火事で全部焼けちまったから、本を買うのは一苦労だ。だが、俺にはSFが必要だ。SFのない人生なんて考えられん。サイエンス・フィクション、スペキュレイティブ・ファンタジー、サプリメント・フード、何でもいいが、ともかくSFだ。
焼けちまったものは、二度とは戻らない。思い出したくもないが、サンリオ版の『ハロー、サマー、グッドバイ』のイカした帆船の絵のカバーに、二度と会えないと思うと、今でも胸が潰れそうだぜ。それに、ハヤカワ全集版の『神様はつらい』、あの冒頭の狩りのシーンを二度と読めないなんて、考えただけでも気が狂いそうだ。この世は闇だぜ。
何というか、『俺はレッド・ダイアモンド』のサイモン・ジャフィーみたいな気分だ。ともかく、本を買い揃えよう。もう一度、俺のパラダイスを作るんだ。現代人らしくamazonを活用するんだ。だが、古本はダメだ。人の手を経た本は、いろんな人の念を受けて染み込んでるからな。自分以外の人の手に汚れた古本に囲まれてると気分が悪くなる。
本は新品がいい。それに決まっている。さて、注文しよう。来週は、誰を読もうか。クラークとか、レムとか、ステープルトンとか、生真面目すぎる連中の作品は、今はとりあえず置いとこう。もう少し、気持ちの入るやつがいい。ニーヴンとか、ホーガンとか、70年代の四角四面なマジメ君たちにも、今回はお引き取り願おう。孤独と彷徨を経験して、人生の紆余曲折を知り尽くした者の描く、年代物の酒のような、こなれた風味を感じる作風に惹かれるぜ、今の俺はな。
それから、バラード、カート・ヴォネガット、ハーラン・エリスン、ブラッドベリ、ヴァーリィ。この辺の連中には、惹かれはするんだがなあ。それでも、何かが違う。俺のハートのどこかが「こいつらじゃねえ」って呟くのさ。少なくとも、今はな。
もちろん、俺にとってのキング&クイーンズは、コードウェイナースミス、ジェイムズ・ティプトリーJr、それに、ル・ヴィン。皇帝は、もちろん、フィリップ・K・ディックだ。王族や皇帝の作品は、真っ先に揃えたぜ。いつの時代にも、究極にいいものはいいに決まっている。
さて、お次は、シルヴァーバーグか、スタージョンか。
うむむ。ところが、なんと、シルヴァーバーグは、『夜の翼』以外、主だった翻訳が絶版だ。『ガラスの塔』が読みたかったんだがな。『いまひとたびの生』も気になるが、これも絶版。当時のニューシルヴァーバーグの妙に未完成な感じに、ちょっと惹かれるものがあったんだが。残念だが、まあいい。そんなに気にしちゃいねえ。人生はままならないもんさ。
じゃあ、気分を変えてスタージョンの古典『人間以上』を読もう。久々にローンとジャニイに会いに行くか。双子にも会いたいしな。あいつら、ライフスタイルが半端ねえからな。
うん?
はああっ?
えええっ!
『人間以上』が絶版だあ?
どういうことだ。ありえんだろ。サイボーグ009が絶版になるみたいなもんだぜ。あの、魅惑的で頽廃に満ちた、卑猥でいかがわしい世界が、孤独で孤独でとてつもなく孤独で、どうしょうもなく優しい狂った世界が、読み古された古書でしか手に入らないなんて、どうかしてるぜ、この国は。引きこもりが多いとか聞くが、ホンモノの筋金入りのヒッキーなんか、ホントはひとりもいねえんじゃねえか。なんだか、寂しいぜ。
だが、嘆いていてもしょうがない。それなら、もうちょっとオーソドックスな超人ものでいくとするか。そうだ、『アトムの子ら』でも読むとしよう。久しぶりに天才仲間のティモシーに挨拶しとこうか。
む、ダメだ。これもか。原発、原発、騒いでいる割にゃ、案外、たいしたことねえな、SEALDsの兄ちゃん姉ちゃんたち。〇〇反対デモなんかに行ってる暇あるなら、シラスとかネヴィル・シュートとかオーウェルとかゴールディングとか読めよ。その方が、はるかに有意義だと思うぜ。
魂、もっと掘り下げようぜ。頼むよ、ホント。
だが、しかたないな。ミュータント・テーマの核心、疎外感ってやつ。こいつを掘り下げた他の作品を探そう。とは言っても、ジョン・ウインダムの『さなぎ』やオラフ・ステープルトンの『オッド・ジョン』やワイリーの『闘士』は、あんまり気分が乗らねえし。ちょいと素直すぎるんだよな。もっと雑多でいかがわしいやつがいい。
