今回は、子供向きではない、大人のためのファンタジー作品をいくつか紹介したいと思います。子供向きではないというのは、大人の恋愛をテーマとした物語ということです。ただし、大人向けだからといって、中学生や高校生が読んではいけないということではありません。少なくとも、小学校低学年向きではないとは思いますが、高校生にもなれば精神的には〝大人〟であって欲しいものです。
☆ジェニーの肖像(1940)/ロバート・ネイサン著(井上一夫訳)/ハヤカワ文庫
ロバート・ネイサン(1894-1985)は、アメリカのファンタジー作家です。この作家は、非常に寡作ではありますが、いくつかとても素敵な作品があります。しかし、残念ながら、ネイサンの作品は、現在では、この作品「ジェニーの肖像」以外は絶版となっており、新刊で手に入れることはできません。その他の作品は、わずかに古書で手に入るだけです。例えば、ネイサンのもう一つの代表作「夢の国をゆく帆船(1936)」の場合、古書で手に入れることはできますが、割高な上にどうしても少々傷んでいます。
この作品は、人生に鬱屈した冴えない初老の男性が、竜骨の代わりに車輪を取り付けた帆船で旅に出る話です。そして、途中で出会った人々、孤独なウェイトレスや貧しい歯科医を船に乗せながら、あてのない旅を続けるのです。完全に現実的設定の物語で、ファンタジーの要素はないのですが、道路を帆走する船のイメージが、非現実的でとてもファンタジックです。これも印象的な作品なので、なんとか新刊で手に入るようにならないものかと願っているのですが、今のところ再版される気配はありません。
さて、話を戻して、この現在新刊で手に入る唯一の作品「ジェニーの肖像」は、時を超えた永遠の愛をテーマにしたラブロマンスの古典的名作です。物語は主人公の売れない画家イーベンが、幼いジェニーに初めて出会う印象的なシーンから始まります。ジェニーが調子はずれの奇妙な節回しで歌う不思議な歌の歌詞が印象的です。「何処から来たのか、誰も知らない。何処へ行くのか、皆行くところ。風は吹きすさび、海はめぐる。けれど、誰も知らない。」
食べ物に対する飢えではない、言葉にならない魂の飢えに苦しむ若者イーベンは、不思議な少女ジェニーとの交流によって、それまでの胸が潰れてしまいそうな出口のない暗闇から救われるのです。
考えてみれば、この物語が書かれたのは、第二次世界大戦の初期にあたります。ネイサンは、その時代の絶望をひしひしと感じながら、執筆していたのに違いありません。そして、彼なりのやり方で、時代と格闘していたのでしょう。
この作品は、現在、山室静訳及び大友香奈子訳であれば、新刊ですぐ手に入ります。けれども、できれば井上一夫訳のハヤカワ文庫版を、古書ではありますが、わたしは読んで欲しいと思うのです。翻訳モノの小説は、訳者の違いによって、読後感がまったく変わってきます。そして、井上一夫訳のハヤカワ文庫版を、わたしが強く勧めるのは、彼の日本語の感性が、ネイサンの繊細な作風にもっとも合っていると感じるためです。
さらに言えば、ハヤカワ文庫版は、初期と後期でカバーの表紙絵が変わりますが、できれば初期の少女の後ろ姿を描いた表紙絵で復刻して欲しいと思います。この作品に限りませんが、1990年代以降、どうも表紙絵や挿絵のセンスが、どんどん劣化しているように思えてなりません。
売るために、人の目を引こうと努力しているのでしょうが、それだからこそ、なおさら出版者・編集者の趣味やセンスが問われると思うのです。例えば、一時絶版だったSF作品「ハローサマー、グッドバイ(マイクル・コーニイ著/1975)」も、もともとのサンリオ版(1980)と、再版の河出文庫版(2008)では、表紙カバーのセンスが段違いで、それだけでも買う気が失せてしまいます。
「ジェニーの肖像」は、素晴らしい作品です。それだけに、ベストの訳、ベストの表紙絵で出版されて欲しいと思うのです。
☆ふりだしに戻る(1970)/ジャック・フィニイ著(福島正美訳)/角川文庫
ジャック・フィニイ(1911-1995)は、ファンタジー作家というより、むしろSF作家として有名かもしれません。SF作品では、密かに街の住人が異星人にすり替わっていくという、ハインラインの名作「人形つかい(1951)」を彷彿とさせる古典的な侵略モノの傑作「盗まれた街(1955)」が有名です。そして、この「ふりだしに戻る」という作品も、どちらかと言えばファンタジーではなく、過去へのタイムスリップを題材としたSFとして分類されることが多いようです。
