パリ、モンマルトルの丘の上は画家の広場です。今回、たくさんの画家が、自作の絵を並べ、そこで絵を描きながら、売っている様子を見ることができました。やはり、画廊などで画商から買うのと、直接、画家本人から買うのとでは、ひと味もふた味も絵の印象が変わってきます。
水彩っぽい印象的な風景を描いていた画家は、「これはルーアン、こっちはノルマンディーの風景だよ」と、熱心に絵の説明をしてくれます。絵の印象そのままの繊細な雰囲気のハンサムで優しい男性です。「全部見ていい?」と訊くと、どうぞどうぞ、と一枚ずつ見せてくれます。それで思わず、気に入った絵を買ってしまうのです。
もう一人、こちらは油絵の濃い色に特徴のある風景画家の絵を見ていると、「これは全部ノルマンディーの風景さ」と彼も言います。「へえ、あなたもノルマンディー、好きなの?」と訊くと、「僕は、ここモンマルトルに一週間、それで稼いだら、ノルマンディーに戻って一週間という暮らしさ」と言うのです。そして、「ほら、ここに描いてあるボートは、僕のものなんだよ」と、人懐っこい表情で言います。その絵も素敵な絵でした。彼は「日本は好きさ。東京と大阪で、個展を開いたことがあるんだよ」と言いました。
それから、エッフェル塔を分度器や定規を使って描いている人もいました。大きい絵から小さい絵まで、すべての絵が、カラフルな直線で描かれたエッフェル塔です。他にも、モナリザの頭に赤い絵の具が塗りたくってある前衛的な絵を描く女性もいます。こちらは、大きい絵から小さい絵まで、すべてがモダン・アートのモナリザです。「あなたは日本人ね、わたしは東京好きよ。名古屋、東京、行ったことあるわ。」と彼女は言いました。
そして、その隣では、色鮮やかな花の絵を、とても情熱的なタッチで描いている女性がいます。「日本人ね、コンニチワ。でも、コンニチワは午後に使う言葉よね。朝は何ていうの?」「京都は素敵よね」「あいつがノルマンディー出身だって、大ウソだね。わたしこそが、生粋のノルマンディー人なのよ。」「私は絵の具に何も混ぜないの。純粋な絵の具の色が、私の魂の色なのよ。わかる?」興奮気味に、手で胸を抑えながら、そう話す彼女は、とても印象的でした。
情熱を持って生きるということ、それはたとえ貧乏であったとしても、かけがえのない素晴らしいものです。自分のたった一度の人生なのですから、好きなように生きたいのです。自分の好きな色で、好きなタッチで、自分の人生を染め上げていけばいい。ここモンマルトルには、そんな自由な価値観が息づいています。
もちろん、生きるために稼ぐのは大変です。似顔絵を描く人たちは、巧みな言葉で、人を引きつけます。「5分でいい、モデルになってくれないか。君を描きたいんだ。君はソフィア・ローレンみたいだ。僕はカツシカ・ホクサイだよ。」「いや、僕に君を描かせてくれ。僕は未来のパブロ・ピカソさ。たぶん。」
そして、もう一人、ポーランド出身の女性画家にも知り合いました。「私の親友は日本人なの」と彼女が言うので、「わたしにもポーランド人の友人がいますよ」「そうだ、ウォンツキを知ってる? 彼の絵は好きで、何枚か持っているよ」と言いました。すると「あなたはポーランドの友人だから、安くするわ」と言うので、またまた誘惑にかられてしまい…。
さらに、ルーマニア人の女性画家もいて、彼女とはコーヒーを一緒に飲みました。
「日本には来たことある?」
「私はないけれど、友達が去年、日本に行ってきて、東京はものすごく建物が多くて、人もいっぱいいるけど、恐ろしく清潔で、ゴミひとつ落ちていない街だって言ってたわ。」
「ルーマニアには前から一度行きたいと思っているんだけど、実は、去年、コンコルド広場で、ロマの子どもたちに囲まれて、お金を取られてしまって。ルーマニアの治安はどうなの?」
「確かにロマ(ジプシー)は危険だけど、彼らは純粋なルーマニア人じゃないのよ。民族が別なの。普通のルーマニア人は、彼らとは全く違って真面目で安全よ。」
「そういえば、むこうの彼女は、自分は生粋のノルマンディー人で、あちらの男性が嘘つきだって言ってたけど。」
「そう、彼女は確かに生粋のノルマンディー人よ。それから、彼がノルマンディーに別荘を持っているのも本当の話。ここのみんなは、一つの大きな家族みたいなものよ。家族には仲のいい兄弟もいれば、そうじゃないのもいる。でも、みんな家族なの。」
