最近、全国的に火葬場建設反対派の活動が目立ちます。最近と言っても、各地で地元反対派の激しい反対運動が目立つようになったのは、特に1990年代以降だと思うのです。つまり、ここ20年ほどの間に、各地の自治体で、新しい斎場や火葬場が、非常に建設しにくくなっているということです。
古い施設は老朽化し、使用できなくなる一方で、新しい施設は建設できないのですから、火葬場の数は減る一方です。例えば、現在、東京都には26ヶ所しか火葬場がないそうです。その26ヶ所で、年間11万人の火葬が行われています。そのために、地域によっては、人口の増加に斎場・火葬場の対応が追いつかず、予約がいっぱいで、死後10日経っても、まだ火葬ができないという場合も出てきているそうです。特に、民間の斎場より割安な公営の斎場では申し込みが殺到し、首都圏では、葬儀の1週間待ちが常態化しているところも少なくないのです。今後、高齢化が進むにつれて、亡くなる人は増え続けますから、状況はますます悪化していくでしょう。これは本当に深刻な問題です。
この沖縄の中城村でも、宜野湾市・北谷町・西原町・北中城村・中城村の5市町村の共同の中部南地区火葬場及び斎場を、中城村安里地区に建設するという計画があります。現在、この5市町村には火葬場・斎場がなく、遠くの火葬場・斎場を予約しなければならないのです。しかし、予定が重なると、どこも地元民を優先しますので、域外住民は後回しにされるということが、起こってきているのです。また、地元住民には火葬料が無料だったり格安の割引があり、域外住民には有料とか5割増し料金という自治体もあります。ですから、地元に火葬場があるというのは、本当にありがたいことなのです。
しかし、この計画に対して、中城村内には「火葬場・葬祭場にNO!」「安里地区コスモス畑に火葬場建設反対!」という看板が、あちこちに無数に立てられています。その看板・垂れ幕の数は、本当におびただしいものがあります。
建設反対には、それぞれにさまざまな理由があるでしょうし、それらの反対理由には、たとえば「誘致する場所が、地滑りなどの危険があり、誘致には向かない」などの、もっともと思えるものもあります。けれども、総じて全国的にもそうですが、「地元住民が火葬場の建設に反対するのは、まったく当然のことだ」という風潮が、根底にあるように思うのです。
そして、わたしが、ここ中城村の反対運動に関して、最も強い疑問を感じるのは、次のような垂れ幕が掲げられていることについてです。「この地区は、子どもの多い明るい『教育の街』で、学校教育の中心地です。子どもたちのために、この地区を、火葬場の村、墓地だらけの村、ジメジメした『暗い死者の里』にしてはなりません。勇気をもって声をあげましょう。」
何とも違和感を覚える文章です。人はみないつか死にます。そして、死んだら、誰でも火葬場と葬儀場のお世話になります。それを考えれば、自分の住む地区に、火葬場と葬儀場がないのは、かえって困ることではないかと思うのです。自分が必要な時は、他の街の火葬場と葬儀場を使わせてもらって、地元への誘致には反対するというのは、まったく道理に合いません。建設予定地の条件が、建築構造上あるいは環境上、どうしても都合が悪いのであれば、何処か他に適した場所を探せばよいだけのことです。
宜野湾や北中城など周辺地域と共同でつくるということですが、「それをなぜ、この中城村のど真ん中につくるんだ、勝手に押し付けるな」という反対派の言い分にしても、「つくって困るものなのか?」という単純な疑問が湧いてきます。「火葬場周辺の地価は下がる」という地主たちの言い分を聞いても、それが自宅なら固定資産税が下がってかえって助かるのじゃないかとも思います。
