韓国史が、韓国の大学受験で必修になるらしいと聞きました。そこで、韓国史について、少し考えて見たいと思います。
もともと日本に邪馬台国があった弥生時代の頃、韓国には、北に楽浪郡、南に帯方郡という漢王朝の政庁がありました。ですから、古くから中国文明が浸透していたという意味では、韓国は確かに先進地域でした。
その後、中国が五胡十六国の戦国時代に突入し、日本には大和朝廷が成立した4~5世紀にかけて、朝鮮半島南部でも、百済、新羅などの地方国家が興りました。そして、中国が隋・唐によって統一され、日本では中央集権国家の建設(大化の改新/飛鳥時代)がなされた7世紀、朝鮮半島でも新羅によって国家統一がなされました。この時期の朝鮮半島は、日本がそうであったように仏教国でした。この頃、日本の仏教は、朝鮮半島を経由して入ってきたのです。
ただし、半島の状況は、日本とひとつ大きな違いがあります。日本の場合には、土着の神々に対する信仰が根絶やしにされることがなく、8世紀(奈良時代)以降、仏教との融合が進み、今日に至るまで、神道と仏教が並存しています。しかし、朝鮮半島においては、土着の神々への信仰は、表面的には完全に消滅してしまったように見えます。当時、絢爛たる唐帝国の光を間近で浴びすぎて、朝鮮固有の文化は蒸発してしまったかのようです。あるいは、深く地下へ潜ってしまったのかもしれません。
その後、10世紀に、新羅を滅ぼして高麗が国家を統一すると、朝鮮人の仏教を含む中国文化への傾倒はますます激しくなります。この時期に、木版の高麗大蔵経が大量に刷られ、各地の寺に納められ、日本にも輸出されました。しかし、この国を挙げての厚い仏教の信仰にも関わらず、高麗は元(モンゴル帝国)によって征服されてしまいます。
ちょうど、同時期に日本においては、二度にわたる蒙古襲来を、神風(台風)の助力を借りて退けることに成功したことが、土着の信仰である神道の興隆をもたらすことになりました。しかし、高麗では既に土着の信仰は根絶やしになっており、頼みの綱の仏教は、元の襲来に対して無力でした。
それで半島の人々は、この仏教への信仰もまた「国を守るに足りない」と考えたのでしょうか。14世紀に成立した、次の李氏朝鮮王朝の時代には、前の時代にはあれだけ盛んだった仏教が、あっさり打ち捨てられ、代わって儒教が導入されることになりました。この時の極端な廃仏と儒教主義の徹底に見られる変わり身の早さは、日本の歴史にはあまり見られないもので、半島の歴史の目立つ特徴を示唆しています。
朝鮮半島では、あるものが「正しい」となると、それ以外の見方・考え方は、ことごとく間違っているとされ、徹底的に排斥されてしまいます。ところが、しばらくして、それまで正しいとされてきた考えが、あるきっかけで間違いだったとされると、今度は、その今まで大切にされてきた考えの方が、一転して徹底した弾圧の対象となるのです。朝鮮人の歴史は、その熱狂と弾圧の繰り返しだったと言えます。
しかし、こうした文化的偏狭さと、一見矛盾する変わり身の早さは、朝鮮人の文化を非常に歪んだものにしています。例えば、李氏朝鮮時代の極端な儒教至上主義がもたらした社会は、ある面で非常に奇妙で特異なものでした。
この時代を通して、朝鮮人の間では、祖先信仰が高じるあまり、互いの祖先を張り合うようになり、「どちらの祖先が由緒ある家系か」が、何よりも重大なこととされました。そのため、どこの家でも、一家の血筋が偉大な祖先に繋がる(とされる)何代にもわたる家系図の記録が、聖書のように分厚い書物と化し、その書がどこの家でも〝家族の由緒正しさ〟を裏付ける唯一の拠り所として大切にされるようになりました。しかしその一方で、姓の改称と家系図の偽造が、あまりに公然と横行するようになりました。祖先を大切にしているのか、粗末にしているのか、よくわからない状態ですね。
その結果、韓国では、有力な家系に、不自然に極端に人口が集中するようになっていきます。今では、韓国人の5人に一人は「金(キム)」さんで、「金・李・朴」の三大苗字を合わせると、総人口の40%ほどにもなります。例えて言うなら、藤原・源・徳川で総人口の40%になるようなものです。なぜ、こんな不思議なことになっているのか。みながこぞって苗字を他氏のものへと変えようとするのか、日本人の感覚からすると、到底理解できるものではありません。
