2016年2月、ちょうど一年ぶりのパリにやってきました。
前回の時も、世界中に衝撃を与えたシャルリー・エブド襲撃事件(2015.1.7)の1ヶ月後の訪問でしたが、今回も、さらに大規模だったパリ同時多発テロ(2015.11.13)から3ヶ月後の訪問です。それでも、前回の時もそうでしたが、今回もまた、パリの街の様子は、テロの後でも、普段とそう変わりません。相変わらず、自動車も自転車も歩行者も入り乱れて、通りはとても混雑しています。
ただ、ルーブル美術館やオルセー美術館では、朝一番に並ぶ人の数が、以前より大幅に減っていて、そのおかげで、ほとんど待たずに中へ入れます。もちろん館内は、それなりに人がいっぱいいるのですが、それでも適度に鑑賞しやすいレベルの混み合いで、鑑賞する側としてはとても助かります。
パリの美術館では、東洋系の人種としては、普段は日本人の姿が一番目立つのですが、今回は日本人はほとんど見かけませんでした。アジア系では中国人の家族連れを多少見かけるくらいで、館内を歩いているのは、ほとんどが白人でした。全体的にもパリを訪れる外国人観光客は、かなり減ってはいるのでしょうが、どうも美術館の中にいると、日本人観光客だけが極端に減少しているように感じてしまいます。

今回、ルーブル美術館では、一昨年は修復中で見れなかったニケ像を見ることができました。腕も首もない勝利の女神ニケは、館内の数ある彫刻の中でも、ひときわ目立っていて、ニケ像の前には、モナリザの次に大きな人だかりができていました。それでもニケの姿は、階段の踊り場の高いところに展示してあるので、どこからでもはっきり見ることができます。そして、地元の小学生のグループが、階段に座ってニケを写生していました。なんとも恵まれた環境の子供たちです。
オルセー美術館では、やはり、ミレーの作品群が印象的です。「落穂拾い」「晩鐘」などの代表作はもちろん素晴らしいですし、メルヘンチックな風景画「春」にも目を奪われます。けれども、今回、その「春」の上に掛けられていた大きな絵で、農場での休憩時間に物思いにふける若い女の姿を描いた人物画が、数あるミレーの絵の中でも、なぜか一番存在感を感じて、強く目を惹きつけられました。
そのミレーの展示室の隣、アーネスト・イベール(Ernest Hebert)の部屋も、ミレーの部屋に負けず劣らず、強く目を引く美しい絵画が多く展示されています。特に、小舟の上に集う奇妙に雑多な人々が放心している様子を描いた「マラリア」や、等身大に描かれた少女の燦めく肌が美しい「洗濯をする少女」、それから、見上げるような高さから、頭に籠を載せて階段を降りてくる女たちを描いた大作「召使いの女たち」などが素晴らしいです。
アーネスト・イベールは、とてもキメの細かい柔らかい質感の肌を美しく描く素晴らしい画家なのですが、「日本では、どうしてあまり名が知られていないのだろう」と不思議な気がします。おそらく、日本のアカデミックな方面では、東洋趣味の俗物的絵画と見られていて、ミレーのようには高く評価されないのかもしれません。
ユダヤ人街マレ地区のピカソ美術館では、去年とは展示作品の種類がかなり異なっていました。大好きな作品があまり見れなかったので、少し残念でした。ルーブル美術館でピカソ展をやっているようなので、そちらの方に作品がかなりいっているのかな、とも思いました。

