姓名判断というのは、名前の画数から、その人の運勢全体の傾向や特徴を判断するものです。流派によって、かなり正確に判断できるものから、まったく当たらないものまで、種類はさまざまです。
自分の改名や赤ちゃんの命名にあたって、専門家に大金を払ってつけてもらった名前が、実は障りの多い名前だったということもよくあることです。ですから、姓名判断をするにあたっては、「正しい方法」でおこなうということが一番大切です。しかし、何をもって正しいと言えるのか、どう判断すればよいのでしょうか。
姓名判断の妥当性について科学的な証明などできませんし、適切な判断方法を保証してくれる確かな権威も存在しません。わたしにしても、多くの人を占ってきた経験から、どの方法が適切か、なんとなくわかるだけです。もちろん「なぜ当たるのか?」など、わかりません。
ともかく、わたしの経験上、正しい姓名判断をする上で、注意すべき点は、以下の事柄と考えています。
①それぞれの漢字の画数は、旧字体・新字体にこだわらず、その人が普段使っている字体で、今、実際に書いている画数で数えます。古いしきたりに準じて、昔の画数では数えません。ただし、平仮名は崩し字なので、特殊な数え方になる場合があります。この画数の数え方が、流派によって違いが大きく、それによって判断がガラリと変わってきます。そして、無理に旧字体になおしての姓名判断は、運勢を見ていく上で、どうも判断の狂いが大きいのではないかと、わたしは考えています。また、命名に関しては、平仮名名や片仮名名は、晩年運が良くない場合が多く、姓名的には漢字を使用した方が良いようです。
②姓と名の結びつく狭間の2字の画数の合計(人格/人運/人生運)を、青年期以降の総合的運命、本人の基本的な運気の強さ、健康状態、能力、性格の本質をあらわす中心数として最重要視します。その際、それぞれの数字の持つ意味の解釈については、流派によって微妙な違いはありますが、吉数・凶数の分類については、ほとんど違いはありません。しかし、例えば、一般に異性運が薄く人間関係で難のある「融通の効かない直情型の努力家」数とされる「27画」「17画」「7画」を、孤立運があると吉凶相半とするか、意志の強さと突進力を評価して半吉とするか、先見性と独創性を買って吉とするか、というレベルの見解の相違はあります。
③人格を除いた合計画数(外格/外運/社会運)を、社会運・仕事運・財運・金運をあらわす数字として、社会的成功運の鍵となる中心数として考えます。姓・名が一字の場合は、姓と名の霊数を、それぞれ「1」と数えて計算します。ただし、霊数を加えない場合の数も、「裏」の数とし、その影響も含めて考えます。
「外格/外運」という用語は、「外との人間関係」「外からやってくるモノ」を意味します。〝外〟というのは、クラスメートや先生、同僚や上司や取引先、世間や親戚や配偶者の家族などです。つまり、社会的な評価や人間関係に恵まれるかどうかを見るときに、最も重要となるのが外格なのです。また、後で⑪で述べるように、外格は人格に対して強い影響を及ぼします。
④名の合計画数(地格/地運/名格/家庭運)を、家庭運・愛情運をあらわす数字として、本人の持って生まれた感情的性質、プライベートな人間関係の人気運、恋愛運・結婚運・子供運・友人運・部下運などの鍵となる中心数と考えます。地格/地運は、人格・外格・総格・天格などと異なり、結婚などで苗字が変わっても、画数がまったく変化しません。つまり、一生不変の運気を表すということです。また、幼少年期から青年期までの運命を示すという点でも重要な部分です。また、この地格は、⑩で述べるように、天格との相性が問題になります。
名が一字の場合は、霊数を「1」加えて計算します。ただし、未成年のうちは霊数を加えないという流派も多いようです。また、霊数を加えた数と加えない数の双方の影響を考慮するべきと考える流派もあり、それも一理あると考えています。霊数を加えない数は、地運の裏の宿命を表すと考えます。
⑤総画数(総格/総運)を、60代以降の晩年運、あるいは人生全般の補助的な運気をあらわす数字として考えますが、人格・外格・地格ほどには重視しません。逆に、この総格を最重要視する流派もありますが、わたしはその立場をとりません。ただし、のちに述べる内面の運においては、社会運と並んで最も重要な意味を持ちます。ちなみに、総格は、一字姓や一字名の場合でも、霊数を加えず、そのまま総画数を合計します。
⑥姓の合計画数(天格/天運/祖先運)は、一族運をあらわしますが、総格よりさらに補足的な数字として、上司や両親や祖父母との関係を表します。同時に、一族にまつわる宿星として、頭に入れておくようにします。また、総格と同じように60歳以降の晩年運に影響を与えると言われます。また、のちに述べる連鎖・複合殺においては、特に、表の画数において、天地同格(天地殺)や天外同格(破殺)という重要なポイントに影響します。一字姓では霊数を「1」加えて計算し、霊数を加えない裏の数も考慮します。以上、②③④⑤⑥をあわせて「五格・五運」といい、姓名判断の根幹を成します。
⑦総格と人格を合計した数を、〈伏運〉として数える流派もあります。伏運は、日頃、表面には現れないが、運命の底流に潜伏していて、ふとした拍子に姿をあらわす運気をあらわします。この〈伏運〉は、人生のターニングポイントにおいて、かなり重要な意味を持つ数字です。姓名判断において、その人の人生のクライマックス前後の狭間の運気、予期せぬ波乱に現れる特徴を最も良く表すのが、表の画数における伏運の示す数字なのです。
⑧総画から姓名の最初の一字の画数をひいた数を〈家庭運〉といい、この画数を重視する流派もあります。表の画数においては、家庭運は、その人の総合的な運気に大きな影響を及ぼし、この画数が良いと、他に悪い画数があっても、その凶意を打ち消してくれるとされます。しかし、この家庭運は、のちに述べる内面の運においては、単独では強い影響は持ちません。一字姓や一字名の場合は、外側に1画の一字(霊数)があるものとして計算します。
⑨総格から姓名の最後の一字の画数を引いた数を〈社会運〉といいます。この画数は単独ではさほど重視しません。ただし、家庭運との関係が、斜同格の場合は、理性と欲求の衝突を象徴し、運勢全体に大きな影響を及ぼします。その影響は、周囲の人にも及ぶほど強いものです。また、のちに述べる〈内面の運〉においては、総格と並んで最も重要な意味を持ちます。一字姓や一字名の場合は、外側に1画の一字(霊数)があるものとして計算します。
⑩姓名の漢字の画数を並べて、奇数(陽⚪)と偶数(陰⚫)の配列を調べること。これを陰陽の配列といい、この配列が悪いと、たとえ②~⑨がすべて問題がなくとも、障りのある姓名として判断します。配列の悪い状態とは、例えば⚫⚪⚪⚫のように、陰が陽を封じ込めていたり、その逆に陽が陰を封じ込めているものです。気の通り道が塞がれて、運気が滞ります。これを大凶相とします。また、⚫⚫⚫⚫とか、⚪⚪⚪⚪のように、陰陽どちらかに偏っている(陰陽配合)と、明暗がくっきりと現れて、運命が極端になりがちです。上記以外の場合は、概ね吉相と考えて差し支えありません。一字姓や一字名の場合は、霊数「1」を加えて陰陽の配列を見ます。