韓国人にとっては、たとえ捏造してでも、由緒ある姓を持つことは、人格や能力などの中身を養うことより、よほど大切なことのようです。つまり、「整形大国」などとも呼ばれる韓国に顕著な〝見かけ重視〟の文化の際たるものが、この苗字の重視(軽視?)だと言えます。
1910年、韓国は日本に併合されました。この期間は35年間でした。しかし、もし、この期間が数百年に及んだとしたら、韓国の人々は、日本人以上に熱心に、日本文化を積極的に導入したかもしれません。実際、李氏朝鮮時代には弾圧されていた仏教が、日本統治下に入ると積極的に保護されるようになりました。
しかし、幾つもの価値観を並存させる日本的な態度は、どれほど時が流れても、彼らは学ぶことはなかったかもしれません。少なくとも日本は、新大久保のような反日の一大拠点が国内に生まれることを許してしまうほどに寛容なのです。こんな寛大な態度は、韓国人・中国人には絶対に不可能でしょう。
やがて、日本はアメリカに敗れ、韓国はアメリカに占領されることになりました。そうすると、途端に韓国では、急速にキリスト教徒が増え始めたのです。2013年現在、キリスト教信者は韓国人全体のほぼ30%にまで増加し、韓国で最も信仰されている(?)宗教となっています。この事態は、戦後のわずか数十年の間に急速に進行したのです。
残りの70%のうち、仏教徒が20%ぐらいで、さらに残りが先祖崇拝に呪術的な民間信仰を融合させた儒教ということになります。ただし、この〝土着儒教〟は、日本の神道とは違って、知識人にはまったく受け入れられておらず、かえって民族の後進性を示す〝恥〟だと考えられ、蔑まれているようです。従って、総人口の50%が信仰するこの〝儒教〟を差し置いて、わずか30%の人々が信仰するキリスト教が、国民宗教だなどとと主張されているわけです。また韓国のキリスト教は、伝統的な穏健宗派よりも、情動的・煽情的なペンテコステ派の新興宗派が、特に若者の間で信者を増やしている傾向があります。
ペンテコステ派は、1900年頃からアメリカで興った情緒的でオカルト色の豊かなプロテスタントの一派です。その異様にオーバーアクションな説教や、バンドによるポップなゴスペル音楽は、やはり好き嫌いが分かれるところです。また、ニューエイジの影響が強く、かなりスピリチュアルな面もあります。
わたしはちょっと受けつけないのですが、ともかくカリスマ牧師チョー・ヨンギの率いるソウルのヨイド純福音教会は、78万人の信徒を抱える世界最大の教会(メガチャーチ)です。この牧師は、東北大震災に際して『物質主義的で世俗的で、偶像崇拝中心の日本に対する神からの警告』と述べた男です。具体的には「人を天皇(天の皇帝)などと呼び、神を信じない日本人に、神が天罰を食らわせたのです!」というものです。
その他、ペンテコステ派の礼拝では「韓国ほど素晴らしい国はありません!韓国より美しい国はありません!アーメン!」などという言葉で説教が締めくくられることもあるようです。しかも、これがテレビでも放映されるのです。キリスト教というより、むしろ幸福の科学の韓国版という感じです。
現在、日本国内に存在する三種類の親韓・媚韓勢力の一つが、このペンテコステ教会です。残りは文鮮明をキリストの生まれ変わりと信じる統一教会と、北朝鮮・中国・韓国におもねる傾向のある反日左翼ですね。いずれもカルト的な側面を持っているので、世間一般で通用する話が通じないところがあるのです。
さて、仏教から儒教、儒教からキリスト教(?)へと、次々と過去を捨てて新しい価値観を信奉する韓国人。日本人から見ると、こうした韓国の情勢は、とても変化が激しく、あまりに節操がないようにも感じられます。非常に軽薄で、御都合主義に思えるのです。
また、神道、仏教、儒教、キリスト教と幾つもの異なる価値観を同時に受け入れることが平気でできてしまう日本人としては、異なる価値観の並立を認めない韓国人の偏狭さは、恐ろしくも感じられます。