数日、いろいろ歩いてみると、美術館でもそうでしたが、パリの街全体に、やはり日本人観光客の姿をあまり見かけません。アジア系では、中国人観光客の数は、それほど変わらないようです。韓国人観光客も、ちらほらいます。それに比べて、日本人観光客の減り方が、どうも極端に思えるのです。今、パリで目につく日本人は、観光客ではなく在住者やビジネス関係の人ばかりです。普段と違って、名所のレストラン内などには、日本人がいません。
パリのレストランは、相変わらずの値段の高さです。だいたい、日本の2~3倍ぐらいです。けれども今回、パリにしては安くて美味しいフレンチのお店をひとつ見つけました。パリ在住の方の紹介で、試しに予約して行ってみたのですが、本当に良かったです。
スープとメインディッシュとデザートを合わせて、セット価格が39ユーロという格安ディナーですが、すべての料理が素晴らしく美味しかったです。まず、最初に飲んだ炭酸水が甘くて爽やかでした。パリでは美味しい水はなかなか飲めないので、まずはこれが貴重でした。それから、レモン風味のポタージュスープが、上品な味でボリュームたっぷりで、とても良かったです。メインディッシュは、新鮮なムール貝とじっくり煮込んだ牛肉のシチューの二皿です。どちらも薄味で、それでいて食べ応えがある丁寧な料理でした。そして、極め付けはデザートです。二種類出てきたのですが、モンブランは、有名なベルサイユ宮殿のモンブランよりも、はるかに上質で美味しかったです。さらに、ラム酒漬けの焼きプリンもパンチの効いた素敵な逸品でした。締めは、極上の香りが豊かなエスプレッソ珈琲です。最初から最後まで、満足度100%の素晴らしいディナーでした。
水と珈琲と税を合わせて、一人前の支払いが約45ユーロ(約6300円)でした。日本のビストロの感覚では、これでも高いとは感じますが、パリのディナーは通常100ユーロ(約14000円)ぐらいするものなので、この値段でこの味ならば文句のつけようがないです。
シェフは、まだ20代の若者と見えました。笑顔の素敵なハツラツとした青年シェフでした。さらに、給仕してくれたウエイター2人が、一人は若く、もう一人は初老のコンビなのですが、2人ともとても動きや仕草がコミカルで、まるで映画や漫画の登場人物のように個性的でした。
店の名はビストロ・ベルハラ。地元の人が愛する穴場のレストランです。

さて、パリで東アジア人が最も多く見られる場所は、庶民のブランドデパート、ギャラリーラファイエットです。特に一階のブランドバッグショップ周辺では、歩いている人の7割が中国人のお客さんです。どこへ行っても、店員さんに「ニイハオ」「シェイシェイ」と言われます。そして、時々は、「アンニョンハセヨ」と声を掛けられます。客層に合わせてか、東アジア系の店員さんも多いのですが、特に台湾出身という店員さんが多いようです。当然のことながら、店内のアナウンスも、フランス語、英語、中国語の順で流されます。日本語はあまり流されません。
ここでも日本人観光客は、普段よりかなり少なく思われました。やはり、テロへの恐れや警戒心が一番強いのは、日本人なのかなあ、と感じました。旅行社の方も、日本人の観光が一番減っていると言っていました。ただ、明らかに80代後半に見えるお婆ちゃんが、日本からの団体観光客の中にいたのには驚きました。車椅子に乗っているのに、よくまあ、遠くパリにまでくる気になったものです。お婆ちゃん、楽しい旅を過ごされたのであって欲しいと思います。
また、今回は、モンマルトルでも、顔見知りの画家が、何人も姿が見えませんでした。たまたまかもしれませんが、残念なことでした。それでも、やっぱり、モンマルトルは、どこよりもパリらしいところです。この丘へくると、パリにきたんだなあ、と思えます。
モンマルトルの丘の上の広場前は、どこよりも庶民的で、まずまずの美味しい料理が食べられるパリ一番のレストラン街です。特に、イタリアンパスタの店やムール貝の店はオススメです。お一人様15~20ユーロ(約2000~3000円)もあれば、飲み物付きで十分な食事が楽しめます。この金額でも、パリでは貧乏人の味方と言ってよい価格です。世界中からパリにやってきた人々が、ここではかろうじて食べていけている。モンマルトルは、そんな街です。

