「渚ゆく」は、今から35年前の1981.3にリリースされた、シンガー・ソングライター伊勢正三の2ndソロアルバムです。『かぐや姫』『風』と、有名フォーク・グループの主要メンバーとして活躍し、〝かぐや姫〟時代の「なごり雪(1974)」「22歳の別れ(1974)」、続く〝風〟時代に入って「海岸通(1975)」「あいつ(1975)」「お前だけが(1975)」「北国列車(1976)」「ささやかなこの人生(1976)」「君と歩いた青春(1976)」など、数々の名曲を創ってきた伊勢正三が、1980年代に入って、独立してソロとして、新たに紡ぎ始めた洗練された音の世界を、このアルバムで聴くことができます。
当時、わたしは、正やんのソロ作品群を、リリースされたばかりのこの2and アルバム「渚ゆく(1981)」からリアルタイムで聴き始め、このアルバムの作品世界にたゆたう独特の情緒と音の切れ味に惹きつけられました。そして、その後、「Half Shoot(1882)」「Orange(1983)」「Heart Beat(1984)」と聴き続けました。当時、繰り返し聴いた、それぞれのアルバムには、もちろん好きな曲がたくさんあります。
4thアルバム「Half Shoot」の中では、今でもよく有線やラジオでかかる「白いシャツの少女」が印象的です。「熱く男が燃えるなら、海に女はなればいい」という、繰り返されるフレーズが耳に残ります。それから「夜のFM」や「9月の島」も、当時、なかなか気に入っていました。次の5thアルバム「Orange」では「シャワー・ルーム」「青い10号線」、6thアルバム「Heart Beat」では「NAKASHIBETSU」の雰囲気が好きで、昔はよく聴いていました。
ただ、ソロ第1作の「北斗七星(1980.4)」と、「渚ゆく」の半年後にリリースされた3rdアルバム「スモークドガラス越しの景色(1981.9)」は、当時から今に至るまで、実は一度も聴いていません。今回、この文章を書くにあたって、「スモークドガラス越しの景色」をちょっと聴いてはみたのですが、やはり、リアルタイムで聴いていないせいか、深く惹かれる感じがしません。記憶が疼く感じがしないというのでしょうか。
そして、『かぐや姫』時代、『風』時代含めて、わたしが聴いてきた伊勢正三の全作品の中で、もっとも印象的で、心に深く刻まれているアルバムは、なんといっても、この「渚ゆく」なのです。
なぜ、こんなにも、この作品が好きなのか、自分でも少し不思議です。昔から、心のかなり深いところで、このアルバムが好きらしく、今に至るも、聴いていて、まったく飽きがこないのです。
この作品は、伊勢正三の音楽が、フォークからAORへと変わっていく、その狭間で創られました。ちょうど、ターニングポイントというのでしょうか、歌い方、歌詞、メロディーに、フォークの香りを色濃く残しつつ、音作りの面では鮮やかにAOR路線に脱皮を果たしたという、言うなれば、伊勢正三のキャリアの過去と未来をつなぐ唯一無二の作品であると、わたしは感じています。
特に、サウンドについては、正やんの作品中、唯一、「森一美withTarget」というジャズ・フュージョン系のバンドが、アレンジと演奏を務めているのですが、このサウンドが、全伊勢作品中でも、異色かつ出色の奇跡的な完成度なのです。
全曲の編曲を手掛けたバンドリーダーの森一美さんは、元ウィークエンドのピアノ・キーボード奏者ですが、彼女の率いるTargetは、ハイセンスの実力派グループです。伊豆のスタジオでのレコーディング風景は、バンド全員での合宿スタイルで、じっくり音作りを重ねていったと聞きます。手作りで丁寧にサウンドを研ぎ澄ませていった成果が、タイトで繊細なアレンジと無駄のない演奏に見事に現れています。その合宿を通して、正やんの感性を、バンドの感性が包み込みながら、宝石のようにきらめく楽曲が、一つづつ生み出されてきたのではないでしょうか。
本格的なジャズ・ピアノの音に、タイトでテクニックの確かなドラムとベースが絡み、静かなギターの音が重なり、サックスが響き渡ります。そして、ギリギリまで無駄を削ぎ落とした洗練されたサウンドが、正やんのハスキーな歌声を支えているのです。残念ながら、3rd以降のアルバムでは、シンセサイザーが多用され、エレクトリックなサウンドに傾いてしまい、二度と、この手触りの質感にあふれたアンプラグドなサウンドが復活することはありませんでした。