「非日常的な黒い喪服の参列者たちが、日常的にあふれるのがイヤ。」という人もいます。まず第一に、死者の存在を、忌避すべき非日常的なモノと考えることを、そろそろやめるべきです。死者は、時として、わたしたちの仲間であり、この社会の一員なのです。幼い頃から、死者を身近な存在として、敬意を払う信仰心を育てることは、大切な教育ではないでしょうか。「通学路に、斎場や火葬場があるのは、子どもの教育に悪い」などというのは、まったく納得のいかない言い分です。子供に関して、本気で心配すべきところは、そこじゃないでしょう。
あなた自身も含めて、人は必ず死ぬのです。「火葬場も斎場も、自分自身の人生の最後に、お世話になるところだ」ということを、考えてみなければなりません。このまま火葬場の建設がなされなければ、そのうち、葬儀をしようにも、火葬場が少ないために、火葬の順番待ちに、1ヶ月以上待たされるという時代が、いずれ遠からずやってくるでしょう。
古代の日本において、神社は共同体の埋葬の場でした。その死体の埋められている土地を、聖域として「神の社(かみのやしろ)」と呼んだのです。一方で、インカの人々は、家族のミイラを自宅で世話します。何体もの死者のミイラを、家の守り神として、共に暮らしながら崇めているのです。また、古代のイタリアのエトルリア人は、生者の都よりも立派な死者の都を作り、人々はその二つの街を行き来して、両方の街で交互に生活しました。沖縄でも、昔は土葬が一般的でしたが、いったん土に埋めた骨を7年忌に掘り出して、川できれいに洗った後で、骨壷に入れて一族のお墓の中に安置する風習がありました。
このように、かつては、どこの国でも、死者を、家族の一員として、愛しいものとして扱っていたのです。現在でも、土葬が一般的な欧州やアメリカでは、死者を疎んじ忌み嫌うような感覚は非常に希薄です。ですから欧米の墓地は、市民の憩いの場であり、美しく飾られた明るい公園のような場所として、綺麗に整備されています。
どうも日本だけが、死を穢れとして恐れ、禊・祓の風習を徐々に強めてきて、やがては無類の清潔好きの国民性を形成するとともに、死者を疎んじる性向も突出して強まってしまったようです。現代日本人の死者に対する感覚には、どこか差別的で、見苦しいものが感じられます。同時に、日本人の死生観も、いびつでおかしなものになってきているような気がします。
死は〝穢れ〟ではないのです。生と死は背中合わせであり、よく生きることは、よく死ぬことでもあります。死を見つめることは、生を見つめることに繋がります。死者は生者から遥かにかけ離れた遠い存在ではありません。むしろ、死者は、誰にとっても、切っても切れない自分自身の一部なのです。それでもなお、死者を自分から遠ざけたいのでしょうか。死体や人を焼く煙は汚いというのでしょうか。その煙の混じった空気を吸うのも嫌なのでしょうか。
確かに日本には、古代から物忌みの習慣があり、死を穢れとして恐れる感覚がありましたが、その一方で、浄土信仰のように死に魅せられる感覚もあり、どこかで気持ちのバランスをとろうとしてきたのだと思います。しかし、現代日本では、死を一方的に〝穢れ〟〝汚れ〟として忌み嫌うとともに、日常生活でも清潔さを求めるあまりに、極端に穢れ・汚れを嫌う感覚が、人類史上稀に見るほどに過剰になってきています。
子どもを無菌室で純粋培養するように、育てている親もいます。たとえば、子どもが受験前だからと、祖父母の葬儀に行かないという人の話を聞いたことがあります。死の穢れのそばに、受験前の子どもを近づけたくないのだそうです。そんなにも、死者の身体や魂に寄り添うのは、子どもの健康にも教育にも悪いと思うのでしょうか。
あるいは、祖母が亡くなった通夜に「お婆ちゃんが汚くなった」と言った孫の話があります。子どもにそう思わせ、言わせているのは、寛容さも優しさもない身勝手な大人の社会そのものなのだと思うのです。自分の親の遺骸を押入れに隠して、親の年金をもらい続ける子どもが、たくさんいる国です。死者に不寛容な社会は、生者にも不寛容なのです。いったい、この国の大人たちは、子供たちにどんな〝教育〟をして、どんな大人に育てる気なのでしょうね。
