今年、デビューアルバムが、アメリカの音楽雑誌ビルボード誌のworld album年間チャートで5位と大健闘し、NY、ロンドン、パリ、ケルンで単独公演を成功させるなど、世界で大活躍中の日本のアイドル・グループ(アーティスト?)があります。
平均年齢が15歳というこのグループの名は、BABYMETAL(ベビーメタル)と言います。結成は4年前で、アイドルとヘビーメタルの融合を目指しているのだそうです。
このグループについて興味深いことは、日本では、武道館での史上最年少公演を成功させたとは言え、一般にはほとんど無名なのにもかかわらず、なぜか、すでに欧米の一部では、かなりの知名度があることです。
今年は、海外のロック雑誌にも多く取り上げられ、カナダ・モントリオールのメタルフェスや、イギリス・ソニスフィアの世界最大のメタル・フェスにも出演しました。ソニスフィアでは、なんとメイン・ステージに登場して、5万人の前でLiveを行い、聴衆から喝采を浴び、マスコミにも絶賛されるなど、ともかく世界中で大活躍なのです。Lady Gagaに熱烈にオファーされて、アメリアでのツアーの前座を務めたというニュースもありました。
基本的にはyoutubeのおかげであることは確かですが、それにしても、これほど海外で評判になるというのも、何だか不思議な気がします。いったい何が彼らをこれほど興奮させているのか。今回は、それについて考察してみたいと思います。
実際、BABYMETALは、国内メディアの露出が非常に少なく、一部の熱狂的ファンを除いて、日本ではほとんど注目されないままで、世間にあまり知られていません。それなのに、なぜか海外では、他のJ-POPやアイドル・グループとは比較にならないほど、広範囲に熱心に受け入れられているらしいのです。この日本と海外の注目度のギャップは、いったい何なのでしょう。
海外で評価された理由として、まず一つには、今の日本人にはほとんど好まれないヘビーメタルというジャンルを活動の場に選んだことがあります。ヘビーメタルは、1970~80年代に人気を博したロック・ミュージックの一つですが、かつてはともかく、日本では今はほとんど聴かれていません。しかし、海外では今だに一定のファン層が、根強く存在します。
世界の中のもっともヘビーメタルを好む国のランキングでは、フインランド1位、スウェーデン2位、ノルウェー3位と、北欧三カ国がトップ3を占めていて、特にフィンランドはダントツの1位だそうです。フィンランド人に言わせると、一年中暗くて寒いこの国で生きていくには、熱く激しいメタルを聴くことで、自分を奮い立たせる必要があるのだとか。ちなみに日本は61位で、順位を見ても、やはり、一般に好まれているジャンルとは言い難いです。なので、日本人には、海外のヘビメタ人気が、なかなか想像しにくいのです。
そして、もう一つの理由は、バックバンド〝神バンド〟のLiveにおける演奏やパフォーマンスの卓越した技量です。彼女たちのバックを務めるのは、日本でも選りすぐりの演奏技術に優れた凄腕ミュージシャンたちで、その世界にも類を見ないほどの超絶技巧の圧倒的なパフォーマンスが、海外のヘビーメタル・ファンにも、強くアピールしたようです。
ところで、このヘビーメタルという音楽ジャンルが、日本ではあまり好まれない理由の一つは、その途轍もない〝やかましさ〟にあります。キンキンと耳に痛い金属的なエレキギターの早弾き、ひたすらドコドコとやかましい高速ドラムス、絶え間なくズンズンと腹に響く重低音のベース音を加えて、最後に喉も張り裂けんばかりの金切り声の雄叫びで締めるという稀有の大音量音楽、それがヘビメタです。
これでは、音楽に対して、より繊細な感性を求める多くの日本人が、ヘビメタを敬遠するのも無理はありません。骨太と言えば聞こえはいいですが、ともかくガサツで野蛮でマッチョな肉食男子専用の音楽です。
そもそもヘビーメタルは、もともとイギリスの工業都市の鉄工所で働く肉体労働者のための音楽として始まり、1970年代から急速に発達して世界を席巻したジャンルです。つまり、日常の作業中に、鼓膜をつんざく機械音や金属音を、絶え間なく聞いて生活している産業労働者の感性に合わせて作られた音楽なのです。
大音量のスピーカーから、電気的に増幅した轟音を流すので、普通一般の人がコンサートに行くと、高音の金属音に耳鳴りや頭痛がしたり、さらには重低音に心がかき乱されて、その場にいるのが耐えられなくなる場合もあります。これほどの轟音による刺激は、耳の敏感な人にとっては、耐えがたい苦痛でしかないからです。
しかし、鼓膜を破るような騒音に慣れているイギリスの労働者階級の人々の多くは、日頃の憂さ晴らしの手段として、この荒っぽい音楽を大歓迎しました。そして、やがて、この風変わりで喧しい音楽は、フランスやドイツ、アメリカやカナダなどの労働者階級の若者にも、一定のファンを持つようになります。急速な産業化の進展に伴い、日常の虚無と鬱積からの攻撃的で動物的な解放が、多くの国で求められるようになっていたのです。
この時期、1970年代に活躍した初期のヘビーメタル・バンドには、ヘビメタの元祖と言われるブラック・サバスがあります。バンド名からして「黒い安息日」と、相当におどろおどろしいです。この頃のヘビーメタルのliveは、反社会的で反道徳的な黒魔術の祭というイメージでした。
さらに、1980年代には、ツインギターのメロディアスな旋律や、ドラムス・ベースのうねるような疾走感といった、ヘビーメタルの音楽性の最良の部分が、より一般受けするハード・ロックというジャンル全体にも、大きな影響を与えるようになります。また、金属のチェーンや鋲といった鉄工所アイテムを取り入れたヘビーメタル・ファッションも、ヘビメタ音楽の流行と共に世界に広まっていきました。