歌詞についても、このアルバムには、永遠に思いを馳せ、深く静かに人生を見つめる曲が多いのですが、「渚ゆく」の以前に、これほどの詩のセンスに満ちたアルバムは存在しないし、以後にも似たようなクオリティーの作品はないのではないか、と思います。
サウンド的にも、歌詞、メロディーにおいても、時代の最先端を飛び越えてしまったような早過ぎた作品、まさに、隠れた異色の名作です。
聞きどころとしては、まず、アルバム1曲目の表題曲「渚ゆく」が良いです。潮騒の音から入っていく導入部から、ゆったりした、とても心地よいサウンドが始まります。波打ち際を独り歩いているイメージです。寂しいけれど、心は澄んでゆくのです。この1曲目の〝孤独で澄みきった意識〟というイメージは、アルバム全体を貫く主題として、最後のエンディング・テーマへとつながっていきます。
続く2曲目の「マリンタワーの見える街」は、ともかくアレンジがカッコイイ。特に、ツイン・ギターのフレーズが記憶に残ります。そして、正やんのかすれた声が、とてつもなく耳に心地よいのです。それから、この曲の歌詞「生まれ変われるなら・・・また、君と出会い・・・同じ夢をみて」は、ダイレクトに7曲目「moonlight」の詞世界につながっている気がします。
3曲目「雨の日の憧憬」も印象的な佳曲です。ここでは、かなりエレクトリックなアレンジが試されていますが、それがまた気持ちよくハマっています。
そして、4曲目の「青春の一ページ」。やはりアレンジが秀逸で、これほど美しく、インパクトのあるピアノの伴奏が聴ける曲はめったにないと思います。要所を締める、切れ味の鋭いドラムの音も、効果的です。もう戻らない過去への愛惜の痛み、強い感情が、冴えたピアノ・サウンドで表現されています。
次の5曲目「デジャヴの夢」は、個人的には歌詞が印象的で、いつまでも耳に残っています。「遠い遠い夏の日、モンゴルで見た幻、モヘンジョダロ、ハラッパ、栄え、そして、消えた、すべては土に還る。」ここではない、どこか、まだ見ぬ遠い約束の土地へ向けて、果てない旅への郷愁に心は誘われます。そして、この旅のイメージは、次の6曲目の軽快な「若き日の唄」へとつながっていきます。旅は人生であり、人生は旅なのです。
クライマックスは、いよいよ7曲目、名曲「moonlight」からです。当時、シングル・カットされたこの曲は、サウンド、メロディー、歌詞、歌声のすべてが、寸分の狂いなくパーフェクトに、はまっています。「長い年月を過ごした二人には、心の奥までも透き通るような季節、こんな夜には二人でムーンライト、思い出数え、過ぎゆく季節を見ている。」
ここから8曲目、超スローテンポのゆったりしたナンバー、奇妙な味わいのラブソング「不思議なCONVERSATION」へと移ります。このまったり感が、何とも心地よいのです。
そして、9曲目でギアチェンジ、テンポの良い「冬暦」が始まります。「冬の日に出会う人は、温もりを胸に秘めている、かじかんだ指先にも。その人に出会う時は、突然のすれ違いでも、いくつもの夢をみる。」まるで、楽しい雪山のスキー・ロッジで、暖炉を囲んで、たむろしている若者の間にいるようなくつろいだ気分になって、10曲目のエンディング・テーマを迎えます。
このアルバム、全編に漂っている〝気分〟のようなものがあって、わたしはそのフィーリングが好きなのだと思うのです。それは、自らの魂を洗い、研ぎ澄ます、独りぼっちの長い旅の彼方に、運命の出会いがあることを暗示している、そんな極めて感覚的なテーマです。自らの孤独な運命を受け入れつつも、それでも見果てぬ夢に人生を賭ける。そして、道端の野の花に目を留めるように、絶望の中でもささやかな愛を拾い上げる。そんな、都会に生きる「ラ・マンチャの男(女?)」が愛するアルバムと言えるかもしれません。
地味といえば地味ですし、ネクラといえばネクラです。それで、逆に、このアルバムが、感覚的に好きになれない人もいるのだと思います。「ちょっと暗いし、なんか寂しい、地味過ぎて肌にあわない、ハッキリ言って退屈なアルバムだ」と感じる人もいるでしょう。そこは、評価が分かれるところだと思います。
