陳光誠氏は、中国山東省で活躍していた在野の法律家で、地方政府の横暴に苦しめられていた農村の貧しい人々のために、独学で身につけた法律を武器に人権保護の活動をしていた方です。そのため、政府当局の厳しい弾圧にあっていました。
そして、5年前、2012年4月、24時間監視の過酷な軟禁状態に置かれていた自宅から自力で脱出し、友人の助けを得てアメリカ大使館に逃げ込みました。当時、中国の人権弾圧に対する国際的な非難もあり、選挙を控えて「人権問題に弱腰だ」と共和党からの非難にさらされたくないオバマ政権の思惑もあり、胡錦濤から習近平への権力移行期にあった中国政府との米中交渉の結果、事実上の亡命が認められ、2012年5月に妻子とともにニューヨークへ渡りました。
以後も、不屈の闘志を持つ盲目の「裸足の弁護士」として、中国政府のよる人権弾圧の実態を、自身の生々しい経験をもとに、世界に知らせるため、アメリカを拠点として活動していらっしゃる方です。
ちなみに、この年、2012年8月15日には、人民解放軍の画策による尖閣諸島への香港・マカオの活動家の上陸と、海上保安庁による逮捕・強制送還がありました。あらかじめ、準備していた中国TVは、その実況を中国本土に生中継し、その後、人民解放軍と共産党の扇動によって激しい反日デモが起こりました。さらに、日本の尖閣国有化(9月10日)があり、中国全土における破壊的な反日デモは頂点に達しました。これにより、胡錦濤は権力の座から滑り落ち、習近平体制が確立しました。全ては人民解放軍と習近平の思惑通りでした。
尖閣問題は、2010年の中国船衝突事件以降、緊張状態が続いていたことは確かですが、当時の反日デモの激しさの裏には、民衆の地方政府に対する不満と鬱屈がありました。習近平は、その民衆のフラストレーションを、自らの権力の確立にうまく利用したのです。そして、習近平にはめられたのは、胡錦濤さんと日本政府(当時の民主党政権)です。当時の日本では、陳光誠さんの事件など、尖閣問題と反日デモで吹き飛んでしまい、ほとんど人々の記憶には残りませんでした。
さて、陳氏は、このほど、2017年10月18日〜11月7日までの予定で、アムネスティ・インターナショナル日本の招きで初来日しています。そして、札幌、岩手、神奈川、東京、徳島、京都、広島、愛知と、全国8カ所で講演をなさっています。明治大学駿河台校舎での東京講演は、一昨日、11月29日に行われました。次は、明日11月1日の徳島講演です。その後は、11月3日広島、4日京都、5日名古屋と講演が続きます。
講演の主題は「中国共産党という悪魔に、決して気を許してはならない」というものです。さらに「中国の共産党一党独裁政権は、東アジア、東南アジアなど、周辺諸国に災厄をもたらし、国際的な平和と安定を揺るがす存在だ」ということです。

2005年6月、陳光誠氏は、中国の「一人っ子政策」の下での、地方政府による過酷な住民虐待の実態を、在野の法律家「裸足の弁護士」として裁判に訴えました。数十万人の女性に対する強制堕胎、強制不妊手術、医師による新生児の殺害の実情を告発したのです。生まれたばかりの幼児の首を締めて絞殺したり、ビニール袋に入れて窒息死させたり、赤ちゃんの頭部に薬を注射して薬殺するって、どういう〝医療行為〟でしょうか。その野蛮さは、文革時代から、何も変わっていない。陳さんは、こうした当局による非道極まる行為が横行する事態を、どうしても看過できなかったのです。しかし、この善意の活動が、当局の怒りを買って、陳さんは、2005年から自宅軟禁状態に置かれました。
そして、その後、自宅軟禁中の2006年8月に、財物損壊罪・交通秩序撹乱罪とかで、懲役4年3ヶ月の判決を受けて服役しました。「公共の財産を損壊し、人を集めて交通を撹乱した」などという罪らしいです。「外部との連絡手段を断たれ、始終暴力にさらされ、実質監禁中の身でどうやって?」と思いますし、言いがかりも甚だしいですが、これが中国当局のやり口なのです。中国では、当局が勝手に罪をでっち上げ、悪意に満ちた不公正な取り調べと不公正な裁判の結果として、不公正な判決を受けて、拷問の横行する監獄にぶち込まれるのです。そして、陳さんもまた、牢獄ではさらに過酷な度重なる拷問・虐待を受けましたが、不屈の精神でその極限状況にも耐え抜きました。
2010年9月に牢獄から出された後も、陳さんは、自宅内と自宅周辺に常時70人以上の監視員が24時間入れ替わりで居座り、常に数人の監視の目にさらされながら、外部との接触を一切遮断されて、獄中同様の生活を強いられていました。その自宅では、陳さん本人のみならず、妻や母親も公安の激しい暴力にさらされ続けました。陳さんは、その後、何度も脱出を試み、失敗しても失敗しても、決して挫けることはありませんでした。そして、2012年4月に、7箇所の壁やフェンスを乗り越え、飛び降りる時に足を骨折しながらも、雨の中を匂いと勘だけを頼りに這って、血まみれになりながらも、20時間もかけて支援者のいる隣村まで自力でたどり着きました。
その後の経過は、前述のとおりで、ニューヨーク大学への留学という名目で、事実上のアメリカへの亡命によって、中国政府の魔の手から逃れることになったのです。
幼い頃に病気で視力を失って以来、目が見えないことから受ける差別やいじめにも挫けず、独学で法律を学び、障害者や女性、農村で暮らす無学な人たちのために、力を尽くしてきました。しかし、その弱きを助ける正義の行為が、現在の中国では命取りになります。強い使命感を持って活動してきた祖国での生活は完全に破綻し、アメリカへの亡命を余儀なくされました。
そして、今、中国では、習近平の民権派弾圧政策によって、残された友人たちや支援者、親族への弾圧・暴行・虐待・不当逮捕・監禁・拷問が、さらに厳しくなっているのです。今回の日本での講演会を巡って、中国政府はあらゆる手段を使って、陳さんの通訳者を脅迫し、講演を阻止しようとしたのだそうです。

