20年ぶりに東京に来ています。そして思ったことは、わたしはこの街には住めない、ということでした。まず年末年始ということもあって、人混みに疲れ果てました。そして地下鉄は便利ではあるのですが、地上ではなく地下を走るというのもやはり疲れます。ゴーッという音を聴いているだけで、頭がボーッとしてしまいます。五感全般に地下に閉じ込められているという圧迫感があるのです。
それに、この街は、特に年寄りと障害者に対しては、あまりに冷たいというか、当たりがきついというか、ともかくわびしすぎる街です。その証拠に、街へ出てくる年寄りと障害者の数が、全体数に比べて極端に少ないではありませんか。それもそのはず、東京は、障害者や年寄りが気軽に出歩けるような街ではないのです。
たとえば電車に乗るのに駅の構内を歩くと、ともかく階段が多いことに気づかされます。しかも、スロープもなければエレベーターすらないところもあります。あれでは老人や障害者は疲れ果ててしまいます。
また、デパートなども、どこもかしこも売っている商品が若者向け中心です。ちょっとセンスのある年寄りが、体力に自信がなくても、多少無理してでも、あえて行きたくなるようなお店やレストランなど、どこにもないのです。
たとえば新名所の東京スカイツリーなど、年寄りが行きたくなる場所では絶対にありません。本来年寄り向けの雰囲気があった浅草浅草寺周辺なども、味のある〝寅さん〟の世界はどこへやら、若者と中国人と韓国人相手に安物ばかり売っている、ちゃちでしけた土産物街になりさがっていました。
銀座や新宿のデパートも、派手で縫製の悪い中国製が多くなっていて、安かろう悪かろうの品物ばかりが並んでいます。昔のように、多少値が張っても、作りが丁寧でしっかりした本当にいい品物は、ほとんど置いていないのです。
それから、もう一つ驚くのは、トイレの貧弱さです。とても混み合うことが、初めから予想できているのに、なぜ東京スカイツリーのトイレは、一室にたった二基づつしか作らなかったのでしょうか。他の場所でもたいていトイレの数が少なすぎて、用を足すのに長い行列ができていました。別に自分が待たされたから言うわけじゃありませんが、トイレの数でケチるというのは最低ではないですか。
全体としての印象は、バブル崩壊前と比べて、さほど進歩したとか、大きく変わったという感じはしません。せいぜい地下鉄交通網にPASPOが登場したことぐらいです。20数年経ってもこんなに変わらないなんて、やっぱり日本は停滞期なんだなあと、妙に納得させられました。

そして何と言っても、今回東京を歩き回ってみて、地元の人に愛されている『リーズナブルな大人のための料理屋・レストラン』の少ないことには、本当にがっくりきました。ファミリーレストランなどで、会話を楽しんでいるのはみな若者ばかりです。そして、たまに見かける老人は、いかにも〝場違い〟という感じで、情けなさそうにわびしそうに、オムライスなどをつついているのです。
東京では、本当に美味しいものが食べたかったら、それ相応の値段がするのも確かです。新宿の横丁では一杯500円という格安のうな丼が食べられる一方で、スカイツリーの創業200年(文化・文政年間)の鰻屋さん「前川」では一杯3900円のうな丼が出されます。量はどちらも似たようなもので、どちらかと言えば3900円の方が、ご飯は少ないかもしれません。ただし、鰻の質も米の質も段違いです。前川では、臭みのまったくない、素材の旨味をとことん味わえる鰻が使われています。500円のうな丼はやはり〝それなり〟の味です。
街角の食券の自動販売機がついている食堂のかき揚げ丼は500円ですが、新宿伊勢丹の創業128年(明治13年)の天ぷら屋さん「天國」では、名物のかき揚げ丼が2900円です。さらに天麩羅御膳は、これが素晴らしく美味しいのですが、値段は3700円します。でも、天國は、同じフロアの他の店と違って全然混まないので、いつ行っても列に並んだり待たされずに座れます。しかし、すぐ下のフロアにある、創業89年(大正13年)の天ぷら屋さん「つな八」だと、海老やら穴子やらが山盛りの天丼が1500円で食べられるのです(ちなみにかき揚げ丼は1050円です)が、ともかくいつも混んでいて、食事時には長い行列に並ばなければなりません。
「お金をたくさん払えば、美味いものを食べられるし、長い列に並ばずに済む」というように、東京ではお金の力をまざまざと感じさせられる場面が多いのです。確かに「良いものには、それに見合う代価を払うべきだ」という価値観はとても大切なものです。たとえば伊勢丹のル サロン ジャック・ポリーのケーキセットは、3200円払って賞味する価値が確かにあります。(⭐ジャックさんも気さくな方でした。おまけに厨房まで見せていただきました!)
しかし、その一方で、しっかりした濃密な人間関係がなければ、それこそ〝人生、お金がすべて〟となりかねない危うさもあります。今の東京のような人間関係の希薄な社会で育つと、子どもが「よりお金がある人がより優れた人なんだ」と思い込むようになりそうで、それが怖いのです。この街では、誰もが知らず知らずのうちに、「貧富の格差=人間の価値の格差」と感じるようになってしまう気がします。
沖縄なら、同じ一杯600円の沖縄そばで、店ごとの味や素材の質の格差が大きいのです。ですから美味しい沖縄そばが食べたいと思ったら、お金よりも情報と繋がりが重要な要素となります。そういう社会では、老人の積み上げてきた実績とコネクションに対して、お金以上に敬意が払われます。富よりも経験と関係性が尊重されるのです。そういう街でこそ、老人は生き生きとしてくるでしょう。しかし、今の東京はそうはなっていません。

