おお、友よ
このような歌ではない!
もっと快い、喜びに満ちた歌を、歌おうではないか
歓喜よ
天空に満ちる神々の霊感よ
天の楽園の乙女よ
私たちは炎のように酔いしれて、あなた(歓喜)の聖なる内側へ足を踏み入れる
時流の刀が残酷に切り離したものを、あなた(歓喜)の聖なる魔力が、再び結びつける
そして、乞食たちは、君主の兄弟となる
あなたの翼の下で、すべての人々が兄弟となるのだ
一人の友を得、気高い心の妻を得るという素晴らしい幸福を勝ち得た者は、歓喜の歌に声を合わせよう!
この地球上に、たった1人だけでも、心から大切に思える人がいるという者も、声を合わせよう!
それすらもない者は、この輪から、泣く泣く立ち去るがよい!
この世の全てのものは、自然の乳房から歓喜を飲む
全ての善人とすべての悪人が、薔薇の小道を辿る
自然は、くちづけと葡萄と、死の試練をもくぐり抜けた友をもたらす
虫ケラにさえ、快楽が与えられ、天使ケルビムが神の前に立つ
天空の星々が大空を駆け巡るように、兄弟たちよ、それぞれの道を進め
勝利を目指して進む英雄のように!
抱き合おう、諸人こぞって!
この口づけを全世界に!
兄弟よ、この夜空の彼方に、聖なる父がいらっしゃるはず
諸人よ、ひざまずいているか?
創造主の存在を感じているか?
星々の彼方に、その人をもとめよ!
星々の煌めく天蓋のうえに、必ずや、その人はいらっしゃるのだ
(シラー/ベートーベン)
日本で「歓喜の歌」が初めて歌われたのは、第一次世界大戦当時の1916年8月、徳島県鳴門市の捕虜収容所で、ドイツ兵捕虜たちによって、看守や鳴門の地元民を聴衆として行われた合唱でした。
当時、日本軍の人道的配慮により、ドイツ兵たちは看守たちや地元民も交えて自由に音楽を楽しむことができたのです。
そして、不幸な世界情勢が、世界の国々を引き裂いて、互いに殺しあう時代に、敵国の兵士たちがこの歌を歌うことを、収容所所長が許可したのです。
さらに、同収容所で、1918年6月に、第四楽章「歓喜の歌」だけでなく、「第九」の全楽章が、捕虜たちの手で演奏されました。楽器の編成は不完全ながらも、全曲が演奏されたのです。これが、日本(アジア)で最初の「第九」の演奏会です。第一次世界大戦終結の5ヶ月前のことでした。
今年は、それからちょうど100周年になります。
「歓喜の歌」は、正確にはクリスマス・ソングではありませんが、その詞の内容は、真のクリスマス・ソングと言っていい内容を持つ意味深い曲です。
運命の抗いがたい力によって、互いに敵同士となり、無残に殺しあう人々を、聖なる喜びの魔力が、再び一つに結びつける。今宵、ホームレスも、億万長者も、再び兄弟となる。
けれども、この世の中に、たった1人すらも、魂の友と呼べる人を持たない者、愛する人を持たない者は、たとえ億万長者であっても、大統領であっても、この祝福された喜びの輪に加わることはできない。
自分以外に大切な存在を持たない者は、この歓びの輪から立ち去るしかないのだ。
そのことを知りなさい。さあ手を取り合って歌おうではないか、喜びの歌を!