この時期、1980年代に活躍したヘビーメタル・バンドとしては、ヘビメタの王者と言われるアイアン・メイデンがあります。バンド名こそ「鋼鉄の処女」とおどろおどろしいイメージですが、楽曲はツイン・ギターの激しくメロディアスな旋律が印象的でした。(ただ、わたしとしては、あの当時、オジー・オズボーンやアイアン・メイデンを聴くぐらいなら、むしろ、レインボーの「Since you been gone(1979)」や「I surrender(1981)」、あるいはY&Tの「Rescue me(1981)」や「I believe in you(1981)」、さらにはヴァンデンバーグの「Defferent worlds(1983)」など、荒削りながらも切ない感情をストレートに歌う、ハード・ロックのミディアム・テンポ・バラードをじっくり聴く方が、断然好きでしたが。)
しかし、このような世界的なヘビメタ・ブームも、1990年代以降は停滞し、2000年代に入ると、メタルのみならず、ハード・ロック全体に、めっきり勢いがなくなってしまい、今ではファン層もかなり高齢化してしまいました。現在、往年のヘビーメタル・ハードロックのファンの多くは30代~50代となっています。そして、年をとって頭がめっきり固くなってしまった彼らは、新しい音楽に興味を示すことが少ないので、ジャンル全体が停滞しきっているのです。しかし、ヘビメタがジャンルとして衰退していく中で、何か新しい風が待ち望まれていました。
また、多くの壮年期から老年期に差し掛かっているオールドファンは、ヘビーメタル・ハードロックという音楽が持つ〝攻撃性〟〝破壊性〟に、内心嫌気がさしてきているということもあります。もっと平和に穏やかな気持ちで楽しめる、より繊細で楽しい音楽に出会いたいという欲求が、現在の彼らの心の内には潜んでいるのです。とは言っても、今更、古典音楽(classical music)に親しむような深い教養は持ち合わせていません。それに、腹に響くビートの強い刺激に慣れた身体には、所詮ロックの音が性に合うというのも事実です。
つまり、「ロックに飽きているのに、マッチョなロックしか聴けない」「メタルに完全に飽きているのに、それでも粗野で男臭いメタルしか聴けない」ということです。ある意味、これが彼らの悲劇なのです。
そんな彼らのもとに、救世主とも言うべき、新たな格好の刺激が現れました。それが、極東の島国日本からきた奇妙な女の子たちのグループ〝BABYMETAL〟だったのです。
この新しい刺激の新鮮な点(であり、なおかつ困った点)は、演奏は本格的なメタルでありながら、その名演奏者たちの前面に立って、パフォーマンスを繰り広げる主役が、10代半ばの3人の女の子たちであることです。しかも、彼女たちは日本人(東洋人)なので、同年代の白人の女の子たちよりも、明らかに幼く見えます。実年齢は15歳でも、欧米人の感覚では、せいぜい11・12歳ぐらいにしか見えないでしょう。
この〝幼い〟ということが、欧米文化圏の人々にとっては、実は非常に困ったことなのです。というのも、日本と違って、欧米社会では、幼児愛好に対する禁忌が極端に強いからです。例えば、欧米では、どんなに幼くても、お父さんが娘とお風呂に入ることは犯罪行為です。そして、ロリータ・コンプレックスは、社会的に容認され得ない異常性癖であり、少しでもその兆候が見られると、危険な精神病の兆しと見做されます。
一方で、日本では、ロリコンに対する社会の許容度は、伝統的に海外とは比較にならないほど寛容です。平安の貴族にとっても、12,13歳の少女を愛することは、決してタブーではありませんでしたし、そのぐらいの年で結婚することも、稀ではありませんでした。その年頃の少女に惹かれることを、異常性愛と断じたり、精神的な疾患と考えたりする感覚は、元来この国にはないのです。
そのせいか、日本人の内面の性的な抑圧の度合いは、欧米とは比較にならないほど薄く、猟奇的な少女誘拐や幼女誘拐の発生率も低く抑えられています。なので、子どもだけで街をうろついたり、公園で遊んだりすることも、日本では普通に許されています。逆に、欧米では児童ポルノや性的な虐待を目的とした児童誘拐が非常に多いため、公園などでも子供だけで遊ばせるのは刑法に抵触します。
また、例えば、イギリスでは、小学校や中学校で、同性のクラスメイト同士であっても、互いの身体に触れることは、厳しく禁じられているのが普通です。放課後、校内で、親友の女の子を抱きしめた小6の女生徒が、校長室に呼ばれて、親の前で厳重注意されることもあります。さらに学校は、親の送り迎えが基本です。登下校の間も誘拐が怖いからです。
欧米には、hagの習慣があるので、日本人から見ると、より性的に解放されているのではないかと、思い違いをしやすいのですが、実は日本とは比べものにならないほど、性に関して不自由で制約が多い保守的な面もあるのです。とりわけ、少女への性衝動は極端に抑圧されている傾向があり、逆にその反動として児童への惨たらしい性犯罪も多いのです。
ですから、大抵の欧米人が、日本のアイドル文化に拒絶反応を示すのは、彼らにとってはごく一般的な反応であり、ロリコンを忌み嫌うのも、文化的にまったく当然のことではあります。それゆえに、BABYMETALのファンになった欧米人にとって、一歩踏み出すまでの精神的葛藤は、日本人には想像もつかないほど深刻なものがあるのです。
にもかかわらず、BABYMETALが海外でファンを増やしているのは、自らの精神を縛っていた禁忌から解放されることが、彼らの精神健康にとって必要なことであり、無意識にも求めていたことだったからにほかなりません。おそらくは、心の女性的な側面を刺激し、内なる女性性を解放することを、彼らの魂が求めているのでしょう。