例えば、わたしたち日本人は、漢字もカタカナもひらがなも、すべて等しく受け入れており、それらの文字を自在に用いることができます。しかし、韓国人は、漢字を採用するなら漢字だけ、ハングルならハングルだけを使うというように、国を挙げて単純に一つの基準を選ぶことに固執します。想像してみても、全国民がカタカナしか使えず、本や新聞や雑誌もすべてカタカナのみで表記される状況では、読解力や思考力に相当な障害を生じそうで、悪夢のような状況と言っていいと思います。
また、日本人であれば、韓国人には韓国人の歴史観、日本人には日本人の歴史観が、それぞれあって当然だと考えることができます。しかし、韓国人にとっては、自分たちの歴史観が、宇宙に一つだけの、あるべき真実の歴史観となってしまいます。
このように、何事につけても画一的基準にこだわる態度が、物事を公平に見る視点を持てない韓国人を育てるのです。「真実は一つ」と韓国人は言いますが、彼らの言う〝真実〟とは、たとえ嘘でも捏造でも、他を圧してより大きな声で訴え続けた者の声のことである気がします。従って、彼らにとっては、この宇宙に一つの〝本当のこと〟を探るよりも、捏造した嘘のプレートを付けた慰安婦の銅像を、世界中に建てまくることの方が大切であるようです。
韓国の歴史教科書の序文には「歴史の叙述は、過去が暗いからと言って隠すことなく、偏らず、厳正でなければならない」と書かれています。ところが、残念なことに、この国定歴史教科書の内容は「日本の教科書に比べて、極度に偏った愛国的・反日的記述に終始している」(米スタンフォード大学アジア研究センター)のです。ここに、彼らの考える〝真実〟の独善性が現れています。
ですから、彼らが自国の歴史を学ぶことによって、こうした自己批判的観点から真摯な内省が促されるなら、歴史を学ぶ意義もあるはずです。しかし、残念ながら、あまりに利己的で都合のいい妄想に浸りきるのが得意な韓国人に、そうした期待を持つのはやめた方がいいでしょう。むしろ、歴史を学ぶことで、自己認識に関する誇大で危険な妄想が、限りなく広がっていきそうな気がします。
今、日韓関係は戦後最悪と言われています。そして韓国では、「日本が竹島に奇襲攻撃をかけてくるのではないか?」という妄想が広まっています。さらに韓国では、「真の敵は北朝鮮ではなく日本だ!」と言われてもいます。
これは、中国軍が、尖閣上陸してきた日本軍を中国軍が迎え撃つというゲームを作成したり、中国の軍艦が、日本の自衛隊の艦船を実際にロックオンしたことと並んで、実に勝手で非現実的で挑発的で愚かしい妄想暴走行為です。〝中華〟が巨大な反日妄想装置と化してしまっているのと同様に、〝小中華〟もまた、ハイブリッドで恐ろしく効率的な反日妄想暴走装置となっています。
「日本人は、文明的な韓国人とは比べ物にならないほど野蛮で愚かな人種なので、放っておいたなら、必ず遠からず侵略行為を始めるだろう」というのが、自らが捏造した「歴史」を学んだ結果、彼ら韓国人が到達した、最終的な〝正しい〟見解なのです。同時に、中華により近いということが、彼らのこの不合理な優越感の根元に居座っています。
残念ながら、よっぽどのことが起こらない限り、彼ら韓国人が、日本に対する上から目線のものの見方を改めることはないでしょう。歴史的に長く続いてきたこの思い込みを是正することは、今のところほとんど不可能に近いのではないかと思います。
どれほど謝罪を繰り返し、どれほど善意の援助を続けても、さらに反日がエスカレートしていく。そうした徹底的に日本が舐められている現状への落胆と憤りが、日本国内の嫌韓デモにおけるヘイトスピーチを生んでいます。彼らが「いい韓国人も、悪い韓国人もない!」「韓国人は皆殺しだ!」などと叫ぶのは、あまりに理不尽な韓国人の反日意識に対して、彼らが感じている強烈な嫌悪感の表現です。その言葉は、確かに子供っぽく、無責任で野卑に聞こえます。人に語りかける上で、こんな野蛮な言葉遣いは、絶対やめた方がいいに決まってます。しかし、その一見気狂いじみた子供っぽい叫びにも、それなりに理由や背景はあるのです。そこに切り込まない日本のマスコミは、事態の悪化に力を貸しているのも同然です。