ところで、海外では和食が恋しくなるのも事実です。パリでも、日本料理の店は、最近ますます増えています。日本人経営の店も増えて、料理の質もどんどん良くなっています。けれども、水が違うせいか、本国日本とは何かひと味違うと感じさせられるのも確かです。日本人が丁寧に応対してくれても、サービスは基本的にパリスタイルですし、割高感は否めません。行列のできる美味い和食屋さんへ行って、雨の中で1時間近くも並んで、約3000円払って讃岐うどんのセットなどを食べるというのは、長期滞在者ならまだしも、短期の滞在では、何というか、ちょっと考えてしまいます。お茶一杯に5ユーロ(700円)、水はボトル(4杯分)で7ユーロ(1000円)払うというのも、釈然としません。「これがパリスタイルだ」と言われたら、それまでなのですが。
むしろ、うどんを食べるなら、絶対に羽田の「一二三」に行った方がよいです。天ざるうどんが2000円ですから、日本では割高と言われていますが、パリからの帰りに食べるには全然高くないです。水が違いますから、和食が引き立ちますし、お茶がタダなのも嬉しいです。むしろ、とても割安に感じます。
さらに、天ぷらが食べたければ、「一二三」の向かいの「天政」がオススメです。年配の店主が、熟練の職人技で、目の前で揚げてくれる天ぷらは、本当に美味です。新宿伊勢丹の「天國」が撤退してしまったので、旅行中に気軽に入れる上質の「天ぷら」の専門店の代表ではないでしょうか。ランチのコースでも4000円ぐらいは使います(ディナーだと6000円以上)が、それだけの値打ちはあります。
逆に、パリで同じ金額を払うなら、本場の穴場のレストランやビストロで、本物の地元のフランス料理を、なるべくお手軽な価格で味わった方が、和食を食べるよりはるかに良いような気がします。その方が、幸せ感が増しますし、よりパリを満喫して帰れるでしょう。特に2月は、フランスで魚介類が一番美味しい旬の季節です。

移民の増加による治安の悪化などは、それほど気になりませんでした。
もともとパリには、危ない場所とそうでもない場所というのがあって、特にオベリスクのあるコンコルド広場から凱旋門まで続くシャンゼリゼ通りが、もっとも治安が悪いのです。コンコルド広場には、モネの睡蓮で有名なオランジェリー美術館もあって観光客が多いのですが、ロマ(ジプシー・移民)の少女たちによるスリ集団が出没します。凱旋門前にはアンケートを装ったスリ・タカリの若者たちが数多くたむろしています。そして、シャンゼリゼ通りには、ホームレスを装ったスリグループや、バイクを使った強盗グループがいるので注意が必要です。
また、パリ郊外には、特にパリ市街との境界線上に、移民やホームレスが多く集まる場所があるので、警備の薄さなどを考えても、むしろ、市街を歩いている時より、パリの外に出る時の方が、かえって危険な気もします。
去年もそうでしたが、街中ではどこへ行っても、テロ対策の警察や軍隊のパトロールが、通りや公園などを警戒していました。フランスでは、警察と言えども、かなり強力そうな重火器を携えていていて、日本の警察とは装備がまるで違います。けれども、彼らの姿が見えた方が、「ああ、軍の兵士がいるなら、この地域はかなり安全だな」とホッとするというのも事実です。
美術館やデパートでは、上着の内側を開けて見せて、銃を持っていないことを示し、カバンやバッグを開けて銃が入っていないことを見せなければなりません。このチェックも、むしろ、された方が安心感があります。
そういう意味では、日本とはまったく空気が違うのは確かではあります。別世界と言って良いでしょう。
そのせいか、パリでは、どんなにたくさん食べ歩いても、まったく太りません。むしろ、数日街を歩いているだけでも、目立って痩せてきます。通りを歩いている人も、ほとんど肥満を見かけません。みんなとてもスタイルが良いのです。
地面も壁もすべてが石に囲まれていて自然のまったくない環境のせいか、移動にはともかく歩かなければならないせいか、それとも日常的に醸し出される危険を意識しての緊張感のせいか、何が理由かはわかりませんが、パリでは人は、いくら食べても太れないのです。美味しいものをいっぱい食べての高糖ダイエット(?)には最適の街かもしれません。