今回は、たったひとつの単純で素朴な事実について語りたい。
よく沖縄では「米軍基地がある沖縄は、戦争になったら真っ先に狙われる」という脅迫めいた言説が広く語られ、それが基地反対の根拠の一つとなっている。さらに「基地があるから戦争になる」という、固定化したイメージ先行の非論理的主張もよく聞かれる。
これらの言説は本当だろうか?
たしかに、武器も基地もなければ、戦争にはならない。侵略されても、無血占領されるだけである。戦いは起こらない。しかし、その後で住民虐殺が起こらないという保障はない。
実際、クロアチアやボスニアやコソボが、セルビアに占領された時がそうだった。当初、クロアチアもボスニアもコソボも軍隊がなかったから、セルビアに侵攻された時点では、戦争にはならなかった。しかし、かわりにセルビア軍による無抵抗の民間人に対する大量虐殺が起こった。当時、その凄惨な無差別殺戮の様子は「民族浄化」とまで呼ばれた。
その他にも、ルワンダ、済州島4・3事件、チベット、ウイグル、ロヒンギャ、イスラム国など、民族弾圧や民族虐殺の例は数多い。
一方に武力があり、もう一方に武力がない時、戦争や紛争にはならないが、こうした一方的殺戮は非常に起こりやすい。だから、一概に、「戦争にさえならなければ、それでいい」ということにはならない。国家の安全にとって大切なことは「軍事的に侵攻を受けない」ということだ。
しかし、よく考えて見て欲しい。そもそも、世界最強のアメリカ軍の軍事基地を先制攻撃しようとする国はどこにもない。これまで、歴史上、アメリカが侵攻を受けたことはほとんどないのである。つまり、一般に「米軍基地は狙われない」のだ。

ある国が「アメリカ軍基地を先制攻撃する」ということは、その国が「アメリカに宣戦布告する」ということだ。そのような無謀な国は、当然、アメリカの容赦ない反撃を受けて、国家存亡の危機に立つことになる。最終的には破滅が約束されている。だから、アメリカへの先制攻撃は、火を見るよりも明らかな自暴自棄の自滅行為である。
この必然的帰結は、国際的には常識中の常識であり、これまで、そのような自殺行為とも言える暴挙に出た国は、史上唯一、この日本だけである。ハワイ真珠湾奇襲攻撃がそうだった。そして、当時、世界最強の海軍を有していた大日本帝国は、4年に渡る長く苦しい戦いの末に滅亡した。
以来、アメリカ軍基地を直接攻撃した命知らずの国はどこにもない。国ではないが、唯一の例外は、3.11の同時多発テロであり、この時は米本土のペンタゴン(国防総省)が狙われた。そして、この時も、その蛮行の代償として、テロ組織アルカイダは壊滅させられ、アルカイダを支援していたアフガニスタンのタリバン政権も倒され、イラクのサダム・フセインの命運も尽きた。

したがって、絶対ではないが、米軍基地を狙う愚か者は、まずいないと言っていい。しかも、沖縄の米軍基地は、アメリカ軍が海外に展開する基地の中でも世界最大の拠点基地であり、アメリカの世界戦略の要である。この軍事中枢を攻撃しようという命知らずは、最終的には確実な滅びの道が約束されている。恫喝外交の得意な北朝鮮の金正恩でも、そこまで馬鹿ではない。
国家間の問題や軋轢においては、互角の敵や自分より弱い敵は、それほど恐れる必要はない。問題は、自分より圧倒的に強い敵である。
ウクライナやバルト三国やトルコや台湾など、特にロシアや中国の周辺国の中には、「沖縄のように世界最大の米軍基地が自国にあったらなあ!」「あんな立派な米軍基地があったら安心なのに!」と、渇望する国も少なくない。「世界最強国家アメリカとの確固とした軍事同盟があれば、ロシアや中国の圧倒的軍事力に怯えることもなくなる!」と、多くの国々が切実に羨ましく思っているのである。