ヘイトスピーチを辞めさせたかったら、イギリスやドイツなどでは法規制がありますなどと下手な警告をするよりも前に、在日朝鮮人の特権や韓国の反日の現状について、無視せずしっかりと報道すべきなのです。ある意味、マスコミが偏向するから、デモが先鋭化するのです。
こんな風に、真実をごまかしごまかし過ごしているうちに、はや第二次世界大戦の終戦から70年が経とうとしています。もうじきあっという間に100年が過ぎるでしょう。しかし、100年が経とうが、200年が過ぎようが、韓国人の反日感情は、ますますエスカレートしていくばかりという気がします。そして、彼ら韓国人は「日本人は、過去をまったく反省しない!」と非難し続けるでしょう。
明日8月15日には、支持率の低迷を心配する韓国の最大野党民主党の国会議員たちが、東京九段の靖国神社に殴りこむという話です。昨日は同じ連中が竹島に上陸して、愛国心を証明することで支持率回復を狙いましたが、今度は靖国まで突撃しようと言うのです。
こんな行為は、はっきり言って、自分の人気取りしか考えていない、愚かな政治屋の身勝手で無礼なパフォーマンスです。こんな思い上がった利己主義の権化のような連中が、かの国では有力国会議員なのです。日韓関係を憂えるまともな政治家など、いったいどこにいるというのでしょうか。李明博(イミョンバク)や朴槿恵(パククネ)をはじめとして、みな自分本位で浅ましい連中ばかりです。ニュースを聞いていて、気分が悪くなりました。
しかも、それに反発して非難するどころか、「日本の右傾化を憂慮しての抗議だ」などと、肯定的に報じる日本のマスコミ。「国の尊厳を憂慮する人々の声」は、一顧だにしないのでしょうか。これでは、もう、この国もおしまいです。
中韓のマスコミは、盛んに「日本の右傾化を食い止めよう!」などと騒いでいますが、現代の日本人の愛国心は、中国人・韓国人の熱狂的な〝愛国心〟の千分の一もありません。中韓と違って教育もマスコミ報道も、愛国心を解体する方向でしか行われていませんし、これ以上、どう右傾化を防ぐというのでしょうね。
彼ら中国人・韓国人の見方からすれば、『我が偉大なる〝中華〟の文明圏の辺境である野蛮な日本人どもは、よくよく目を光らせて徹底的に指導感化していかなければ、文明化されていない蛮族の本性がすぐに表に現れて、かつてのような危険な軍国主義に立ち戻るので、常に警戒を怠ってはならないのだ』ということになるのでしょう。
偉大なる中華文明が、なぜ文化大革命や天安門事件を起こすのか、なぜチベットやウイグルで軍や警察による民間人の虐殺が続いているのか、彼らは検証しようとはしません。また、偉大なる〝小中華〟韓国の軍隊が、なぜ済州島やベトナムで住民の大量虐殺を行ったのか、検証しようとはしません。
われわれ日本人から見ると、中国人の方が、よほど野蛮に見えます。また、韓国人は、真摯に反省することもできないほどコンプレックスが強く、その上、自己中心的で独善的な民族に思えるのです。
韓国で90代の杖をついた老人が「韓国が日本に植民地支配されたことは良かった」「日本の統治時代は良かった」と述べたところ、近くにいた30代の男が激昂し、老人の杖を奪って数回にわたって殴りつけ、頭蓋骨を陥没させて殺してしまったというニュースを聞きました。老人は実体験として、日本の植民地時代について正直に語ったわけですが、反日教育を受けてきたせいで老人の言葉に耐えられなかった若い男は、老人をその場で殴り殺してしまったのです。その後、韓国のネット上では、その若い男の「愛国的」行動を讃える書き込みが相次ぎました。しかし、老人は真実を口にしただけなのです。
また、ソウル大学名誉教授の安ビョンジク氏が、「たとえ親日派と責められても、自分は真実を語る。」「歴史をねじ曲げるのが、歴史家の仕事ではない」として、従軍慰安婦=性奴隷という韓国で信じられている通説を否定するに足る、当時の決定的資料を発表しました。朝鮮人の管理人が、韓国人慰安婦の希望によって、帰国の世話をしたり、給料を送金したりといった、当時の日常を記した日記を発表したのです。慰安婦は性奴隷ではなく、間違いなく労働者でした。氏はそのことを、勇気を振り絞って訴えているのです。韓国では、真実を語ることは、本当に命がけだからです。