「過去のある日ある瞬間に向けて、可能な限り現代をシンクロさせることによって、過去へ飛ぶことを可能にする」というこの作品のアイディアは、確かにSF的であるような気もします。しかし、フィニイ作品の最大の魅力は、SF的なアイディアや奇抜な着想より、むしろ作品全体から立ちのぼるメランコリックな雰囲気と、随所に見られる懐古趣味へのこだわりにあります。
彼の過去への郷愁の想いは、短編集「ゲイルズバーグの春を愛す(1960)」に収められている作品の中にもあふれています。特に、古い机の引き出しの隠し扉の中に見つけた過去の時代の見知らぬ女性の古い手紙に、返事を書いて机に託す男を描いた、有名な短編「愛の手紙」などは、今とは別の過去の時代の人と、生き生きと交流する様子を描いているという点で、「ふりだしに戻る」にイメージが重なります。
新しく移り住んだ部屋の壁紙をはいでいるうちに、過去にその部屋に住んでいた魅力的な女性の幽霊が恋人に乗り移るという「マリオンの壁(1973)」も、〝過去との濃密な触れ合い〟という類似の要素を持ったストーリーです。
ところが、その次に書かれた〝ほのぼの〟サスペンス小説「夜の冒険者たち(1977)」は、互いを深く思いやる育ちの良い素敵なカップルたちが、集団で夜遊びを楽しむという現代の都会の物語で、過去の世界との交流は一切出てきません。一見、ジャンル違いの小説ですが、わたしは、この作品もまた、実にフィニイらしい作品だと感じます。
というのも、フィニイ作品に見られる〝古き良き時代への愛情〟の根本には、〝古き良き人間関係への憧憬〟〝不変の絆への忠誠〟があるからです。「夜の冒険者たち」のヒロインの「ボニーはクライドを見捨てたかしら?」というセリフに、彼の想いがよく表れています。
この「ふりだしに戻る」や、遺作となった、その続編「時の旅人(1995)」でも、主人公のヒロインに対する〝変わらない愛〟が、実は作品の最大のテーマになっている気がします。そして、人間関係が刹那的・一時的で移ろいやすい現代社会において、フィニイ作品の持つこの安心感は、まるで砂漠の中の貴重なオアシスのように感じられるのです。
ところで、この作品に関して、ひとつ残念に思うことがあります。それは、この作品には文庫本の体裁は似合わないということです。この物語は、当初はハードカバーで出版されました。その時は、挿絵の写真の数々が本当に美しく、何度もページを戻って眺めたものです。叶うことなら、あの立派で見事な本にもう一度出会いたいと思うのです。
☆七つの人形の恋物語(1954)/ポール・ギャリコ著(矢川澄子訳)/王国社
ポール・ギャリコ(1897-1976)は、単なるファンタジーの書き手にはとどまらない、本当に多才な人です。もともとはスポーツ記者として名を馳せた人でしたが、後に小説家に転身しました。
出世作は、戦時中の人嫌いの男と少女の交流を描いた短編「スノー・グース(1941)」です。その後、これも第二次大戦中の話で、心身症に陥って休養中のアメリカ人航空兵とイギリス人女性の恋愛を描いた「ザ・ロンリー(1947)」を発表しました。
この頃までのギャリコの作風は、「戦争という極限状況に直面して立ちすくむ男と、それをじっと見守る健気な女性との魂の触れ合い」という現実的なテーマを、豊富な人生経験をベースにして、とてもリアルに描くものでした。そうした作風は、豪華客船の転覆と乗客の脱出というもう一つの極限状況を描いた「ポセイドン・アドベンチャー(1969)」にも活かされています。
しかし、やがてギャリコの執筆活動は、ファンタジーへと傾いていきます。ファンタジー分野での彼の代表作のひとつは、突然猫になってしまった男の子ポールとメス猫ジェニーとの交流と冒険を描いた「さすらいのジェニー(1950)」という作品です。大の猫好きのギャリコが著した一連の〝ネコモノ〟の中でも最高傑作です。
そして、もうひとつの代表作が、陰気で冷酷な人形つかいが操る七つの人形たちと、田舎からパリに出てきたさえない若い女性ムーシュとの交流を描いた、この「七つの人形の恋物語」なのです。題名は児童文学っぽく感じますが、内容は児童書としては不適切な描写もあり、そのせいで「さすらいのジェニー」と比べると世間の知名度が低く、教育的観点(?)を考慮してか、あまり推奨されてきませんでした。けれども、文学としては、こちらの方がはるかに深みがあると思うのです。
