韓国人は、自分の一族(氏・姓)へのこだわりが、異常に強い。社会的にも、どの一族の出自かが、強烈に意識され、それによって、社会的な人間関係にも影響が及ぶ。
そもそも、韓国には、日本のように、結婚によって姓が変わるということがない。古くから中国の文化的影響下にあるため、家族制度も中国風である。すなわち、結婚後も、夫婦の姓は統一せず、生まれた子どもは、男の子も女の子も、必ず夫の姓を受け継ぐ。そして、生まれた時の姓は、一生変わることがない。結婚によって姓が変わることがないだけでなく、改姓そのものが許されないからだ。(2008年からは、法改正によって、夫婦相談の上、子どもに母親の苗字をつけることが可能になった。さらに、親が再婚した場合には、子どもが養父の姓に変えることも可能になった。また、1999年からは、同一本貫同士の結婚禁止制度が廃止されている。)
しかし、多くの韓国人にとって、姓は、いまだ、自らの出自を示す軛(くびき)である。そして、その出自は、何代も何代も、千数百年前の始祖に至るまで、40代、50代前に遡って検証され、一族の由緒が問われる。だから、始祖から始まる詳細な家系図(族譜)は、自分の出自を証明する物的証拠として、社会で生きていくためには絶対に必要である。
故に、韓国に、この「族譜(チョクポ)」と呼ばれる分厚い家系図書を持たない家族は存在しない。族譜の多くは、数千頁に及ぶため、数冊に分冊されている。これが、一家に必ず、一部づつあるのである。そして、族譜は、それぞれの氏族の手で、30年毎に編纂され、新たに生まれた者の名を加える。つまり、「族譜を持っていなければ、韓国人ではない」と言っても過言ではない、ということだ。
なぜ、それほどに族譜が大切かと言えば、出自が不明であるとか、出自が低いということになれば、韓国では人間扱いされないためである。日本にも「何処の馬の骨ともわからない」という言葉があるが、韓国では、日本よりはるかに、出自によって人を評価・判断する傾向が強い。
逆に、出自は高ければ高い方が、社会的ステイタスは上がる。現代もインド社会に根深くあるカースト制度の「バラモンにあらざれば人にあらず」という伝統的差別的価値観に、少し似ている。
なので、韓国では、昔から姓(苗字)と本貫(氏族)の偽称が異常に多い。すでに李氏朝鮮時代を通して、族譜の売買は盛んであり、つまりは、姓と本貫(氏)を買って偽称するというペテン行為が横行していた。そして、戦争や天災で、戸籍が失われるたびに、大量の姓と本貫の偽称が行われきたのである。
その結果、現在、韓国では、有力な氏への改姓がすすみ過ぎて、他国ではあり得ないような、少数の姓への異様な集中が見られる。
実は、古代においては、日本でも姓の偽称が横行した時代があった。その時代に、姓の偽称を見破る為に行われたのが盟神探湯(くがたち)であった。熱湯に手を入れさせて、火傷しなければ真実を言っている、という判定法で、行われていたのは、5世紀頃のことである。
韓国で、金姓が使われた最初が6世紀頃と記録されていることから判断して、古代においては、むしろ、日本の方が、姓によって差別する意識は強かったのだろう。
そこで、聖徳太子は、氏によらず、能力次第で家臣を取り立てるようにして、有力氏族の専横を防ごうとした。それが「冠位十二階」の制度である。同時に、インドにおいてカーストを否定した仏陀の教えを日本に広めようとして、法隆寺を建立し、法華経・勝鬘経(しょうまんぎょう)などの注釈書である三経義疏(さんぎょうぎしょ)を著した。「どの一族に属しているか、男であるか女であるかによって、その人の価値が決まるわけではない」という平等観を、社会に根付かせようとしたのだ。さらに「日出処の天子、日沒する処の天子に使いを致す、つつがなきや」に始まる国書を、当時の超大国隋に送り、臣下の礼をとらないことで、中国への事大を排した。中国の権威にひれ伏さず、対等の国として向き合おうとしたのである。
また、平安中期以降は、実力次第で農民からのし上がる者も現れるようになり、家柄がすべてという考え方が次第に薄れていった。そうした歴史の流れから、姓の偽称が減っていったものと思われる。
しかし、朝鮮半島では、事情が違った。朝鮮では、10世紀の高麗建国以降、姓氏と本貫の制度が貴族の間で徐々に確立され、やがて、ずっと後になって、15〜16世紀頃から、一般の農民にも姓の使用が広まるようになる。
最初は、高麗建国者の「王建」自身、「王」という姓を持っていなかったという。11世紀に入るまで、有力貴族であっても姓を持たない者は多かったのだ。しかし、この時期(11世紀)に、漢族や女真族から帰化して、高麗宮廷で有力貴族に取り立てられる者が多く、姓の使用も貴族の間では定着していったのである。実際、現在、韓国で使用されている姓の半分は外国由来の姓で、その大半は中国由来の漢姓である。
その後、14世紀の李氏朝鮮王朝成立以降、両班と呼ばれる貴族の間で、氏族制度が整い、15世紀頃には、現在とほぼ同じ数(265)の姓が使用されていた。同時に、15世紀以降、王族以外の族譜が、徐々に本格的に編纂されるようになり、16世紀以降は、「火事にあった時、最初に持ち出すのは族譜」と言われるほど、家系と氏族の由緒の証明が、貴族の間では重要視されるようになる。
しかし、北朝鮮では、家系にこだわる考え方は封建的であるとして、族譜を持つことが禁じられた。中国でも、文化大革命の時に、孔子の論語とともに、一家の族譜も、前近代的であるとして、火にくべられた。以来、北朝鮮と中国本土では、家柄や血筋にこだわる価値観は、政府によって排斥されてきた。
つまり、現在、世界で最も家系にこだわりつづけている地域は、ある意味、伝統が守られている韓国と台湾と沖縄ではないだろうか。
さて、現在、韓国を代表する姓と言えば、金(キム)・李(イ・リ)・朴(パク)・崔(チェ)・鄭(チョン)の「五大姓」である。この五つの姓を合わせると、なんと総人口の54%を占める。
さらに、上記の姓に、姜(カン)・趙(チョ)・尹(ユン)・張(チャン)・林(イム)を加えたものを「十大姓」と言い、この十氏で総人口の64%に達する。
★①中でも、特に「金」は多く、金姓は総人口の21.5%を占める。元大統領の金泳三(キム・ヨンサム)と金大中(キム・デジュン)、フィギュアの金妍児(キム・ヨナ)含めて、韓国人の5人に1人は〝金さん〟である。韓国では「石を投げれば金さんに当たる」と言われている。金王朝の金正恩に見られるように、もちろん、北朝鮮でも、その状況は変わらない。
本来、金は漢姓(中華圏69位)で、中華民族の伝説上の初代皇帝黄帝の子である金天氏小昊を始祖とする。だが、この金姓は、賜姓や漢化によって、回族や満州族や朝鮮族など、周辺民族にも広まった。
朝鮮族の金氏の中でも、古代の加羅国王である首露王(AD1世紀)を始祖とする金海金氏の一族は、総人口の9%を占める最大の本貫(氏族)である。つまり、韓国人の10人に1人が、2000年前の初代加羅国王の子孫ということになる。金大中も、この氏族の一員だ。また、韓国第4位の本貫である慶州金氏(3.6%)は、やはり、紀元1世紀に始祖を持つ新羅の金氏王統の末裔である。
★②金の次に多いのは、中国に起源を持ち、李氏朝鮮王統を含む「李」姓で、総人口の14.7%を占める。元々は漢姓だが、朝鮮半島で、多くの氏族を成した。中でも、初代朝鮮国王李成桂を輩出した全州李氏は、韓国で三番目に大きい氏族(本貫)で、総人口の5.0%を占める。また、慶州李氏(3.1%)は、第5位の本貫で、紀元前1世紀の新羅建国時の6村長の中の1人を始祖とする。
元大統領の李承晩(イ・スンマン)と李明博(イ・ミョンバク)、スピードスケートの李相花(イ・サンファ)など、李姓は韓国では7人に1人はいる。北朝鮮でも、金正恩の夫人李雪主(リ・ソルチュ)など、大勢いる。中華圏でも1位の姓で、総人口は1億人に迫り、中国総人口の8%を占める。