「死は忌むべきもの」として、子供たちを死から遠ざけて、「葬式を知らない子供たち」に育てることが、今の親の理想なのでしょうが、それが正しい教育とは、とても思えません。その勝手な思いこみから、不必要に過保護になってしまい、かえって、子供たちが大切なことを学ぶ機会を、奪っているのではないでしょうか。
繰り返しますが、人は必ず死にます。誰も火葬場の世話にならずにすむ人はいません。それはちょうど、一生の間に一度も病院の世話にならずにすむ人がいないのと同じです。大きな総合病院では、日常的に死者がでます。だからと言って、「毎日死人が出るような病院が近所にあると、子どもの教育に悪い」と言う人がいるでしょうか。誰もそうは言わないでしょう。何故、火葬場ばかりが嫌われなければならないのか。まったく理不尽な話です。病院や学校ができると周辺の地価が上がり、火葬場や斎場ができると地価が下がるというのも、何とも不思議なことです。
「貴方や貴方の家族の遺体は、穢れているのですか?」「貴方や貴方の愛する人の遺体は、そんなに汚いのですか?」「葬儀場がそばにあることが、それほど嫌なのですか?」そうわたしは訊いてみたいのです。
「気持ち悪いから、迷惑だから、うちの街に火葬場をつくるな!」なんて、こんな身勝手な理由からの住民反対運動が、正論としてまかり通るなら、そのような社会は、どう考えても病んでいます。同じ反対でも、原発建設問題とは、わけが違います。
近くに病院があると地価が上がり、近くに火葬場があると地価が下がると言うのも、「病院は命を助けてくれるかもしれないから、できるだけそばにあって欲しい。死人はもう用無しだから、火葬場は遠くにあって欲しい。」そう思うからでしょうか。霊柩車や葬儀の参列者を毎日見るのが疲れるというなら、救急車やパトカーや消防車を毎日見るのも疲れるでしょう。
実際、葬儀にも参列者にもいろいろあります。葬儀というものに慣れすぎていて、勝手に親族・知人との交流の場と考えて、ある意味、レクリエーション化して楽しんでいる人もいれば、まったく人の死に無関心で、葬儀に出るのも単なる煩わしい社会的義務としか考えず、世間体だけを慮って儀礼的に出席する人もいます。喪主が見栄をはって費用をかけた、派手で大仰しい葬儀もあれば、賑やかで楽しげで、永久の別れの悲しみなど、まるで他人事という参列者の多い葬儀もあります。けれども、どんな葬儀になるとしても、火葬場は必ず必要なのです。
それに、人が病気になるのも、歳をとるのも、死ぬのも、お互い様です。「お互いさま」というのは、人間同士、互いに許しあうこと、許容しあうことを促す表現です。火葬場を必要とするのも、お互いさまなのです。自分の権利ばかりを主張するのでなく、人のために良かれと思って、お互いを静かに許容する精神は、いったいどこへいってしまったのでしょう。
日本人にとって、昔は当たり前にあった、互い同士に通じ合う優しい思いやりが、今ではまるで通用しないようです。この国の人々が、想像力と教養の欠如から、どんどん不寛容で無作法になっていくとしたら、それはとても残念なことです。
特に沖縄は、そうした他者の死への関心の低さが、あるいは際立ってきているのではないかと、わたしは心配なのです。たとえば、2011年度統計では、沖縄県の人口10万人あたりの自殺率は全国5位ですが、死亡者1000人あたりの自殺者割合はダントツの1位なのです。沖縄に内地からやってくる自殺志願者が多いせいかもしれません。けれども、〝癒しの県〟のはずの沖縄が、実は全然人の心を救えていないという一面を、この統計が表しているような気もするのです。