それでもなお、東洋人への伝統的な社会的蔑視の風潮もありますし、欧米人には簡単に手に取るのがためらわれる果実であったことは確かです。ヘビーメタルという、もともとある程度は馴染んでいた音楽に誘われることで、彼らにとって禁断の果実である〝東洋の少女たち〟へと、初めてなんとか近づき得ているわけです。言い換えると、メタルであるということが、「10代前半の少女たちに自分が夢中になっている」という認め難い事実を、彼らが受け入れる一助となっているのかもしれません。
また、彼女たちのDanceや合いの手が、日本舞踊や歌舞伎、能や狂言など、さまざまな日本の伝統芸能を取り入れつつも、性的に観客に媚びるところのまったくない、清潔で独創的で不思議なムードを醸し出していることも、欧米人が比較的〝背徳感〟を感じずにすむ要因の一つでしょう。
少女たちの異性に媚びない凛々しさは、商業的な匂いには拒絶反応を示すメタラーのハートにも響いたかもしれません。ボーカルが、口パクではなく、激しく踊りながらも、しっかりとした音階と声量で歌っているということも含めて、一切に妥協しない一生懸命な姿勢が、好感を持たれたということもあるでしょう。
加えて、メタルとJーPOPが微妙なバランスで融合した奇妙な楽曲が、海外の視聴者には非常に新鮮に聴こえたことも、一因としてあるようです。一つの曲の中で、何度も激しく転調し、曲調もガラリと変わる。そんな曲は、欧米には珍しいからです。日本的なメロディーにエキゾチックな魅力を感じているという面もあるかもしれません。メインボーカルのSueさんの透き通った声も、欧米では珍しいタイプの美声でしょうし、ステージでの堂々たる風情や初々しさも話題になっているようです。(*中元さんが、何年も福島の米を食べていると聞いて、わたしは好感度が増しました)
とは言え、何れにしても、BABYMETALのファンになることは、彼らにとって、それまでの欧米の伝統的価値観(ロリコンはダメ!)に対する反逆であったことは間違いありません。現在も、世界中で議論を沸騰させているのはそのためです。
「はたして俺は、自分の魂を堕落させたのか、それとも魂の鎖を解き放ったのか、どっちなんだ?」「BABYMETALのMVを見るのをやめられない俺は、どこかおかしいのだろうか。セラピーを受けるべきだろうか?」彼らは、こうした自問自答を、心の中で繰り返すことを、なかなかやめることができません。
また、BABYMETALを嫌悪する人たちは「メタルにロリータは、完全にミスマッチだ」「はっきり言って、この小娘たちに夢中になるファンは病気だ」と言い放ちます。それに対してファンは、「アンチは、心が因習に縛られていて盲も同然なんだ」「もっと、心を解き放って自由になれ」と返すのです。
さて、ここまで、あれこれと書いてきましたが、それにしても結局のところ、禁断の果実と知りつつも、つい手を伸ばしたくなるほどの、欧米人にとってのBABYMETALの魅力とは、突き詰めたところ、いったい何なのでしょう。
BABYMETALの進出は、海外では「日本のkawaiiーMETALの輸出」と受け止められています。そして、この〝kawaii〟が、一つのキーワードであるという気もします。今や、〝kawaii〟という日本語は、世界中で使われるようになり、一種の世界共通語となりつつあります。つまりは、それほどまでに、〝kawaii〟は世界の人々を惹きつけているわけです。しかし、この〝kawaii〟という言葉に、どんな魔力があって、これほど欧米人を引きつけているのでしょうか。
以前、テレビ番組で、kawaiiの特集をしていたことがあって、番組の中で、なかなか印象的な言葉が語られていました。欧米で人気が高いkyary pamyu pamyuさんの言葉で、「人を傷つける言葉は最低だけど、kawaiiという言葉は誰も傷つけない」というものです。
戦争・紛争・テロなどが頻発する殺伐とした世界の中で、日本は唯一〝のほほん〟と平和ボケした幸せの国です。そんな和みの国〝日本〟のイメージを象徴する〝kawaii〟という言葉は、砂漠の中のオアシスのように、世界中の人が焦がれてやまない、魅惑の世界への入口(ある種のパスポート)なのかもしれません。
「kawaiiは、cuteとは全然違う」と、一部の日本通の欧米人は言います。日本的なテイストのないものには、彼らはkawaiiを使いません。例えば、キティちゃんはkawaiiけど、スヌーピーはcuteではあってもkawaiiではないということです。「kawaiiは、不安のない平和でカラフルで幸福な世界〝日本〟への鍵なのだ」と、彼らには感じられているようです。そして、すでに日本語そのものが、理想の平和世界で話される素晴らしく美しい魔法の言語であるかのように、聴こえるという人もいるようです。
だから、たとえ意味がわからなくとも、kyary pamyu pamyuやBABYMETALの日本語の歌詞の歌が、そのまま日本語で受け入れられているのです。「日本語そのものがkawaii」という感覚もあるようです。(残念ながら、それらの曲のほとんどは、言葉の意味がわかってもしようがないほどに、他愛ない内容の歌詞ではありますが。)
特に、BABYMETALの場合は、ヘビーメタルという非常に重く鋭く攻撃的な音楽表現に、アイドルというkawaii平和そのものの存在を並立させることによって、「重苦しく激しいけれども、どこか可憐で他愛なく、のどかで平和」という独特の不思議な音楽世界を創り出しています。とりわけ、もともと破壊的で攻撃的なだけの荒っぽく男臭いハード・ロックに飽きていた人には、そうした女性的な繊細さと温かみが加わっていることが、なおさらたまらない魅力と感じるのかもしれません。