じゃあ、このジャンルで一番一般受けしそうな作品ではあるが、ヴァン・ヴォークトの『スラン』にしよう。ちょいとお気楽娯楽に傾きすぎるが、まあ、しばらく会っていないジミー・クロスに挨拶しとこうか。あいつも、友達少ないからな。たまには会いに行ってあげないとな。
ううむ。ダメだ。
マジかよ。これもか。
これまで、何世代も間、変わらず愛されてきた超能力テーマも、この国じゃあ、もはや、打ち捨てられて久しい古代遺跡みたいなものなのか。昨今は誰も見向きもしないのか。
みんな、ホンモノの天才になりたくないのかよ。勉強、勉強で、劣等感ばかり詰め込むより、せめて、本の中だけでも、一発逆転で、ステキな天才少年少女の気分を味わおうぜ。アルジャーノンやチャーリーみたいに、ウスノロの低脳に戻ってどうすんだよ。どん詰まりの行き止まりは、真っ平御免だ。なあ、夢を見ようぜ、夢をよ。
だいたい「ジャンパー」とか「虎よ、虎よ」とか、ジョイントとかテレポーテーションだけ出来ても、それでどうすんだ。どうしょうもねえじゃねえか。地球は狭いぜ。そんなに早く移動したけりゃ、飛行機に乗れよ。そうだろうが。今はテクノロジーの時代だ。しょせん、機械にはかなわない。そうだよな。じゃあ、こっちもいっそ、ハイテクの極みに向かって、人造人間アンドロイド・テーマでいくか。
パッと思いついたところで、『われはロボット』は?
いや、いくらなんでも、これは古臭すぎだろ。ロビン・ウィリアムズのAIの元ネタっぽい感じはあるが、アシモフは話の中身が淡白すぎる。もう少し、濃厚な味わいが欲しいな。やっぱ、クーパーだろ。マリオンAだろ。そうだ、文字通りの『アンドロイド』で決まりだ。
ややっ!
はああああああ?
売ってねえじゃねえか。『アンドロイド』が、ねえよ。この古典中の古典が、名作中の名作が、古書でしか読めないというのは、本当に意味がわからん。現代人は、マリオンAに会いたくないのか。あの最高にイカす夢のオンナ、真に理想の永遠のオンナに会うこともできない人生なんて、なんて惨めな人生なんだ。
本当に、この世は闇だぜ。
いったい、なぜなんだ。イカしたセクシーなアンドロイド娘に、ディック作品だけでしか会えないんじゃあ、あんまり、寂しいじゃねえか。お陰で、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』を三冊も買っちまったぜ。いっそ、マーサ教にでも入信するか。
いかん。つい、取り乱してしまった。気を取り直そう。さあて、そうだ。今はアンドロイドというより、むしろコンピューターの時代だ。でもって、コンピューターの未来世界と言えば『月は無慈悲な夜の女王』あたりか。
だが、確かに〝独立騒ぎ〟はタイムリーではあるがな、ハインラインの未来世界の描写は、リバタリアン的なアクが、今の俺にはちと強すぎる。それに、『夏への扉』みたいに、あっけらかんと明るすぎるのも、時には罪だぜ。『スターファイター』あたりの柔らかい風味が、弱った俺のハートにはしみる。そうだ、いっそ、ママさん生物に会いに行くか。あの、お馴染みの優しい〝声〟で慰めてもらうか。
いや、今はよしとこう。ぼろぼろ泣いちまいそうだ。もっと、何というかな、そう、センス・オブ・ワンダーだ。それだ、今、俺が欲しいのは。トキメキなんだよ。それも、恋愛みたいな甘ったるいときめきじゃねえ。出会いは出会いでも、めくるめくワンダーランド、異世界との出会いだ。
ジャック・ヴァンスか、ジャック・フィニイか、ジャック・ロンドンか。ロンドンは違うな。いい味の小説を書くが、SFじゃねえ。
ヴァンスの『終末期の赤い地球』はどうかな。いや、タイトルはいいんだがな。ストーリーがちいと中身がないからな。カバーはかなりイカしてるんだが。かといって『大いなる惑星』ってのも、話の展開が退屈で冗長だ。こいつもカバーは最高だがな。いざ、腰を据えて読んでると、胸がときめき始める前に、頭が眠くなっちまう。もうちょい過激にスリリングに『竜を駆る種族』とかはどうだ。いや、カバーとは裏腹に、内容が殺伐としすぎるてるからな。今日は定番の『冒険の惑星』シリーズで行くことにしよう。アダム・リースと一緒に異世界への旅に出るとするか。よし、そうしよう。
ん?