死者を弔うことは、他者の心を掬い取ることです。火葬場での別れの儀式を通して、故人から受け継いでいくものに想いをいたしつつ、静かに死者の冥福を祈る。昨今の若い人の関心が薄れている、そうした祈りの行為からこそ、癒しの作用は生じるはずです。
古い施設は老朽化し、使用できなくなる一方で、新しい施設は建設できないのですから、火葬場の数は減る一方です。例えば、現在、東京都には26ヶ所しか火葬場がないそうです。その26ヶ所で、年間11万人の火葬が行われています。そのために、地域によっては、人口の増加に斎場・火葬場の対応が追いつかず、予約がいっぱいで、死後10日経っても、まだ火葬ができないという場合も出てきているそうです。特に、民間の斎場より割安な公営の斎場では申し込みが殺到し、首都圏では、葬儀の1週間待ちが常態化しているところも少なくないのです。今後、高齢化が進むにつれて、亡くなる人は増え続けますから、状況はますます悪化していくでしょう。これは本当に深刻な問題です。
この沖縄の中城村でも、宜野湾市・北谷町・西原町・北中城村・中城村の5市町村の共同の中部南地区火葬場及び斎場を、中城村安里地区に建設するという計画があります。現在、この5市町村には火葬場・斎場がなく、遠くの火葬場・斎場を予約しなければならないのです。しかし、予定が重なると、どこも地元民を優先しますので、域外住民は後回しにされるということが、起こってきているのです。また、地元住民には火葬料が無料だったり格安の割引があり、域外住民には有料とか5割増し料金という自治体もあります。ですから、地元に火葬場があるというのは、本当にありがたいことなのです。
しかし、この計画に対して、中城村内には「火葬場・葬祭場にNO!」「安里地区コスモス畑に火葬場建設反対!」という看板が、あちこちに無数に立てられています。その看板・垂れ幕の数は、本当におびただしいものがあります。
建設反対には、それぞれにさまざまな理由があるでしょうし、それらの反対理由には、たとえば「誘致する場所が、地滑りなどの危険があり、誘致には向かない」などの、もっともと思えるものもあります。けれども、総じて全国的にもそうですが、「地元住民が火葬場の建設に反対するのは、まったく当然のことだ」という風潮が、根底にあるように思うのです。
そして、わたしが、ここ中城村の反対運動に関して、最も強い疑問を感じるのは、次のような垂れ幕が掲げられていることについてです。「この地区は、子どもの多い明るい『教育の街』で、学校教育の中心地です。子どもたちのために、この地区を、火葬場の村、墓地だらけの村、ジメジメした『暗い死者の里』にしてはなりません。勇気をもって声をあげましょう。」
何とも違和感を覚える文章です。人はみないつか死にます。そして、死んだら、誰でも火葬場と葬儀場のお世話になります。それを考えれば、自分の住む地区に、火葬場と葬儀場がないのは、かえって困ることではないかと思うのです。自分が必要な時は、他の街の火葬場と葬儀場を使わせてもらって、地元への誘致には反対するというのは、まったく道理に合いません。建設予定地の条件が、建築構造上あるいは環境上、どうしても都合が悪いのであれば、何処か他に適した場所を探せばよいだけのことです。
宜野湾や北中城など周辺地域と共同でつくるということですが、「それをなぜ、この中城村のど真ん中につくるんだ、勝手に押し付けるな」という反対派の言い分にしても、「つくって困るものなのか?」という単純な疑問が湧いてきます。「火葬場周辺の地価は下がる」という地主たちの言い分を聞いても、それが自宅なら固定資産税が下がってかえって助かるのじゃないかとも思います。
「非日常的な黒い喪服の参列者たちが、日常的にあふれるのがイヤ。」という人もいます。まず第一に、死者の存在を、忌避すべき非日常的なモノと考えることを、そろそろやめるべきです。死者は、時として、わたしたちの仲間であり、この社会の一員なのです。幼い頃から、死者を身近な存在として、敬意を払う信仰心を育てることは、大切な教育ではないでしょうか。「通学路に、斎場や火葬場があるのは、子どもの教育に悪い」などというのは、まったく納得のいかない言い分です。子供に関して、本気で心配すべきところは、そこじゃないでしょう。