繰り返すが、国際常識に照らし合わせれば、一般に「基地があるから敵に狙われる」のではなく、むしろ逆に「基地があるから敵に侵攻されない」のである。
それでも「一旦、戦争になってしまったら、基地は一番先にターゲットとして狙われるじゃないか!」と言う人がいる。ところが、「アメリカ軍基地がある以上、相手が攻めてこないので、そもそも戦争にはならない」のである。
世界最強の軍隊(米軍)の守る世界第3位の経済国家(日本)を侵略したり軍事的に威嚇したりできる国は、現在の地球上に存在しないからだ。
これが、戦後70年に渡って、他国の軍事的プレゼンスを何ら脅威に感じることなく、日本人が心安らかに暮らしてこれた理由である。
日本が平和を謳歌できたのは、憲法9条のおかげでも国民の平和主義精神のおかげでもない。そうではなく、アメリカの圧倒的軍事力が、現実に日本を守る鉄壁の防御壁となってきたためだ。つまりは、揺らぐことのなかった日米同盟の恩恵なのである。強大なアメリカ軍の基地の存在が、周辺国の侵略を思いとどまらせる抑止力として働いてきたのだ。

ところが、もし、日米同盟がなく、沖縄に米軍基地がなかったらどうだろうか?
日本には訓練された防衛意欲の高い自衛隊があるが、核兵器も空母も爆撃機も原子力潜水艦もない。しかも、日本は、アメリカ、ロシア、中国、北朝鮮という四つの核保有国に囲まれている。
丸腰の日本は、それらの核保有国にとって、核による軍事的威嚇が容易な、恫喝しやすい無防備な国家となる。言わば、重武装の戦士たちに囲まれた素っ裸の男のようなものである。
力のない国というのは惨めなものだ。周囲の強国に小突かれるまま、無抵抗の状態で屈辱に耐え、すべて相手の言いなりになるしかない。
現状の日本にとって、日米同盟がなくなり、米軍基地がなくなるということは、そういうことである。
だから、2018年現在、「核による抑止力」を自分から手放そうとする国は、この地上に存在しない。すべての核保有国と、その同盟国が、核抑止力を手放すことを拒んでいる。
核保有9カ国はもちろん、核を保有しない国々、例えば、ドイツもカナダもオーストラリアもスウェーデンもノルウェーも韓国も、核兵器禁止条約を批准しないのは、そういうわけなのだ。
具体的に言うと、オーストラリアには核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の本部があり、スウェーデンとノルウェーはノーベル平和賞をICANに授与した国だ。だが、その一方で、これらの国の政府は、核兵器禁止条約に調印しない意思を表明している。アメリカの同盟国として「核による抑止」に頼っているからである。

これまでの「基地反対教育」の洗脳が解けない人にとっては、受け入れ難い考えかもしれない。しかし、誰が考えても真実は一つである。
事実は「沖縄は基地のおかげで安全」ということなのだ。巷の言説とは異なり、沖縄は「基地があるから攻撃されない」「基地があるから戦争にならない」のだ。これが「基地による平和」である。
もちろん「『軍事力によって平和が保たれている』なんて認めたくない」と感じる人は多いだろう。けれども、現実から目を背けてはいけない。世界の平和は、そのような経済的・文化的・軍事的・外交的パワーバランスの下で、かろうじて保たれているのだ。
そのパワーバランスの頂点にあるのが、アメリカであり、日米同盟である。その軍事的要が、沖縄なのだ。世界最大規模の米軍基地がある沖縄は、米国による世界平和維持構造の中枢である。沖縄が安全でないとすれば、世界中どこも安全ではない。
したがって、「基地があるから、沖縄は狙われる」という言説は、まったくのデマである。さもなければ、勘違い、あるいは、間違った思い込みである。
「何でもかんでも基地が悪い」という固定観念は間違っている。必要だから基地はあるのだ。



➡︎それでもまだ「『基地があるから安全』なんて嘘だ、信じない!」と思う人もいるでしょう。なぜなら、「そんなこと、誰も教えてくれなかった」「それが本当なら、これまで誰も教えてくれなかった理由がわからない」と。
実は、誰も教えられてこなかったのは、「真実を国民に教えてしまうのは都合が悪い」と考える人たちがいるからなのです。新聞・テレビなどのマスメディアとか、左派大学の学者たちとか、平和運動家とか、日教組の学校の先生たちとかがそうです。
「『軍事基地が平和の維持に役立っている』などと真実を教えるのは、戦前の軍国主義礼賛につながるから悪いことだ」と彼らは考えます。そして、真実を教えるより、大衆を洗脳する道を彼らは選ぶのです。
だから、新聞やテレビや学校の先生や大学教授の言うことを、丸呑みして信じ込んではいけません。
彼らは不都合な真実には目をつむるからです。
日本では偉い先生たちほど、「世界最大の米軍基地がおかれていることで、沖縄は世界一安全な島の一つとなっている」という真実には、向き合いたくないのです。さもなくば、それが本当にわからないのでしょう。