★③第3位は、「朴」姓である。朴氏は、新羅の建国時の初代王の血をひく新羅王族を代表する氏族であり、高麗王朝の主要な貴族として科挙及第者のほとんどを輩出した。元大統領の朴正煕(パク・チョンヒ)と朴槿恵(パク・クネ)を含めて、韓国総人口の8.4%を占める。中でも、10世紀の新羅末期の王子を始祖とする蜜陽朴氏は、金海金氏に次いで、韓国で二番目に大きい氏族(本貫)であり、人口の5.9%を占める。
この金・李・朴の三姓だけで、総人口の約45%になってしまうのである。そのうち、金海金氏・蜜陽朴氏・全州李氏を合わせて、韓国人の23.5%、およそ四人に一人は、加羅・新羅・李氏朝鮮の王族の血を引いているということになるようだ。
★④第4位は「崔」姓だが、もともとは春秋時代から続く漢姓である。周の宰相で斉の始祖である太公望の系統とされる。韓国では、崔順実(チェ・スンシル)を含めて、総人口の4.7%を占める。空手家の大山倍達も、本名の韓国名は崔永宜(チェ・ヨンウィ)である。本貫では、新羅末9世紀の文人崔致遠を始祖とする慶州崔氏(1.9%/7位)が有名である。中華圏では74位。
★⑤第5位は「鄭」姓だが、これも漢姓で、中国の春秋戦国時代の諸侯であった鄭(てい)にルーツを持つとされる。よって、恐らくは中国からの帰化氏族であると考えられるが、この「鄭」姓は、韓国の総人口の4.3%を占める。日本では、日本人の母を持つ鄭氏台湾の始祖鄭成功が昔から人気があるが、韓国人としては現代財閥の創始者鄭周永(チョン・ジュヨン)が有名だ。中華圏では23位。
上記の五大姓で、韓国総人口の54%である。十大姓だと64%になる。そして、十大姓の総人口に占める割合は、各々、次のようになる。
★⑥まず、6位の「姜」姓が2.4%だ。中国の斉の国の始祖太公望に起源を持つ中国姓だが、韓国では高句麗の元帥を始祖とする氏族を多く含む。在日韓国人には有名な学者の姜尚中(カン・サンジュン)氏がいる。また、元KARAのメンバーで、日本を中心に活動している歌手・女優の姜知英(カン・ジヨン)もいる。代表的本貫は、6世紀に隋を破った高句麗の名将を始祖とする晋州姜氏(1.9%/6位)。中華圏では60位。
★⑦7位の「趙」姓は、中国宋朝の建国者である趙匡胤の血筋をひく複数の帰化氏族を含めて、韓国総人口の2.1%を占める。日本では中国三国時代の武将趙雲子龍が有名だ。中華圏でも7位の姓である。
★⑧8位の「尹」姓は、ほぼ同じく2.1%を占める。2000年代前半に日本でも活躍した女優の尹孫河(ユン・ソナ)などがいる。中華圏では91位。
★⑨9位は「張」姓。これも中国に起源を持つ帰化姓。古代中国では、太平道の教祖張角、三国志の英雄張飛などが有名だが、北朝鮮では、2013年に処刑された金正恩の叔父(金日成の娘婿)にあたる実力者張成沢(チャン・ソンテク)が有名だ。韓国では総人口の2.0%を占める。中華圏では3位である。
★⑩10位は「林」姓。これも、9世紀に唐から新羅に亡命してきた林八及を始祖とする帰化姓である。中国では道教の女神「媽祖」となった宋代の林黙娘が有名だ。文化大革命期の政治家林彪(リン・ピョウ)などもいる。韓国では林(イム)と発音する。総人口の1.4%。中華圏では16位。
上記した主要な十姓は、そのほとんどが中国起源であり、中国から帰化した氏族も多い。そして、その多くが、加羅、新羅、高麗、李氏朝鮮の王族や貴族の家柄である。こうした有力氏族の出身者が、総人口の過半数になる国というのは、一体どういうものであろうか。
一つ言えることは、「国民の過半数が、中国から帰化したり、王侯貴族の由緒ある血統の家柄に属するということは、現実的ではなく、まず絶対にあり得ない」ということである。
また、わずか3つの姓で、総人口の45%、5姓で54%、10姓で64%、100姓で99%を占めるという韓国の現在の状況は、どうあっても普通では考えられない。
ちなみに日本の場合、上位5姓で6%、10姓で10%、100姓で22%、7000姓で96%である。
内訳は、1位の佐藤さんが総人口の1.5%、2位の鈴木さんが総人口の1.4%、3位の高橋さんが総人口の1.1%、4位の田中さんが1.0%、5位の渡辺さんが0.9%で、上位5姓の合計は、5.9%に過ぎない。この割合は、韓国の5姓合計の1/10である。
さらに6〜10位は、伊藤さん、中村さん、小林さん、山本さん、加藤さんで、1〜10位の合計は、10.2%である。これでも韓国の10姓合計の1/6に過ぎない。
また、沖縄の場合は、1位の比嘉さんが、総人口の3.2%、2位の金城さんも3.2%、3位の大城さんが3.0%、4位は宮城さんで2.4%、5位の新垣さんが1.9%で、上位5姓の合計は、13.7%である。これは、韓国の1/4にあたる。
6〜10位は、玉城さん1.8%、上原さん1.7%、島袋さん1.6%、平良さん1.4%、山城さん1.2%で、1〜10位の合計は21.4%になる。これは韓国の1/3である。同時に、韓国における金さんだけの割合21.5%より、少し低い。
比較すると、韓国の姓の集中が、いかに奇妙な現象か、わかるだろう。これは、決して自然なことではない。明らかに人為の結果である。
現在、韓国には286の姓と4179の本貫があるが、286姓のほとんど、そして、4179本貫(氏/血族)の主要な部分、人口比にして90%以上は、李氏朝鮮王朝時代の貴族階級であった両班(ヤンバン)の姓であり本貫である。つまり、現代の韓国人のほとんどは、先祖は貴族であったということになるが、そんなことはあり得ない。
そもそも、16〜17世紀には、まだ奴婢の身分で姓を持たない者が、30〜40%もいたとされる。また、人口の40〜50%を占めていた農民も、家系図(族譜)など持ってはいなかった。つまり、奴婢と農民を含む総人口の90%近くの人々が、族譜(家系図)など持っていなかったのである。
彼らが徐々に族譜を持つようになったのは、19世紀末の身分制度崩壊以降のことなのだ。そして、現在、韓国人の多くが、紀元前1世紀〜紀元6世紀ごろの始祖に始まる長大な族譜を持っている。つまりは、ここ百数十年の間に、千数百年分の家系の創作が行われたのである。
このような壮大極まる家系創作は、それ以前の16〜18世紀に、新参貴族が族譜を新たに編纂・作成する時にも、大なり小なり行われたことだろう。
例えば、1403年に、王族以外の貴族による最初の族譜(水原白氏の族譜)が編纂されて以来、15世紀には、23氏族しか、新たに族譜を編纂・刊行していないが、16世紀には新たに43氏族、17世紀には148氏族、18世紀には398氏族、19世紀には580氏族、20世紀には1101氏族が、新たに独自の族譜を編纂・刊行した。こうして、族譜を持つ氏族の数は、15〜20世紀にかけて、飛躍的に増加していき、現在の2596種類の族譜となったのである。
ちなみに20世紀に氏族(本貫)の数が3倍になった理由には、歴史の流れとしての身分制の解体の他に、日本政府が朝鮮支配の政策として、戸籍上、それまで本貫も氏もなかった下層民含め、全国民に氏を持つこととしたこともある。
さらに、1939年に実施された創氏改名政策では、当時、326しか存在しない朝鮮姓に不便を感じ、それまで夫の氏に加わることのできなかった妻が、夫と同じ氏に加わることで、夫婦の氏(姓)を一致させることを義務付けたり、新たな姓を創始することを奨励した(必ずしも日本風でなくともよい)ことがある。もちろん、これまでの自分の本貫(氏)に誇りを持っている人たちに、新たな本貫(氏)を創ることを強制したわけではない。このため、およそ2割の人々は、改名せずに、これまでの姓名を変えなかった。
参考までに記すが、韓国で人口1000人以上を有する氏族(本貫)は、858氏族であり、韓国の総人口の97.8%を占める。彼らは、当然、全氏族が、家族ごとに族譜を有する。
したがって、韓国人の姓と本貫と族譜の多くは、この600年間のどこかの時点で偽造され、偽称されたものである可能性が高い、ということになる。