あなた自身も含めて、人は必ず死ぬのです。「火葬場も斎場も、自分自身の人生の最後に、お世話になるところだ」ということを、考えてみなければなりません。このまま火葬場の建設がなされなければ、そのうち、葬儀をしようにも、火葬場が少ないために、火葬の順番待ちに、1ヶ月以上待たされるという時代が、いずれ遠からずやってくるでしょう。
古代の日本において、神社は共同体の埋葬の場でした。その死体の埋められている土地を、聖域として「神の社(かみのやしろ)」と呼んだのです。一方で、インカの人々は、家族のミイラを自宅で世話します。何体もの死者のミイラを、家の守り神として、共に暮らしながら崇めているのです。また、古代のイタリアのエトルリア人は、生者の都よりも立派な死者の都を作り、人々はその二つの街を行き来して、両方の街で交互に生活しました。沖縄でも、昔は土葬が一般的でしたが、いったん土に埋めた骨を7年忌に掘り出して、川できれいに洗った後で、骨壷に入れて一族のお墓の中に安置する風習がありました。
このように、かつては、どこの国でも、死者を、家族の一員として、愛しいものとして扱っていたのです。現在でも、土葬が一般的な欧州やアメリカでは、死者を疎んじ忌み嫌うような感覚は非常に希薄です。ですから欧米の墓地は、市民の憩いの場であり、美しく飾られた明るい公園のような場所として、綺麗に整備されています。
どうも日本だけが、死を穢れとして恐れ、禊・祓の風習を徐々に強めてきて、やがては無類の清潔好きの国民性を形成するとともに、死者を疎んじる性向も突出して強まってしまったようです。現代日本人の死者に対する感覚には、どこか差別的で、見苦しいものが感じられます。同時に、日本人の死生観も、いびつでおかしなものになってきているような気がします。
死は〝穢れ〟ではないのです。生と死は背中合わせであり、よく生きることは、よく死ぬことでもあります。死を見つめることは、生を見つめることに繋がります。死者は生者から遥かにかけ離れた遠い存在ではありません。むしろ、死者は、誰にとっても、切っても切れない自分自身の一部なのです。それでもなお、死者を自分から遠ざけたいのでしょうか。死体や人を焼く煙は汚いというのでしょうか。その煙の混じった空気を吸うのも嫌なのでしょうか。
確かに日本には、古代から物忌みの習慣があり、死を穢れとして恐れる感覚がありましたが、その一方で、浄土信仰のように死に魅せられる感覚もあり、どこかで気持ちのバランスをとろうとしてきたのだと思います。しかし、現代日本では、死を一方的に〝穢れ〟〝汚れ〟として忌み嫌うとともに、日常生活でも清潔さを求めるあまりに、極端に穢れ・汚れを嫌う感覚が、人類史上稀に見るほどに過剰になってきています。
子どもを無菌室で純粋培養するように、育てている親もいます。たとえば、子どもが受験前だからと、祖父母の葬儀に行かないという人の話を聞いたことがあります。死の穢れのそばに、受験前の子どもを近づけたくないのだそうです。そんなにも、死者の身体や魂に寄り添うのは、子どもの健康にも教育にも悪いと思うのでしょうか。
あるいは、祖母が亡くなった通夜に「お婆ちゃんが汚くなった」と言った孫の話があります。子どもにそう思わせ、言わせているのは、寛容さも優しさもない身勝手な大人の社会そのものなのだと思うのです。自分の親の遺骸を押入れに隠して、親の年金をもらい続ける子どもが、たくさんいる国です。死者に不寛容な社会は、生者にも不寛容なのです。いったい、この国の大人たちは、子供たちにどんな〝教育〟をして、どんな大人に育てる気なのでしょうね。