けれども、わたしにとっては、大切なアルバムのひとつなのです。
渚ゆく/伊勢正三

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Half Shoot/伊勢正三

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当時、わたしは、正やんのソロ作品群を、リリースされたばかりのこの2and アルバム「渚ゆく(1981)」からリアルタイムで聴き始め、このアルバムの作品世界にたゆたう独特の情緒と音の切れ味に惹きつけられました。そして、その後、「Half Shoot(1882)」「Orange(1983)」「Heart Beat(1984)」と聴き続けました。当時、繰り返し聴いた、それぞれのアルバムには、もちろん好きな曲がたくさんあります。
4thアルバム「Half Shoot」の中では、今でもよく有線やラジオでかかる「白いシャツの少女」が印象的です。「熱く男が燃えるなら、海に女はなればいい」という、繰り返されるフレーズが耳に残ります。それから「夜のFM」や「9月の島」も、当時、なかなか気に入っていました。次の5thアルバム「Orange」では「シャワー・ルーム」「青い10号線」、6thアルバム「Heart Beat」では「NAKASHIBETSU」の雰囲気が好きで、昔はよく聴いていました。
ただ、ソロ第1作の「北斗七星(1980.4)」と、「渚ゆく」の半年後にリリースされた3rdアルバム「スモークドガラス越しの景色(1981.9)」は、当時から今に至るまで、実は一度も聴いていません。今回、この文章を書くにあたって、「スモークドガラス越しの景色」をちょっと聴いてはみたのですが、やはり、リアルタイムで聴いていないせいか、深く惹かれる感じがしません。記憶が疼く感じがしないというのでしょうか。
そして、『かぐや姫』時代、『風』時代含めて、わたしが聴いてきた伊勢正三の全作品の中で、もっとも印象的で、心に深く刻まれているアルバムは、なんといっても、この「渚ゆく」なのです。
なぜ、こんなにも、この作品が好きなのか、自分でも少し不思議です。昔から、心のかなり深いところで、このアルバムが好きらしく、今に至るも、聴いていて、まったく飽きがこないのです。
この作品は、伊勢正三の音楽が、フォークからAORへと変わっていく、その狭間で創られました。ちょうど、ターニングポイントというのでしょうか、歌い方、歌詞、メロディーに、フォークの香りを色濃く残しつつ、音作りの面では鮮やかにAOR路線に脱皮を果たしたという、言うなれば、伊勢正三のキャリアの過去と未来をつなぐ唯一無二の作品であると、わたしは感じています。
特に、サウンドについては、正やんの作品中、唯一、「森一美withTarget」というジャズ・フュージョン系のバンドが、アレンジと演奏を務めているのですが、このサウンドが、全伊勢作品中でも、異色かつ出色の奇跡的な完成度なのです。
全曲の編曲を手掛けたバンドリーダーの森一美さんは、元ウィークエンドのピアノ・キーボード奏者ですが、彼女の率いるTargetは、ハイセンスの実力派グループです。伊豆のスタジオでのレコーディング風景は、バンド全員での合宿スタイルで、じっくり音作りを重ねていったと聞きます。手作りで丁寧にサウンドを研ぎ澄ませていった成果が、タイトで繊細なアレンジと無駄のない演奏に見事に現れています。その合宿を通して、正やんの感性を、バンドの感性が包み込みながら、宝石のようにきらめく楽曲が、一つづつ生み出されてきたのではないでしょうか。
本格的なジャズ・ピアノの音に、タイトでテクニックの確かなドラムとベースが絡み、静かなギターの音が重なり、サックスが響き渡ります。そして、ギリギリまで無駄を削ぎ落とした洗練されたサウンドが、正やんのハスキーな歌声を支えているのです。残念ながら、3rd以降のアルバムでは、シンセサイザーが多用され、エレクトリックなサウンドに傾いてしまい、二度と、この手触りの質感にあふれたアンプラグドなサウンドが復活することはありませんでした。