もともと日本に邪馬台国があった弥生時代の頃、韓国には、北に楽浪郡、南に帯方郡という漢王朝の政庁がありました。ですから、古くから中国文明が浸透していたという意味では、韓国は確かに先進地域でした。
その後、中国が五胡十六国の戦国時代に突入し、日本には大和朝廷が成立した4~5世紀にかけて、朝鮮半島南部でも、百済、新羅などの地方国家が興りました。そして、中国が隋・唐によって統一され、日本では中央集権国家の建設(大化の改新/飛鳥時代)がなされた7世紀、朝鮮半島でも新羅によって国家統一がなされました。この時期の朝鮮半島は、日本がそうであったように仏教国でした。この頃、日本の仏教は、朝鮮半島を経由して入ってきたのです。
ただし、半島の状況は、日本とひとつ大きな違いがあります。日本の場合には、土着の神々に対する信仰が根絶やしにされることがなく、8世紀(奈良時代)以降、仏教との融合が進み、今日に至るまで、神道と仏教が並存しています。しかし、朝鮮半島においては、土着の神々への信仰は、表面的には完全に消滅してしまったように見えます。当時、絢爛たる唐帝国の光を間近で浴びすぎて、朝鮮固有の文化は蒸発してしまったかのようです。あるいは、深く地下へ潜ってしまったのかもしれません。
その後、10世紀に、新羅を滅ぼして高麗が国家を統一すると、朝鮮人の仏教を含む中国文化への傾倒はますます激しくなります。この時期に、木版の高麗大蔵経が大量に刷られ、各地の寺に納められ、日本にも輸出されました。しかし、この国を挙げての厚い仏教の信仰にも関わらず、高麗は元(モンゴル帝国)によって征服されてしまいます。
ちょうど、同時期に日本においては、二度にわたる蒙古襲来を、神風(台風)の助力を借りて退けることに成功したことが、土着の信仰である神道の興隆をもたらすことになりました。しかし、高麗では既に土着の信仰は根絶やしになっており、頼みの綱の仏教は、元の襲来に対して無力でした。
それで半島の人々は、この仏教への信仰もまた「国を守るに足りない」と考えたのでしょうか。14世紀に成立した、次の李氏朝鮮王朝の時代には、前の時代にはあれだけ盛んだった仏教が、あっさり打ち捨てられ、代わって儒教が導入されることになりました。この時の極端な廃仏と儒教主義の徹底に見られる変わり身の早さは、日本の歴史にはあまり見られないもので、半島の歴史の目立つ特徴を示唆しています。
朝鮮半島では、あるものが「正しい」となると、それ以外の見方・考え方は、ことごとく間違っているとされ、徹底的に排斥されてしまいます。ところが、しばらくして、それまで正しいとされてきた考えが、あるきっかけで間違いだったとされると、今度は、その今まで大切にされてきた考えの方が、一転して徹底した弾圧の対象となるのです。朝鮮人の歴史は、その熱狂と弾圧の繰り返しだったと言えます。
しかし、こうした文化的偏狭さと、一見矛盾する変わり身の早さは、朝鮮人の文化を非常に歪んだものにしています。例えば、李氏朝鮮時代の極端な儒教至上主義がもたらした社会は、ある面で非常に奇妙で特異なものでした。
この時代を通して、朝鮮人の間では、祖先信仰が高じるあまり、互いの祖先を張り合うようになり、「どちらの祖先が由緒ある家系か」が、何よりも重大なこととされました。そのため、どこの家でも、一家の血筋が偉大な祖先に繋がる(とされる)何代にもわたる家系図の記録が、聖書のように分厚い書物と化し、その書がどこの家でも〝家族の由緒正しさ〟を裏付ける唯一の拠り所として大切にされるようになりました。しかしその一方で、姓の改称と家系図の偽造が、あまりに公然と横行するようになりました。祖先を大切にしているのか、粗末にしているのか、よくわからない状態ですね。
その結果、韓国では、有力な家系に、不自然に極端に人口が集中するようになっていきます。今では、韓国人の5人に一人は「金(キム)」さんで、「金・李・朴」の三大苗字を合わせると、総人口の40%ほどにもなります。例えて言うなら、藤原・源・徳川で総人口の40%になるようなものです。なぜ、こんな不思議なことになっているのか。みながこぞって苗字を他氏のものへと変えようとするのか、日本人の感覚からすると、到底理解できるものではありません。