こうしてkyary pamyu pamyuと同様に、BABYMETALもまた、日本のkawaiiを代表する存在として、世界に認知されつつあります。カラフルで安全でkawaiiが国中に溢れている国、すべてが整っている魅惑の国〝日本〟への〝扉〟〝窓〟のようなものとして、です。
ということで、BABYMETALの成功については、大いに祝福したいと思います。日本のアーティストが、これほど短期間のうちに、世界中で成功を収めるというのは、確かに画期的なことです。これまで、数多くのアーティストが、夢見て挫折してきた経緯もあります。おそらく、BABYMETALの海外での快進撃は当分の間(おそらく、あと数年は)続くでしょう。本当にたいしたものです。
とは言うものの、30~50代の人が、少女たちのコンサートに押しかけて熱狂する姿は、日本国内で見ていても、一種異様な感じがしますが、その光景を海外で見ると、もはや異様を通り越して、摩訶不思議な別世界を見ているようです。もっとも最前列では、音楽を聴きにきているというより、音楽そっちのけで、おしくらまんじゅうをしにきているみたいですが。
昨今の日本では、右を見ても左を見ても、大人も若者も、男も女も(特に男の方は激しく)精神が幼稚化しています。しかし、どうやら世界の方も、同じように幼稚化が進んでいるようです。それもまた〝平和〟な光景なのかもしれません。何れにしても、今、世界の一部で、熱狂的に〝日本〟のkawaiiが求められているのは確かです。
ただ、ひとりの日本人として、今の〝かわいく幼稚な〟日本を見ると、前にも書きましたが、わたしには〝歌の心〟のすたれてしまった嘆かわしい国にしか見えないのです。〝静寂の中で奏でられる美しい調べも、澄み切った沈黙の中で歌われる美声もなく、人の心の深いところに自然に染み入る音色も、魂を揺さぶられる歌もない〟と感じるのです。
今日の日本は、他人の声の微細な調子や音色にすら共感できた、かつての時代とは違い、他者の魂の琴線を無邪気に無視してしまえる、そんな寂しくも情けない国です。世界にもてはやされているうちに、肝心なこと(世界に類のないこの国の繊細さ)がますます見失われていくとしたら、それは本当に残念なことです。
「この国の美点も欠点も、世界の現実を深く知り、その上で再度、この国を外から、客観的に眺めてみることによって、よりクリアに感じられる」ということも、あるかと思います。それに、「何だかわからんけど、世界中で凄く受けている」という安易な満足感だけでは、終わりたくないものです。「世界には、世界の側の事情がある」ことを知りましょう。
一方で、「彼らには彼らの事情があるように、我々には我々自身の問題がある」のです。「心に響く歌や、互いに共感しあえる歌が生まれない」というこの国の状況から目をそらして、自分をごまかしてしまうのは、長い目で見て発展性がありません。
ところで、思うのですが、最近のmusicianは、どんな小さな空間でLiveをする時も、アンプで電気的に増幅された音に頼ろうとするのはなぜなのでしょう。アンプを通さない自然な音の方が、絶対に気持ちいいのに、どうしてわざわざ耳障りで頭痛がしてくるような人工的な音を好むのか、首をかしげてしまいます。
わたしとしては、生の声に生の楽器の音は、絶対にunplugedで、聴きたいと思いますね。
🌠2015.6現在、海外では受けが良いが、日本国内では一部を除いて反応が鈍いという状況が、そのまま続いています。日本国内で反応が鈍い理由としては、やはりKawaiiとMetalを合体させるショックというか、内的な必然性が、海外の人が感じるほどには感じられないということが、大きいかと思います。
さらに、日本の〝まじめ〟な音楽雑誌が、彼らの〝怪〟進撃を無視する理由は、特に1970~80年代に洋楽を聴いてきた人たちは、とかく理屈っぽく、頭が固く、欧米文化への劣等感も強く、日本のアイドル文化が大嫌いな人が多いということも、あるかと思います。
それに、ジョン・レノン、ピンク・フロイド、ピーター・ガブリエル、イーグルス、ブルース・スプリングスティーン、ラッシュ、U2、スティングなどの思想性や同時代性を、ある種の切実さをもって敬愛してきた世代にとっては、BABYMETALはあまりに異質すぎて、ついていけないかもしれません。
たとえば、ちょっと比べてみましょう。イマジンとIDZ、吹けよ風、呼べよ嵐とBABYMETAL DEATH、Bikoとメギツネ、One of these nightsとUki Uki Midnight、The Riverと紅月、Afterimageと4の歌、Bloody SundayとIine、English man in New YorkとCatch me if you can…。
🌠2016.4現在、BABYMETALの海外での人気がいよいよ本格的になってきたようです。今月初め、ロンドンのウェンブリーアリーナでは、12000人の観客を集めてLiveを成功させ、2ndアルバムの売上は、ビルボード誌の全米総合アルバムチャートで39位に入っています。ウェンブリーでのコンサートは日本人アーティストとして初めてですし、ビルボード総合チャートで全米40位以内に日本人アーティストが入るのは坂本九ちゃん以来55年ぶりということです。
また、イギリスの総合アルバムチャートでは日本人歴代最高の15位、オーストラリアの週間総合アルバムチャートでも日本人歴代最高の7位だそうです。米英豪ともに、メタルチャートでもworld albumチャートでもなく、総合チャートでの順位ですから、本当に大したものです。
日本国内は別として、国際的な賛否両論の論争を巻き込みながら、欧米で過熱するBABYMETAL現象は、いよいよ本格的なものになってきているようです。実に興味深いです。
それにしても、10代の子たちがステージの前面に立って、大盛況の世界ツアーというのは、本当に度胸があります。ひとつ思うことは、平成生まれの子どもたちは、昭和世代に色濃かった欧米コンプレックスが、かなり薄いのではないかということです。堂々たるものです。