今回の初来日に関して、日本のマスコミ紙では、朝日が20日に、NHK、日本経済新聞、産経新聞の三社が、東京講演に合わせて、それぞれインタビューを行い、この四社のみが30日に陳氏とのインタビュー内容を報道しました。NHKを除けは、ほとんどは当たり障りのない内容に終始しています。
その他は、毎日はもちろん、読売新聞までもが完全無視の状態です。共同通信は、かたちばかり取材したと言って、8行記事を発信しています。東京新聞などは、その8行記事を、そのまま掲載しているだけです。
TVでは、NHKがBS1の朝のニュース「キャッチ!世界のトップニュース/朝一番 世界をつかむ」で、また、これもBSですが、読売系列のNNNの日テレ「ニュース24」が、それぞれ30日にインタビューを放映していました。しかし、BSでもゴールデンタイムの放送はなく、もちろん、地上波での報道は一切ありません。
日本の大マスコミは、「中国当局に都合の悪いことは、なるべく日本国民の目に触れさせない方がいい」「大きく報道すれば、右翼が盛んに行なっている『中国は危険!』という宣伝に、加担することになる」と考えているのでしょうか。それとも、「中国共産党の敵」である陳光誠氏を支持する立場を示すことで、習近平の機嫌を損ねたくないのでしょうか。
今年7月に、同じように、中国政府の虐待によって亡くなった劉暁波氏の場合は、獄中でのノーベル平和賞受賞者(2010)の肩書きがあるので、盛んに事態の推移が地上波で報道されていました。そうした特別扱いは、ノーベル平和賞の権威のおかげなのでしょうか。いずれにせよ、陳光誠氏来日への無視の態度が、現在の日本のメディアの限界を、よく表しているように思います。
陳さんは言います。「習近平政権の下で、逮捕された人権活動家や弁護士は、公衆の面前で強制的に罪を認めさせられ、懺悔させられているのです。」「(『ワイルドスワン』などでも描かれている)文化大革命の時の光景とよく似ています。」「共産党には希望が持てません。」
実際、中国では、2015年7月9日前後に、320人の人権擁護派弁護士が一斉に当局に連行されるという「709事件」が起きました。以来、20数人の弁護士たちは、今でも拘束され続けており、その家族も支援者も、接見を許されていません。それどころか、家族・支援者も監視されていて、子どもの学校入学を妨害されたり、借りている家を追い出されたりという嫌がらせを受け続けています。中には、未成年であっても、24時間の監視を受けている子どももいます。出国したくても、パスポートも取ることはできません。
大切なことは、日本国民が真実の中国の実情を知ることです。そして、国家による人権侵害とは何か、政府による民衆弾圧とはどういうものか、一人一人の国民がよく考えてみることです。
本当は、こういう陳さんのような方にこそ、沖縄に来て欲しかったです。百田さんなどが来るより、よっぽど左派活動家たちや沖縄二紙の態度が測れたでしょう。ちなみに、二紙は、19日に陳氏来日の共同通信の8行記事を小さく載せています。

それにしても、翁長知事や県内二紙の記者たちや辺野古・高江の活動家の皆さんは、こうした中国の実情と比べて、「日本には、地方自治がない、民主主義がない」などと、本気で思っているのでしょうか?
これだけ言いたい放題、やりたい放題にしていても、陳さんのような悲惨な羽目に陥る人が、日本に一人でもいるでしょうか。全体主義国家の北朝鮮・中国だったら、これほどの究極の自由、これほど手厚い人権保護は、絶対にあり得ない話です。加えて、世論のコントロールに国家情報院が暗躍し、国民情緒法によって司法が支配される韓国にも、日本ほどの自由や人権保護はありえません。
心底訊いてみたいです。彼らの言う〝弱者〟って、いったい何なのでしょうね。どう考えても、陳さんが命懸けで守ろうとしている、中国の虐げられた弱者たちとは、似ても似つかぬ「弱者の皮をかぶった〝強者〟たち」としか、わたしには思えません。
ところで、陳光誠氏は、トランプ政権を評して「人権擁護を強くアピールしないからといって、オバマ政権より人権問題に冷たいわけではない」「例えば今年5月のタイでの事件だが、人権派弁護士の謝陽(シエ・ヤン)の妻子の身柄をめぐって米中が対立したが、アメリカは強い姿勢で交渉に臨み妻子の身柄を確保している」「人権問題への取り組みにおいては、対話一辺倒だったバラク・オバマと比べて、ドナルド・トランプは対話と圧力を織り交ぜている点で評価に値する」「北朝鮮もそうだが、対話だけでは、独裁政権を変えられない」「ビル・クリントンが、対中国外交で、人権と経済を切り離す決断をしたのは、経済成長すれば中国は変わるという判断もあったのだろうが、今振り返れば明らかな間違いだった」と述べています。11月4日のニューズウィーク日本版のインタビュー記事です。
中国を身をもって知り尽くしている人の言葉は重いです。