⑪姓名の一番上の字と一番下の字が、4と4、3と13、5と14(1+4)、14と41というように、同じ数字になる(精神連鎖/天天地地/『本殺』)場合は、その数字が吉数であっても要注意で、精神不安定に陥りやすく、特に仕事面で障りのある姓名として判断します。性格的には短気なのに優柔不断で、商売・運営・事業・取引などの物事が、うまく順調に進んでいきにくい運命です。ただし、この連鎖が、のちに述べる〈内面の運〉に現れる場合には問題ありません。一字姓に一字名の場合は、霊数「1」同士がぶつかり、この連鎖が生じます。
さらに注意したいのは、3と10の性質上の同質性が生み出す同格・連鎖関係です。ここから、12と10、21と10、3と19、3と20なども、同格・連鎖が生じると考える流派が多いのです。
⑫姓と名の一番上の字同士が、⑪のように同じ画数になる(天地連鎖/『頭殺』)と、たとえ吉数であっても、特に恋愛・結婚運に悪影響を及ぼし、異性関係で何かと障りのある姓名として判断します。また、カッとなりやすかったり、頭痛持ちだったり、頭部にダメージを受けやすい傾向があります。突発的な事故や大病にも襲われやすいのです。ただし、この連鎖が〈内面の運〉に現れる場合には、さほど問題ありません。
⑬姓と名の接合部の漢字同士の画数の関係から、姓と名の陰陽のバランスをみます。⑪⑫のように同じ画数になる(『崩殺』)と、特に健康面で要注意です。たとえ吉数であっても、あご、首、背骨、腰を結ぶ線に歪みが生じやすく、そのせいで特に、慢性病に悩まされる傾向があります。一度身体に故障を生じるとなかなか完治しません。凶数同士の場合には、慢性病以外にも大病に気をつけなければなりません。また、動作がスローモーな割に、転びやすかったりします。ただし、この連鎖が〈内面の運〉に現れる場合には、さほど問題はありません。
⑭姓(天格)と名(地格)の総画数同士が、⑪⑫⑬のように、同じ画数になる(天地同格/『天地殺』)と、たとえ吉数であっても、不意に足元をすくわれたり、突然の運命の激変に見舞われやすくなります。また、生涯、突発的な事故や怪我にあいやすいので注意が必要です。天格と人格、人格と地格の同格関係(縦同格)も、似たような現象を起こすと言われます。ただし、これらの同格・連鎖が〈内面の運〉に現れる場合には、さほど問題はありません。
⑮人格と外格の総画数同士が、⑪⑫⑬⑭のように、同じ画数になる(横同格/『横死殺』)と、それがたとえ吉数同士であっても、とにかくお金が外へ流れ出ていきます。どんなにお金が入ってきても、まったく身につかず、急な出費などで、すぐに消えてしまうのです。いくら稼いでも、なぜか〝家計はいつも火の車〟ということになりがちです。運気が幸不幸の両極端に振れやすく、激動の人生となります。また、家の中に落ち着かず、常に外に飛び出していくという意味もあります。この同格・連鎖は、エネルギーの強い放出を表し、運勢全体への影響力が特に強く、同格関係の中でも、もっとも重視されます。たとえ吉数であっても凶意を示す、最も危険な同格関係と言えます。もちろん、〈内面の運〉でも重視されます。
⑯外格と天格の総画数同士が、⑪⑫⑬⑭⑮のように、同じ画数になる(天外同格/『破殺』)と、特に夫婦の実家同士で、しきたりや価値観がまったく合わず、そのために、夫婦間で、すれ違いや軋轢が多くなり、結婚運・家庭運が悪くなります。天格は自分の一族、外格は配偶者の一族を表し、その両者がぶつかり合って軋轢を生じるのです。健康運にも影響を及ぼします。ただし、この同格・連鎖が〈内面の運〉に現れる場合には、さほど問題ありません。
⑰また、外格と地格の総画数同士の組み合わせ(地外同格)を重視する流派もあります。凶数がある場合には、健康にも注意が必要となります。ただし、〈内面の運〉に現れる場合には、さほど問題ありません。この地格と外格の画数の一致は、主に35歳までの運気に影響を与えます。吉数同士でも影響はありますが、いずれかに凶数があると、自分の内面を外に表現するのが困難になり、経験の自己消化がままならなくなります。さらに凶数同士の場合は、恋愛運や結婚運に影響が現れ、失恋・離婚などの傾向があります。また、幼少期に火難・水難・事故・大病にあいやすい運命です。
⑱さらに心の充実度を測る内運A及びBを算出し、その同格を重視する流派もあります。少しわかりづらいのですが、内運というのは、下記の〈内面の運〉とは異なるものです。内運Aは、36歳以降の内面の幸福感を表し、姓の一字目と名の一字目を足して算出します。内運Bは、35歳までの心の満足度を表し、総画数から内運Aの画数を引いて算出します。このAとBの同格・連鎖は、金銭の損失や扶養義務の発生、それに伴う精神苦労を暗示するとされます。
⑲以上⑪~⑱及び⑨㉑の画数の一致・衝突を、同格・連鎖・複合殺といい、②~⑨の基本画数の吉凶意と同等に重視します。たとえ基本画数がすべて吉数だとしても、姓名に同格・連鎖・複合殺が複数あると、何かと多難になりがちです。ただし、凶数を含む同格・連鎖・複合殺と違って、吉数同士の場合は、組み合わせによっては吉に転じることもあります。また、凶数同士の場合であっても、五格の画数との関係から、吉意に転じる場合もあります。
最も注意すべきは⑮の横同格(横死殺)と⑨㉑で言及した斜同格で、この二つは作用するエネルギーが大きいために〈内面の運〉においても重視されます。特に凶数による同格の場合は、凶意が膨らむので注意を要します。
これら五格の画数と連鎖・同格の組み合わせに、さらに⑩の陰陽バランスを加味して、姓名の吉凶を総合的に判断します。ここまでが、姓名判断の基本事項です。
⑳次に、天格・人格・地格・総格の基本画数(23⇨5,11⇨2,10⇨1,19⇨10)を出し、その数字四つを漢字の画数のように順に並べて、さらに五格を算出し、同格・連鎖・複合殺も見ていくという流派もいくつかあります。
ここで現れる運勢を〈内面の運勢/初年・若年期~35歳まで〉とし、⑪で見た表面的な基本運勢に重ねて考えていくのです。基本運勢が良くても、この内運が悪いと、やはり運勢に悪い影響を及ぼします。さらに、〈内面の運勢/初年・若年期〉の天格・人格・地格・総格の画数を横に並べ、上記のように計算すると、〈内面の運/中年・盛年期~50歳まで〉が出ます。そこからさらに同じ作業を繰り返すと〈内面の運/末年・晩年期~50代以降〉が出ます。
これら三つの内運をみるとき、もっとも重視するのは、それぞれの時期における総格の画数と㉑で説明する援助運の画数の吉凶です。次に、横同格(横死殺)及び斜同格の有無を確認します。それから、内面の運を、表の運に重ねて、総合的にその人の運気を見ていきます。
㉑〈内面の運〉の総格から、外運の総格の基本画数(一番下の漢字の画数にあたる数)を引いた画数(社会運)を〈援助運〉と言うこともあり、本人の潜在的社会運を表します。この内面の社会運も、表の画数における〈家庭運〉と同じくらいに、その時期の運勢に強い影響を与えると言われます。ただし、この社会運(援助運)は、表の画数を見る時には、あまり重視しません。