また、この小説の中には、ファンタジー的な現実からの飛躍はまったくありません。語られる内容は、完全に地に足のついたリアルな物語なのです。けれども、それでも、この美しい物語を、ファンタジーとして楽しむことはできます。人形師が一人で操る七つの人形たちのパーソナリティーが、あまりにリアルなために、ムーシュと人形たちの会話が、かえってひどく幻想的に感じるのです。
そして、普通小説でもファンタジーでも、ギャリコ作品にはある共通点があります。それは、必ず、主人公の男性の心の中には、何らかの極限状況をくぐり抜けてきた傷跡があり、ヒロインの女性は、その傷跡を癒す〝聖母性〟を豊かに有しているという点です。ギャリコの描くヒロインについて、ジェニーもムーシュも、他の作品のヒロインについても、批評家たちが「ギャリコは〝永遠の女性〟を描いている」と評する所以です。
ただ、ムーシュと人形たちの場合は、さらにその上に、互いが互いの傷をいたわりあい、絶対的に相手を必要とし、強く求め合う〝理想の愛のかたち〟を描いていると言えるかもしれません。愛の成就には、それまでの各々の内的価値観の崩壊と再生がつきものです。この物語では、その崩壊と再生に伴う内的緊迫感が、最後のドンデン返しを、とてもスリリングで鮮やかなものにしているのです。
昔、谷山浩子さんの「紙ひこうき」という曲を聴いた時に、「ファンタジーというのは、怖いものだな」と思ったことがあります。
飛んでいけよ、紙ひこうき
あの人の心に突き刺され
突き刺され
ファンタジーというのは、子供だましのおとぎ話ではありません。良質なファンタジーは、必ず人の心の真実に訴えかける力を持っているのです。その凄みは、時として、最良のノンフィクションやルポルタージュの迫力をも凌駕することがあります。ジェニーの肖像 (創元推理文庫)/ロバート・ネイサン

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ジェニーの肖像 (ハヤカワ文庫 NV 90)/ロバート・ネイサン

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ふりだしに戻る〈上〉 (角川文庫)/ジャック・フィニイ

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ふりだしに戻る (1973年)/ジャック・フィニィ

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七つの人形の恋物語 (海外ライブラリー)/ポール ギャリコ

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七つの人形の恋物語 (角川文庫)/ポール・ギャリコ

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☆ジェニーの肖像(1940)/ロバート・ネイサン著(井上一夫訳)/ハヤカワ文庫
ロバート・ネイサン(1894-1985)は、アメリカのファンタジー作家です。この作家は、非常に寡作ではありますが、いくつかとても素敵な作品があります。しかし、残念ながら、ネイサンの作品は、現在では、この作品「ジェニーの肖像」以外は絶版となっており、新刊で手に入れることはできません。その他の作品は、わずかに古書で手に入るだけです。例えば、ネイサンのもう一つの代表作「夢の国をゆく帆船(1936)」の場合、古書で手に入れることはできますが、割高な上にどうしても少々傷んでいます。
この作品は、人生に鬱屈した冴えない初老の男性が、竜骨の代わりに車輪を取り付けた帆船で旅に出る話です。そして、途中で出会った人々、孤独なウェイトレスや貧しい歯科医を船に乗せながら、あてのない旅を続けるのです。完全に現実的設定の物語で、ファンタジーの要素はないのですが、道路を帆走する船のイメージが、非現実的でとてもファンタジックです。これも印象的な作品なので、なんとか新刊で手に入るようにならないものかと願っているのですが、今のところ再版される気配はありません。
さて、話を戻して、この現在新刊で手に入る唯一の作品「ジェニーの肖像」は、時を超えた永遠の愛をテーマにしたラブロマンスの古典的名作です。物語は主人公の売れない画家イーベンが、幼いジェニーに初めて出会う印象的なシーンから始まります。ジェニーが調子はずれの奇妙な節回しで歌う不思議な歌の歌詞が印象的です。「何処から来たのか、誰も知らない。何処へ行くのか、皆行くところ。風は吹きすさび、海はめぐる。けれど、誰も知らない。」