ちなみに、中国には約4000種類、日本には約10万種類の姓がある。移民の国アメリカでは約150万の姓があるという。比較して見ると、中国、韓国は姓の数が非常に少なく感じる。日本人からすると、韓国のように、「286しか姓がない」というのも、「総人口の23.5%が王族の子孫と主張している」というのも、不思議の国というよりほかない。
もっとも不思議なことは、韓国の人々が神聖視し、大切にしてきた家系図についてである。上記したように、客観的に考察すれば、彼らの有する氏族も先祖も、その本貫(血統/氏)の証拠である現存する2596種類の族譜(家系図書)も、すべては偽りであり幻(まぼろし)であることは明らかなのだ。
沖縄では、韓国と同じように、氏族(門中)を重んじる社会的風習が根強い。また、姓から出身地が推測できることも多い。また、姓によって、中国から帰化した氏族であることがわかることもある。しかし、実際、漢姓は、沖縄では、ほとんど名字としては使用されていない。
また、県内各地は、非常に閉鎖的な地域が多く、他地域出身者への排斥や相互の地域間差別は、非常に激しいのものがある。氏族差別も、地域差別も、日本の他地域に比べて、より目立つ傾向があるということだ。
では、姓の偽証についてはどうかというと、代表的な事例として、統一琉球王朝の尚氏に関わる「略奪姓」の問題がある。
1429年に三山統一を成し遂げた尚巴志は、琉球王国を建国し、統一琉球王として明に朝貢した。この伊平屋島にルーツを持つ琉球王尚巴志の一族が第一尚氏である。しかし、この一族は、1469年、第7代尚徳王の時に、家臣の金丸のクーデタによって、王家一族のほとんどを虐殺され、第一尚氏王統は滅びることになる。その後、第一尚氏の後裔を称する一族は、いくつかあるが、尚姓を名乗らずに、明姓を名乗ることになった。
そして、かわりに尚姓を受け継いだのは、なんと、尚巴志の子孫を滅ぼした家臣の金丸自身であった。金丸は、尚氏王家を滅ぼし、自ら即位して、尚円王と称したのである。しかし、金丸は、伊是名島出身の農民で、伊平屋島にルーツを持つ尚氏とは、まったく血縁関係がない。つまり、この事件は、家臣金丸による尚氏からの「姓の略奪」である。そして、本来他人のものである姓の偽称者である金丸(尚円王)の血統を、沖縄史においては第二尚氏という。
クーデタが発生した時、もともと首里に葬られていた尚巴志の遺骨は、忠臣の手で掘り出されて持ち去られ、その後、読谷村の奥地にひっそりと葬られた。現在、首里の玉陵(たまうどぅん)に埋葬されているのは、金丸と、その子孫のみである。当然、現在、尚姓を名乗っているのは、金丸の子孫だけだ。
クーデタによって、まったく血縁・婚姻関係のない前王家の姓を、略奪・偽称するというのは、世界史上、稀なことである。
中国との冊封関係を穏便に続けるためだった、とされるが、それにしても、あまりに奇妙な話だ。
何よりも気になるのは、姓の偽称と先祖崇拝との関係である。一族の姓というのは、それほど軽いものではない。特に、先祖崇拝の盛んな韓国や沖縄にとっては、なおさらである。
略奪した姓を持って先祖崇拝を行うということは、例えば、第二尚氏の場合、自らの滅ぼした第一尚氏の祖先に向かって、偽りの祈りを捧げるという〝かたち〟になる。
この詐欺が、王国の歴代国王によって踏襲され続けるのは、国の根幹に宿って屋台骨を支えている〝国民の信頼〟を揺るがす大問題である。正統性を最も重視するはずの統治者が、王家の正統性を、誰はばかることなく、おおっぴらに偽っている。これでは、下手をすれば、王府の政(まつりごと)そのものが、まやかしということになってしまう。
誰もが「嘘だ」と知っていることを、権力者が力づくで通そうとする時、民衆の「お上に心から従おう」とする純朴な心は汚されてしまう。人を信頼しようとする誠実な心が、著しく損なわれてしまい、もはや、誰も、心の底から人を信じることができなくなってしまうのだ。
孔子は「民、信なくんば立たず」と言ったが、その肝心の〝信〟が民から失われる。
同じことは、韓国についても言える。むしろ、国民の過半数が、積み重ねた嘘の上に立って、偽りの先祖への祭祀を行なっている韓国の方が、事態はより深刻である。ニセモノの家系図を半ば信じて、その系図上の祖先に向かって、祭祀を行っている人々は、いったい何に向かって祈っているのだろうか。
そもそも、韓国で、現存する最古の族譜が編纂されたのが15世紀であるから、その時点で、ほとんど文献や資料が散逸して失われてしまっている中で、千数百年を遡って系統を記すというのは、土台無理があるのだ。
中国の場合も、朝鮮半島においても、その千数百年の間に、いくつもの王朝が滅亡し、他民族の侵略も受けている。数限りなく戦乱をくぐり抜けて、何世代もの間、家系図を守り続けることのできた一族が、どのくらいあったろうか。
しかも、韓国の場合は、高麗時代の14世紀までは、姓を持たない貴族も存在したし、仏教の影響で、家系に重きをおく風習そのものがなかったのである。
15世紀に李氏朝鮮王朝が成立して以降、儒教の影響が強まり、家系図の重要性が認識され始めた時、ほとんどの氏族にとって、先祖の系統を遡ることは至難を極めたであろう。その時点で、千年を遡って正確な記述することなど、ほとんど不可能であったと思われる。
だとすれば、現在の族譜は、そのもっとも由緒あるものでも、15〜16世紀当時の壮大な創作物(フィクション/偽書)であると考えざるを得ない。
なぜ、偽りと知りながら、神聖なものとして、大切にすることができるのだろうか。そこに、精神の深刻な混乱と欺瞞を感じずにはいられない。
沖縄にも、韓国にも、土着の深い信仰心が、いまだ民衆の中に生き続けているにも関わらず、その信仰はどこかで根深く屈折し、ひどく混乱していて、誰もが、心の底では、不正直である。そして、人の心を信じることのできない社会が、長い年月をかけて醸成されてきたのだ。
人々は嘘の上に生きている。そして、そのことを恥じない。だから、彼らが、歴史を振り返る時も、真実を追求しようという姿勢は見られない。むしろ、あくまでも嘘をつき通そうとする姿勢が顕著である。したがって、彼らの歴史観は、時を経るに連れて、一方向的な嘘の上塗りによって、ますます捻じ曲げられ、収拾のつかない異様な観念によって、凝り固まり、固定化されていく。
なぜなら、彼らの生きている社会では、「これは嘘でした」と告白する者に対して、世間は敬意ではなく蔑視を持って応えるからだ。だから、人々は、あくまでも嘘をつき通す。決して、真実の告白も、心からの感謝や謝罪も、表明されることはない。できるわけがない。そんな愚かで軽はずみなことをしたら、朝鮮半島の社会では、生きていくことができないからだ。
生きるために嘘をつく。それは許されて然るべきだろう。しかし、嘘を信仰して良いのだろうか。もっとはっきり言えば、赤の他人の先祖を誇りにしてどうするのか。砂上の楼閣の上に立って、その幻想の楼閣を誇りとして生きていくのか。
そのような虚ろな生き方を良しとすることによって、社会の内部においても、外との関係においても、さまざまな問題が生じているという気がしてならない。韓国社会の軋轢や差別や抑圧の元凶は、元を辿れば、この先祖崇拝の問題に行き着く。
一方で、北朝鮮・中国の場合は、力ずくで、先祖崇拝の伝統を叩き潰した後で、個人崇拝の強大な求心力によって、強引に国を維持してきた。あたかも砂上の楼閣を個人の上に築くが如く。それもまた、偽りの先祖崇拝という伝統依存以上に、より危うい方向ではある。
しかし、韓国や沖縄のように、先祖崇拝とか血筋を大切にすることが、すなわち、社会全体における差別と偽善の温床となる。それが、あまりに甚だしかったために、中国では文化大革命による悪しき伝統の拒絶と破壊が起こった。それもまた、事実である。
そして、韓国人が、慰安婦問題や徴用工問題で見られるように、極端に歴史にこだわり、史実をあまりに恣意的に解釈して、一方的に日本を非難し続けるのも、このような奇妙な伝統に起因する。