注意したいのは、この社会運(援助運)と家庭運との連鎖(斜同格)です。かなり強い霊的な作用を暗示する組み合わせです。この組み合わせの吉凶は、他の部分の画数との組み合わせによっては、運勢全体に大きな影響を及ぼします。特に、凶数同士の場合は、運勢全体を判断する上で、特に注意が必要となります。この〈社会運(援助運)ー家庭運の連鎖/斜同格〉があると、身近な人に凶兆が現れることも多く、霊的作用による突然死をもたらすことさえあり、広範囲に多大な影響を及ぼします。横同格(横死殺)と並んで、最も強いエネルギーをはらみ、影響力の甚大な同格・連鎖の関係です。特徴は、吉意も凶意も、同様に強められるということです。そして、吉意が強められることも、必ずしも良いことばかりとは限りません。その強すぎるエネルギーの放出が、予期せぬ突然の不幸につながることもあるのです。
㉒漢字の一部を採ったカタカナや、漢字を崩して作られたひらがなを用いている名前は、その成り立ち通りに、晩年に向かうに従って、運命に思わぬ狂いや崩れが生じてきやすいものです。
また、使われている漢字そのものが象徴する意味も、運命に深く関わってきます。例えば、「和」という字は、よく名前に使われることの多い字ですが、実は注意すべき点の多い字です。もともと「和」は、稲穂が実って垂れる様子から作られた字なのですが、そのせいか、若いうちはいいのですが、中年期以降、運勢が下降線をたどることが多いようです。そして、その他にも、「光」「勝」「美」「恵」「愛」「妙」「直」など、字の成り立ちから、不運な暗示が強く、姓名に使用するには注意すべき字が数多くあります。
また、「春」「夏」「秋」などの季節を表す字は、人生のある時季(少年期・青年期・中年期など)に、良い運気を使い果たしてしまう傾向があります。さらに、「鉄」「鋼」「金」「鈴」などの鉱物名は、運命の流れが固く凝結してしまうという、あまり良くない暗示があります。
読み方でも、「カレン」「カノン」「シオン」など、最後に〝ン〟の音がつくのは、ある時点で運命が途絶えてしまう暗示があり、最近は流行っていますが、命名は避けたいところです。
それから、もう一つ、注意したいことがあります。よく、親子や兄弟姉妹などで、同じ漢字を使うことがありますが、これは避けた方がいいということです。まるでシーソーのように、一方の調子が良い時は、もう一方が調子が悪くなったり、どちらか運気の強い姓名を持つ方に、運気が偏りがちになったりします。〈双子同格〉という言い方をすることもあるようです。
㉓姓名判断の最重要事項、数字の持つ意味についてです。吉数・凶数の中でも、特に注目すべき数字を、いくつか挙げておきましょう。
まず、吉数からですが、「24」という数字はとてもラッキーな数字です。シンデレラ数字とも呼ばれ、例えば、この画数を地格や家庭運に持つ人は、配偶者によって分不相応なまでに幸せになります。特に、物質的には恵まれます。ただし、分不相応というのは、必ずしもいいことばかりとは言えません。この人の安定と幸せの影で、犠牲になる人も出てくるかもしれないのです。現在は、五大吉数(15、24、31、32、52)の筆頭に挙げられますが、これも「何事もお金が全て」という社会の風潮の影響が大きいと思われます。
凶数「4」の完全主義や繊細さの傾向を受け継ぐ、大凶数の「14」と大吉数の「24」には、実は共通点が一つあるのです。それは、両方とも、我の強さとお金に対する強い執着を表すということです。愛情とか、人間関係とか、友情とかより、お金や権力や利己的成果を選びます。自己中心的で偏った狭い思考になりがちなのです。「14」は、その結果、人間関係の破綻と没落を招きますが、「24」は、経済的安定と繁栄がもたらされます。しかし、実は14と24は、表裏一体なのです。
ある意味、24画は、「人は人、自分は自分」という個人主義の時代の大吉数と言えるでしょう。けれども、それが本当に大吉なのか、実は疑わしいところもあります。というのは、この「24」タイプの人は、最後には常に「人よりお金」を取ってしまうので、その唯物的個人主義の生き様のツケは、必ず子孫にかかってくるからです。
そういう意味では、「14」もまた、親兄弟との縁が薄い四大凶数「9」「10」「19」「20」とは異なり、災厄の中でも自分は孤立せずに、周囲を道連れに巻き込んでいくタイプの人騒がせでハイパワーな大凶数なのです。
それから、「14」画「24」画を、姓名の主要な部位の画数に持つ人を占う時に、心しておかなければならない大事なことは、〝決して占いの報酬を受け取ってはならない」ということです。これらの画数を持つ人は、お金にがめついので、お金を受け取った相手の言葉を軽く見る傾向があるからです。深い反省を促すことができなくなってしまうのです。
次に、「11」は、年長者の援助があることを示す吉数です。しかし、この11は、俗に『長男数』とも呼ばれ、親族の中で必ず大黒柱的な役割を負わされる運命もあります。それは、一族中に、他に頼りになる人がいないということでもあります。それだけ負担も大きいので、心にいつも余裕がなく、短気で心配性の面もあります。
同じことは「21」についても言えます。この数字は、特に仕事運に関して、非常に強運であることを示す大吉の数字です。けれども、その一方で、背負わされる責任も重くなり、望むと望まざるとに関わらず、当人は意志強固な頑固者的な存在となります。そして、やがては偏屈な独り者となる可能性が高いのです。女性の場合も職業を持てば必ず成功します。しかし、結婚している場合は、女性上位となり、配偶者の運気を逆に歪めてしまうことがあるので注意が必要です。極端な場合は、夫を早く亡くし、若くして未亡人になってしまうこともあるのです。
「16」「23」「32」の三大大吉数についても、富裕と成功と栄達をもたらす数ではありますが、あまりにも強運に過ぎて、その強大なエネルギーのために、特に「23」「32」は、女性の場合は夫の運気を妨げてしまい、若くして死別する例が多いことから、「21」とともに、俗に『後家数』とも呼ばれます。運が強すぎるのも、時に問題を生むことがあるのです。
また、「13」「31」は、養子長男数とも言われ、自分の血筋や生まれとは関係のない一族の命運を担うことになります。後妻に入って、一族に采配をふるう人もいます。強い人気運がありますが、一方で担わねばならない責任も重くなります。さらに短気で気まぐれな面が前に出てくると、反発や軋轢が強くなり、孤立を深めることもあります。
このように、吉意と凶意は常に背中合わせなのです。
㉔凶数の中からは、まず、「10」という一般に大凶とされる数字を紹介しておきましょう。四大凶数の一つとされる「10」の数字は、心と運命に影と孤独をもたらします。この画数が、地格や外格にあると、親兄弟との縁が薄かったり、何かと孤立無援の境遇に陥りやすいものです。また、これは同じく四大凶数の一つとされる「20」にも(より深刻に)言えることですが、思考や感情や行動や運気が、0か1か、白か黒かと、極端から極端に走りやすく、何かと波乱の多い数字です。気分の浮き沈みが激しいところから、人間関係でも、軋轢が生じると、すぐに諦めてしまい、関係が途絶えてしまいます。何かと孤独に悩みがちなのです。ただし、救いもあるのです。この数字を持つ人の多くは、たゆまない幸福の追求者です。薄倖だからこそ、強く幸せを求めるという面もあるかもしれません。その結果、滅多にない大きな幸せを得られることもあるのです。