食べ物に対する飢えではない、言葉にならない魂の飢えに苦しむ若者イーベンは、不思議な少女ジェニーとの交流によって、それまでの胸が潰れてしまいそうな出口のない暗闇から救われるのです。
考えてみれば、この物語が書かれたのは、第二次世界大戦の初期にあたります。ネイサンは、その時代の絶望をひしひしと感じながら、執筆していたのに違いありません。そして、彼なりのやり方で、時代と格闘していたのでしょう。
この作品は、現在、山室静訳及び大友香奈子訳であれば、新刊ですぐ手に入ります。けれども、できれば井上一夫訳のハヤカワ文庫版を、古書ではありますが、わたしは読んで欲しいと思うのです。翻訳モノの小説は、訳者の違いによって、読後感がまったく変わってきます。そして、井上一夫訳のハヤカワ文庫版を、わたしが強く勧めるのは、彼の日本語の感性が、ネイサンの繊細な作風にもっとも合っていると感じるためです。
さらに言えば、ハヤカワ文庫版は、初期と後期でカバーの表紙絵が変わりますが、できれば初期の少女の後ろ姿を描いた表紙絵で復刻して欲しいと思います。この作品に限りませんが、1990年代以降、どうも表紙絵や挿絵のセンスが、どんどん劣化しているように思えてなりません。
売るために、人の目を引こうと努力しているのでしょうが、それだからこそ、なおさら出版者・編集者の趣味やセンスが問われると思うのです。例えば、一時絶版だったSF作品「ハローサマー、グッドバイ(マイクル・コーニイ著/1975)」も、もともとのサンリオ版(1980)と、再版の河出文庫版(2008)では、表紙カバーのセンスが段違いで、それだけでも買う気が失せてしまいます。
「ジェニーの肖像」は、素晴らしい作品です。それだけに、ベストの訳、ベストの表紙絵で出版されて欲しいと思うのです。
☆ふりだしに戻る(1970)/ジャック・フィニイ著(福島正美訳)/角川文庫
ジャック・フィニイ(1911-1995)は、ファンタジー作家というより、むしろSF作家として有名かもしれません。SF作品では、密かに街の住人が異星人にすり替わっていくという、ハインラインの名作「人形つかい(1951)」を彷彿とさせる古典的な侵略モノの傑作「盗まれた街(1955)」が有名です。そして、この「ふりだしに戻る」という作品も、どちらかと言えばファンタジーではなく、過去へのタイムスリップを題材としたSFとして分類されることが多いようです。
「過去のある日ある瞬間に向けて、可能な限り現代をシンクロさせることによって、過去へ飛ぶことを可能にする」というこの作品のアイディアは、確かにSF的であるような気もします。しかし、フィニイ作品の最大の魅力は、SF的なアイディアや奇抜な着想より、むしろ作品全体から立ちのぼるメランコリックな雰囲気と、随所に見られる懐古趣味へのこだわりにあります。
彼の過去への郷愁の想いは、短編集「ゲイルズバーグの春を愛す(1960)」に収められている作品の中にもあふれています。特に、古い机の引き出しの隠し扉の中に見つけた過去の時代の見知らぬ女性の古い手紙に、返事を書いて机に託す男を描いた、有名な短編「愛の手紙」などは、今とは別の過去の時代の人と、生き生きと交流する様子を描いているという点で、「ふりだしに戻る」にイメージが重なります。
新しく移り住んだ部屋の壁紙をはいでいるうちに、過去にその部屋に住んでいた魅力的な女性の幽霊が恋人に乗り移るという「マリオンの壁(1973)」も、〝過去との濃密な触れ合い〟という類似の要素を持ったストーリーです。
ところが、その次に書かれた〝ほのぼの〟サスペンス小説「夜の冒険者たち(1977)」は、互いを深く思いやる育ちの良い素敵なカップルたちが、集団で夜遊びを楽しむという現代の都会の物語で、過去の世界との交流は一切出てきません。一見、ジャンル違いの小説ですが、わたしは、この作品もまた、実にフィニイらしい作品だと感じます。
というのも、フィニイ作品に見られる〝古き良き時代への愛情〟の根本には、〝古き良き人間関係への憧憬〟〝不変の絆への忠誠〟があるからです。「夜の冒険者たち」のヒロインの「ボニーはクライドを見捨てたかしら?」というセリフに、彼の想いがよく表れています。
