは事実だ。貧しい者の味方であろうとする彼らの強い信念は、自身の生々しい経験に裏打ちされたものであり、生き方そのものなのだ。お金の心配など、生まれてこのかた、したことのない、恵まれた環境で生きてきた鳩山由紀夫には、彼らの情念は、決して理解できまい。
また、日本から譲り受けた資産によって富裕となり、日本の助力によって、その地位を盤石にして繁栄を維持してきた韓国の既成権力層である保守勢力に対して、彼らが強い敵愾心と憎しみを抱くのも、理解できないわけではない。
盧武鉉が、自殺に追い込まれたことも気の毒に思うし、腹心の友であった文在寅の無念も察するに余りある。
従北親中反米左派とか、そういう政治的スタンスは別にして、人間として、彼らの生き方は、尊敬に値する。
しかしながら、多くの日本人が、「勝てない戦争に巻き込んでしまった」という韓国人への贖罪意識から、長きにわたって韓国への援助を惜しまなかったこと、その深い心情について、彼らが理解しているとはとても思えない。
この二人にとっては、日本の援助など、権力者たち(左派の言う「親日残滓」)を肥え太らせただけの豚のエサ、ぐらいにしか思っていないだろうし、そう思っているのは、彼らだけではないだろう。
かと言って、朴槿恵、李明博ら、韓国の保守派が日本に感謝していたか、というと、そんなことはない。彼らもまた、ただ、日本を利用していただけなのだ。
文在寅の娘だって、日本の国士舘大学に留学している。右派も左派も関係なく、誰もが、日本を利用している。これが、韓国人の言う「用日」だ。
そういう意味では、残念ながら、保守(親米右派)であろうが、革新(従北左派)であろうが、韓国人に、日本への理解や感謝など、どこにも、かけらもない。「無」である。それどころか、韓国が目指しているのは「克日」である。韓国人の考える克日とは、日本を自分の足の下に踏みつけるという意味である。
であるならば、韓国をアジアで唯一のホワイト国として貿易上優遇する意味がない。日本が、わざわざ、『自分を潰そうとしている敵に、そのための力をつけさせる』という韓国への優遇策は、本当に、あまりにも愚か過ぎる最低最悪の政策である。だから、早急にやめるべきだ。

そういうことなのだ。

この韓国との敵対状況は、おそらく、永久に変わらない。どれほど、日韓両国の間を行き交う相互の観光旅行者数が増えようと、両国の若者が互いの国の文化に親しもうと、経済的な関係の緊密化による相互依存が深まろうと、それによって相互の摩擦や軋轢がさらに深まることはあっても、対立が解消されることは決してないだろう。
それほどまでに、日韓の対立問題は、その前提となる基本的な事実認定から、根本的に食い違っているのである。