この「10」画を持つ人を占う時に、心しておかなければいけないことは、説明を中途で諦めずに、とことん最後まで付き合うことです。この画数を持つ人は、めんどうくさがりで、「もう、いいよ、どうせ」と、しつこい人を嫌います。けれども、心の底では、真心をこめて、真っ正面から、どこまでも付き合ってくれる相手を求めているのです。
次に、三角関係や恋愛トラブルに必ず付いてまわる大凶数「19」及び大凶数「9」についてですが、勘が鋭く、理知的で頭の回転も早く、気配り上手で、器用で美的センスに優れ、派手で活動的でやり手な割に、短気で神経質で、利己的で情に薄く、何かと運がなく、波乱や失敗や気苦労の多い数字です。鋭すぎる剃刀のごとく、自分も周囲も傷つけてしまうのです。ヒヤリとするほど冷たいところもあります。しかし、生来の豊かな感性を生かして、アーティストとして活躍する人もいます。また、「10」や「17」と違って、異性との出会いが多く、次々と恋愛遍歴を重ねる中で、本当に大切な相手と巡り合うこともあります。その出会いが、人生の転機となることもあるのです。
そして、一般に精神苦労多く中途挫折を意味する凶数「12」「22」についても、書いておきます。寂しがり屋で同性の友達は多いのに、異性運が薄いところがあり、どこか孤独の影がつきまといます。けれども、災難や波乱があっても、不思議と何とか持ちこたえて、難局を乗り越えていける数なのです。その理由は、天性の霊感・直感の鋭さによります。人並外れた勘の働きによって、危機一髪で、奇跡的に、難局を何とかすり抜けていけるのです。そのため、「奇跡数」と呼ばれることもあります。ともかく、「12」「22」は、非常に特殊な〝霊的〟な数字であることは確かです。
㉕最後になりますが、天格・人格・地格の下一桁の数字を、陰陽道の「五行」に当てはめて、その相剋・相生関係から、健康運や運気の強さや持って生まれた気質・性格をみることを重視する流派もあります。
数字の当てはめ方としては、「0,1」は木、「2,3」は火、「4,5」は土、「6,7」は金、「8,9」は水と考えます。また、「1,2」を木、「3,4」を火、「5,6」を土、「7,8」を金、「9,10」を水とする流派もあります。
わたしとしては、どちらも否定し難く、まるで〝表裏一体〟のようにも感じます。つまり、性格・気質及び健康運において、〈「0,1」木〉式が表面的な運勢(若年期/〜35歳)を表し、〈「1,2」木〉式が裏に潜む運勢(壮年期/36歳〜)を表すということです。
1文字姓や1文字名の場合は、その外側に霊数「1」を加えて天格・地格を計算し、三才を観ます。三才においても、霊数を加えない裏の数の影響は、晩年になるほど大きくなるようです。若年期には、それほど気にする必要はありません。
次に、判断のとり方です。中国の陰陽五行説では、木は火を、火は土を、土は金を、金は水を、水は木を生じると考えます。つまり、木➡火➡土➡金➡水➡木という順番が、相生関係として、相性が良いとされるのです。エネルギーを与え受けとる関係ということです。木から火を生じ、水が木を育む、といったように、です。
一方で、木は土を、土は水を、水は火を、火は金を、金は木を剋す(消す・妨げる・傷つける・害する)と考えます。つまり、木➡土➡水➡火➡金➡木という順番が、相剋関係として、相性が悪いとされるのです。こちらは、エネルギーを削ぐ関係となります。特に、水は火を消してしまうことから、水➡火の関係は破滅的です。また、金属は木を切り刻むことから、金➡木の関係も被害が大きくなります。
この相生・相剋関係から、天格・人格・地格の五行の配列関係(『三才』)をみていくことで、主に健康運と性格が占えるのです。この時、臓器としては、木⇨肝臓、火⇨心臓、土⇨胃腸、水⇨肺、金⇨腎臓を示します。
さらに、外格の五行も加えて、相関関係を考えていくと、姓名の表す運勢全体の傾向が象徴的に見えてきます。すなわち、四格の相生関係は、五格の画数の示す吉意を強め、相剋関係は凶意を強めるのです。
さて、上記の姓名判断によってわかることは、その人の性格や運勢、人生の全体的な傾向や注意すべき事柄などです。ただし、姓名がその人の運勢を操っているというよりは、むしろ、その人の持っている本質的なものが姓名に表出する、あるいはその人の運勢の一部が、姓名という形で顕在化すると考えられます。
ですから、運気を変えようと、単純に改名しようとしても、なかなかうまくいかないことが多いのです。運勢そのものが、無理な改名には強く抵抗するからです。改名時に運気が変わるとしたら、それは本人が天命に気づいた時であり、それが改名という形で顕在化した場合だけです。
もちろん、ニワトリと卵の話ではありませんが、姓名そのものが、その人の人生に直接影響を及ぼしている面がまったくないとは言い切れない面もあります。けれども、その逆に、運勢が姓名の成立に及ぼす影響力の方がはるかに強いのです。ですから、子どもの命名に必要以上に神経質になる必要はありません。ある意味、なるべくしてなるような名前がつけられるはずです。
また、たとえ最高の名前を持っていても、最低の人生を送る人もいます。逆に凶名であっても、充実した素晴らしい人生を送る人もいます。なぜ、そうなるのでしょうか。
わたしは姓名に宿る運勢を〝地運〟と考えています。生年月日からわかる運勢もそうです。地運というのは、現実の世の中の気の流れの質的な条件のようなものです。一方で、わたしは、人間の運命は、地運よりも〝天運〟によって定まる部分が大きいと考えています。天運というのは、天がその人に与えた〝生きる目的〟〝使命〟のようなものです。天運の影響力は、本人の自覚によって強まります。ですから天運に沿って生きる人は、地運の影響下から、次第に解放されていくのではないか、と思うのです。
ですから、姓名ですべてが決まる、などという考えに、わたしは同意できません。無理に改名を考えるよりも、天運を自覚することが大切ということですね。ただし、人知を超えた天の計らいが天運ですから、そもそも人の知恵や技術で天運を知ることができません。人は祈りの中でのみ、天の計らいを感じることができるのです。
それから、占術士が、天運の恵みを受ける上で大切なことがあります。それは、「自分のために占ってはならない」ということです。自分のことを占うのは良いのです。多くの占い師が、人を占って報酬を受け取るのですが、それによって、天恵は少しづつ目減りしていきます。高額の報酬を受け取る著名な占い師に、あまり幸せな人がいないのはそういうわけなのです。
ここまでわたしが述べてきたことは、スピリチュアルな世界においては、はっきりした確かな事実と考えられています。しかし、このことを科学的に証明する手段は皆無です。ですからわたしは、基本的に、この世界の事象に関して「たとえ科学的に証明できないことであっても、明白な真実でありうる」と考えています。
これは、もしかしたら、小保方さんが「STAP細胞はあります」と言ったことに通じるかもしれません。つまり「現時点では、あるいは将来にわたって、科学的に証明することができないとしても、自然界において、こうした事象は充分起こりうる」ということです。これは、経験を通して得た、わたしの実感です。