特に、メディアや学識者に、この混乱はより深刻である。しかも、韓国人の95%は、日本に関する情報を自国のニュース・メディアに依存しており、また、58%は、自国のテレビドラマや映画などの媒体にも依存している。さらに、44%はネット情報にも依存している。
ところが、それらの言論・文化空間のほとんどが、自国に都合の良い捏造史を土台にして、奇妙に偏った国民的意見を醸成しているのである。「鬼郷」「軍艦島」といった映画は、その最たるものだ。韓国人の歴史認識が、年月を経るにつれて、ますます自己本位で偏ったものになるのも当然である。
沖縄の基地問題にも、程度の差こそあれ、同様の特徴を感じる。
いずれにしても、この状況は、民族的な悲劇と言える。この悲劇を克服し、混乱した血筋を正していくことが求められている。
沖縄においては、その役割を担ってきたのが、ノロでありユタであった。
そして、今日まで、多くのノロやユタの敬愛を集める歴史上の人物に、代表的なノロの一人とされる百度踏揚(ももとふみあがり)がいる。
百度踏揚が、ノロやユタの崇拝を受けてきたのは、彼女が第一尚氏の生き残りの最後の姫であったからだ。そのため、正当な王家の血筋の継承者として、血筋正しの資格を持つ者と考えられてきたのではないだろうか。
ところで、もう一つ、述べておきたいことがある。それは、女性の名前についてである。
李朝時代、20世紀初頭まで、朝鮮には女性に名前が存在しなかった。そのため、族譜にも、女性は父系の出自を示す姓だけが記されている。日常の呼び名についても、「〜の妻」「〜の娘」「〜の母」としか呼ばれず、通称すらなかったので、当然、記録にも名は残されていない。
これは、「藤原道綱の母(蜻蛉日記の著者)」「菅原孝標の娘(更級日記の著者)」といった日本の平安時代の記録と同じである。ただ、平安時代の女性には本名がなかったわけではない。呪術的な理由から、本名を知られるのを恐れたためと言われている。しかし、朝鮮の場合は、本当に名がなかったのである。
朝鮮で女性にも名前が付けられるようになったのは、1910年に、日本の統治が始まり、戸籍に女性の名を記すことが義務付けられてからのことだ。
一方で、日本の場合は、呪術的な禁忌が薄れた戦国や江戸時代には、女性は、男性と違って、童名がそのまま本名となっていたわけだが、とりあえず、正式な名前が伝わっている。例えば、「山内一豊の妻」の本名は「千代」、「前田利家の妻」は「まつ」である。
ただ、沖縄の場合は、例えば「百度踏揚」の場合も、本名ではない。生前は、尚泰久王の長女で、阿麻和利の妻で、後に「鬼大城(うにうふぐしく)」の妻となったが、それほど身分の高い女性であっても、本名がなかったのである。「百度踏揚」という通称も、夫阿麻和利の命を救うため、父王に会おうと首里城に駆けつけた時、閉ざされた城門の前で百回跳び上がって開城を求めた故事から、後に付けられた異名に過ぎない。
そういう意味で、日本の中では沖縄が、さらに、日本以上に朝鮮が、はるかに男尊女卑の傾向は強かったのである。
実際、19世紀〜20世紀初頭にかけて、アジアを訪れた多くの外国人によって、「中国や日本に比べて、朝鮮では女性の地位が異常に低い」ということが観察され、記録されている。そうした女性に対する社会的差別の激しさが、朝鮮における人身売買の横行にも大きく影響していると思われる。(←慰安婦問題を考える上で、重要な観点である。)
そういう意味では、沖縄において、国家の祭祀を司るノロや、民間のシャーマンであったユタが、基本的に女性であるということ、多くの神域が男子禁制であることは、社会における女性上位の補完機能として非常に興味深い。
付録
●韓国の姓(11〜20位)
★11位、呉(オ)1.4%
中華圏10位の代表的な漢姓の一つであり、朝鮮半島への帰化姓である。日本に帰化した学者の呉善花(オ・ソンファ)氏など。
★12位、韓(ハン)1.4%
韓氏は、中国殷王朝の政治家箕子の建国した古朝鮮の王族に源流を持つ韓国最古の氏族。中国では、唐代の文人韓愈が有名である。中華圏25位。
★13位、申(シン)1.4%
中国からの帰化姓。
★14位、徐(ソ)1.4%
元々は漢姓で唐・宋代に帰化した氏族が多い。秦の始皇帝の命で、不老長寿の妙薬を求めて東方に旅立ったが、東方に理想の地を見つけて戻らなかったとされる方士(術士・仙人)徐福が有名である。中華圏11位。
★15位、權(クォン)1.3%
漢姓としては希少で、主に朝鮮姓として知られる。
★16位、黄(ファン)1.3%
後漢時代の儒者黄瓊(こうけい/AD1世紀)の末裔と称している。中華圏8位。
★17位、安(アン)1.3%
漢代〜唐代に西域(安息/パルティア)から中国に帰化した人々をルーツに持つ漢姓。朝鮮では、唐から新羅に帰化した氏族が多い。伊藤博文を暗殺した安重根(アン・ジュングン)が有名。
★18位、宋(ソン)1.2%
唐代の官僚の子孫が朝鮮に帰化したとされる氏族。中華圏22位。
★19位、柳(ユ)1.2%
唐代の文人柳宗元が有名。高麗時代に中国から帰化した氏族。日本では、在日韓国人の作家柳美里(ユウ・ミリ)が知られている。
★20位、洪(ホン)1.0%
高麗時代に唐から帰化した漢姓。中国では、太平天国の指導者洪秀全が有名。
*11〜20位の姓も、權を除いて、すべて中国由来の漢姓(帰化姓)である。
*韓国の姓1〜5位までの人口比合計54%
*韓国の姓1〜10位までの人口比合計64%
*韓国の姓11〜20位までの人口比合計13.1%
*韓国の姓1〜20位までの人口比総計77%
●日本の姓(11〜20位)
11位、吉田さん0.7%
12位、山田さん0.6%
13位、佐々木さん0.5%
14位、山口さん0.5%
15位、松本さん0.5%
16位、井上さん0.5%
17位、木村さん0.5%
18位、林さん0.4%
19位、斎藤さん0.4%
20位、清水さん0.4%
*日本の姓1〜5位までの人口比合計5.9%
*日本の姓1〜10位までの人口比合計10.2%
*日本の姓11〜20位までの人口比合計5.0%
*日本の姓1〜20位までの人口比総計15.3%
(韓国の李さんの人口比14.7%)
●沖縄の姓(11〜20位)
11位、知念さん1.2%
12位、宮里さん1.1%
13位、仲宗根さん1.0%
14位、下地さん1.0%
15位、照屋さん1.0%
16位、砂川さん0.9%
17位、城間さん0.9%
18位、仲村さん0.9%
19位、新里さん0.7%
20位、新城さん0.7%
*沖縄の姓1〜5位までの人口比合計13.7%
*沖縄の姓1〜10位までの人口比合計21.4%
*沖縄の姓11〜20位までの人口比合計9.4%
*沖縄の姓1〜20位までの人口比総計30.8%
(韓国の金さん+朴さんの人口比29.9%)
●中国の姓(1〜20位)
1位、李8.0%(韓国2位)
2位、王7.4%
3位、張7.1%(韓国9位)
4位、劉5.4%
5位、陳4.5%
*中国の姓1〜5位までの人口比合計32.4%
6位、楊3.1%
7位、趙2.3%(韓国7位)
8位、黄2.2%(韓国16位)
9位、周2.1%
10位、呉2.1%(韓国11位)
*中国の姓1〜10位までの人口比合計44.2%
11位、徐1.5%(韓国14位)
12位、孫1.4%
13位、胡1.2%
14位、朱1.2%
15位、高1.0%
16位、林1.0%(韓国10位)
17位、何1.0%
18位、郭1.0%
19位、馬1.0%
20位、羅0.9%
*中国の姓1〜20位までの人口比総計54.2%
●台湾の姓(1〜20位)
1位、陳11.1%
2位、林8.2%
3位、黄6.0%
4位、張5.2%
5位、李5.1%
*台湾の姓1〜5位までの人口比合計35.6%
6位、王4.1%
7位、呉4.0%
8位、劉3.1%
9位、蔡2.9%
10位、楊2.6%
*台湾の姓1〜10位までの人口比合計52.3%
11位、許2.3%
12位、鄭1.9%
13位、謝1.8%
14位、洪1.5%
15位、郭1.5%
16位、邱1.5%
17位、曽1.4%
18位、廖1.3%
