「汗まみれ、一日10時間、働きどおしで疲れ果てていた/イライラした気分吹き飛ばすことだけ考えていた」(1982年「パーキングメーターに気をつけろ!」)
派遣社員を10年続けた若者が、突然解雇されたと勘違いしたことから、逆上して秋葉原の歩行者天国で無差別殺傷事件を起こしたのは2008年のことでした。日常的なさげすみと存在無視の中で、精神がその深みからぐしゃぐしゃに引っかき回されてしまっている、そんな人が増えているのかもしれません。
「彼女はデパート、俺は街の工場で、働いて帰る夜道。日毎に、押し寄せるわけのわからない苛立ちが、二人の心を引き裂きはじめた。あの頃、二人描いた夢が今でも胸を締め付ける」(1982年「さよならスウィートホーム」)
ワーキングプアーと呼ばれる勤労貧困層の若者たちと、富裕層の若者たちの間の圧倒的な格差を指して、勝ち組・負け組と呼ばれるようになったのは、2000年代に入って以降のことです。欲望だけが無理やりかきたてられるシステムの中、好きなだけ欲望を満たせない貧しい者のストレスは、次第に先鋭化していきます。
「『貧しさの中で壊れて消える愛の暮らしは嫌だ』と、まるでショーウィンドーに自分を並べるように、着飾って誰かを待っていた」(1980年「丘の上の愛」)
玉の輿とかシンデレラストーリーを夢見る貧しい家庭の少女たちは、どこの国にも、いつの時代にも沢山いるでしょう。しかし今、物質的には何一つ不自由なく育ちながら、さらにワンランク上の何一つ不自由ない生活を、外見を飾ること(女子力upとも言います)以外に何の努力も苦労もなく手に入れることを、今の少女たちは願うのです。
「どうして僕を待ってくれなかったの、こうして今迎えにきたのに。あの子は青い目の若い兵隊と9月に行っちまった、カリフォルニア。今でもこの街でひとりつぶやいてる、いつか、いつか、もうすぐ」(1979年「いつか、もうすぐ」)
かつて、1970年代までは、リッチな金髪の白人と結婚して、豊かなアメリカに住むというのは、敗戦国である貧しい日本の少女たちの憧れでした。そして、この国のアメリカへのコンプレックスの根は、今でもまだとても深いものがあります。アメリカ・コンプレックスは、財界や学者の世界から政治の世界まで、深く根を張っていて、この国の外交・防衛問題から経済社会問題に至るまで、大きな影を落としています。
「路地の影で少女が身を売る、少年たちは徒党を組んで獲物を探す。プールサイド寝そべる金持ち、真夏の街を仕事探してさまよう人」(1980年「東京」)
東京の吉祥寺で、家出中の不良少年二人が、小金欲しさに若い女性を背中から刺し殺したのは、ついこの間のことです。「騒がれると面倒だから刺した」と少年は言いました。そんな少年たちがうろつく街の中でも、高い塀で囲われた豪邸の中では、外の世界に一切関心なく、プールサイドでけだるく寝そべっている金持ちがいるのです。
「MONEY,MONEY CHANGE EVERYTHING(お金がすべてを変えてしまう)いつかあいつの足元に、BIG MONEYを叩きつけてやる」(1984年「MONEY」)
金持ちが貧乏人をさげすむのは、いつの時代も一緒です。そして、そのさげすみをはね返して「いつか成り上がって見返してやる」という気持ちを、かつてはハングリー精神と言ったものです。
ところが今の時代は、何もかも親に守られてきた、甘やかされた子どもたちが、何とかして今の苦労のない生活を維持したいものだと願うのです。さもなければ、子どもが生きようが死のうが関心のない親に見捨てられた子どもたちが、生きる知恵も気力もないままに街でホームレスとなっているのです。

「ルーレットは回り続けてる。テーブルに積まれた切り札の陰で、誰もみな勝つことだけを信じて賭けを続ける。愛の世代の前の一瞬の光に、すり替えられた脆い夢など崩れ落ちてく」(1981年「愛の世代の前に」)
「お金さえあれば、権力さえあれば何もいらない」という気持ちを、彼は〝すり替えられた脆い夢〟と言っているのではないでしょうか。徹底した唯物主義によって愛を信じない世代は、目に見えない信仰に支えられた愛の世代の出現の前に、世に生ずる強烈な光に照らし出されて、その脆さと醜悪さを露呈するだろうというのです。
「生きることはいつしか、見知らぬ誰かと争い合うことにすり替えられてく」(1981年「土曜の夜と月曜の朝」)
受験戦争・就職活動・企業内出世競争・企業同士の競争と、現代人の多くは物心ついてからずっと人と比べられてきたはずです。そしていつしか素直な生きる喜びは、競争で勝ち残る優越感と安心へとすり替えられていきます。その競争から落ちこぼれた人は、誰からもかえりみられることなく、世の中から見捨てられるのです。
「見なよ、街ゆく奴らを、まるでWASPだぜ。クールにきめ、like New York stile/犯されてsince1945、生まれて詰め込んだ大量のジャンクフードとアメリカンパイ/Kids are looking for father 母親には愛し方さえわからず、見つけてもとまどうだけ」(1988年「Blood line」)
WASPというのは、白人・イギリス系・プロテスタントというアメリカの支配階層の人々を指します。ここでのニューヨーク・スタイルというのは、ウォール街のビジネスエリートのスタイルということで、当然のことながら反格差デモに参加しているヒッピーの若者のスタイルではありません。権力とお金だけが、彼らの求めるものです。
心の指針を示してくれる父はすでになく、母親は子どもの愛し方も知りません。かけがえのない愛の対象(我が子)を前にしても、抱きしめることもできずにとまどうだけです。
「何を支えに、何を誇りに、走り続けていこう、You just believe in money/焼け跡の灰の中から、強く高く飛び立った、1945年、砕けた心のまま」(1988年「Rising sun」)
戦前の価値観に一部保存されていた倫理と道徳が跡形もなく崩壊した後に残るのは、節操のない拝金主義だけということでしょうか。何が正しい生き方なのか、教えてくれる人は、今はもうどこにもいません。
「この星がどこへ行こうとしてるのか、もう誰にもわからない/売れるものならどんなものでも売る、それを支える欲望/人は一瞬の刹那に生きる、子どもは夢見ることを知らない」(1982年「僕と彼女と週末に」)
1980年代に入ってこの頃の日本は、世界からエコノミックジャイアント(経済大国)と呼ばれるようになっていました。豊かさの中で、子どもたちの夢が窒息して消えていくのです。
「俺はこの街で生まれ、16年教科書を抱え手にしたものは、ただの紙切れ。同じような服をきて、同じような夢を見て、瞳の中少しづつ死を運び込むような仕事に追われてる。今夜、誰もが夢見ている、いつの日にか、この街から出て行くことを」(1982年「マイホームタウン」)
〝瞳の中に少しづつ死を運び込むような仕事〟というのは、すごい表現ですね。「自分が何かの役に立っている」とまったく思えない、それどころか逆に「世の中をますます汚している」としか思えない仕事をしながら、自分の魂がじわじわと窒息していくのを日々感じる、そんな虚無的な生活を、この国の多くの人はおくっているのかもしれません。でも、なによりも「このままこの街で死んでいきたくはない」と誰もが思っている街で生きていることの絶望を、この曲からわたしは強く感じさせられます。