自分の改名や赤ちゃんの命名にあたって、専門家に大金を払ってつけてもらった名前が、実は障りの多い名前だったということもよくあることです。ですから、姓名判断をするにあたっては、「正しい方法」でおこなうということが一番大切です。しかし、何をもって正しいと言えるのか、どう判断すればよいのでしょうか。
姓名判断の妥当性について科学的な証明などできませんし、適切な判断方法を保証してくれる確かな権威も存在しません。わたしにしても、多くの人を占ってきた経験から、どの方法が適切か、なんとなくわかるだけです。もちろん「なぜ当たるのか?」など、わかりません。
ともかく、わたしの経験上、正しい姓名判断をする上で、注意すべき点は、以下の事柄と考えています。
①それぞれの漢字の画数は、旧字体・新字体にこだわらず、その人が普段使っている字体で、今、実際に書いている画数で数えます。古いしきたりに準じて、昔の画数では数えません。ただし、平仮名は崩し字なので、特殊な数え方になる場合があります。この画数の数え方が、流派によって違いが大きく、それによって判断がガラリと変わってきます。そして、無理に旧字体になおしての姓名判断は、運勢を見ていく上で、どうも判断の狂いが大きいのではないかと、わたしは考えています。また、命名に関しては、平仮名名や片仮名名は、晩年運が良くない場合が多く、姓名的には漢字を使用した方が良いようです。
②姓と名の結びつく狭間の2字の画数の合計(人格/人運/人生運)を、青年期以降の総合的運命、本人の基本的な運気の強さ、健康状態、能力、性格の本質をあらわす中心数として最重要視します。その際、それぞれの数字の持つ意味の解釈については、流派によって微妙な違いはありますが、吉数・凶数の分類については、ほとんど違いはありません。しかし、例えば、一般に異性運が薄く人間関係で難のある「融通の効かない直情型の努力家」数とされる「27画」「17画」「7画」を、孤立運があると吉凶相半とするか、意志の強さと突進力を評価して半吉とするか、先見性と独創性を買って吉とするか、というレベルの見解の相違はあります。
③人格を除いた合計画数(外格/外運/社会運)を、社会運・仕事運・財運・金運をあらわす数字として、社会的成功運の鍵となる中心数として考えます。姓・名が一字の場合は、姓と名の霊数を、それぞれ「1」と数えて計算します。ただし、霊数を加えない場合の数も、「裏」の数とし、その影響も含めて考えます。
「外格/外運」という用語は、「外との人間関係」「外からやってくるモノ」を意味します。〝外〟というのは、クラスメートや先生、同僚や上司や取引先、世間や親戚や配偶者の家族などです。つまり、社会的な評価や人間関係に恵まれるかどうかを見るときに、最も重要となるのが外格なのです。また、後で⑪で述べるように、外格は人格に対して強い影響を及ぼします。
④名の合計画数(地格/地運/名格/家庭運)を、家庭運・愛情運をあらわす数字として、本人の持って生まれた感情的性質、プライベートな人間関係の人気運、恋愛運・結婚運・子供運・友人運・部下運などの鍵となる中心数と考えます。地格/地運は、人格・外格・総格・天格などと異なり、結婚などで苗字が変わっても、画数がまったく変化しません。つまり、一生不変の運気を表すということです。また、幼少年期から青年期までの運命を示すという点でも重要な部分です。また、この地格は、⑩で述べるように、天格との相性が問題になります。
名が一字の場合は、霊数を「1」加えて計算します。ただし、未成年のうちは霊数を加えないという流派も多いようです。また、霊数を加えた数と加えない数の双方の影響を考慮するべきと考える流派もあり、それも一理あると考えています。霊数を加えない数は、地運の裏の宿命を表すと考えます。
⑤総画数(総格/総運)を、60代以降の晩年運、あるいは人生全般の補助的な運気をあらわす数字として考えますが、人格・外格・地格ほどには重視しません。逆に、この総格を最重要視する流派もありますが、わたしはその立場をとりません。ただし、のちに述べる内面の運においては、社会運と並んで最も重要な意味を持ちます。ちなみに、総格は、一字姓や一字名の場合でも、霊数を加えず、そのまま総画数を合計します。
⑥姓の合計画数(天格/天運/祖先運)は、一族運をあらわしますが、総格よりさらに補足的な数字として、上司や両親や祖父母との関係を表します。同時に、一族にまつわる宿星として、頭に入れておくようにします。また、総格と同じように60歳以降の晩年運に影響を与えると言われます。また、のちに述べる連鎖・複合殺においては、特に、表の画数において、天地同格(天地殺)や天外同格(破殺)という重要なポイントに影響します。一字姓では霊数を「1」加えて計算し、霊数を加えない裏の数も考慮します。以上、②③④⑤⑥をあわせて「五格・五運」といい、姓名判断の根幹を成します。
⑦総格と人格を合計した数を、〈伏運〉として数える流派もあります。伏運は、日頃、表面には現れないが、運命の底流に潜伏していて、ふとした拍子に姿をあらわす運気をあらわします。この〈伏運〉は、人生のターニングポイントにおいて、かなり重要な意味を持つ数字です。姓名判断において、その人の人生のクライマックス前後の狭間の運気、予期せぬ波乱に現れる特徴を最も良く表すのが、表の画数における伏運の示す数字なのです。
⑧総画から姓名の最初の一字の画数をひいた数を〈家庭運〉といい、この画数を重視する流派もあります。表の画数においては、家庭運は、その人の総合的な運気に大きな影響を及ぼし、この画数が良いと、他に悪い画数があっても、その凶意を打ち消してくれるとされます。しかし、この家庭運は、のちに述べる内面の運においては、単独では強い影響は持ちません。一字姓や一字名の場合は、外側に1画の一字(霊数)があるものとして計算します。
⑨総格から姓名の最後の一字の画数を引いた数を〈社会運〉といいます。この画数は単独ではさほど重視しません。ただし、家庭運との関係が、斜同格の場合は、理性と欲求の衝突を象徴し、運勢全体に大きな影響を及ぼします。その影響は、周囲の人にも及ぶほど強いものです。また、のちに述べる〈内面の運〉においては、総格と並んで最も重要な意味を持ちます。一字姓や一字名の場合は、外側に1画の一字(霊数)があるものとして計算します。
⑩姓名の漢字の画数を並べて、奇数(陽⚪)と偶数(陰⚫)の配列を調べること。これを陰陽の配列といい、この配列が悪いと、たとえ②~⑨がすべて問題がなくとも、障りのある姓名として判断します。配列の悪い状態とは、例えば⚫⚪⚪⚫のように、陰が陽を封じ込めていたり、その逆に陽が陰を封じ込めているものです。気の通り道が塞がれて、運気が滞ります。これを大凶相とします。また、⚫⚫⚫⚫とか、⚪⚪⚪⚪のように、陰陽どちらかに偏っている(陰陽配合)と、明暗がくっきりと現れて、運命が極端になりがちです。上記以外の場合は、概ね吉相と考えて差し支えありません。一字姓や一字名の場合は、霊数「1」を加えて陰陽の配列を見ます。