韓国人にとっては、たとえ捏造してでも、由緒ある姓を持つことは、人格や能力などの中身を養うことより、よほど大切なことのようです。つまり、「整形大国」などとも呼ばれる韓国に顕著な〝見かけ重視〟の文化の際たるものが、この苗字の重視(軽視?)だと言えます。
1910年、韓国は日本に併合されました。この期間は35年間でした。しかし、もし、この期間が数百年に及んだとしたら、韓国の人々は、日本人以上に熱心に、日本文化を積極的に導入したかもしれません。実際、李氏朝鮮時代には弾圧されていた仏教が、日本統治下に入ると積極的に保護されるようになりました。
しかし、幾つもの価値観を並存させる日本的な態度は、どれほど時が流れても、彼らは学ぶことはなかったかもしれません。少なくとも日本は、新大久保のような反日の一大拠点が国内に生まれることを許してしまうほどに寛容なのです。こんな寛大な態度は、韓国人・中国人には絶対に不可能でしょう。
やがて、日本はアメリカに敗れ、韓国はアメリカに占領されることになりました。そうすると、途端に韓国では、急速にキリスト教徒が増え始めたのです。2013年現在、キリスト教信者は韓国人全体のほぼ30%にまで増加し、韓国で最も信仰されている(?)宗教となっています。この事態は、戦後のわずか数十年の間に急速に進行したのです。
残りの70%のうち、仏教徒が20%ぐらいで、さらに残りが先祖崇拝に呪術的な民間信仰を融合させた儒教ということになります。ただし、この〝土着儒教〟は、日本の神道とは違って、知識人にはまったく受け入れられておらず、かえって民族の後進性を示す〝恥〟だと考えられ、蔑まれているようです。従って、総人口の50%が信仰するこの〝儒教〟を差し置いて、わずか30%の人々が信仰するキリスト教が、国民宗教だなどとと主張されているわけです。また韓国のキリスト教は、伝統的な穏健宗派よりも、情動的・煽情的なペンテコステ派の新興宗派が、特に若者の間で信者を増やしている傾向があります。
ペンテコステ派は、1900年頃からアメリカで興った情緒的でオカルト色の豊かなプロテスタントの一派です。その異様にオーバーアクションな説教や、バンドによるポップなゴスペル音楽は、やはり好き嫌いが分かれるところです。また、ニューエイジの影響が強く、かなりスピリチュアルな面もあります。
わたしはちょっと受けつけないのですが、ともかくカリスマ牧師チョー・ヨンギの率いるソウルのヨイド純福音教会は、78万人の信徒を抱える世界最大の教会(メガチャーチ)です。この牧師は、東北大震災に際して『物質主義的で世俗的で、偶像崇拝中心の日本に対する神からの警告』と述べた男です。具体的には「人を天皇(天の皇帝)などと呼び、神を信じない日本人に、神が天罰を食らわせたのです!」というものです。
その他、ペンテコステ派の礼拝では「韓国ほど素晴らしい国はありません!韓国より美しい国はありません!アーメン!」などという言葉で説教が締めくくられることもあるようです。しかも、これがテレビでも放映されるのです。キリスト教というより、むしろ幸福の科学の韓国版という感じです。
現在、日本国内に存在する三種類の親韓・媚韓勢力の一つが、このペンテコステ教会です。残りは文鮮明をキリストの生まれ変わりと信じる統一教会と、北朝鮮・中国・韓国におもねる傾向のある反日左翼ですね。いずれもカルト的な側面を持っているので、世間一般で通用する話が通じないところがあるのです。
さて、仏教から儒教、儒教からキリスト教(?)へと、次々と過去を捨てて新しい価値観を信奉する韓国人。日本人から見ると、こうした韓国の情勢は、とても変化が激しく、あまりに節操がないようにも感じられます。非常に軽薄で、御都合主義に思えるのです。
また、神道、仏教、儒教、キリスト教と幾つもの異なる価値観を同時に受け入れることが平気でできてしまう日本人としては、異なる価値観の並立を認めない韓国人の偏狭さは、恐ろしくも感じられます。