19位、頼1.3%
20位、徐1.3%
*台湾の姓1〜20位までの人口比総計68.1%
そもそも、韓国には、日本のように、結婚によって姓が変わるということがない。古くから中国の文化的影響下にあるため、家族制度も中国風である。すなわち、結婚後も、夫婦の姓は統一せず、生まれた子どもは、男の子も女の子も、必ず夫の姓を受け継ぐ。そして、生まれた時の姓は、一生変わることがない。結婚によって姓が変わることがないだけでなく、改姓そのものが許されないからだ。(2008年からは、法改正によって、夫婦相談の上、子どもに母親の苗字をつけることが可能になった。さらに、親が再婚した場合には、子どもが養父の姓に変えることも可能になった。また、1999年からは、同一本貫同士の結婚禁止制度が廃止されている。)
しかし、多くの韓国人にとって、姓は、いまだ、自らの出自を示す軛(くびき)である。そして、その出自は、何代も何代も、千数百年前の始祖に至るまで、40代、50代前に遡って検証され、一族の由緒が問われる。だから、始祖から始まる詳細な家系図(族譜)は、自分の出自を証明する物的証拠として、社会で生きていくためには絶対に必要である。
故に、韓国に、この「族譜(チョクポ)」と呼ばれる分厚い家系図書を持たない家族は存在しない。族譜の多くは、数千頁に及ぶため、数冊に分冊されている。これが、一家に必ず、一部づつあるのである。そして、族譜は、それぞれの氏族の手で、30年毎に編纂され、新たに生まれた者の名を加える。つまり、「族譜を持っていなければ、韓国人ではない」と言っても過言ではない、ということだ。
なぜ、それほどに族譜が大切かと言えば、出自が不明であるとか、出自が低いということになれば、韓国では人間扱いされないためである。日本にも「何処の馬の骨ともわからない」という言葉があるが、韓国では、日本よりはるかに、出自によって人を評価・判断する傾向が強い。
逆に、出自は高ければ高い方が、社会的ステイタスは上がる。現代もインド社会に根深くあるカースト制度の「バラモンにあらざれば人にあらず」という伝統的差別的価値観に、少し似ている。
なので、韓国では、昔から姓(苗字)と本貫(氏族)の偽称が異常に多い。すでに李氏朝鮮時代を通して、族譜の売買は盛んであり、つまりは、姓と本貫(氏)を買って偽称するというペテン行為が横行していた。そして、戦争や天災で、戸籍が失われるたびに、大量の姓と本貫の偽称が行われきたのである。
その結果、現在、韓国では、有力な氏への改姓がすすみ過ぎて、他国ではあり得ないような、少数の姓への異様な集中が見られる。
実は、古代においては、日本でも姓の偽称が横行した時代があった。その時代に、姓の偽称を見破る為に行われたのが盟神探湯(くがたち)であった。熱湯に手を入れさせて、火傷しなければ真実を言っている、という判定法で、行われていたのは、5世紀頃のことである。
韓国で、金姓が使われた最初が6世紀頃と記録されていることから判断して、古代においては、むしろ、日本の方が、姓によって差別する意識は強かったのだろう。
そこで、聖徳太子は、氏によらず、能力次第で家臣を取り立てるようにして、有力氏族の専横を防ごうとした。それが「冠位十二階」の制度である。同時に、インドにおいてカーストを否定した仏陀の教えを日本に広めようとして、法隆寺を建立し、法華経・勝鬘経(しょうまんぎょう)などの注釈書である三経義疏(さんぎょうぎしょ)を著した。「どの一族に属しているか、男であるか女であるかによって、その人の価値が決まるわけではない」という平等観を、社会に根付かせようとしたのだ。さらに「日出処の天子、日沒する処の天子に使いを致す、つつがなきや」に始まる国書を、当時の超大国隋に送り、臣下の礼をとらないことで、中国への事大を排した。中国の権威にひれ伏さず、対等の国として向き合おうとしたのである。
また、平安中期以降は、実力次第で農民からのし上がる者も現れるようになり、家柄がすべてという考え方が次第に薄れていった。そうした歴史の流れから、姓の偽称が減っていったものと思われる。
しかし、朝鮮半島では、事情が違った。朝鮮では、10世紀の高麗建国以降、姓氏と本貫の制度が貴族の間で徐々に確立され、やがて、ずっと後になって、15〜16世紀頃から、一般の農民にも姓の使用が広まるようになる。
最初は、高麗建国者の「王建」自身、「王」という姓を持っていなかったという。11世紀に入るまで、有力貴族であっても姓を持たない者は多かったのだ。しかし、この時期(11世紀)に、漢族や女真族から帰化して、高麗宮廷で有力貴族に取り立てられる者が多く、姓の使用も貴族の間では定着していったのである。実際、現在、韓国で使用されている姓の半分は外国由来の姓で、その大半は中国由来の漢姓である。
その後、14世紀の李氏朝鮮王朝成立以降、両班と呼ばれる貴族の間で、氏族制度が整い、15世紀頃には、現在とほぼ同じ数(265)の姓が使用されていた。同時に、15世紀以降、王族以外の族譜が、徐々に本格的に編纂されるようになり、16世紀以降は、「火事にあった時、最初に持ち出すのは族譜」と言われるほど、家系と氏族の由緒の証明が、貴族の間では重要視されるようになる。
しかし、北朝鮮では、家系にこだわる考え方は封建的であるとして、族譜を持つことが禁じられた。中国でも、文化大革命の時に、孔子の論語とともに、一家の族譜も、前近代的であるとして、火にくべられた。以来、北朝鮮と中国本土では、家柄や血筋にこだわる価値観は、政府によって排斥されてきた。
つまり、現在、世界で最も家系にこだわりつづけている地域は、ある意味、伝統が守られている韓国と台湾と沖縄ではないだろうか。
さて、現在、韓国を代表する姓と言えば、金(キム)・李(イ・リ)・朴(パク)・崔(チェ)・鄭(チョン)の「五大姓」である。この五つの姓を合わせると、なんと総人口の54%を占める。
さらに、上記の姓に、姜(カン)・趙(チョ)・尹(ユン)・張(チャン)・林(イム)を加えたものを「十大姓」と言い、この十氏で総人口の64%に達する。
★①中でも、特に「金」は多く、金姓は総人口の21.5%を占める。元大統領の金泳三(キム・ヨンサム)と金大中(キム・デジュン)、フィギュアの金妍児(キム・ヨナ)含めて、韓国人の5人に1人は〝金さん〟である。韓国では「石を投げれば金さんに当たる」と言われている。金王朝の金正恩に見られるように、もちろん、北朝鮮でも、その状況は変わらない。
本来、金は漢姓(中華圏69位)で、中華民族の伝説上の初代皇帝黄帝の子である金天氏小昊を始祖とする。だが、この金姓は、賜姓や漢化によって、回族や満州族や朝鮮族など、周辺民族にも広まった。
朝鮮族の金氏の中でも、古代の加羅国王である首露王(AD1世紀)を始祖とする金海金氏の一族は、総人口の9%を占める最大の本貫(氏族)である。つまり、韓国人の10人に1人が、2000年前の初代加羅国王の子孫ということになる。金大中も、この氏族の一員だ。また、韓国第4位の本貫である慶州金氏(3.6%)は、やはり、紀元1世紀に始祖を持つ新羅の金氏王統の末裔である。
★②金の次に多いのは、中国に起源を持ち、李氏朝鮮王統を含む「李」姓で、総人口の14.7%を占める。元々は漢姓だが、朝鮮半島で、多くの氏族を成した。中でも、初代朝鮮国王李成桂を輩出した全州李氏は、韓国で三番目に大きい氏族(本貫)で、総人口の5.0%を占める。また、慶州李氏(3.1%)は、第5位の本貫で、紀元前1世紀の新羅建国時の6村長の中の1人を始祖とする。
元大統領の李承晩(イ・スンマン)と李明博(イ・ミョンバク)、スピードスケートの李相花(イ・サンファ)など、李姓は韓国では7人に1人はいる。北朝鮮でも、金正恩の夫人李雪主(リ・ソルチュ)など、大勢いる。中華圏でも1位の姓で、総人口は1億人に迫り、中国総人口の8%を占める。