⑪姓名の一番上の字と一番下の字が、4と4、3と13、5と14(1+4)、14と41というように、同じ数字になる(精神連鎖/天天地地/『本殺』)場合は、その数字が吉数であっても要注意で、精神不安定に陥りやすく、特に仕事面で障りのある姓名として判断します。性格的には短気なのに優柔不断で、商売・運営・事業・取引などの物事が、うまく順調に進んでいきにくい運命です。ただし、この連鎖が、のちに述べる〈内面の運〉に現れる場合には問題ありません。一字姓に一字名の場合は、霊数「1」同士がぶつかり、この連鎖が生じます。
さらに注意したいのは、3と10の性質上の同質性が生み出す同格・連鎖関係です。ここから、12と10、21と10、3と19、3と20なども、同格・連鎖が生じると考える流派が多いのです。
⑫姓と名の一番上の字同士が、⑪のように同じ画数になる(天地連鎖/『頭殺』)と、たとえ吉数であっても、特に恋愛・結婚運に悪影響を及ぼし、異性関係で何かと障りのある姓名として判断します。また、カッとなりやすかったり、頭痛持ちだったり、頭部にダメージを受けやすい傾向があります。突発的な事故や大病にも襲われやすいのです。ただし、この連鎖が〈内面の運〉に現れる場合には、さほど問題ありません。
⑬姓と名の接合部の漢字同士の画数の関係から、姓と名の陰陽のバランスをみます。⑪⑫のように同じ画数になる(『崩殺』)と、特に健康面で要注意です。たとえ吉数であっても、あご、首、背骨、腰を結ぶ線に歪みが生じやすく、そのせいで特に、慢性病に悩まされる傾向があります。一度身体に故障を生じるとなかなか完治しません。凶数同士の場合には、慢性病以外にも大病に気をつけなければなりません。また、動作がスローモーな割に、転びやすかったりします。ただし、この連鎖が〈内面の運〉に現れる場合には、さほど問題はありません。
⑭姓(天格)と名(地格)の総画数同士が、⑪⑫⑬のように、同じ画数になる(天地同格/『天地殺』)と、たとえ吉数であっても、不意に足元をすくわれたり、突然の運命の激変に見舞われやすくなります。また、生涯、突発的な事故や怪我にあいやすいので注意が必要です。天格と人格、人格と地格の同格関係(縦同格)も、似たような現象を起こすと言われます。ただし、これらの同格・連鎖が〈内面の運〉に現れる場合には、さほど問題はありません。
⑮人格と外格の総画数同士が、⑪⑫⑬⑭のように、同じ画数になる(横同格/『横死殺』)と、それがたとえ吉数同士であっても、とにかくお金が外へ流れ出ていきます。どんなにお金が入ってきても、まったく身につかず、急な出費などで、すぐに消えてしまうのです。いくら稼いでも、なぜか〝家計はいつも火の車〟ということになりがちです。運気が幸不幸の両極端に振れやすく、激動の人生となります。また、家の中に落ち着かず、常に外に飛び出していくという意味もあります。この同格・連鎖は、エネルギーの強い放出を表し、運勢全体への影響力が特に強く、同格関係の中でも、もっとも重視されます。たとえ吉数であっても凶意を示す、最も危険な同格関係と言えます。もちろん、〈内面の運〉でも重視されます。
⑯外格と天格の総画数同士が、⑪⑫⑬⑭⑮のように、同じ画数になる(天外同格/『破殺』)と、特に夫婦の実家同士で、しきたりや価値観がまったく合わず、そのために、夫婦間で、すれ違いや軋轢が多くなり、結婚運・家庭運が悪くなります。天格は自分の一族、外格は配偶者の一族を表し、その両者がぶつかり合って軋轢を生じるのです。健康運にも影響を及ぼします。ただし、この同格・連鎖が〈内面の運〉に現れる場合には、さほど問題ありません。
⑰また、外格と地格の総画数同士の組み合わせ(地外同格)を重視する流派もあります。凶数がある場合には、健康にも注意が必要となります。ただし、〈内面の運〉に現れる場合には、さほど問題ありません。この地格と外格の画数の一致は、主に35歳までの運気に影響を与えます。吉数同士でも影響はありますが、いずれかに凶数があると、自分の内面を外に表現するのが困難になり、経験の自己消化がままならなくなります。さらに凶数同士の場合は、恋愛運や結婚運に影響が現れ、失恋・離婚などの傾向があります。また、幼少期に火難・水難・事故・大病にあいやすい運命です。
⑱さらに心の充実度を測る内運A及びBを算出し、その同格を重視する流派もあります。少しわかりづらいのですが、内運というのは、下記の〈内面の運〉とは異なるものです。内運Aは、36歳以降の内面の幸福感を表し、姓の一字目と名の一字目を足して算出します。内運Bは、35歳までの心の満足度を表し、総画数から内運Aの画数を引いて算出します。このAとBの同格・連鎖は、金銭の損失や扶養義務の発生、それに伴う精神苦労を暗示するとされます。
⑲以上⑪~⑱及び⑨㉑の画数の一致・衝突を、同格・連鎖・複合殺といい、②~⑨の基本画数の吉凶意と同等に重視します。たとえ基本画数がすべて吉数だとしても、姓名に同格・連鎖・複合殺が複数あると、何かと多難になりがちです。ただし、凶数を含む同格・連鎖・複合殺と違って、吉数同士の場合は、組み合わせによっては吉に転じることもあります。また、凶数同士の場合であっても、五格の画数との関係から、吉意に転じる場合もあります。
最も注意すべきは⑮の横同格(横死殺)と⑨㉑で言及した斜同格で、この二つは作用するエネルギーが大きいために〈内面の運〉においても重視されます。特に凶数による同格の場合は、凶意が膨らむので注意を要します。
これら五格の画数と連鎖・同格の組み合わせに、さらに⑩の陰陽バランスを加味して、姓名の吉凶を総合的に判断します。ここまでが、姓名判断の基本事項です。
⑳次に、天格・人格・地格・総格の基本画数(23⇨5,11⇨2,10⇨1,19⇨10)を出し、その数字四つを漢字の画数のように順に並べて、さらに五格を算出し、同格・連鎖・複合殺も見ていくという流派もいくつかあります。
ここで現れる運勢を〈内面の運勢/初年・若年期~35歳まで〉とし、⑪で見た表面的な基本運勢に重ねて考えていくのです。基本運勢が良くても、この内運が悪いと、やはり運勢に悪い影響を及ぼします。さらに、〈内面の運勢/初年・若年期〉の天格・人格・地格・総格の画数を横に並べ、上記のように計算すると、〈内面の運/中年・盛年期~50歳まで〉が出ます。そこからさらに同じ作業を繰り返すと〈内面の運/末年・晩年期~50代以降〉が出ます。
これら三つの内運をみるとき、もっとも重視するのは、それぞれの時期における総格の画数と㉑で説明する援助運の画数の吉凶です。次に、横同格(横死殺)及び斜同格の有無を確認します。それから、内面の運を、表の運に重ねて、総合的にその人の運気を見ていきます。
㉑〈内面の運〉の総格から、外運の総格の基本画数(一番下の漢字の画数にあたる数)を引いた画数(社会運)を〈援助運〉と言うこともあり、本人の潜在的社会運を表します。この内面の社会運も、表の画数における〈家庭運〉と同じくらいに、その時期の運勢に強い影響を与えると言われます。ただし、この社会運(援助運)は、表の画数を見る時には、あまり重視しません。