平均年齢が15歳というこのグループの名は、BABYMETAL(ベビーメタル)と言います。結成は4年前で、アイドルとヘビーメタルの融合を目指しているのだそうです。
このグループについて興味深いことは、日本では、武道館での史上最年少公演を成功させたとは言え、一般にはほとんど無名なのにもかかわらず、なぜか、すでに欧米の一部では、かなりの知名度があることです。
今年は、海外のロック雑誌にも多く取り上げられ、カナダ・モントリオールのメタルフェスや、イギリス・ソニスフィアの世界最大のメタル・フェスにも出演しました。ソニスフィアでは、なんとメイン・ステージに登場して、5万人の前でLiveを行い、聴衆から喝采を浴び、マスコミにも絶賛されるなど、ともかく世界中で大活躍なのです。Lady Gagaに熱烈にオファーされて、アメリアでのツアーの前座を務めたというニュースもありました。
基本的にはyoutubeのおかげであることは確かですが、それにしても、これほど海外で評判になるというのも、何だか不思議な気がします。いったい何が彼らをこれほど興奮させているのか。今回は、それについて考察してみたいと思います。
実際、BABYMETALは、国内メディアの露出が非常に少なく、一部の熱狂的ファンを除いて、日本ではほとんど注目されないままで、世間にあまり知られていません。それなのに、なぜか海外では、他のJ-POPやアイドル・グループとは比較にならないほど、広範囲に熱心に受け入れられているらしいのです。この日本と海外の注目度のギャップは、いったい何なのでしょう。
海外で評価された理由として、まず一つには、今の日本人にはほとんど好まれないヘビーメタルというジャンルを活動の場に選んだことがあります。ヘビーメタルは、1970~80年代に人気を博したロック・ミュージックの一つですが、かつてはともかく、日本では今はほとんど聴かれていません。しかし、海外では今だに一定のファン層が、根強く存在します。
世界の中のもっともヘビーメタルを好む国のランキングでは、フインランド1位、スウェーデン2位、ノルウェー3位と、北欧三カ国がトップ3を占めていて、特にフィンランドはダントツの1位だそうです。フィンランド人に言わせると、一年中暗くて寒いこの国で生きていくには、熱く激しいメタルを聴くことで、自分を奮い立たせる必要があるのだとか。ちなみに日本は61位で、順位を見ても、やはり、一般に好まれているジャンルとは言い難いです。なので、日本人には、海外のヘビメタ人気が、なかなか想像しにくいのです。
そして、もう一つの理由は、バックバンド〝神バンド〟のLiveにおける演奏やパフォーマンスの卓越した技量です。彼女たちのバックを務めるのは、日本でも選りすぐりの演奏技術に優れた凄腕ミュージシャンたちで、その世界にも類を見ないほどの超絶技巧の圧倒的なパフォーマンスが、海外のヘビーメタル・ファンにも、強くアピールしたようです。
ところで、このヘビーメタルという音楽ジャンルが、日本ではあまり好まれない理由の一つは、その途轍もない〝やかましさ〟にあります。キンキンと耳に痛い金属的なエレキギターの早弾き、ひたすらドコドコとやかましい高速ドラムス、絶え間なくズンズンと腹に響く重低音のベース音を加えて、最後に喉も張り裂けんばかりの金切り声の雄叫びで締めるという稀有の大音量音楽、それがヘビメタです。
これでは、音楽に対して、より繊細な感性を求める多くの日本人が、ヘビメタを敬遠するのも無理はありません。骨太と言えば聞こえはいいですが、ともかくガサツで野蛮でマッチョな肉食男子専用の音楽です。
そもそもヘビーメタルは、もともとイギリスの工業都市の鉄工所で働く肉体労働者のための音楽として始まり、1970年代から急速に発達して世界を席巻したジャンルです。つまり、日常の作業中に、鼓膜をつんざく機械音や金属音を、絶え間なく聞いて生活している産業労働者の感性に合わせて作られた音楽なのです。
大音量のスピーカーから、電気的に増幅した轟音を流すので、普通一般の人がコンサートに行くと、高音の金属音に耳鳴りや頭痛がしたり、さらには重低音に心がかき乱されて、その場にいるのが耐えられなくなる場合もあります。これほどの轟音による刺激は、耳の敏感な人にとっては、耐えがたい苦痛でしかないからです。
しかし、鼓膜を破るような騒音に慣れているイギリスの労働者階級の人々の多くは、日頃の憂さ晴らしの手段として、この荒っぽい音楽を大歓迎しました。そして、やがて、この風変わりで喧しい音楽は、フランスやドイツ、アメリカやカナダなどの労働者階級の若者にも、一定のファンを持つようになります。急速な産業化の進展に伴い、日常の虚無と鬱積からの攻撃的で動物的な解放が、多くの国で求められるようになっていたのです。
この時期、1970年代に活躍した初期のヘビーメタル・バンドには、ヘビメタの元祖と言われるブラック・サバスがあります。バンド名からして「黒い安息日」と、相当におどろおどろしいです。この頃のヘビーメタルのliveは、反社会的で反道徳的な黒魔術の祭というイメージでした。
さらに、1980年代には、ツインギターのメロディアスな旋律や、ドラムス・ベースのうねるような疾走感といった、ヘビーメタルの音楽性の最良の部分が、より一般受けするハード・ロックというジャンル全体にも、大きな影響を与えるようになります。また、金属のチェーンや鋲といった鉄工所アイテムを取り入れたヘビーメタル・ファッションも、ヘビメタ音楽の流行と共に世界に広まっていきました。