例えば、わたしたち日本人は、漢字もカタカナもひらがなも、すべて等しく受け入れており、それらの文字を自在に用いることができます。しかし、韓国人は、漢字を採用するなら漢字だけ、ハングルならハングルだけを使うというように、国を挙げて単純に一つの基準を選ぶことに固執します。想像してみても、全国民がカタカナしか使えず、本や新聞や雑誌もすべてカタカナのみで表記される状況では、読解力や思考力に相当な障害を生じそうで、悪夢のような状況と言っていいと思います。
また、日本人であれば、韓国人には韓国人の歴史観、日本人には日本人の歴史観が、それぞれあって当然だと考えることができます。しかし、韓国人にとっては、自分たちの歴史観が、宇宙に一つだけの、あるべき真実の歴史観となってしまいます。
このように、何事につけても画一的基準にこだわる態度が、物事を公平に見る視点を持てない韓国人を育てるのです。「真実は一つ」と韓国人は言いますが、彼らの言う〝真実〟とは、たとえ嘘でも捏造でも、他を圧してより大きな声で訴え続けた者の声のことである気がします。従って、彼らにとっては、この宇宙に一つの〝本当のこと〟を探るよりも、捏造した嘘のプレートを付けた慰安婦の銅像を、世界中に建てまくることの方が大切であるようです。
韓国の歴史教科書の序文には「歴史の叙述は、過去が暗いからと言って隠すことなく、偏らず、厳正でなければならない」と書かれています。ところが、残念なことに、この国定歴史教科書の内容は「日本の教科書に比べて、極度に偏った愛国的・反日的記述に終始している」(米スタンフォード大学アジア研究センター)のです。ここに、彼らの考える〝真実〟の独善性が現れています。
ですから、彼らが自国の歴史を学ぶことによって、こうした自己批判的観点から真摯な内省が促されるなら、歴史を学ぶ意義もあるはずです。しかし、残念ながら、あまりに利己的で都合のいい妄想に浸りきるのが得意な韓国人に、そうした期待を持つのはやめた方がいいでしょう。むしろ、歴史を学ぶことで、自己認識に関する誇大で危険な妄想が、限りなく広がっていきそうな気がします。
今、日韓関係は戦後最悪と言われています。そして韓国では、「日本が竹島に奇襲攻撃をかけてくるのではないか?」という妄想が広まっています。さらに韓国では、「真の敵は北朝鮮ではなく日本だ!」と言われてもいます。
これは、中国軍が、尖閣上陸してきた日本軍を中国軍が迎え撃つというゲームを作成したり、中国の軍艦が、日本の自衛隊の艦船を実際にロックオンしたことと並んで、実に勝手で非現実的で挑発的で愚かしい妄想暴走行為です。〝中華〟が巨大な反日妄想装置と化してしまっているのと同様に、〝小中華〟もまた、ハイブリッドで恐ろしく効率的な反日妄想暴走装置となっています。
「日本人は、文明的な韓国人とは比べ物にならないほど野蛮で愚かな人種なので、放っておいたなら、必ず遠からず侵略行為を始めるだろう」というのが、自らが捏造した「歴史」を学んだ結果、彼ら韓国人が到達した、最終的な〝正しい〟見解なのです。同時に、中華により近いということが、彼らのこの不合理な優越感の根元に居座っています。
残念ながら、よっぽどのことが起こらない限り、彼ら韓国人が、日本に対する上から目線のものの見方を改めることはないでしょう。歴史的に長く続いてきたこの思い込みを是正することは、今のところほとんど不可能に近いのではないかと思います。
どれほど謝罪を繰り返し、どれほど善意の援助を続けても、さらに反日がエスカレートしていく。そうした徹底的に日本が舐められている現状への落胆と憤りが、日本国内の嫌韓デモにおけるヘイトスピーチを生んでいます。彼らが「いい韓国人も、悪い韓国人もない!」「韓国人は皆殺しだ!」などと叫ぶのは、あまりに理不尽な韓国人の反日意識に対して、彼らが感じている強烈な嫌悪感の表現です。その言葉は、確かに子供っぽく、無責任で野卑に聞こえます。人に語りかける上で、こんな野蛮な言葉遣いは、絶対やめた方がいいに決まってます。しかし、その一見気狂いじみた子供っぽい叫びにも、それなりに理由や背景はあるのです。そこに切り込まない日本のマスコミは、事態の悪化に力を貸しているのも同然です。
