結廬在人境  廬を結んで 人境に在り(いおりをむすんで じんきょうにあり)
而無車馬喧  而して 車馬の喧しき無し(しかして しゃばのかしましきなき)
問君何能爾  君に問ふ 何ぞ能く爾ると(きみにとう なんぞよくしかると)
心遠地自偏  心遠ければ 地自づから偏なり(こころとおければ ちおのずからへんなり)
採菊東籬下  菊を採る 東籬の下(きくをとる とうりのもと)
悠然見南山  悠然として 南山を見る(ゆうぜんとして なんざんをみる)
山気日夕佳  山気 日夕に佳し(さんき にっせきによし)
飛鳥相与還  飛鳥 相与に還る(ひちょう あいともにかえる)
此中有真意  此の中に 真意有り(このなかに しんいあり)
欲弁已忘言  弁ぜんと欲して 已に言を忘る(べんぜんとほっして すでにげんをわする)

東晋末から南宋にかけての詩人陶淵明(365-427、62歳で没)の代表作で「飲酒其五」という漢詩です。陶淵明は、下級士族の出身で、若い頃は生活のために、下級役人として出仕していました。しかし、41歳で役職を辞して故郷の田園地帯に隠遁し、のんびり農作業などをしつつ、悠々自適の隠居生活を送りながら、多くの優れた詩文を遺した人です。その経歴や作風から、後世には「田園詩人」「隠逸詩人」などと呼ばれるようになりました。
この郷里での田舎暮らしのスタートにあたって、陶淵明が書いた名文が、有名な「帰去来の辞」です。しかし、上記の詩を含む「飲酒二十首」は、帰郷前の38~39歳頃、まだ役人として都に住んでいた最後の時期に書かれたものとされます。

都会に住居を構えていて、それでも、車や馬の騒々しさがない。
そんなことが、どうしてできるのか、と人に問われる。
心が富や権力や出世や名声や世俗の事柄から遠く離れていると、
自ずと住んでいる場所も、しだいにざわめきが静まって、ゆったりとしてくるものだと、わたしは答える。
東側の垣根に咲いている菊の花を摘み、悠然とした気分で遠く廬山を眺める。
山の気は、夕方が素晴らしく、鳥たちは連れ立って帰ってゆく。
ふっと、ここにこそ、真理はあるのだ、と思う。
しかし、それを言葉にしようとすると、内なる閃きはもうすでに消えてしまっているのだ。

渦巻く権力闘争から遠く離れているので、利を求める人が誰も訪れようとしないのだ、という意味もあるでしょうが、それ以上に、自分の心が世俗から離れていると、しだいに住んでいる場所も、幽玄を感じさせるような清浄な空間に還っていくというイメージが好きです。
目の前の小さな花々を愛で、悠久の大地を感じていると、満ち足りた充足感が得られ、深い真理に届いたような境地になります。けれども、それについて言葉にしようとすると、たちどころに小さな悟りは消えていってしまうのです。
都会のど真ん中で、忙しい煩わしい生活の中で、それでも心静かに暮らす。この境地は、私にとっては、すべてを捨てて田舎へ逃げ帰る決心を記した「帰去来辞」よりも、むしろ、心惹かれるものがあります。

それにしても、日本では卑弥呼や壱与がついこの間まで生きていたというような、いまだ文字が呪物と考えられていた時代に、中国ではこんなすごい詩を書く人がいたのですよね。
この詩には、「こう理解すべきだ」という正解の受け取り方や解説などありません。どのように読むのも自由なのです。自由に読めるのは、それだけの深みのある詩だからです。ただ、「何が正解か?」を追求することに慣れている現代人にとっては、味わうのがもっとも難しいタイプの詩かもしれません。
深遠な真理であればあるほど、言葉で語ることが困難になるものです。ですから、真理への気づきは、常にほんの一瞬のものであり、すぐに心から逃げ去ってしまいます。そうした微妙な感覚を、うまく表現しているのが、この詩の非凡なところです。