この時期、1980年代に活躍したヘビーメタル・バンドとしては、ヘビメタの王者と言われるアイアン・メイデンがあります。バンド名こそ「鋼鉄の処女」とおどろおどろしいイメージですが、楽曲はツイン・ギターの激しくメロディアスな旋律が印象的でした。(ただ、わたしとしては、あの当時、オジー・オズボーンやアイアン・メイデンを聴くぐらいなら、むしろ、レインボーの「Since you been gone(1979)」や「I surrender(1981)」、あるいはY&Tの「Rescue me(1981)」や「I believe in you(1981)」、さらにはヴァンデンバーグの「Defferent worlds(1983)」など、荒削りながらも切ない感情をストレートに歌う、ハード・ロックのミディアム・テンポ・バラードをじっくり聴く方が、断然好きでしたが。)
しかし、このような世界的なヘビメタ・ブームも、1990年代以降は停滞し、2000年代に入ると、メタルのみならず、ハード・ロック全体に、めっきり勢いがなくなってしまい、今ではファン層もかなり高齢化してしまいました。現在、往年のヘビーメタル・ハードロックのファンの多くは30代~50代となっています。そして、年をとって頭がめっきり固くなってしまった彼らは、新しい音楽に興味を示すことが少ないので、ジャンル全体が停滞しきっているのです。しかし、ヘビメタがジャンルとして衰退していく中で、何か新しい風が待ち望まれていました。
また、多くの壮年期から老年期に差し掛かっているオールドファンは、ヘビーメタル・ハードロックという音楽が持つ〝攻撃性〟〝破壊性〟に、内心嫌気がさしてきているということもあります。もっと平和に穏やかな気持ちで楽しめる、より繊細で楽しい音楽に出会いたいという欲求が、現在の彼らの心の内には潜んでいるのです。とは言っても、今更、古典音楽(classical music)に親しむような深い教養は持ち合わせていません。それに、腹に響くビートの強い刺激に慣れた身体には、所詮ロックの音が性に合うというのも事実です。
つまり、「ロックに飽きているのに、マッチョなロックしか聴けない」「メタルに完全に飽きているのに、それでも粗野で男臭いメタルしか聴けない」ということです。ある意味、これが彼らの悲劇なのです。
そんな彼らのもとに、救世主とも言うべき、新たな格好の刺激が現れました。それが、極東の島国日本からきた奇妙な女の子たちのグループ〝BABYMETAL〟だったのです。
この新しい刺激の新鮮な点(であり、なおかつ困った点)は、演奏は本格的なメタルでありながら、その名演奏者たちの前面に立って、パフォーマンスを繰り広げる主役が、10代半ばの3人の女の子たちであることです。しかも、彼女たちは日本人(東洋人)なので、同年代の白人の女の子たちよりも、明らかに幼く見えます。実年齢は15歳でも、欧米人の感覚では、せいぜい11・12歳ぐらいにしか見えないでしょう。
この〝幼い〟ということが、欧米文化圏の人々にとっては、実は非常に困ったことなのです。というのも、日本と違って、欧米社会では、幼児愛好に対する禁忌が極端に強いからです。例えば、欧米では、どんなに幼くても、お父さんが娘とお風呂に入ることは犯罪行為です。そして、ロリータ・コンプレックスは、社会的に容認され得ない異常性癖であり、少しでもその兆候が見られると、危険な精神病の兆しと見做されます。
一方で、日本では、ロリコンに対する社会の許容度は、伝統的に海外とは比較にならないほど寛容です。平安の貴族にとっても、12,13歳の少女を愛することは、決してタブーではありませんでしたし、そのぐらいの年で結婚することも、稀ではありませんでした。その年頃の少女に惹かれることを、異常性愛と断じたり、精神的な疾患と考えたりする感覚は、元来この国にはないのです。
そのせいか、日本人の内面の性的な抑圧の度合いは、欧米とは比較にならないほど薄く、猟奇的な少女誘拐や幼女誘拐の発生率も低く抑えられています。なので、子どもだけで街をうろついたり、公園で遊んだりすることも、日本では普通に許されています。逆に、欧米では児童ポルノや性的な虐待を目的とした児童誘拐が非常に多いため、公園などでも子供だけで遊ばせるのは刑法に抵触します。
また、例えば、イギリスでは、小学校や中学校で、同性のクラスメイト同士であっても、互いの身体に触れることは、厳しく禁じられているのが普通です。放課後、校内で、親友の女の子を抱きしめた小6の女生徒が、校長室に呼ばれて、親の前で厳重注意されることもあります。さらに学校は、親の送り迎えが基本です。登下校の間も誘拐が怖いからです。
欧米には、hagの習慣があるので、日本人から見ると、より性的に解放されているのではないかと、思い違いをしやすいのですが、実は日本とは比べものにならないほど、性に関して不自由で制約が多い保守的な面もあるのです。とりわけ、少女への性衝動は極端に抑圧されている傾向があり、逆にその反動として児童への惨たらしい性犯罪も多いのです。
ですから、大抵の欧米人が、日本のアイドル文化に拒絶反応を示すのは、彼らにとってはごく一般的な反応であり、ロリコンを忌み嫌うのも、文化的にまったく当然のことではあります。それゆえに、BABYMETALのファンになった欧米人にとって、一歩踏み出すまでの精神的葛藤は、日本人には想像もつかないほど深刻なものがあるのです。
にもかかわらず、BABYMETALが海外でファンを増やしているのは、自らの精神を縛っていた禁忌から解放されることが、彼らの精神健康にとって必要なことであり、無意識にも求めていたことだったからにほかなりません。おそらくは、心の女性的な側面を刺激し、内なる女性性を解放することを、彼らの魂が求めているのでしょう。
