宮古島へ行ってきました。
沖縄本島に帰ってくると、やはり宮古とは気温がぜんぜん違います。今は、部屋の中でも寒さにブルブル震えています。宮古では、天候がすぐれず、ずっと曇りがちで、風もとても強かったのだけれど、それでも上着がいらないほどポカポカと暖かかったのです。
宮古島は、橋の多い島です。周辺の主な島とは、ほとんど長い橋で結ばれています。しかも、人口のとても少ない島でも、しっかり長い橋がかかっています。たとえば来間島は人口200人程度、池間島は人口900人ですが、それでも素晴らしい橋がかかっています。(*)
そして今回、今年1月に開通したばかりの伊良部大橋を初めて渡りました。とても長い橋ですが、エメラルドグリーンの海が美しいので、その長さが全然苦になりません。
伊良部大橋の全長は3540mです。伊良部島の名所「通り池」の土産物屋のおじさんは「サンゴの島(3・5の4・0)って、覚えてね」と言っていましたが、なるほど、覚えやすい語呂合わせです。世界最長の吊り橋である明石海峡大橋(3911m/全国2位)、それに東京湾アクアライン(4384m/全国1位)などの有料橋を除けば、日本最長の通行料を取らない橋(有料橋含む総合ランキングでも全国5位)だそうです。
単純に県内の他の橋に比べても、確かに伊良部大橋は渡った実感としても、とても長く感じました。ただ、その橋の長さに対して、それほど〝畏怖〟を感じないのです。橋げたが短く、海が比較的近くに感じるせいかもしれません。
本島の古宇利大橋(1960m/県内2位全国9位)などとは違って、宮古島の橋は、橋げたから水面までの距離がとても近いのが特色です。特に、来間大橋(1690m/県内3位全国12位)や池間大橋(1425m/県内4位)などは、路面が水面にかなり近く、水飛沫がかかりそうなほどです。それで、その分、宙を飛んでいるような、酔って気分が悪くなりそうな浮遊感がなくて助かります。ちょうど、水面に密着して走っているような安心感があるのです。
伊良部大橋も同じで、長い割にはとても安心して渡れる橋です。宮古島特有ののんびり運転のおかげもあって、橋の上で50km/h以上のスピードを出す人も少ないので、おかげで、日本一美しい海を存分に楽しみながら、ゆっくり渡ることができました。
橋を渡った向こうには、宮古島に次いで大きい伊良部島と、その次に大きい下地島が並んでいます。この二つの島は、ほぼくっついていて、まるで一つの大きな島(合わせて人口は6300人)のようです。しかも、下地島には広い空港まであります。と言っても、実際に旅客機が発着するわけではなく、飛行機は一機も見られません。パイロットの訓練用に使っていたANAも去年(2014年)で撤退しており、現在は使われていないのです。それならいっそのこと、中国との軋轢が激しくなる一方の尖閣問題もあるし、自衛隊がこの空港を使ったらいいのに、とも思いますが、今のところ、地元では賛否両論があり、自治体からの要請はなされていないのだそうです。
ちなみに宮古島空港の滑走路は長さ2000m幅45m(新石垣空港も同じ)(**)ですが、下地島空港の滑走路は長さ3000m幅60mです。これは那覇空港(長さ3000m幅45m)よりも少し大きいのです。米軍の嘉手納飛行場(長さ3700m2本)を除けば県内最大の空港というわけです。
宮古空港や新石垣空港より1.5倍も大きな下地島空港が、まったく機能していないのは、いずれにしても、とてももったいない話です。伊良部の人は、自衛隊誘致に反対などしないと思うのですが、宮古の方に反対者がいるのでしょうか。
飛行機のいない無人の広大な空港の周辺道路は、輝く緑の海に面していて、ドライブしているとその静けさが染みてきます。おそらく、日本中でここでしか体感できない不思議な風景です。2013年までここで訓練していたANAのパイロットさんたちは、なんて贅沢な環境だったんだろう、羨ましいなあと思ってしまいました。空港の周辺には、航空機ファンの人たちを相手に商売をしていた民宿もあったそうですが、今はどうしているのでしょう。

*沖縄本島と繋ぐ古宇利大橋がかけられた古宇利島の人口は350人程で、来間島(200人)よりは多く、池間島(900人)よりは少ないという人数です。伊良部島にしても、そうですが、いずれにしても、国内屈指の大きな無料橋がかかっています。特に、宮古島地域は、大きな橋が集中していますが、実際の宮古島地域全域の総人口は、5万2000人にすぎません。これほど人口の少ない過疎地域に、国内有数の、これほど立派な橋がかかるのは沖縄県だけです。これも、国からの潤沢な補助金のおかげです。このように、橋のかかり方、道路の舗装率の高さ、港湾施設の充実度などからも、政府の沖縄県への特別扱いの度合いの甚だしさが、うかがい知れます。

**旧石垣空港の滑走路は、長さが1500mしかありませんでした。しかも、空港は市街地に隣接しており、そこに旅客機が発着するのですから、普天間飛行場(長さ2700m)どころではない恐怖の空港でした。実際に旅客機のオーバーラン事故(1982)も起こっています。
その空港が、つい最近(2013)まで使われていたのは、「サンゴを守れ!」という自然保護の反対運動によって、新空港の計画が1982年以降遅々として進まず、結局完成まで30年もかかってしまったためです。
この新石垣空港建設反対派は、今度は「普天間は世界一危険!」と空港移転を叫び、移転先の辺野古ヘリポート建設には、自然保護の観点から反対しています。普天間飛行場が世界一危険なら、旧石垣空港は宇宙一危険だったと思うのですが。