ともかく、モンマルトルの空気は、とてもフランス的です。ここには精神の自由と寛容が息づいています。貧しさと、商魂と、世界中の観光客の雑多な視線の中でも、何か内に秘めて輝くものが、感じられるのです。純粋にメイド・イン・フランスに出会える場所です。それに、どことなく、日本人に優しい場所でもあるかな、うん。


ところで、日本人が昔から多いオペラ座の裏に、ギャラリー・ラファイエットという巨大なデパートがあります。かつては日本人観光客で賑わった場所ですが、今は完全に中国人と韓国人に占領されています。
わたしも「中国人ですか?」と訊かれました。従業員用の入り口などにも、中国語とハングルの表示は、フランス語、英語などの表示に混ざって存在しますが、日本語の表示は存在しません。「ニイハオ!」「アンニョンハセヨ!」と店員さんの声が飛び交います。お客さんの会話も、中国語ばかりです。モンマルトルや各地の美術館の中と違って、日本の存在感は、ここでは限りなく薄れています。(唯一、靴売り場の地下1階にだけ、日本人用カスタマーサービスセンターがありますが、それがかえって不思議な気がします。)
それだけでなく、この百貨店では、売る側と買う側の間に、人間的な会話が存在しません。冬物在庫処分の50%off、40%offの表示と、何ユーロと書かれている値札にしか、誰も注意が向かないのです。ともかく、ここでは、お金がすべてです。シャンゼリゼでもそうですが、買う側も商品にしか興味はないし、売る側も、買い手の持っているお金にしか興味はありません。貧しさと教育の乏しさが、人に、そうした生き方を強要するのでしょうか。それとも、資本主義的な価値観の中で、埋没している精神には、その外の世界が見えないのでしょうか。
しかも、その商品のほとんどは、モンマルトルの絵とは違い、既製品の外国製品です。ここは、ある意味ではメイド・イン・チャイナ(とか、メイド・イン・ベトナム)に出会う場所です。中国的色彩センスの中で、中国人が我が物顔でドタドタと闊歩しています。わざわざパリまで来て、メイド・イン・チャイナを買い漁っていく中国人って、どうなんだろうとも思いますが、それ以上に、ここはもはや、日本人が歓迎される場所ではない、と感じるのです。
それに、理解不能なのは、トイレの表示がまったくないことです。トイレ入り口のドアにすら、トイレ表示がなく、知らない人は絶対にトイレの位置がわかりません。スタッフ専用なのか、ただの非常通路なのか、トイレへの入り口なのかもわからないのです。エレベーターの位置の表示は、男女トイレの記号そっくりの表示が、いたるところに取り付けられているのに、トイレ表示が一つもない。おかげで紛らわしいこと、この上ありません。「トイレかと思って向かったら、エレベーターだった」ということになります。いったいどんなポリシーなんだろう。お客さんへの意地悪? 本当に理解不能です。
パリでのショッピングでつらいのは、一にトイレ、二に座る場所です。特に、冬場はどうしてもトイレの間隔が近くなりますし、手近に見つからないと大変です。それに、座るところが見つからないのもきついです。
日曜日がデパートの定休日というのも、さすがフランスという感じです。パリではブランド品店も、日曜日は大概お休みです。レストランも、ランチタイムとディナータイムの間は休憩時間ですし、一日にトータルで6時間ぐらいしか営業しません。フランス人は、つくづく働かない人たちです。
あと、6階に日本レストラン「Paris 東京」があるのですが、あの味で、しかも、日本人従業員が(日本語を解する従業員も)一人もいない上に、日本語のメニューすら置いていない状態で、東京の名を冠さないで欲しいと思います。
と、ここまで、文句ばかり書いてきましたが、それでもギャラリー・ラファイエットが、パリでのショッピングにはうってつけの場所であることは確かです。ウィークデーの午前中などは結構空いていますし、ね。


このように、オペラ座と、モンマルトルは、そんなに離れていないのですが、ともかく、その雰囲気はまったく違います。この落差が、パリの面白さでもあります。それにしても、モンマルトルと美術館がなかったら、パリらしさなんてどこにあるでしょうか。