➡︎ただし、これからは、これまでのように「日本の国防は、すべてアメリカ頼り」では済まない時代になると思います。トランプの態度を見てもわかるように、アメリカにも、1960年代までのような「全部任せなさい!!」という太っ腹の余裕は、今はどこにもないからです。
そうすると、まさかの場合の米軍基地完全撤収後の日本単独での自国防衛ということを考える際に、避けて通れないのは、日本の独自核武装の問題です。
日米同盟がなくなれば、日本が独自核武装を考えなければならなくなるのは当然です。トランプは、一時、「そうすればいい」「日本の核武装を歓迎する」と発言していましたが。
ただし、「現状の『交戦権』すらない自衛隊にいったい何ができる?」という憲法9条の問題もあります。憲法を改正し、自衛隊をしっかり「戦力」と規定して、武力による威嚇も交戦権も認めてからでないと、核武装どころではありません。
今の自衛隊は、米軍がいなければ、何もできない組織です。自衛隊単独で国を守ることなど、まったく不可能なのです。

➡︎また、沖縄から米軍基地がなくなったら、中国が我が物顔で尖閣諸島に海警の船を常時張り付かせ、尖閣諸島は中国領であると既成事実化を進める可能性はあります。
そして、中国政府は、沖縄への経済投資を大規模に進める一方で、大量の漁船によって沖縄近海の海上保安庁の巡視船を立ち往生させ、沖縄近海を中国の内海として扱うようになるかもしれません。
さらに沖縄世論を焚きつけ、メディアを利用して、本土と沖縄の分断化を図り、沖縄の日本からの独立を強烈に後押しし、長い目で見れば、最終的な中国による沖縄併合を目指すのは間違いありません。
これを「中国による沖縄侵略」と捉える人もいるでしょうし、沖縄県民の自由意志による「中国への復帰」と考える人もいるでしょう。
日本政府としても、「沖縄県民がそんなに望むなら、中国にくれてやれ!」という意見と、「中国の分断工作に惑わされるな!」「領土を死守せよ!」という意見に分かれるでしょう。

➡︎「米軍基地反対派の玉城デニー氏が沖縄県知事に当選したら、沖縄は中国に飲み込まれる」とか、「中国に占領される」という懸念を示した言説が、選挙前からありました。
これをデマとして非難する人たちがいます。
しかし、この言説は、玉城デニー氏の安全保障に関する考え方に、強い不安と疑念を感じている人々の切実で真面目な意見であることは間違いありません。
例えば、玉城デニー氏は、自由党幹事長時代に、核兵器禁止条約への調印を強く支持していたことから、核による抑止力を一切認めていないことは確かです。
そして、核による抑止力の必要性をまったく感じない人にとっては、安全保障上の日米同盟の必要性も、周辺国に対して軍事的優位を保つことの重要性も、さほど強くは感じないであろうことは、容易に想像できます。
「日米同盟など本当はなくてもいいと思っているから、玉城デニー氏は、これほど簡単に『基地はいらない』とか『基地をつくったら絶対平和にはならない』などと、あっさり断言できるのではないか」と思われているのです。
また、玉城デニー氏は、政府に対して「一国二制度」を要求し、「沖縄だけ、消費税と関税をゼロにして、経済特区にしたい」「日本政府の補助金はいらないから、外資と海外からのクルーズ船をもっと呼び込んで、沖縄を経済的に自立させたい」という意向を表明しています。
このような「日本政府への依存を減らして、中国経済への依存を高めたい」という玉城デニー知事の方向性も、「政治的な従属の前に、まずは経済的に、沖縄が中国に従属するきっかけになるのではないか」という強い懸念を招いています。
実際、沖縄への投資という面では、米軍基地の軍用地を中国人に売る基地地主も増えていると言われています。そして、中国人地主の割合は、すでに全体の20〜30%を占めると言われます。つまり、毎年、数百億円の基地使用料が、日本政府の税金から中国人に払われているということになります。
どうも、沖縄の一部の人々には、「日本と中国を天秤にかけて、さらにうまいこと利益を得ることができるのではないか」という計算が働いているように思うのです。しかし、その計算高い意識は、残念ながら、「日本人」のものではありません。
それほどまでに琉球人でありたいなら、日本人でありたくないのなら、沖縄は、本当に独立した方がいいのかもしれません。