終末期、大いなる、竜を駆る、冒険の…。全部、絶版じゃねえか。おい、どうなってるんだよ。これじゃ、俺は何も読めないじゃないか。2017年、10月1日では、もう手に入れるには遅すぎるってのか。おかしいぞ、なんか狂ってるぞ、日本。
結局、フィニイにしろってことか。ってことは『マリオンの壁』か。いや、それじゃ、あまりにファンタジーに傾きすぎてる。オリジナル・マリオンにもちょいと会いたい気もするが、あのはねっかえりの不良娘に付き合うのは、今日の気分じゃない。俺のハートの求めているものは、もっと優しい、信頼と安心感の中のスリルだ。結局、俺の求めているものは、帰ることのできる場所なんだから、な。
そうか、例えば『夜の冒険者たち』がある。いや、いかにもフィニイ的な、ノスタルジックでステキな世界の物語だが、そもそもSFじゃねえ。それに、クソっ、やっぱり、どっちも、とっくに絶版だ。
ああ、もう、慣れたぜ、こんちくしょう。「流れよ、我が涙」って芝居がかって言おうにも、涙も出尽くしちまったみたいだぜ。泣くに泣けないってのは、このことだな。ふう。少し、落ち着こう。気持ちを立て直すのに、ちょいと時間が必要だ。現実逃避の時間が、な。
よし、それじゃあ、気を取り直して、フィニイの古典中の古典『ふりだしに戻る』の世界にでも、ゆるりとひたるとするか。どうせ、今日は暇だしな。セピア色の写真の中の世界で、昔馴染みにでも会いに行くか。
あれれ?
なんてこった。ありえねえ。
金さえ積みゃ大気圏外に観光旅行だって夢じゃない、SFそのものの時代だってのに、古き良き時代のニューヨークに、タイムスリップすることぐらいもできないってのか。呆れ果てた話じゃねえか。
それに、最近は、時間旅行が大流行りだって聞いたぜ。だから、昔は誰も見向きもしなかった、ヤングのセンチメンタルな短編集も、巷で流行ってるんじゃないのか。
なのに、このフィニイの名作中の名作が絶版か。たいした本も読まない今時の一般人には、ボリュームがありすぎるってのか。そりゃねえ、そりゃねえぜ。せつなすぎるぜ。チクショウめ。時間旅行は『夏への扉』の専売特許じゃないっての。
それなら、思いっきり気分を切り替えて、銀河戦記ってのは、どうだ。
そうだ、血をたぎらせるミリタリー物に没頭しようじゃないか。『宇宙の戦士』とか『エンダーのゲーム』とか『知性化戦争』とか、お子ちゃまランチは、この際、どうでもいい。ハードコアを極めたミリタリーSFの最高峰と言ったら、なんといってもシーフォートだろ。特攻のオンパレード。これこそ、日本人向きの、魂に響くSFだ。いや、それとも、ここは、さらに強烈にオナー・ハリントンにするか。ともかく、ハードにキメるぜ。
って、どっちも絶版じゃねえか!
なんてこった。この国の男子は、全員去勢されちまったのか。なんでシーフォートも、ハリントンも、新刊で読めないんだよ。しかも、ハリントンは、9巻以降が、まだ、翻訳されてすらいねえ。ありえんだろ。とっくに訳されてると思ってたぜ。同じ敗戦国でも、ドイツじゃオナーのファンクラブまであるって言うのに、グレイソン星系は古き良き武士道の世界そのものだってのに、日本人がハリントンを読まなくてどうすんだ。
この際、ロングナイフとか、老人とか、はっきり言って、どうでもいい。刺身のツマにもならねえ。だが、シーフォートとハリントンは違う。この二作は超A級だ。最低でもシーフォートは4巻まで、ハリントンは全巻、絶対に新刊が必要だ。早く、翻訳しやがれ。それが、たった一つの冴えたやり方ってもんだろ。
ところが、この国では、名品が、ことごとく打ち捨てられ、くだらん小説ばかりが、もてはやされる。すっかり萎えちまったぜ。言葉も出ねえよ。

俺には、もう話すべき言葉がない。それでも、俺の心は叫ぶ。
どうかしてるぜ、日本。


⭐️上記の記述は、あるSF狂の沖縄在住日本人の独白を元に、本人の許可を得て一人称スタイルの記事にしたものです。