注意したいのは、この社会運(援助運)と家庭運との連鎖(斜同格)です。かなり強い霊的な作用を暗示する組み合わせです。この組み合わせの吉凶は、他の部分の画数との組み合わせによっては、運勢全体に大きな影響を及ぼします。特に、凶数同士の場合は、運勢全体を判断する上で、特に注意が必要となります。この〈社会運(援助運)ー家庭運の連鎖/斜同格〉があると、身近な人に凶兆が現れることも多く、霊的作用による突然死をもたらすことさえあり、広範囲に多大な影響を及ぼします。横同格(横死殺)と並んで、最も強いエネルギーをはらみ、影響力の甚大な同格・連鎖の関係です。特徴は、吉意も凶意も、同様に強められるということです。そして、吉意が強められることも、必ずしも良いことばかりとは限りません。その強すぎるエネルギーの放出が、予期せぬ突然の不幸につながることもあるのです。
㉒漢字の一部を採ったカタカナや、漢字を崩して作られたひらがなを用いている名前は、その成り立ち通りに、晩年に向かうに従って、運命に思わぬ狂いや崩れが生じてきやすいものです。
また、使われている漢字そのものが象徴する意味も、運命に深く関わってきます。例えば、「和」という字は、よく名前に使われることの多い字ですが、実は注意すべき点の多い字です。もともと「和」は、稲穂が実って垂れる様子から作られた字なのですが、そのせいか、若いうちはいいのですが、中年期以降、運勢が下降線をたどることが多いようです。そして、その他にも、「光」「勝」「美」「恵」「愛」「妙」「直」など、字の成り立ちから、不運な暗示が強く、姓名に使用するには注意すべき字が数多くあります。
また、「春」「夏」「秋」などの季節を表す字は、人生のある時季(少年期・青年期・中年期など)に、良い運気を使い果たしてしまう傾向があります。さらに、「鉄」「鋼」「金」「鈴」などの鉱物名は、運命の流れが固く凝結してしまうという、あまり良くない暗示があります。
読み方でも、「カレン」「カノン」「シオン」など、最後に〝ン〟の音がつくのは、ある時点で運命が途絶えてしまう暗示があり、最近は流行っていますが、命名は避けたいところです。
それから、もう一つ、注意したいことがあります。よく、親子や兄弟姉妹などで、同じ漢字を使うことがありますが、これは避けた方がいいということです。まるでシーソーのように、一方の調子が良い時は、もう一方が調子が悪くなったり、どちらか運気の強い姓名を持つ方に、運気が偏りがちになったりします。〈双子同格〉という言い方をすることもあるようです。
㉓姓名判断の最重要事項、数字の持つ意味についてです。吉数・凶数の中でも、特に注目すべき数字を、いくつか挙げておきましょう。
まず、吉数からですが、「24」という数字はとてもラッキーな数字です。シンデレラ数字とも呼ばれ、例えば、この画数を地格や家庭運に持つ人は、配偶者によって分不相応なまでに幸せになります。特に、物質的には恵まれます。ただし、分不相応というのは、必ずしもいいことばかりとは言えません。この人の安定と幸せの影で、犠牲になる人も出てくるかもしれないのです。現在は、五大吉数(15、24、31、32、52)の筆頭に挙げられますが、これも「何事もお金が全て」という社会の風潮の影響が大きいと思われます。
凶数「4」の完全主義や繊細さの傾向を受け継ぐ、大凶数の「14」と大吉数の「24」には、実は共通点が一つあるのです。それは、両方とも、我の強さとお金に対する強い執着を表すということです。愛情とか、人間関係とか、友情とかより、お金や権力や利己的成果を選びます。自己中心的で偏った狭い思考になりがちなのです。「14」は、その結果、人間関係の破綻と没落を招きますが、「24」は、経済的安定と繁栄がもたらされます。しかし、実は14と24は、表裏一体なのです。
ある意味、24画は、「人は人、自分は自分」という個人主義の時代の大吉数と言えるでしょう。けれども、それが本当に大吉なのか、実は疑わしいところもあります。というのは、この「24」タイプの人は、最後には常に「人よりお金」を取ってしまうので、その唯物的個人主義の生き様のツケは、必ず子孫にかかってくるからです。
そういう意味では、「14」もまた、親兄弟との縁が薄い四大凶数「9」「10」「19」「20」とは異なり、災厄の中でも自分は孤立せずに、周囲を道連れに巻き込んでいくタイプの人騒がせでハイパワーな大凶数なのです。
それから、「14」画「24」画を、姓名の主要な部位の画数に持つ人を占う時に、心しておかなければならない大事なことは、〝決して占いの報酬を受け取ってはならない」ということです。これらの画数を持つ人は、お金にがめついので、お金を受け取った相手の言葉を軽く見る傾向があるからです。深い反省を促すことができなくなってしまうのです。
次に、「11」は、年長者の援助があることを示す吉数です。しかし、この11は、俗に『長男数』とも呼ばれ、親族の中で必ず大黒柱的な役割を負わされる運命もあります。それは、一族中に、他に頼りになる人がいないということでもあります。それだけ負担も大きいので、心にいつも余裕がなく、短気で心配性の面もあります。
同じことは「21」についても言えます。この数字は、特に仕事運に関して、非常に強運であることを示す大吉の数字です。けれども、その一方で、背負わされる責任も重くなり、望むと望まざるとに関わらず、当人は意志強固な頑固者的な存在となります。そして、やがては偏屈な独り者となる可能性が高いのです。女性の場合も職業を持てば必ず成功します。しかし、結婚している場合は、女性上位となり、配偶者の運気を逆に歪めてしまうことがあるので注意が必要です。極端な場合は、夫を早く亡くし、若くして未亡人になってしまうこともあるのです。
「16」「23」「32」の三大大吉数についても、富裕と成功と栄達をもたらす数ではありますが、あまりにも強運に過ぎて、その強大なエネルギーのために、特に「23」「32」は、女性の場合は夫の運気を妨げてしまい、若くして死別する例が多いことから、「21」とともに、俗に『後家数』とも呼ばれます。運が強すぎるのも、時に問題を生むことがあるのです。
また、「13」「31」は、養子長男数とも言われ、自分の血筋や生まれとは関係のない一族の命運を担うことになります。後妻に入って、一族に采配をふるう人もいます。強い人気運がありますが、一方で担わねばならない責任も重くなります。さらに短気で気まぐれな面が前に出てくると、反発や軋轢が強くなり、孤立を深めることもあります。
このように、吉意と凶意は常に背中合わせなのです。
㉔凶数の中からは、まず、「10」という一般に大凶とされる数字を紹介しておきましょう。四大凶数の一つとされる「10」の数字は、心と運命に影と孤独をもたらします。この画数が、地格や外格にあると、親兄弟との縁が薄かったり、何かと孤立無援の境遇に陥りやすいものです。また、これは同じく四大凶数の一つとされる「20」にも(より深刻に)言えることですが、思考や感情や行動や運気が、0か1か、白か黒かと、極端から極端に走りやすく、何かと波乱の多い数字です。気分の浮き沈みが激しいところから、人間関係でも、軋轢が生じると、すぐに諦めてしまい、関係が途絶えてしまいます。何かと孤独に悩みがちなのです。ただし、救いもあるのです。この数字を持つ人の多くは、たゆまない幸福の追求者です。薄倖だからこそ、強く幸せを求めるという面もあるかもしれません。その結果、滅多にない大きな幸せを得られることもあるのです。