歌詞についても、このアルバムには、永遠に思いを馳せ、深く静かに人生を見つめる曲が多いのですが、「渚ゆく」の以前に、これほどの詩のセンスに満ちたアルバムは存在しないし、以後にも似たようなクオリティーの作品はないのではないか、と思います。
サウンド的にも、歌詞、メロディーにおいても、時代の最先端を飛び越えてしまったような早過ぎた作品、まさに、隠れた異色の名作です。
聞きどころとしては、まず、アルバム1曲目の表題曲「渚ゆく」が良いです。潮騒の音から入っていく導入部から、ゆったりした、とても心地よいサウンドが始まります。波打ち際を独り歩いているイメージです。寂しいけれど、心は澄んでゆくのです。この1曲目の〝孤独で澄みきった意識〟というイメージは、アルバム全体を貫く主題として、最後のエンディング・テーマへとつながっていきます。
続く2曲目の「マリンタワーの見える街」は、ともかくアレンジがカッコイイ。特に、ツイン・ギターのフレーズが記憶に残ります。そして、正やんのかすれた声が、とてつもなく耳に心地よいのです。それから、この曲の歌詞「生まれ変われるなら・・・また、君と出会い・・・同じ夢をみて」は、ダイレクトに7曲目「moonlight」の詞世界につながっている気がします。
3曲目「雨の日の憧憬」も印象的な佳曲です。ここでは、かなりエレクトリックなアレンジが試されていますが、それがまた気持ちよくハマっています。
そして、4曲目の「青春の一ページ」。やはりアレンジが秀逸で、これほど美しく、インパクトのあるピアノの伴奏が聴ける曲はめったにないと思います。要所を締める、切れ味の鋭いドラムの音も、効果的です。もう戻らない過去への愛惜の痛み、強い感情が、冴えたピアノ・サウンドで表現されています。
次の5曲目「デジャヴの夢」は、個人的には歌詞が印象的で、いつまでも耳に残っています。「遠い遠い夏の日、モンゴルで見た幻、モヘンジョダロ、ハラッパ、栄え、そして、消えた、すべては土に還る。」ここではない、どこか、まだ見ぬ遠い約束の土地へ向けて、果てない旅への郷愁に心は誘われます。そして、この旅のイメージは、次の6曲目の軽快な「若き日の唄」へとつながっていきます。旅は人生であり、人生は旅なのです。
クライマックスは、いよいよ7曲目、名曲「moonlight」からです。当時、シングル・カットされたこの曲は、サウンド、メロディー、歌詞、歌声のすべてが、寸分の狂いなくパーフェクトに、はまっています。「長い年月を過ごした二人には、心の奥までも透き通るような季節、こんな夜には二人でムーンライト、思い出数え、過ぎゆく季節を見ている。」
ここから8曲目、超スローテンポのゆったりしたナンバー、奇妙な味わいのラブソング「不思議なCONVERSATION」へと移ります。このまったり感が、何とも心地よいのです。
そして、9曲目でギアチェンジ、テンポの良い「冬暦」が始まります。「冬の日に出会う人は、温もりを胸に秘めている、かじかんだ指先にも。その人に出会う時は、突然のすれ違いでも、いくつもの夢をみる。」まるで、楽しい雪山のスキー・ロッジで、暖炉を囲んで、たむろしている若者の間にいるようなくつろいだ気分になって、10曲目のエンディング・テーマを迎えます。
このアルバム、全編に漂っている〝気分〟のようなものがあって、わたしはそのフィーリングが好きなのだと思うのです。それは、自らの魂を洗い、研ぎ澄ます、独りぼっちの長い旅の彼方に、運命の出会いがあることを暗示している、そんな極めて感覚的なテーマです。自らの孤独な運命を受け入れつつも、それでも見果てぬ夢に人生を賭ける。そして、道端の野の花に目を留めるように、絶望の中でもささやかな愛を拾い上げる。そんな、都会に生きる「ラ・マンチャの男(女?)」が愛するアルバムと言えるかもしれません。
地味といえば地味ですし、ネクラといえばネクラです。それで、逆に、このアルバムが、感覚的に好きになれない人もいるのだと思います。「ちょっと暗いし、なんか寂しい、地味過ぎて肌にあわない、ハッキリ言って退屈なアルバムだ」と感じる人もいるでしょう。そこは、評価が分かれるところだと思います。
けれども、わたしにとっては、大切なアルバムのひとつなのです。
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