「仕事終わりのベルに囚われの心と身体取り戻す夕暮れ時、家路たどる人波、俺はネクタイほどき、時にわけもなく叫びたくなる、怒りに/果てしなく続くサバイバルゲーム、走り疲れ、家庭も仕事も投げ出し、逝ったあいつ。そして俺は心の隙間を埋めようと、山のような仕事を抱えてしのいでいる」(1986年「J boy」)
『何を支えに生きているのか、何を求めて生きているのか、その実感を求めても何も得ることができない』という心を歌っています。バブルへと向かうきらびやかで華やかな時代に、その内実は虚無を生きる日本人の虚しさを、見事に表現しているのではないでしょうか。
物質的には史上もっとも豊かな社会に生きながら、精神は虚ろで空っぽで頼りないこの国の人々を、浜田省吾は「J boy」と呼び、アルバムのタイトルにも使用しました。
「銀行と土地ブローカーに生涯を捧げるような悪夢のようなこの国の、飽食とエゴに満ちた豊かさの裏側で、やせ細る南の大地。未来へのシュミレーション、破滅を示す時、鐘が鳴ってる、非武装の地を争うことなく追われる者に/タブーだらけの自由の中で葬られてゆく孤立した叫び声、自浄できぬシステムに真実はねじ曲げられ、欲望だけ煽られていく。プラスティックインフォメーション、メディアを満たす時、鐘が鳴ってる、欲望の地で誇りと理想に生きる者に/鐘が鳴ってる、詩人のように傷ついた心をいたわる者に/鐘が鳴ってる、聖者のように魂の声を聞くものに/鐘が鳴ってる、天使のように愛しい人を導く者に」(1990年「詩人の鐘」)
これはバブルの絶頂期に作られた曲ですが、バブル崩壊以降、南北問題の国内化が著しくなっています。繰り返しますが、やせ細る貧しい家は、飽食を欲しいままにしている屋敷のすぐ隣にもあります。いずれにしても、わたしたちの生活が豊かで快適になればなるほど、やせ細っていく土地や人々がどこかにいるのです。
「タブーだらけの自由」とは何でしょう?わたしたちは、自分が心の底から望むことを口にし、行動しようとする時に、周囲から無視され、排斥され、追われることがないでしょうか?また、あるものは競争に破れ、敗者復活戦もないままに社会から排斥され見捨てられます。彼らの悲嘆や叫び声は、周囲の人々には〝聞こえない〟のです。
こうして「非武装の地を争うことなく追われる者」たちが、この国では毎年3万人以上も自殺に追い込まれ、また別に3万人以上が遺体の引き取り手もないままに孤独に無縁死していきます。
「サクセスストーリー、罠に満ちたゲームに奪われて見失い、お前から遠く離れた/俺は見つけたい、金で買えないものを、もう一度」(1980年「終わりなき疾走」)
罠に満ちたマネー・ゲームの中で自分を見失い、自分が本来望んでいた道から遠く離れてしまっている人は、たくさんいるのではないでしょうか。忙しい、忙しい、忙しいと、みんないつもピリピリして心の余裕のない生活をしています。でも、一体何に忙しいのでしょうか?
「金のため?名誉のため?チームのため?NO!ただ野球が好きなだけ」(1990年「Baseball Kid's Rock」)
あなたが心の底から望むことをしなさい、それはあなたの魂が欲しているものなのだから、ということですね。ただし、自分の魂の声を聞くこともできず、〝詩人の鐘〟の音も聞こえない人たちに、望むことをしなさいと言ったら、なりふり構わずお金と権力に手を伸ばすだけなのでしょうがー。
この間テレビで、100歳のお爺ちゃんの現役のお医者さんが、小学校で生徒たちに話していました。「自分の好きなことを一生懸命やって幸せに生きなさい。そして、その自分の大切な時間を、人のために使いなさい」と。

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