この「10」画を持つ人を占う時に、心しておかなければいけないことは、説明を中途で諦めずに、とことん最後まで付き合うことです。この画数を持つ人は、めんどうくさがりで、「もう、いいよ、どうせ」と、しつこい人を嫌います。けれども、心の底では、真心をこめて、真っ正面から、どこまでも付き合ってくれる相手を求めているのです。
次に、三角関係や恋愛トラブルに必ず付いてまわる大凶数「19」及び大凶数「9」についてですが、勘が鋭く、理知的で頭の回転も早く、気配り上手で、器用で美的センスに優れ、派手で活動的でやり手な割に、短気で神経質で、利己的で情に薄く、何かと運がなく、波乱や失敗や気苦労の多い数字です。鋭すぎる剃刀のごとく、自分も周囲も傷つけてしまうのです。ヒヤリとするほど冷たいところもあります。しかし、生来の豊かな感性を生かして、アーティストとして活躍する人もいます。また、「10」や「17」と違って、異性との出会いが多く、次々と恋愛遍歴を重ねる中で、本当に大切な相手と巡り合うこともあります。その出会いが、人生の転機となることもあるのです。
そして、一般に精神苦労多く中途挫折を意味する凶数「12」「22」についても、書いておきます。寂しがり屋で同性の友達は多いのに、異性運が薄いところがあり、どこか孤独の影がつきまといます。けれども、災難や波乱があっても、不思議と何とか持ちこたえて、難局を乗り越えていける数なのです。その理由は、天性の霊感・直感の鋭さによります。人並外れた勘の働きによって、危機一髪で、奇跡的に、難局を何とかすり抜けていけるのです。そのため、「奇跡数」と呼ばれることもあります。ともかく、「12」「22」は、非常に特殊な〝霊的〟な数字であることは確かです。
㉕最後になりますが、天格・人格・地格の下一桁の数字を、陰陽道の「五行」に当てはめて、その相剋・相生関係から、健康運や運気の強さや持って生まれた気質・性格をみることを重視する流派もあります。
数字の当てはめ方としては、「0,1」は木、「2,3」は火、「4,5」は土、「6,7」は金、「8,9」は水と考えます。また、「1,2」を木、「3,4」を火、「5,6」を土、「7,8」を金、「9,10」を水とする流派もあります。
わたしとしては、どちらも否定し難く、まるで〝表裏一体〟のようにも感じます。つまり、性格・気質及び健康運において、〈「0,1」木〉式が表面的な運勢(若年期/〜35歳)を表し、〈「1,2」木〉式が裏に潜む運勢(壮年期/36歳〜)を表すということです。
1文字姓や1文字名の場合は、その外側に霊数「1」を加えて天格・地格を計算し、三才を観ます。三才においても、霊数を加えない裏の数の影響は、晩年になるほど大きくなるようです。若年期には、それほど気にする必要はありません。
次に、判断のとり方です。中国の陰陽五行説では、木は火を、火は土を、土は金を、金は水を、水は木を生じると考えます。つまり、木➡火➡土➡金➡水➡木という順番が、相生関係として、相性が良いとされるのです。エネルギーを与え受けとる関係ということです。木から火を生じ、水が木を育む、といったように、です。
一方で、木は土を、土は水を、水は火を、火は金を、金は木を剋す(消す・妨げる・傷つける・害する)と考えます。つまり、木➡土➡水➡火➡金➡木という順番が、相剋関係として、相性が悪いとされるのです。こちらは、エネルギーを削ぐ関係となります。特に、水は火を消してしまうことから、水➡火の関係は破滅的です。また、金属は木を切り刻むことから、金➡木の関係も被害が大きくなります。
この相生・相剋関係から、天格・人格・地格の五行の配列関係(『三才』)をみていくことで、主に健康運と性格が占えるのです。この時、臓器としては、木⇨肝臓、火⇨心臓、土⇨胃腸、水⇨肺、金⇨腎臓を示します。
さらに、外格の五行も加えて、相関関係を考えていくと、姓名の表す運勢全体の傾向が象徴的に見えてきます。すなわち、四格の相生関係は、五格の画数の示す吉意を強め、相剋関係は凶意を強めるのです。
さて、上記の姓名判断によってわかることは、その人の性格や運勢、人生の全体的な傾向や注意すべき事柄などです。ただし、姓名がその人の運勢を操っているというよりは、むしろ、その人の持っている本質的なものが姓名に表出する、あるいはその人の運勢の一部が、姓名という形で顕在化すると考えられます。
ですから、運気を変えようと、単純に改名しようとしても、なかなかうまくいかないことが多いのです。運勢そのものが、無理な改名には強く抵抗するからです。改名時に運気が変わるとしたら、それは本人が天命に気づいた時であり、それが改名という形で顕在化した場合だけです。
もちろん、ニワトリと卵の話ではありませんが、姓名そのものが、その人の人生に直接影響を及ぼしている面がまったくないとは言い切れない面もあります。けれども、その逆に、運勢が姓名の成立に及ぼす影響力の方がはるかに強いのです。ですから、子どもの命名に必要以上に神経質になる必要はありません。ある意味、なるべくしてなるような名前がつけられるはずです。
また、たとえ最高の名前を持っていても、最低の人生を送る人もいます。逆に凶名であっても、充実した素晴らしい人生を送る人もいます。なぜ、そうなるのでしょうか。
わたしは姓名に宿る運勢を〝地運〟と考えています。生年月日からわかる運勢もそうです。地運というのは、現実の世の中の気の流れの質的な条件のようなものです。一方で、わたしは、人間の運命は、地運よりも〝天運〟によって定まる部分が大きいと考えています。天運というのは、天がその人に与えた〝生きる目的〟〝使命〟のようなものです。天運の影響力は、本人の自覚によって強まります。ですから天運に沿って生きる人は、地運の影響下から、次第に解放されていくのではないか、と思うのです。
ですから、姓名ですべてが決まる、などという考えに、わたしは同意できません。無理に改名を考えるよりも、天運を自覚することが大切ということですね。ただし、人知を超えた天の計らいが天運ですから、そもそも人の知恵や技術で天運を知ることができません。人は祈りの中でのみ、天の計らいを感じることができるのです。
それから、占術士が、天運の恵みを受ける上で大切なことがあります。それは、「自分のために占ってはならない」ということです。自分のことを占うのは良いのです。多くの占い師が、人を占って報酬を受け取るのですが、それによって、天恵は少しづつ目減りしていきます。高額の報酬を受け取る著名な占い師に、あまり幸せな人がいないのはそういうわけなのです。
ここまでわたしが述べてきたことは、スピリチュアルな世界においては、はっきりした確かな事実と考えられています。しかし、このことを科学的に証明する手段は皆無です。ですからわたしは、基本的に、この世界の事象に関して「たとえ科学的に証明できないことであっても、明白な真実でありうる」と考えています。
これは、もしかしたら、小保方さんが「STAP細胞はあります」と言ったことに通じるかもしれません。つまり「現時点では、あるいは将来にわたって、科学的に証明することができないとしても、自然界において、こうした事象は充分起こりうる」ということです。これは、経験を通して得た、わたしの実感です。