★③第3位は、「朴」姓である。朴氏は、新羅の建国時の初代王の血をひく新羅王族を代表する氏族であり、高麗王朝の主要な貴族として科挙及第者のほとんどを輩出した。元大統領の朴正煕(パク・チョンヒ)と朴槿恵(パク・クネ)を含めて、韓国総人口の8.4%を占める。中でも、10世紀の新羅末期の王子を始祖とする蜜陽朴氏は、金海金氏に次いで、韓国で二番目に大きい氏族(本貫)であり、人口の5.9%を占める。
この金・李・朴の三姓だけで、総人口の約45%になってしまうのである。そのうち、金海金氏・蜜陽朴氏・全州李氏を合わせて、韓国人の23.5%、およそ四人に一人は、加羅・新羅・李氏朝鮮の王族の血を引いているということになるようだ。
★④第4位は「崔」姓だが、もともとは春秋時代から続く漢姓である。周の宰相で斉の始祖である太公望の系統とされる。韓国では、崔順実(チェ・スンシル)を含めて、総人口の4.7%を占める。空手家の大山倍達も、本名の韓国名は崔永宜(チェ・ヨンウィ)である。本貫では、新羅末9世紀の文人崔致遠を始祖とする慶州崔氏(1.9%/7位)が有名である。中華圏では74位。
★⑤第5位は「鄭」姓だが、これも漢姓で、中国の春秋戦国時代の諸侯であった鄭(てい)にルーツを持つとされる。よって、恐らくは中国からの帰化氏族であると考えられるが、この「鄭」姓は、韓国の総人口の4.3%を占める。日本では、日本人の母を持つ鄭氏台湾の始祖鄭成功が昔から人気があるが、韓国人としては現代財閥の創始者鄭周永(チョン・ジュヨン)が有名だ。中華圏では23位。
上記の五大姓で、韓国総人口の54%である。十大姓だと64%になる。そして、十大姓の総人口に占める割合は、各々、次のようになる。
★⑥まず、6位の「姜」姓が2.4%だ。中国の斉の国の始祖太公望に起源を持つ中国姓だが、韓国では高句麗の元帥を始祖とする氏族を多く含む。在日韓国人には有名な学者の姜尚中(カン・サンジュン)氏がいる。また、元KARAのメンバーで、日本を中心に活動している歌手・女優の姜知英(カン・ジヨン)もいる。代表的本貫は、6世紀に隋を破った高句麗の名将を始祖とする晋州姜氏(1.9%/6位)。中華圏では60位。
★⑦7位の「趙」姓は、中国宋朝の建国者である趙匡胤の血筋をひく複数の帰化氏族を含めて、韓国総人口の2.1%を占める。日本では中国三国時代の武将趙雲子龍が有名だ。中華圏でも7位の姓である。
★⑧8位の「尹」姓は、ほぼ同じく2.1%を占める。2000年代前半に日本でも活躍した女優の尹孫河(ユン・ソナ)などがいる。中華圏では91位。
★⑨9位は「張」姓。これも中国に起源を持つ帰化姓。古代中国では、太平道の教祖張角、三国志の英雄張飛などが有名だが、北朝鮮では、2013年に処刑された金正恩の叔父(金日成の娘婿)にあたる実力者張成沢(チャン・ソンテク)が有名だ。韓国では総人口の2.0%を占める。中華圏では3位である。
★⑩10位は「林」姓。これも、9世紀に唐から新羅に亡命してきた林八及を始祖とする帰化姓である。中国では道教の女神「媽祖」となった宋代の林黙娘が有名だ。文化大革命期の政治家林彪(リン・ピョウ)などもいる。韓国では林(イム)と発音する。総人口の1.4%。中華圏では16位。
上記した主要な十姓は、そのほとんどが中国起源であり、中国から帰化した氏族も多い。そして、その多くが、加羅、新羅、高麗、李氏朝鮮の王族や貴族の家柄である。こうした有力氏族の出身者が、総人口の過半数になる国というのは、一体どういうものであろうか。
一つ言えることは、「国民の過半数が、中国から帰化したり、王侯貴族の由緒ある血統の家柄に属するということは、現実的ではなく、まず絶対にあり得ない」ということである。
また、わずか3つの姓で、総人口の45%、5姓で54%、10姓で64%、100姓で99%を占めるという韓国の現在の状況は、どうあっても普通では考えられない。
ちなみに日本の場合、上位5姓で6%、10姓で10%、100姓で22%、7000姓で96%である。
内訳は、1位の佐藤さんが総人口の1.5%、2位の鈴木さんが総人口の1.4%、3位の高橋さんが総人口の1.1%、4位の田中さんが1.0%、5位の渡辺さんが0.9%で、上位5姓の合計は、5.9%に過ぎない。この割合は、韓国の5姓合計の1/10である。
さらに6〜10位は、伊藤さん、中村さん、小林さん、山本さん、加藤さんで、1〜10位の合計は、10.2%である。これでも韓国の10姓合計の1/6に過ぎない。
また、沖縄の場合は、1位の比嘉さんが、総人口の3.2%、2位の金城さんも3.2%、3位の大城さんが3.0%、4位は宮城さんで2.4%、5位の新垣さんが1.9%で、上位5姓の合計は、13.7%である。これは、韓国の1/4にあたる。
6〜10位は、玉城さん1.8%、上原さん1.7%、島袋さん1.6%、平良さん1.4%、山城さん1.2%で、1〜10位の合計は21.4%になる。これは韓国の1/3である。同時に、韓国における金さんだけの割合21.5%より、少し低い。
比較すると、韓国の姓の集中が、いかに奇妙な現象か、わかるだろう。これは、決して自然なことではない。明らかに人為の結果である。
現在、韓国には286の姓と4179の本貫があるが、286姓のほとんど、そして、4179本貫(氏/血族)の主要な部分、人口比にして90%以上は、李氏朝鮮王朝時代の貴族階級であった両班(ヤンバン)の姓であり本貫である。つまり、現代の韓国人のほとんどは、先祖は貴族であったということになるが、そんなことはあり得ない。
そもそも、16〜17世紀には、まだ奴婢の身分で姓を持たない者が、30〜40%もいたとされる。また、人口の40〜50%を占めていた農民も、家系図(族譜)など持ってはいなかった。つまり、奴婢と農民を含む総人口の90%近くの人々が、族譜(家系図)など持っていなかったのである。
彼らが徐々に族譜を持つようになったのは、19世紀末の身分制度崩壊以降のことなのだ。そして、現在、韓国人の多くが、紀元前1世紀〜紀元6世紀ごろの始祖に始まる長大な族譜を持っている。つまりは、ここ百数十年の間に、千数百年分の家系の創作が行われたのである。
このような壮大極まる家系創作は、それ以前の16〜18世紀に、新参貴族が族譜を新たに編纂・作成する時にも、大なり小なり行われたことだろう。
例えば、1403年に、王族以外の貴族による最初の族譜(水原白氏の族譜)が編纂されて以来、15世紀には、23氏族しか、新たに族譜を編纂・刊行していないが、16世紀には新たに43氏族、17世紀には148氏族、18世紀には398氏族、19世紀には580氏族、20世紀には1101氏族が、新たに独自の族譜を編纂・刊行した。こうして、族譜を持つ氏族の数は、15〜20世紀にかけて、飛躍的に増加していき、現在の2596種類の族譜となったのである。
ちなみに20世紀に氏族(本貫)の数が3倍になった理由には、歴史の流れとしての身分制の解体の他に、日本政府が朝鮮支配の政策として、戸籍上、それまで本貫も氏もなかった下層民含め、全国民に氏を持つこととしたこともある。
さらに、1939年に実施された創氏改名政策では、当時、326しか存在しない朝鮮姓に不便を感じ、それまで夫の氏に加わることのできなかった妻が、夫と同じ氏に加わることで、夫婦の氏(姓)を一致させることを義務付けたり、新たな姓を創始することを奨励した(必ずしも日本風でなくともよい)ことがある。もちろん、これまでの自分の本貫(氏)に誇りを持っている人たちに、新たな本貫(氏)を創ることを強制したわけではない。このため、およそ2割の人々は、改名せずに、これまでの姓名を変えなかった。
参考までに記すが、韓国で人口1000人以上を有する氏族(本貫)は、858氏族であり、韓国の総人口の97.8%を占める。彼らは、当然、全氏族が、家族ごとに族譜を有する。
したがって、韓国人の姓と本貫と族譜の多くは、この600年間のどこかの時点で偽造され、偽称されたものである可能性が高い、ということになる。