ヘイトスピーチを辞めさせたかったら、イギリスやドイツなどでは法規制がありますなどと下手な警告をするよりも前に、在日朝鮮人の特権や韓国の反日の現状について、無視せずしっかりと報道すべきなのです。ある意味、マスコミが偏向するから、デモが先鋭化するのです。
こんな風に、真実をごまかしごまかし過ごしているうちに、はや第二次世界大戦の終戦から70年が経とうとしています。もうじきあっという間に100年が過ぎるでしょう。しかし、100年が経とうが、200年が過ぎようが、韓国人の反日感情は、ますますエスカレートしていくばかりという気がします。そして、彼ら韓国人は「日本人は、過去をまったく反省しない!」と非難し続けるでしょう。
明日8月15日には、支持率の低迷を心配する韓国の最大野党民主党の国会議員たちが、東京九段の靖国神社に殴りこむという話です。昨日は同じ連中が竹島に上陸して、愛国心を証明することで支持率回復を狙いましたが、今度は靖国まで突撃しようと言うのです。
こんな行為は、はっきり言って、自分の人気取りしか考えていない、愚かな政治屋の身勝手で無礼なパフォーマンスです。こんな思い上がった利己主義の権化のような連中が、かの国では有力国会議員なのです。日韓関係を憂えるまともな政治家など、いったいどこにいるというのでしょうか。李明博(イミョンバク)や朴槿恵(パククネ)をはじめとして、みな自分本位で浅ましい連中ばかりです。ニュースを聞いていて、気分が悪くなりました。
しかも、それに反発して非難するどころか、「日本の右傾化を憂慮しての抗議だ」などと、肯定的に報じる日本のマスコミ。「国の尊厳を憂慮する人々の声」は、一顧だにしないのでしょうか。これでは、もう、この国もおしまいです。
中韓のマスコミは、盛んに「日本の右傾化を食い止めよう!」などと騒いでいますが、現代の日本人の愛国心は、中国人・韓国人の熱狂的な〝愛国心〟の千分の一もありません。中韓と違って教育もマスコミ報道も、愛国心を解体する方向でしか行われていませんし、これ以上、どう右傾化を防ぐというのでしょうね。
彼ら中国人・韓国人の見方からすれば、『我が偉大なる〝中華〟の文明圏の辺境である野蛮な日本人どもは、よくよく目を光らせて徹底的に指導感化していかなければ、文明化されていない蛮族の本性がすぐに表に現れて、かつてのような危険な軍国主義に立ち戻るので、常に警戒を怠ってはならないのだ』ということになるのでしょう。
偉大なる中華文明が、なぜ文化大革命や天安門事件を起こすのか、なぜチベットやウイグルで軍や警察による民間人の虐殺が続いているのか、彼らは検証しようとはしません。また、偉大なる〝小中華〟韓国の軍隊が、なぜ済州島やベトナムで住民の大量虐殺を行ったのか、検証しようとはしません。
われわれ日本人から見ると、中国人の方が、よほど野蛮に見えます。また、韓国人は、真摯に反省することもできないほどコンプレックスが強く、その上、自己中心的で独善的な民族に思えるのです。
韓国で90代の杖をついた老人が「韓国が日本に植民地支配されたことは良かった」「日本の統治時代は良かった」と述べたところ、近くにいた30代の男が激昂し、老人の杖を奪って数回にわたって殴りつけ、頭蓋骨を陥没させて殺してしまったというニュースを聞きました。老人は実体験として、日本の植民地時代について正直に語ったわけですが、反日教育を受けてきたせいで老人の言葉に耐えられなかった若い男は、老人をその場で殴り殺してしまったのです。その後、韓国のネット上では、その若い男の「愛国的」行動を讃える書き込みが相次ぎました。しかし、老人は真実を口にしただけなのです。
また、ソウル大学名誉教授の安ビョンジク氏が、「たとえ親日派と責められても、自分は真実を語る。」「歴史をねじ曲げるのが、歴史家の仕事ではない」として、従軍慰安婦=性奴隷という韓国で信じられている通説を否定するに足る、当時の決定的資料を発表しました。朝鮮人の管理人が、韓国人慰安婦の希望によって、帰国の世話をしたり、給料を送金したりといった、当時の日常を記した日記を発表したのです。慰安婦は性奴隷ではなく、間違いなく労働者でした。氏はそのことを、勇気を振り絞って訴えているのです。韓国では、真実を語ることは、本当に命がけだからです。