「死は忌むべきもの」として、子供たちを死から遠ざけて、「葬式を知らない子供たち」に育てることが、今の親の理想なのでしょうが、それが正しい教育とは、とても思えません。その勝手な思いこみから、不必要に過保護になってしまい、かえって、子供たちが大切なことを学ぶ機会を、奪っているのではないでしょうか。
繰り返しますが、人は必ず死にます。誰も火葬場の世話にならずにすむ人はいません。それはちょうど、一生の間に一度も病院の世話にならずにすむ人がいないのと同じです。大きな総合病院では、日常的に死者がでます。だからと言って、「毎日死人が出るような病院が近所にあると、子どもの教育に悪い」と言う人がいるでしょうか。誰もそうは言わないでしょう。何故、火葬場ばかりが嫌われなければならないのか。まったく理不尽な話です。病院や学校ができると周辺の地価が上がり、火葬場や斎場ができると地価が下がるというのも、何とも不思議なことです。
「貴方や貴方の家族の遺体は、穢れているのですか?」「貴方や貴方の愛する人の遺体は、そんなに汚いのですか?」「葬儀場がそばにあることが、それほど嫌なのですか?」そうわたしは訊いてみたいのです。
「気持ち悪いから、迷惑だから、うちの街に火葬場をつくるな!」なんて、こんな身勝手な理由からの住民反対運動が、正論としてまかり通るなら、そのような社会は、どう考えても病んでいます。同じ反対でも、原発建設問題とは、わけが違います。
近くに病院があると地価が上がり、近くに火葬場があると地価が下がると言うのも、「病院は命を助けてくれるかもしれないから、できるだけそばにあって欲しい。死人はもう用無しだから、火葬場は遠くにあって欲しい。」そう思うからでしょうか。霊柩車や葬儀の参列者を毎日見るのが疲れるというなら、救急車やパトカーや消防車を毎日見るのも疲れるでしょう。
実際、葬儀にも参列者にもいろいろあります。葬儀というものに慣れすぎていて、勝手に親族・知人との交流の場と考えて、ある意味、レクリエーション化して楽しんでいる人もいれば、まったく人の死に無関心で、葬儀に出るのも単なる煩わしい社会的義務としか考えず、世間体だけを慮って儀礼的に出席する人もいます。喪主が見栄をはって費用をかけた、派手で大仰しい葬儀もあれば、賑やかで楽しげで、永久の別れの悲しみなど、まるで他人事という参列者の多い葬儀もあります。けれども、どんな葬儀になるとしても、火葬場は必ず必要なのです。
それに、人が病気になるのも、歳をとるのも、死ぬのも、お互い様です。「お互いさま」というのは、人間同士、互いに許しあうこと、許容しあうことを促す表現です。火葬場を必要とするのも、お互いさまなのです。自分の権利ばかりを主張するのでなく、人のために良かれと思って、お互いを静かに許容する精神は、いったいどこへいってしまったのでしょう。
日本人にとって、昔は当たり前にあった、互い同士に通じ合う優しい思いやりが、今ではまるで通用しないようです。この国の人々が、想像力と教養の欠如から、どんどん不寛容で無作法になっていくとしたら、それはとても残念なことです。
特に沖縄は、そうした他者の死への関心の低さが、あるいは際立ってきているのではないかと、わたしは心配なのです。たとえば、2011年度統計では、沖縄県の人口10万人あたりの自殺率は全国5位ですが、死亡者1000人あたりの自殺者割合はダントツの1位なのです。沖縄に内地からやってくる自殺志願者が多いせいかもしれません。けれども、〝癒しの県〟のはずの沖縄が、実は全然人の心を救えていないという一面を、この統計が表しているような気もするのです。
死者を弔うことは、他者の心を掬い取ることです。火葬場での別れの儀式を通して、故人から受け継いでいくものに想いをいたしつつ、静かに死者の冥福を祈る。昨今の若い人の関心が薄れている、そうした祈りの行為からこそ、癒しの作用は生じるはずです。