超高齢化社会と言われながら、経済の中心である東京が、老人のための街になっていないというのは本当に致命的です。これでは日本経済の復活など夢のまた夢です。老人がそこで元気になれる街を目指さなければ、東京の未来は衰退しかありません。
逆説的になりますが、この国で本当にお金を持っているのは、今や総人口の四分の一に達しようとしている老人たちなのです。日本の消費者の主役は、当然富裕層であるこの老人たちです。そして、彼らがお金を使いたくなる街づくりこそが、デフレ脱却のためには急務のはずなのです。
ところが、実際に街に出ていて見かけるのは、あまり経済力のない若者ばかりというのはどういうことでしょう。それも、どこへ行っても、スマホと会話している寡黙で不思議な若者ばかりです。電車でも店の中でも、みな外に目を向けずに、手元の機械をいじるのに忙しいようです。壁を作ることでダイレクトに外界に接しないで済むようにしようと、刺激を遮断して自分を閉じて守っているのかもしれません。しかし、本来外界への好奇心に満ちているはずの、あまりにも経験不足な若者たちが、そんな閉鎖的で守りに入った状態にいるようでは、「若いのに、どんだけエネルギーが足りないんだ?」と行く末が思いやられます。
たまに活気のある若者の声が聞こえたと思ったら、おやおや喋っているのは意味の分からない外国語です。気がつけば、街を元気に歩いているのは中国人か韓国人ばかりではありませんか。テレビでは「皆さんに、元気をお届けします」とか「みんなが元気になれるように、パワーを伝えたい」とか、よく言われます。前はそんなセリフはあまり使わなかったと思うのです。それだけみんな元気やパワーが欠乏しているということですよね。いったい日本人のエネルギーはどこへ行ってしまったのでしょう。
元気がない上ひたすらせこい日本人は、お客としてはまったくあてにできないので、エネルギッシュで喧しく見栄っ張りな中国人・韓国人の財布に頼るしかないのでしょうか。しかし、元気なのは良いとしても、韓国人街として有名な新大久保の街の汚いことには、本当にビックリしました。新宿の綺麗な街とゴミの散乱した新大久保の韓国人街との境界線が、これ以上ないほど一目瞭然です。
これほど街を汚されて、元々の地元の人たちはどう思っているのでしょう。どれほど汚されても、背に腹はかえられないということなのでしょうか。そんなに日本人がみな、貧困に喘いでいるとは思えないのですが。いったいいつから日本人は、こんなに他国人頼みで商売をするようになったのやら。情けない話です。