それでもなお、東洋人への伝統的な社会的蔑視の風潮もありますし、欧米人には簡単に手に取るのがためらわれる果実であったことは確かです。ヘビーメタルという、もともとある程度は馴染んでいた音楽に誘われることで、彼らにとって禁断の果実である〝東洋の少女たち〟へと、初めてなんとか近づき得ているわけです。言い換えると、メタルであるということが、「10代前半の少女たちに自分が夢中になっている」という認め難い事実を、彼らが受け入れる一助となっているのかもしれません。
また、彼女たちのDanceや合いの手が、日本舞踊や歌舞伎、能や狂言など、さまざまな日本の伝統芸能を取り入れつつも、性的に観客に媚びるところのまったくない、清潔で独創的で不思議なムードを醸し出していることも、欧米人が比較的〝背徳感〟を感じずにすむ要因の一つでしょう。
少女たちの異性に媚びない凛々しさは、商業的な匂いには拒絶反応を示すメタラーのハートにも響いたかもしれません。ボーカルが、口パクではなく、激しく踊りながらも、しっかりとした音階と声量で歌っているということも含めて、一切に妥協しない一生懸命な姿勢が、好感を持たれたということもあるでしょう。
加えて、メタルとJーPOPが微妙なバランスで融合した奇妙な楽曲が、海外の視聴者には非常に新鮮に聴こえたことも、一因としてあるようです。一つの曲の中で、何度も激しく転調し、曲調もガラリと変わる。そんな曲は、欧米には珍しいからです。日本的なメロディーにエキゾチックな魅力を感じているという面もあるかもしれません。メインボーカルのSueさんの透き通った声も、欧米では珍しいタイプの美声でしょうし、ステージでの堂々たる風情や初々しさも話題になっているようです。(*中元さんが、何年も福島の米を食べていると聞いて、わたしは好感度が増しました)
とは言え、何れにしても、BABYMETALのファンになることは、彼らにとって、それまでの欧米の伝統的価値観(ロリコンはダメ!)に対する反逆であったことは間違いありません。現在も、世界中で議論を沸騰させているのはそのためです。
「はたして俺は、自分の魂を堕落させたのか、それとも魂の鎖を解き放ったのか、どっちなんだ?」「BABYMETALのMVを見るのをやめられない俺は、どこかおかしいのだろうか。セラピーを受けるべきだろうか?」彼らは、こうした自問自答を、心の中で繰り返すことを、なかなかやめることができません。
また、BABYMETALを嫌悪する人たちは「メタルにロリータは、完全にミスマッチだ」「はっきり言って、この小娘たちに夢中になるファンは病気だ」と言い放ちます。それに対してファンは、「アンチは、心が因習に縛られていて盲も同然なんだ」「もっと、心を解き放って自由になれ」と返すのです。
さて、ここまで、あれこれと書いてきましたが、それにしても結局のところ、禁断の果実と知りつつも、つい手を伸ばしたくなるほどの、欧米人にとってのBABYMETALの魅力とは、突き詰めたところ、いったい何なのでしょう。
BABYMETALの進出は、海外では「日本のkawaiiーMETALの輸出」と受け止められています。そして、この〝kawaii〟が、一つのキーワードであるという気もします。今や、〝kawaii〟という日本語は、世界中で使われるようになり、一種の世界共通語となりつつあります。つまりは、それほどまでに、〝kawaii〟は世界の人々を惹きつけているわけです。しかし、この〝kawaii〟という言葉に、どんな魔力があって、これほど欧米人を引きつけているのでしょうか。
以前、テレビ番組で、kawaiiの特集をしていたことがあって、番組の中で、なかなか印象的な言葉が語られていました。欧米で人気が高いkyary pamyu pamyuさんの言葉で、「人を傷つける言葉は最低だけど、kawaiiという言葉は誰も傷つけない」というものです。
戦争・紛争・テロなどが頻発する殺伐とした世界の中で、日本は唯一〝のほほん〟と平和ボケした幸せの国です。そんな和みの国〝日本〟のイメージを象徴する〝kawaii〟という言葉は、砂漠の中のオアシスのように、世界中の人が焦がれてやまない、魅惑の世界への入口(ある種のパスポート)なのかもしれません。
「kawaiiは、cuteとは全然違う」と、一部の日本通の欧米人は言います。日本的なテイストのないものには、彼らはkawaiiを使いません。例えば、キティちゃんはkawaiiけど、スヌーピーはcuteではあってもkawaiiではないということです。「kawaiiは、不安のない平和でカラフルで幸福な世界〝日本〟への鍵なのだ」と、彼らには感じられているようです。そして、すでに日本語そのものが、理想の平和世界で話される素晴らしく美しい魔法の言語であるかのように、聴こえるという人もいるようです。
だから、たとえ意味がわからなくとも、kyary pamyu pamyuやBABYMETALの日本語の歌詞の歌が、そのまま日本語で受け入れられているのです。「日本語そのものがkawaii」という感覚もあるようです。(残念ながら、それらの曲のほとんどは、言葉の意味がわかってもしようがないほどに、他愛ない内容の歌詞ではありますが。)
特に、BABYMETALの場合は、ヘビーメタルという非常に重く鋭く攻撃的な音楽表現に、アイドルというkawaii平和そのものの存在を並立させることによって、「重苦しく激しいけれども、どこか可憐で他愛なく、のどかで平和」という独特の不思議な音楽世界を創り出しています。とりわけ、もともと破壊的で攻撃的なだけの荒っぽく男臭いハード・ロックに飽きていた人には、そうした女性的な繊細さと温かみが加わっていることが、なおさらたまらない魅力と感じるのかもしれません。
こうしてkyary pamyu pamyuと同様に、BABYMETALもまた、日本のkawaiiを代表する存在として、世界に認知されつつあります。カラフルで安全でkawaiiが国中に溢れている国、すべてが整っている魅惑の国〝日本〟への〝扉〟〝窓〟のようなものとして、です。