伊良部大橋が開通して間もない島全体の雰囲気としては、まだまだ観光が産業化されていない感じです。一言で言えば「なんにもない島」です。すでに20年前から橋がかかっているために、観光業が発達して、土産物屋やレストラン、ホテルやおしゃれなヴィラなどが多い池間島や来間島とは異なり、観光客用の施設など一切なく、島民の生活空間があるだけのほとんど手つかずの状態なのです。
逆に言えば、その素朴さこそが、伊良部島の魅力だとも言えます。何もないからこそ、静かで落ち着くのです。心をかき乱すような、余計なざわめきがないからです。人口は6300人ほどで、離島としては人の多い島ですが、とても静かです。
島のおもな産業は、サトウキビなど農業ですが、宮古で最も製品開発力があるのもこの島で、意外と工場が多く、小さな島に泡盛工場が二社もあります。中でも宮古島限定販売の泡盛「豊見親(とぅゆみや)」などは、大変美味しいと評判らしく、他では手に入らないのでお土産としても喜ばれます。それから、伊良部島特産の有名な「うずまきパン」の工場があります。伊良部島の工場や空港では、このうずまきパンを輪切りにする前の巨大なロールパンも買うことができます。何もないところから製品を生み出すのが、伊良部の人の底力かもしれません。
所々で道を訊くと、島の人たちは、まるで10年来の友人のように、親しげに(ぞんざいに?)話してくれます。この飾らない会話が、池間島や伊良部島での楽しみです。特に、伊良部島はナイチャーがほとんど住んでいないので、濃厚な純宮古の会話を楽しむことができます。
「すいません、うずまきパンありますか。」と、お店に入ると、お店のおばさんが、即座に一言。
「ない。」
「そうですか。」
「何を買うの。」
「ええっと、じゃあ、これを。」
「どこからきたの。那覇からか。」
「はい。」
「なにしにきたの。ここは何にもないところだよ。」
「うずまきパンの大きいのを買いに。」
「今頃くるか、ばかやろう。朝に来ないとあるわけないだろ。空港に売ってるよ。」
「はい、わかりました。」
初対面で、こんな調子です。伊良部の人は、みんな、とっても、ぞんざいで、本当に気安いのです。
たとえば、来間島などに行くと、人口が少ない割に、民家を利用した喫茶店がとても多いのですが、店をやっているのはほぼ全員内地からきた人たちです。元々の島民は、皆島から出て行ってしまって、空いた家には内地から来た若者が住み始めるというパターンですが、その辺の事情は、まるで石垣島のようです。島の観光が発達するのは良いことですが、地元に縁もゆかりも無い人が、地元に縁もゆかりも無い料理などを出す店が多いのでは、興味も半減してしまいます。
それに、そうした店を出している内地から宮古に来た人の多くが、心の中に激しい〝ざわめき〟を持っているような気がします。本人たちは気づいていないでしょうが、宮古にそぐわず、いつもイライラ、ピリピリ、ザワザワしていて、心にまるで余裕がないように感じられるのです。見ていて、こっちまで神経過敏になってしまいます。
そういう意味では、伊良部島は来間島とは正反対で、ドッシリと落ち着いていて、揺るぎないように感じられます。これからも、今のままの〝何もない伊良部島〟で、変わらずにいて欲しいと、願わずにはいられません。



伊良部島には、伊良部と佐良浜という二つの集落があります。そのうち、伊良部大橋を渡って右折し、海岸沿いにしばらく車を走らせると見えてくるのが佐良浜です。宮古の海岸沿いの集落には、必ず港があるのですが、ここの佐良浜港はその中でもかなり大きな港です。港のすぐ隣には「大主(うふしゅ)神社」という大きな御嶽があります。
同じ大主神社という名の御嶽が池間島にもありますが、池間の方は鳥居の中に誰も入れない神域です。年に一度、誰でも入れる日があるのですが、それ以外の日は絶対に入ってはいけません。こう言うと、「何があるんだろう」と愚かな好奇心に駆られて、鳥居をくぐって聖域を侵す馬鹿者が必ずいるものです。特にスピリチュアル系のオタクに多いのですが、聖域の中には別に何も変わったものがあるわけではありません。信仰心を持たず聖域を畏れない者には、何も見えないし感じないので、まったく無駄足になります。
それにしても、池間島と伊良部島の両方に、地元の信仰の中心として由緒ある大主神社があるのは象徴的です。この二つの島は、やはり神々の息づく〝聖なる島〟として、濃厚な護りを感じさせます。人間の気性も、島全体の雰囲気も、とてもよいです。
ところで、佐良浜で一つ驚いたことがあります。それは、集落の外れに密集している墓地の様子です。一般に宮古の墓は、沖縄本島の墓とはどこか形が違います。13世紀ごろに作られた塚墓などは、石垣に囲まれた要塞のようです。そうした特色ある遺跡も興味深いのですが、佐良浜の墓の面白さはそういう構造上の特異性ではありません。
一言で言えば〝色〟です。道沿いに並ぶお墓の色が、とんでもなくカラフルなのです。お墓の色が、ネイビーブルーとかモスグリーンとかレモンイエローって、いったい何なんでしょう。そもそも、お墓全体に、ペンキを塗るという発想が、日本人離れしていて、本当にすごいです。これもまた、伊良部島の並外れた発想力の現れなのかもしれません。