ちなみに、中国には約4000種類、日本には約10万種類の姓がある。移民の国アメリカでは約150万の姓があるという。比較して見ると、中国、韓国は姓の数が非常に少なく感じる。日本人からすると、韓国のように、「286しか姓がない」というのも、「総人口の23.5%が王族の子孫と主張している」というのも、不思議の国というよりほかない。
もっとも不思議なことは、韓国の人々が神聖視し、大切にしてきた家系図についてである。上記したように、客観的に考察すれば、彼らの有する氏族も先祖も、その本貫(血統/氏)の証拠である現存する2596種類の族譜(家系図書)も、すべては偽りであり幻(まぼろし)であることは明らかなのだ。
沖縄では、韓国と同じように、氏族(門中)を重んじる社会的風習が根強い。また、姓から出身地が推測できることも多い。また、姓によって、中国から帰化した氏族であることがわかることもある。しかし、実際、漢姓は、沖縄では、ほとんど名字としては使用されていない。
また、県内各地は、非常に閉鎖的な地域が多く、他地域出身者への排斥や相互の地域間差別は、非常に激しいのものがある。氏族差別も、地域差別も、日本の他地域に比べて、より目立つ傾向があるということだ。
では、姓の偽証についてはどうかというと、代表的な事例として、統一琉球王朝の尚氏に関わる「略奪姓」の問題がある。
1429年に三山統一を成し遂げた尚巴志は、琉球王国を建国し、統一琉球王として明に朝貢した。この伊平屋島にルーツを持つ琉球王尚巴志の一族が第一尚氏である。しかし、この一族は、1469年、第7代尚徳王の時に、家臣の金丸のクーデタによって、王家一族のほとんどを虐殺され、第一尚氏王統は滅びることになる。その後、第一尚氏の後裔を称する一族は、いくつかあるが、尚姓を名乗らずに、明姓を名乗ることになった。
そして、かわりに尚姓を受け継いだのは、なんと、尚巴志の子孫を滅ぼした家臣の金丸自身であった。金丸は、尚氏王家を滅ぼし、自ら即位して、尚円王と称したのである。しかし、金丸は、伊是名島出身の農民で、伊平屋島にルーツを持つ尚氏とは、まったく血縁関係がない。つまり、この事件は、家臣金丸による尚氏からの「姓の略奪」である。そして、本来他人のものである姓の偽称者である金丸(尚円王)の血統を、沖縄史においては第二尚氏という。
クーデタが発生した時、もともと首里に葬られていた尚巴志の遺骨は、忠臣の手で掘り出されて持ち去られ、その後、読谷村の奥地にひっそりと葬られた。現在、首里の玉陵(たまうどぅん)に埋葬されているのは、金丸と、その子孫のみである。当然、現在、尚姓を名乗っているのは、金丸の子孫だけだ。
クーデタによって、まったく血縁・婚姻関係のない前王家の姓を、略奪・偽称するというのは、世界史上、稀なことである。
中国との冊封関係を穏便に続けるためだった、とされるが、それにしても、あまりに奇妙な話だ。
何よりも気になるのは、姓の偽称と先祖崇拝との関係である。一族の姓というのは、それほど軽いものではない。特に、先祖崇拝の盛んな韓国や沖縄にとっては、なおさらである。
略奪した姓を持って先祖崇拝を行うということは、例えば、第二尚氏の場合、自らの滅ぼした第一尚氏の祖先に向かって、偽りの祈りを捧げるという〝かたち〟になる。
この詐欺が、王国の歴代国王によって踏襲され続けるのは、国の根幹に宿って屋台骨を支えている〝国民の信頼〟を揺るがす大問題である。正統性を最も重視するはずの統治者が、王家の正統性を、誰はばかることなく、おおっぴらに偽っている。これでは、下手をすれば、王府の政(まつりごと)そのものが、まやかしということになってしまう。
誰もが「嘘だ」と知っていることを、権力者が力づくで通そうとする時、民衆の「お上に心から従おう」とする純朴な心は汚されてしまう。人を信頼しようとする誠実な心が、著しく損なわれてしまい、もはや、誰も、心の底から人を信じることができなくなってしまうのだ。
孔子は「民、信なくんば立たず」と言ったが、その肝心の〝信〟が民から失われる。
同じことは、韓国についても言える。むしろ、国民の過半数が、積み重ねた嘘の上に立って、偽りの先祖への祭祀を行なっている韓国の方が、事態はより深刻である。ニセモノの家系図を半ば信じて、その系図上の祖先に向かって、祭祀を行っている人々は、いったい何に向かって祈っているのだろうか。
そもそも、韓国で、現存する最古の族譜が編纂されたのが15世紀であるから、その時点で、ほとんど文献や資料が散逸して失われてしまっている中で、千数百年を遡って系統を記すというのは、土台無理があるのだ。
中国の場合も、朝鮮半島においても、その千数百年の間に、いくつもの王朝が滅亡し、他民族の侵略も受けている。数限りなく戦乱をくぐり抜けて、何世代もの間、家系図を守り続けることのできた一族が、どのくらいあったろうか。
しかも、韓国の場合は、高麗時代の14世紀までは、姓を持たない貴族も存在したし、仏教の影響で、家系に重きをおく風習そのものがなかったのである。
15世紀に李氏朝鮮王朝が成立して以降、儒教の影響が強まり、家系図の重要性が認識され始めた時、ほとんどの氏族にとって、先祖の系統を遡ることは至難を極めたであろう。その時点で、千年を遡って正確な記述することなど、ほとんど不可能であったと思われる。
だとすれば、現在の族譜は、そのもっとも由緒あるものでも、15〜16世紀当時の壮大な創作物(フィクション/偽書)であると考えざるを得ない。
なぜ、偽りと知りながら、神聖なものとして、大切にすることができるのだろうか。そこに、精神の深刻な混乱と欺瞞を感じずにはいられない。
沖縄にも、韓国にも、土着の深い信仰心が、いまだ民衆の中に生き続けているにも関わらず、その信仰はどこかで根深く屈折し、ひどく混乱していて、誰もが、心の底では、不正直である。そして、人の心を信じることのできない社会が、長い年月をかけて醸成されてきたのだ。
人々は嘘の上に生きている。そして、そのことを恥じない。だから、彼らが、歴史を振り返る時も、真実を追求しようという姿勢は見られない。むしろ、あくまでも嘘をつき通そうとする姿勢が顕著である。したがって、彼らの歴史観は、時を経るに連れて、一方向的な嘘の上塗りによって、ますます捻じ曲げられ、収拾のつかない異様な観念によって、凝り固まり、固定化されていく。
なぜなら、彼らの生きている社会では、「これは嘘でした」と告白する者に対して、世間は敬意ではなく蔑視を持って応えるからだ。だから、人々は、あくまでも嘘をつき通す。決して、真実の告白も、心からの感謝や謝罪も、表明されることはない。できるわけがない。そんな愚かで軽はずみなことをしたら、朝鮮半島の社会では、生きていくことができないからだ。
生きるために嘘をつく。それは許されて然るべきだろう。しかし、嘘を信仰して良いのだろうか。もっとはっきり言えば、赤の他人の先祖を誇りにしてどうするのか。砂上の楼閣の上に立って、その幻想の楼閣を誇りとして生きていくのか。
そのような虚ろな生き方を良しとすることによって、社会の内部においても、外との関係においても、さまざまな問題が生じているという気がしてならない。韓国社会の軋轢や差別や抑圧の元凶は、元を辿れば、この先祖崇拝の問題に行き着く。
一方で、北朝鮮・中国の場合は、力ずくで、先祖崇拝の伝統を叩き潰した後で、個人崇拝の強大な求心力によって、強引に国を維持してきた。あたかも砂上の楼閣を個人の上に築くが如く。それもまた、偽りの先祖崇拝という伝統依存以上に、より危うい方向ではある。
しかし、韓国や沖縄のように、先祖崇拝とか血筋を大切にすることが、すなわち、社会全体における差別と偽善の温床となる。それが、あまりに甚だしかったために、中国では文化大革命による悪しき伝統の拒絶と破壊が起こった。それもまた、事実である。
そして、韓国人が、慰安婦問題や徴用工問題で見られるように、極端に歴史にこだわり、史実をあまりに恣意的に解釈して、一方的に日本を非難し続けるのも、このような奇妙な伝統に起因する。
特に、メディアや学識者に、この混乱はより深刻である。しかも、韓国人の95%は、日本に関する情報を自国のニュース・メディアに依存しており、また、58%は、自国のテレビドラマや映画などの媒体にも依存している。さらに、44%はネット情報にも依存している。