それから店で会う若い店員さんたちの声の出し方、しゃべり方の不自然で珍妙なこと!
昔〝ぶりっ子〟と言えば、皮肉とからかいの意味が込められていたものですが、今は「かわい子ぶるのが当たり前」になっているようです。できればあんな奇妙な甲高い声を出さないで、普通に自然に喋ってくれればいいのに、と何度思ったことか。
懇切丁寧に応対して頂いて、気を遣って頂けるのは、本当にありがたいのですが、何か無理をさせているように思えて申し訳なく感じてしまいます。それに、神経症的なまでに丁重に気を遣われるのも、ちょっと気疲れします。顔は努力してニコッと笑っていても、神経が四六時中ピリピリしているのはこちらにも伝わるのです。サービスの姿勢が、〝素〟の自然な真心の現れというより、むしろ「お客はみんなクレイマー」という警戒心や不信感の現れのような気がします。あれでは、ストレスを溜めすぎて、うつ病になる人が多いのもうなずけます。まず、モンスタークレイマーに対しては、徹底して職員・社員を守るという姿勢を上司が持つことが、今の世の中を良くしていくためには絶対に必要ですね。
それから、男の子たちがどうしてあんなに女っぽいのだろうと、これも不思議に思いました。後ろ姿や仕草が、「あれ、どっちだろう?」と首をかしげてしまうことが、街を歩いていて何度もありました。
あと、耳障りで機械的なキンキン声で話す若い男の人たちには、わたしは本当に我慢が出来ません。妙に理屈っぽく神経症的な話し方で、機械じかけの人形のように、ペラペラとしゃべるあの独特のトーンの声を聞いていると、こちらの精神が掻き乱されるのです。
総じて、こんな精神の調子の狂った若者たちと会うために、わざわざ優しさのない冷淡な街に出て行く意味を、今の老人たちが感じるとはとても思えません。これでは街は衰退するばかりです。これが今の日本の中心かと思うと、本当に情けなく悲しくなります。
人として当たり前のことを当たり前にできる街を作ることは、できないものなのでしょうか。もっとゆったりとした余裕を持って生きられる街になったらなあ、と願わずにはいられません。
「人に優しい街づくり」をしていく上で、東京にそんなに予算がないはずはありません。わたしには、予算の問題というよりむしろ、発想力の問題であるように思えます。新宿三丁目のホームレスのじいさんは、この寒空にダンボールの中で眠っています。彼らに炊き出しをするだけでなく、熱いシャワーや寝床を与える余裕が、区にないはずはないでしょう。
それに全体として見て、今の日本人がそんなに貧乏だとは、とうてい思えません。預金額世界一の国が、他国より貧しいってことは絶対ないでしょう。この国の多くの人は、お金はしっかり持っているのに、決して使わないだけです。お金がちょっとでも減るのが怖いみたいです。

それでは、みんな、なぜこれほど余裕がなくせかせか急いでいるのでしょうか。「そんなに忙しいのですか?」と聞くと、「そんなことはない」と答えるのです。「それならなぜそんなにせかせか忙しそうにするのです。見ているこっちがドギマギして気分が悪くなるほどですよ」と言うと、「いやあ」と頭をかいて笑うのですが。結局、わたしには、彼らがそんなに心の余裕がない理由が、さっぱりわかりません。
でも事実、この街は、誰も他人をふり向く余裕のない、本当に寂しく侘しい街となっています。こんな街にうずくまっていて、誰も元気が出るわけがないのです。思えば、わたしが住んでいた20数年前も、東京はこんな感じでした。ここにいると、まるで人のエネルギーを吸い取って消耗させる巨大な渦の中に放り込まれてでもいるようです。
こうして書いていると、わたしがなぜバブル全盛の20数年前に、この街に耐えられなくなって、東京を捨てたのか、まざまざと思い出されるのです。今ならはっきり言える気がします。これ程までに互いに寄り添う余裕のない街の姿に、当時からわたしはうんざりしていたのです。たとえ今ほどひどくなかったとしても、です。そしてとりわけ、今わたしが強く感じることは、『老人がわびしく生きている街に未来はない』ということです。
むろん、こんな日本を作ったのは、しみったれで根性の悪い、団塊の世代の老人たちだというのは、おそらく確かです。しかし、そうは言っても、年寄りは頭も硬いし、自己改革し抜くパワーもないので、今さら彼らを責めても始まらないのです。彼らに責任があるのは確かですが、もはや次の世代にバトンは託されています。
そこで、次の世代が考えなければならないのは、団塊の世代より上の年寄り連中が溜め込んでいるお金を吐き出させることです。しかし、それには、セーフティネットやら年金やらの整備だけでは、いかんともしがたいものがあります。
結局、大切なことは、心を救うということです。これは、科学万能の物質主義に頭を侵されてしまっている団塊の世代の老人たちに、彼らがなぜ虚ろで空しいのか、を教えるということでもあります。
新年を迎えるにあたって、何よりも社会全体が「他者の心を掬い取る」ということの大切さに目覚めるようにと願います。そしてわたしを含めて一人一人が、生活の中で他者の心に向き合うことに自覚的に取り組んでいけるように、今は祈りたいと思います。
今回東京へ来て、やはり世の中全体が、信頼と共感に満ちたものに変わっていかなければ、この国は確かな明日をつかめないのではないかとの危惧がますます強まりました。

今年こそ、新しい次元へ向かって、みんなが一歩を踏み出せますように。
靖國神社の御神体の大鏡のように、曇りのない真の心で人に向き合えますように。
明治神宮の大太鼓の深い響きのように、心に深く刻みつけながら学べますように。
奥の殿で奏でられる神楽の優美な舞のように、密やかな気配にも気を配りながら生活できますように。
皇居に慶賀に集った人々が、心の中で願ったように、この国に幸多かれと祈りつつ。(それにしても、人が多かった…。)

*それにしても靖国前の黒塗りの右翼の車の列は、正月早々センスがなさすぎます。至極当たり前の主張は、ごく当たり前の格好でして欲しいです。あれでは、皇居での慶賀の後で、普通の人が興ざめしてしまいます。