この「ふりだしに戻る」や、遺作となった、その続編「時の旅人(1995)」でも、主人公のヒロインに対する〝変わらない愛〟が、実は作品の最大のテーマになっている気がします。そして、人間関係が刹那的・一時的で移ろいやすい現代社会において、フィニイ作品の持つこの安心感は、まるで砂漠の中の貴重なオアシスのように感じられるのです。
ところで、この作品に関して、ひとつ残念に思うことがあります。それは、この作品には文庫本の体裁は似合わないということです。この物語は、当初はハードカバーで出版されました。その時は、挿絵の写真の数々が本当に美しく、何度もページを戻って眺めたものです。叶うことなら、あの立派で見事な本にもう一度出会いたいと思うのです。
☆七つの人形の恋物語(1954)/ポール・ギャリコ著(矢川澄子訳)/王国社
ポール・ギャリコ(1897-1976)は、単なるファンタジーの書き手にはとどまらない、本当に多才な人です。もともとはスポーツ記者として名を馳せた人でしたが、後に小説家に転身しました。
出世作は、戦時中の人嫌いの男と少女の交流を描いた短編「スノー・グース(1941)」です。その後、これも第二次大戦中の話で、心身症に陥って休養中のアメリカ人航空兵とイギリス人女性の恋愛を描いた「ザ・ロンリー(1947)」を発表しました。
この頃までのギャリコの作風は、「戦争という極限状況に直面して立ちすくむ男と、それをじっと見守る健気な女性との魂の触れ合い」という現実的なテーマを、豊富な人生経験をベースにして、とてもリアルに描くものでした。そうした作風は、豪華客船の転覆と乗客の脱出というもう一つの極限状況を描いた「ポセイドン・アドベンチャー(1969)」にも活かされています。
しかし、やがてギャリコの執筆活動は、ファンタジーへと傾いていきます。ファンタジー分野での彼の代表作のひとつは、突然猫になってしまった男の子ポールとメス猫ジェニーとの交流と冒険を描いた「さすらいのジェニー(1950)」という作品です。大の猫好きのギャリコが著した一連の〝ネコモノ〟の中でも最高傑作です。
そして、もうひとつの代表作が、陰気で冷酷な人形つかいが操る七つの人形たちと、田舎からパリに出てきたさえない若い女性ムーシュとの交流を描いた、この「七つの人形の恋物語」なのです。題名は児童文学っぽく感じますが、内容は児童書としては不適切な描写もあり、そのせいで「さすらいのジェニー」と比べると世間の知名度が低く、教育的観点(?)を考慮してか、あまり推奨されてきませんでした。けれども、文学としては、こちらの方がはるかに深みがあると思うのです。
また、この小説の中には、ファンタジー的な現実からの飛躍はまったくありません。語られる内容は、完全に地に足のついたリアルな物語なのです。けれども、それでも、この美しい物語を、ファンタジーとして楽しむことはできます。人形師が一人で操る七つの人形たちのパーソナリティーが、あまりにリアルなために、ムーシュと人形たちの会話が、かえってひどく幻想的に感じるのです。
そして、普通小説でもファンタジーでも、ギャリコ作品にはある共通点があります。それは、必ず、主人公の男性の心の中には、何らかの極限状況をくぐり抜けてきた傷跡があり、ヒロインの女性は、その傷跡を癒す〝聖母性〟を豊かに有しているという点です。ギャリコの描くヒロインについて、ジェニーもムーシュも、他の作品のヒロインについても、批評家たちが「ギャリコは〝永遠の女性〟を描いている」と評する所以です。
ただ、ムーシュと人形たちの場合は、さらにその上に、互いが互いの傷をいたわりあい、絶対的に相手を必要とし、強く求め合う〝理想の愛のかたち〟を描いていると言えるかもしれません。愛の成就には、それまでの各々の内的価値観の崩壊と再生がつきものです。この物語では、その崩壊と再生に伴う内的緊迫感が、最後のドンデン返しを、とてもスリリングで鮮やかなものにしているのです。
昔、谷山浩子さんの「紙ひこうき」という曲を聴いた時に、「ファンタジーというのは、怖いものだな」と思ったことがあります。
飛んでいけよ、紙ひこうき
あの人の心に突き刺され
突き刺され
ファンタジーというのは、子供だましのおとぎ話ではありません。良質なファンタジーは、必ず人の心の真実に訴えかける力を持っているのです。その凄みは、時として、最良のノンフィクションやルポルタージュの迫力をも凌駕することがあります。ジェニーの肖像 (創元推理文庫)/ロバート・ネイサン

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