ところが、それらの言論・文化空間のほとんどが、自国に都合の良い捏造史を土台にして、奇妙に偏った国民的意見を醸成しているのである。「鬼郷」「軍艦島」といった映画は、その最たるものだ。韓国人の歴史認識が、年月を経るにつれて、ますます自己本位で偏ったものになるのも当然である。
沖縄の基地問題にも、程度の差こそあれ、同様の特徴を感じる。
いずれにしても、この状況は、民族的な悲劇と言える。この悲劇を克服し、混乱した血筋を正していくことが求められている。
沖縄においては、その役割を担ってきたのが、ノロでありユタであった。
そして、今日まで、多くのノロやユタの敬愛を集める歴史上の人物に、代表的なノロの一人とされる百度踏揚(ももとふみあがり)がいる。
百度踏揚が、ノロやユタの崇拝を受けてきたのは、彼女が第一尚氏の生き残りの最後の姫であったからだ。そのため、正当な王家の血筋の継承者として、血筋正しの資格を持つ者と考えられてきたのではないだろうか。
ところで、もう一つ、述べておきたいことがある。それは、女性の名前についてである。
李朝時代、20世紀初頭まで、朝鮮には女性に名前が存在しなかった。そのため、族譜にも、女性は父系の出自を示す姓だけが記されている。日常の呼び名についても、「〜の妻」「〜の娘」「〜の母」としか呼ばれず、通称すらなかったので、当然、記録にも名は残されていない。
これは、「藤原道綱の母(蜻蛉日記の著者)」「菅原孝標の娘(更級日記の著者)」といった日本の平安時代の記録と同じである。ただ、平安時代の女性には本名がなかったわけではない。呪術的な理由から、本名を知られるのを恐れたためと言われている。しかし、朝鮮の場合は、本当に名がなかったのである。
朝鮮で女性にも名前が付けられるようになったのは、1910年に、日本の統治が始まり、戸籍に女性の名を記すことが義務付けられてからのことだ。
一方で、日本の場合は、呪術的な禁忌が薄れた戦国や江戸時代には、女性は、男性と違って、童名がそのまま本名となっていたわけだが、とりあえず、正式な名前が伝わっている。例えば、「山内一豊の妻」の本名は「千代」、「前田利家の妻」は「まつ」である。
ただ、沖縄の場合は、例えば「百度踏揚」の場合も、本名ではない。生前は、尚泰久王の長女で、阿麻和利の妻で、後に「鬼大城(うにうふぐしく)」の妻となったが、それほど身分の高い女性であっても、本名がなかったのである。「百度踏揚」という通称も、夫阿麻和利の命を救うため、父王に会おうと首里城に駆けつけた時、閉ざされた城門の前で百回跳び上がって開城を求めた故事から、後に付けられた異名に過ぎない。
そういう意味で、日本の中では沖縄が、さらに、日本以上に朝鮮が、はるかに男尊女卑の傾向は強かったのである。
実際、19世紀〜20世紀初頭にかけて、アジアを訪れた多くの外国人によって、「中国や日本に比べて、朝鮮では女性の地位が異常に低い」ということが観察され、記録されている。そうした女性に対する社会的差別の激しさが、朝鮮における人身売買の横行にも大きく影響していると思われる。(←慰安婦問題を考える上で、重要な観点である。)
そういう意味では、沖縄において、国家の祭祀を司るノロや、民間のシャーマンであったユタが、基本的に女性であるということ、多くの神域が男子禁制であることは、社会における女性上位の補完機能として非常に興味深い。
付録
●韓国の姓(11〜20位)
★11位、呉(オ)1.4%
中華圏10位の代表的な漢姓の一つであり、朝鮮半島への帰化姓である。日本に帰化した学者の呉善花(オ・ソンファ)氏など。
★12位、韓(ハン)1.4%
韓氏は、中国殷王朝の政治家箕子の建国した古朝鮮の王族に源流を持つ韓国最古の氏族。中国では、唐代の文人韓愈が有名である。中華圏25位。
★13位、申(シン)1.4%
中国からの帰化姓。
★14位、徐(ソ)1.4%
元々は漢姓で唐・宋代に帰化した氏族が多い。秦の始皇帝の命で、不老長寿の妙薬を求めて東方に旅立ったが、東方に理想の地を見つけて戻らなかったとされる方士(術士・仙人)徐福が有名である。中華圏11位。
★15位、權(クォン)1.3%
漢姓としては希少で、主に朝鮮姓として知られる。
★16位、黄(ファン)1.3%
後漢時代の儒者黄瓊(こうけい/AD1世紀)の末裔と称している。中華圏8位。
★17位、安(アン)1.3%
漢代〜唐代に西域(安息/パルティア)から中国に帰化した人々をルーツに持つ漢姓。朝鮮では、唐から新羅に帰化した氏族が多い。伊藤博文を暗殺した安重根(アン・ジュングン)が有名。
★18位、宋(ソン)1.2%
唐代の官僚の子孫が朝鮮に帰化したとされる氏族。中華圏22位。
★19位、柳(ユ)1.2%
唐代の文人柳宗元が有名。高麗時代に中国から帰化した氏族。日本では、在日韓国人の作家柳美里(ユウ・ミリ)が知られている。
★20位、洪(ホン)1.0%
高麗時代に唐から帰化した漢姓。中国では、太平天国の指導者洪秀全が有名。
*11〜20位の姓も、權を除いて、すべて中国由来の漢姓(帰化姓)である。
*韓国の姓1〜5位までの人口比合計54%
*韓国の姓1〜10位までの人口比合計64%
*韓国の姓11〜20位までの人口比合計13.1%
*韓国の姓1〜20位までの人口比総計77%
●日本の姓(11〜20位)
11位、吉田さん0.7%
12位、山田さん0.6%
13位、佐々木さん0.5%
14位、山口さん0.5%
15位、松本さん0.5%
16位、井上さん0.5%
17位、木村さん0.5%
18位、林さん0.4%
19位、斎藤さん0.4%
20位、清水さん0.4%
*日本の姓1〜5位までの人口比合計5.9%
*日本の姓1〜10位までの人口比合計10.2%
*日本の姓11〜20位までの人口比合計5.0%
*日本の姓1〜20位までの人口比総計15.3%
(韓国の李さんの人口比14.7%)
●沖縄の姓(11〜20位)
11位、知念さん1.2%
12位、宮里さん1.1%
13位、仲宗根さん1.0%
14位、下地さん1.0%
15位、照屋さん1.0%
16位、砂川さん0.9%
17位、城間さん0.9%
18位、仲村さん0.9%
19位、新里さん0.7%
20位、新城さん0.7%
*沖縄の姓1〜5位までの人口比合計13.7%
*沖縄の姓1〜10位までの人口比合計21.4%
*沖縄の姓11〜20位までの人口比合計9.4%
*沖縄の姓1〜20位までの人口比総計30.8%
(韓国の金さん+朴さんの人口比29.9%)
●中国の姓(1〜20位)
1位、李8.0%(韓国2位)
2位、王7.4%
3位、張7.1%(韓国9位)
4位、劉5.4%
5位、陳4.5%
*中国の姓1〜5位までの人口比合計32.4%
6位、楊3.1%
7位、趙2.3%(韓国7位)
8位、黄2.2%(韓国16位)
9位、周2.1%
10位、呉2.1%(韓国11位)
*中国の姓1〜10位までの人口比合計44.2%
11位、徐1.5%(韓国14位)
12位、孫1.4%
13位、胡1.2%
14位、朱1.2%
15位、高1.0%
16位、林1.0%(韓国10位)
17位、何1.0%
18位、郭1.0%
19位、馬1.0%
20位、羅0.9%
*中国の姓1〜20位までの人口比総計54.2%
●台湾の姓(1〜20位)
1位、陳11.1%
2位、林8.2%
3位、黄6.0%
4位、張5.2%
5位、李5.1%
*台湾の姓1〜5位までの人口比合計35.6%
6位、王4.1%
7位、呉4.0%
8位、劉3.1%
9位、蔡2.9%
10位、楊2.6%
*台湾の姓1〜10位までの人口比合計52.3%
11位、許2.3%
12位、鄭1.9%
13位、謝1.8%
14位、洪1.5%
15位、郭1.5%
16位、邱1.5%
17位、曽1.4%
18位、廖1.3%
19位、頼1.3%
20位、徐1.3%
*台湾の姓1〜20位までの人口比総計68.1%