ということで、BABYMETALの成功については、大いに祝福したいと思います。日本のアーティストが、これほど短期間のうちに、世界中で成功を収めるというのは、確かに画期的なことです。これまで、数多くのアーティストが、夢見て挫折してきた経緯もあります。おそらく、BABYMETALの海外での快進撃は当分の間(おそらく、あと数年は)続くでしょう。本当にたいしたものです。
とは言うものの、30~50代の人が、少女たちのコンサートに押しかけて熱狂する姿は、日本国内で見ていても、一種異様な感じがしますが、その光景を海外で見ると、もはや異様を通り越して、摩訶不思議な別世界を見ているようです。もっとも最前列では、音楽を聴きにきているというより、音楽そっちのけで、おしくらまんじゅうをしにきているみたいですが。
昨今の日本では、右を見ても左を見ても、大人も若者も、男も女も(特に男の方は激しく)精神が幼稚化しています。しかし、どうやら世界の方も、同じように幼稚化が進んでいるようです。それもまた〝平和〟な光景なのかもしれません。何れにしても、今、世界の一部で、熱狂的に〝日本〟のkawaiiが求められているのは確かです。
ただ、ひとりの日本人として、今の〝かわいく幼稚な〟日本を見ると、前にも書きましたが、わたしには〝歌の心〟のすたれてしまった嘆かわしい国にしか見えないのです。〝静寂の中で奏でられる美しい調べも、澄み切った沈黙の中で歌われる美声もなく、人の心の深いところに自然に染み入る音色も、魂を揺さぶられる歌もない〟と感じるのです。
今日の日本は、他人の声の微細な調子や音色にすら共感できた、かつての時代とは違い、他者の魂の琴線を無邪気に無視してしまえる、そんな寂しくも情けない国です。世界にもてはやされているうちに、肝心なこと(世界に類のないこの国の繊細さ)がますます見失われていくとしたら、それは本当に残念なことです。
「この国の美点も欠点も、世界の現実を深く知り、その上で再度、この国を外から、客観的に眺めてみることによって、よりクリアに感じられる」ということも、あるかと思います。それに、「何だかわからんけど、世界中で凄く受けている」という安易な満足感だけでは、終わりたくないものです。「世界には、世界の側の事情がある」ことを知りましょう。
一方で、「彼らには彼らの事情があるように、我々には我々自身の問題がある」のです。「心に響く歌や、互いに共感しあえる歌が生まれない」というこの国の状況から目をそらして、自分をごまかしてしまうのは、長い目で見て発展性がありません。
ところで、思うのですが、最近のmusicianは、どんな小さな空間でLiveをする時も、アンプで電気的に増幅された音に頼ろうとするのはなぜなのでしょう。アンプを通さない自然な音の方が、絶対に気持ちいいのに、どうしてわざわざ耳障りで頭痛がしてくるような人工的な音を好むのか、首をかしげてしまいます。
わたしとしては、生の声に生の楽器の音は、絶対にunplugedで、聴きたいと思いますね。
🌠2015.6現在、海外では受けが良いが、日本国内では一部を除いて反応が鈍いという状況が、そのまま続いています。日本国内で反応が鈍い理由としては、やはりKawaiiとMetalを合体させるショックというか、内的な必然性が、海外の人が感じるほどには感じられないということが、大きいかと思います。
さらに、日本の〝まじめ〟な音楽雑誌が、彼らの〝怪〟進撃を無視する理由は、特に1970~80年代に洋楽を聴いてきた人たちは、とかく理屈っぽく、頭が固く、欧米文化への劣等感も強く、日本のアイドル文化が大嫌いな人が多いということも、あるかと思います。
それに、ジョン・レノン、ピンク・フロイド、ピーター・ガブリエル、イーグルス、ブルース・スプリングスティーン、ラッシュ、U2、スティングなどの思想性や同時代性を、ある種の切実さをもって敬愛してきた世代にとっては、BABYMETALはあまりに異質すぎて、ついていけないかもしれません。
たとえば、ちょっと比べてみましょう。イマジンとIDZ、吹けよ風、呼べよ嵐とBABYMETAL DEATH、Bikoとメギツネ、One of these nightsとUki Uki Midnight、The Riverと紅月、Afterimageと4の歌、Bloody SundayとIine、English man in New YorkとCatch me if you can…。
🌠2016.4現在、BABYMETALの海外での人気がいよいよ本格的になってきたようです。今月初め、ロンドンのウェンブリーアリーナでは、12000人の観客を集めてLiveを成功させ、2ndアルバムの売上は、ビルボード誌の全米総合アルバムチャートで39位に入っています。ウェンブリーでのコンサートは日本人アーティストとして初めてですし、ビルボード総合チャートで全米40位以内に日本人アーティストが入るのは坂本九ちゃん以来55年ぶりということです。
また、イギリスの総合アルバムチャートでは日本人歴代最高の15位、オーストラリアの週間総合アルバムチャートでも日本人歴代最高の7位だそうです。米英豪ともに、メタルチャートでもworld albumチャートでもなく、総合チャートでの順位ですから、本当に大したものです。
日本国内は別として、国際的な賛否両論の論争を巻き込みながら、欧米で過熱するBABYMETAL現象は、いよいよ本格的なものになってきているようです。実に興味深いです。
それにしても、10代の子たちがステージの前面に立って、大盛況の世界ツアーというのは、本当に度胸があります。ひとつ思うことは、平成生まれの子どもたちは、昭和世代に色濃かった欧米コンプレックスが、かなり薄いのではないかということです。堂々たるものです。